生け贄少女と神様
「それでは、私と結婚してもらえますでしょうか?」
この少女は一体何を言っているのだろうか。
確かに願いを叶えようと言ったものの、まさか私に結婚を申し込もうとは予想を超えすぎだ。
「お前は生贄としてここに来たのではないのか? そなたが命を捧げることで多くの民が救われる。そのことを忘れたわけではあるまいな」
「もちろん忘れてはおりません。私が生贄の役割を果たさなければならないことは十分に理解しております。しかしながら、私も女として産まれたからには一度くらい夫婦になることを願ってはダメなのでしょうか」
「ふむ。もちろんその気持ちはわからなくもない。若くして生贄に選ばれてしまったことはさぞかし辛かろう。しかしだな、私とそなたは今日会ったばかりであろう。結婚というのはお互いに好意を抱き、愛を育み結ばれるものではないのか」
「つまり、お互いに好意を抱くところから始めるべきであるというのですね」
「違う」
首を傾げながら、はてどうしたものかといった表情を浮かべる少女。もしや生贄に選ばれたことで狂ってしまったのだろうか。
「神様は村を守るために生贄が必要。その代わり生贄である私は一つだけ願いを叶えてもらえる」
「その通りだ」
「では結婚していただけますか?」
「いや、だから何故そうなる」
「私の外見はそれなりに美しいと村でも評判でございました。今日は神様にお会いするということで、身を綺麗にし化粧をほどこし素敵なお召し物まで頂いて参りました」
「そうか」
「私の願いは叶えて下さらないのですか?」
少女の願いを叶えるということは結婚しなければならないということ。しかしながら、本心からそう思っているとは思えない。確かに自分で言うだけあって少女の姿は私から見ても美しく、村の男衆が放っておくようには思えなかった。
「お前には将来を誓いあった者や、好きになった男はいなかったのか?」
「ええ、おりました」
「それならば私と結婚するというのは気持ちに反することにならぬか?」
「そうかもしれません。ここに来るまで私にそんなつもりはありませんでした。なんなら神様を殺すつもりでいました」
これは驚いた。この少女は神殺しを決意してこの場に来たというではないか。
「そなたは私を殺す気だったのか」
「はい、この短剣で。でもお会いして気持ちが変わりました」
胸元からとりだした小さな短剣がキラリと光っている。
「殺す気だったのにか?」
もちろん短剣程度で神殺しを達成することなど出来ない。
「そうです」
やはり死を前にして狂ってしまったのだろう。生贄にくる者には少なからずそういった者がいる。誰だって自分の命が失われるのは怖いのだ。精神を保とうとして心が逃げてしまうのだろう。
しかしながら、不思議なのはこの少女から恐怖といった感情が一切感じられないことだ。
「私が愛した人は二年前に生贄になった男です。神様からはあの方の匂いがしました。きっと神様の中であの方は生きているのでしょう」
なるほど、そういうことか。この少女は私に復讐するためにここまで来たのだ。生贄にされてしまった愛する者を追って。
「そうか……。お前があの男の愛した者であったか。そうであるならば、私はあの男の願いを叶えなければならない」
「あの方の願い?」
「そうだ。あの男の願いは、自分が愛した人が生贄になりやって来たのなら助けてやってほしいということだった」
「そ、そんなことを。あの方が……」
「お前の名前はリディアだな?」
「はい」
「夫婦になる願いを叶えることが出来ず申し訳なかった。私が生贄になることは昔から決められていたことなんだ。きっと私が何を言っても、お前のことだから自ら生贄になる道を選ぶに違いない。でもねリディア、僕を愛してくれているのならば、君には僕の分も長く生きてほしい。どうか悲しまないで君らしく笑顔に満ちた人生を歩んでほしいんだ」
「そ、それを……あの方が」
「ああ、そうだ」
「ずるい……。神様、一つ質問です。愛した人がいない世界で生きていく意味はあるのでしょうか?」
「わからん」
「もう一つ質問してもいいでしょうか」
「なんだ?」
「神様の中であの方は生きているのでしょうか?」
「それを知ってどうするのだ」
「私の願いはあの方と一緒になることです。生贄になることでそれが叶うのであれば喜んでこの身を捧げましょう。どうか、私の願いを聞き入れてください」
男の願いと少女の願いは相反するものになってしまった。
さて、どうしたものか。生贄の儀式にはこの少女の命は必要である。しかしながら、男の願いを叶えることは約束したことでもある。少女の願いと男の願いのどちらを優先するべきなのか。
「わかった。お前の願いを叶えよう」
今リディアに見えているのは生贄としてやってきたジョシュアという男だ。リディアは持っていた短剣を落とし、その目には涙が溢れている。
「ジョシュア様、ジョシュア様なのですね」
「リディア、どうしてここに来てしまったのだ」
「私は、私は……。申し訳ございません。でも、もう一度ジョシュア様にお会いしとうございました」
「僕も会いたかったよ。もう二度と会えないと思っていたんだ。こんな嬉しいことはない。でも、でもね」
「はい、わかっております。私は神様にお願いをしました。約束を守るためにはこの命を捧げなければなりません」
「そうか……。ということは、私の願いは叶えてもらえなかったのだな」
「いいえ、ジョシュア様。再びお会いできたことで私の人生はとても満ち足りたものとなりました。これ以上望むものはございません」
「すまない」
「愛しております」
「ああ、僕もだよリディア。愛している」
「ずっと一緒でございます」
「そうだな、これからはずっと一緒だ」
人は恋だの愛だの一時の感情をまるで全身が燃え上がるように昂らせる。目の前で抱きしめ合って泣いている二人もそうだ。
生贄となった者はそのエネルギーが私の体に吸収される。そこにはその者の感情や知識そして想いなども含まれる。少女が私を通じて男の匂いを感じたのは驚きだが、それも愛故のことなのか、それとも少女のはげしい思い込みからなのかはわからない。
結果として私は二人の願いを叶えることにした。イレギュラーケースとはいえ、生贄にきた者の願いを叶えるのは古からの決まりごとでもある。
例えすぐ命が亡くなろうとも願いは全て叶えてきた。ある者は病気の母の病の完治を。ある者は残された家族のために不自由なく暮らせる資源を。
そして、今二人は私の体の一部となり精神体となって生きていく。決して死ぬことの出来ない永遠の世界。これが二人にとって本当に喜ぶべきことなのかはわからない。
ひょっとしたら数年もせずに死にたくなるかもしれないし、喧嘩して離れたくなるのかもしれない。
今後二人がどのような選択をとるのか非常に興味深い。もし二人が永遠の愛を心より喜ぶのであれば、ずっとここにいられるのだから。