「何もない」
子供のころ、お医者さんに我慢強いと言われることが多かった。
お医者さんにしてみればお約束の言葉で、
他の子供にも言っていたのかもしれない。
おだてて気分をよくしておけば、その後の診察がやりやすくなると。
それでも褒められて悪い気はしなかったし、
勲章として心の中にひそかに飾っていた。
実際、我慢のできる子供だったと思う。
そもそも日頃から、喘息やアトピー、慢性鼻炎に苦しめられていた。
死ぬかと思うような喘息の発作に比べたら、
痕が残るほどの深さだろうと切り傷なんてなんでもない。
病気だって同じで、
どれだけつらくても数日程度で治るのならたいしたことはない。
結局、子供のころから「何もない」がなかったのだ。
意識しないでいられるか、意識せざるを得ないかの違いだけ。
家族のこと、学校のこと、その他のこと。
身体だけではなく心も同じで、やはり「何もない」がない人生だった。
だから、いつしかそれが当たり前になってしまった。
抜け出したいと思っても、出口がどんな形をしているのかさえ知らない。
でも、そんな僕でも知っていることがある。
僕は普通ではないかもしれないが、だからといって特別なわけでもない。
同じような人は、他にもたくさんいる。
この世界を知っているのは、僕ひとりだけではない。