学校にケルベロスが迷い込んで来たのでみんなのテンションがおかしい
窓際にある僕の席の前にはカズ君がいる。授業が退屈そうで、ずっと窓の外を眺めている。カズ君はヤンチャで、いつもワーワー騒いでいるような子だ。僕はカズ君とは正反対の大人しい性格だ。けど、学校で一緒に遊ぶことはあまり無いが、学校が終わったらいつもカズ君の部屋で遊んでるくらいの親友でもある。
「あーーーーっ」
カズ君が急に席を立って叫んだ。先生もクラスのみんなもカズ君に注目する。
「校門のところ、犬が入ってきてる!」
窓際の子たちが一斉に外を見る。他の子も席を立って窓際に寄ってきた。校門の内側あたりに黒くて大きな犬が迷い込んでいるようだ。
「ほらみんな、席を立たないで!座りなさい!」
先生が大声で注意したのでみんな席に戻ったけど、カズ君は違った。
「先生ぇー、トイレ行ってきまーす」
みんなは思っただろう。それ絶対ちゃうわと。間違いなく犬を見に行く気だと。
席を立ったカズ君は僕の方に歩いてきて、腕を掴んで強引に椅子から引き上げた。
「ユウ、おまえも付き合え。連れションだ」
ええええっ授業中なのにって思ったけども、僕も犬を見たかったので流れに身を任せてついて行くことにした。
教室の扉に向かっていると、背後から「先生、僕も」とか「私も」とか声が聞こえてきた。みんなも来るようだ。
教室から廊下に出て左に行くと階段があり、ここから一階に下りれば直ぐに校舎から校庭へ出る。そこから五十メートルくらい離れたところが校門で、その辺りが黒い犬のいる場所だ。
カズ君が真っ先に校舎を出た。
「お?」
「どうしたの?犬、どこかへ行っちゃった?」
「違う、いる。でもなんか変。犬の頭が多い」
黒い犬には頭が三つ付いていた。背は校門の高さ程もあり、獰猛そうだ。
クラスのみんなもドヤドヤと校舎から出てきて、一様に「なんだあれ?」とか「怖~い」とか言ってる。
先生は来ないの?と思って校舎の方を振り向いた時、異変に気が付いた。さっきまで快晴だった空が、紫色や赤紫色、黒や茶色のマーブルのような雲に覆われて暗くなって、霧まで出てきた。校舎の中も静まり返っている。外に出ている僕ら以外、誰もいないようだ。
「わたし、先生呼んでくる」
幼馴染でクラス委員長の夜野リリスちゃんが校舎に入っていった。彼女を慕う袋井君も後を追って校舎に入っていった。
カズ君は犬の方へ恐る恐る近づいていった。犬は校門の前に陣取っていて動こうとはしないが、三つの頭でグルルゥガルルゥブルルゥと威嚇してくる。
北満君がやってきた。名前が博士なので、ハカセとあだ名がついている。雑学に詳しい子だ。
「あれは、ケルベロスみたいだな。」
「ケルベロス?」
カズ君は怪訝そうにハカセを見る。
「三つの頭を持つ大きな犬。ゲームとかによく出てくるでしょ」
「そういや居たな。飼える?」
「どうかな。試しにクラスで飼うか?」
飼うの?あんな大きくて怖そうな犬。
リリスちゃんと袋井君が帰ってきた。
「みんないなくなってる。先生も、他のクラスの人も居ないし、職員室も空っぽ。ここにいるうちのクラス以外は誰もいない。」
「よし!やりたい放題だな!」
いやカズ君、そこは心配しようよ。怖がろうよ。
リリスちゃんがハカセに訊いた。
「ところであの犬は何?」
「カズにも言ったけど、あれはおそらくケルベロス。冥途の番犬だ。ケルベロスは冥途から逃げ出す人を捕らえて食うと言われている。冥途に入る人には何もしないそうだ。」
カズ君もハカセに訊いた。
「さっき近寄ったら威嚇されたぞ?」
「校門の外に出るなってことかも。とすると、学校の中が冥途で校門の外が現世と言う事だ。何故だかわからないが、俺たちはいきなり冥途に飛ばされたのかもしれん。周囲が変な雲と霧で覆われているのも冥途にいるからだろう」
「え、じゃあここはメイドって事なの?」
リリスちゃんは何だか嬉しそうだ。
「わたしね、お姉ちゃんの文化祭でメイドカフェに行ったの。それでお姉ちゃんやその友達がすっごく可愛くて、メイドカフェやってみたいって思ってたの。いいかな?」
「ああ、いいとも。やりたい放題だ!」
カズ君がドヤ顔をして煽った。リリスちゃんは「よっし」と気合が入っている。リリスちゃんの友達の鈴木リンちゃんも「やったね」と言ってリリスちゃんとハイタッチしてるし、袋井君も「料理が出来る家庭科室を改装しよう」とか言ってキラキラしてる。なんだかみんな誤解してるっぽいけども、僕も詳しくないので突っ込まない事にした。
「よし、おれはケルベロスを餌付けするぜ!給食室からパンと牛乳取って来る。ユウ、行くぞ」
カズ君に腕を掴まれた。同時にハカセからも反対の腕を掴まれた。
「ちょっと待った。犬に牛乳を与えると下痢をするぞ。」
さすがハカセだ。犬の事にも詳しいみたい。
「ケルベロスもか?」
「体はどう見ても犬だろ。飲み物を与えるなら水にしておけ。あと、玉ねぎが入ってそうな食材は絶対持って来るな」
「お、おう。わかった。わかったから、ユウの腕を離せ」
「何故だ?冥途ならやりたい放題なのだろう?だったらおまえにばかりユウを好きにはさせん。ユウは置いて行け」
ちょっと待って。両方から腕を引っ張らないで。
「そうよ、ユウちゃんにはわたし達がメイド服着せるんだから連れて行っちゃダメ。カズの好きにはさせないから」
リリスちゃん、僕にメイド服を着せるってどういう事なの? リンちゃんも袋井君も「うんうん」とか頷かないで。着たくないからね!
「それにカズだってユウちゃんのメイド姿を見てみたいでしょ?」
「お、おれは・・・」
カズ君に限ってそんな事は。僕ら親友だろ?「お願い、否定して」って気持ちでカズ君を見上げた。
「・・・うん、見たい」
ええええっ、信じてたのに。カズ君の事は信じてたのに!
カズ君は僕の両肩に手をのせた。
「カズ君・・・」
「ユウ、心配するな。めちゃくちゃ似合う!」
そうじゃないんだよぉぉ。
「決まりね。家庭科室でユウちゃんにメイド服を着せましょう!さぁっ」
イヤだ。この人たちに連れて行かれたら、尊厳とかいろいろ失ってしまいそうだ。
僕はカズ君とハカセの手を振り解いて、逃げ出した。
「ダメ!そっちは危ないよぉ!」
「ユウ!」
しまった。校門の方に駆け出しちゃったから、ケルベロスがこっちに向かって来て、前足で押さえつけられてのしかかってきた。ああ、このまま食べられてしまう!?
ワフッワフッワフッ
「ユウちゃん、襲われてるの?」
「ある意味な。ケルベロスにマウンティングされてるんだ・・・」
「おれのユウが・・・」
この後カズ君に助け出されました。
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犬のマウンティングは、かつては発情期の性的な行為と言われていましたが、それだけではなく愛情表現や独占欲でも行うそうです。またオスだけでなくメスも行うそうです。ただ、元々のその子の性格や小さい頃からの躾けによって、行わない子もいます。