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窓際の夢  作者: 桜瀬悠生
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怪我した指と嘘

 小学校低学年、あるいはもっと幼かったかもしれない。


 ある日、僕は包丁で指を切ってしまった。


 ちょっとした興味から指をあててみたところ、


 パックリと切れてしまったのだ。


 怒られると思った僕は、庭を掘って遊んでいたら怪我したと嘘をついた。


 指を切ろうとしたわけじゃなくても、


 勝手に包丁を使ったのは事実だから絶対に怒られる。


 なんでこんなことをしたのかと問い詰められるだろうし、


 ちょっとした興味からなんて正直に答えたらどれほど怒られるか。


 包丁は危険なものだと理解していたからこそ、


 本当のことを正直に話すのが怖かった。


 だから、庭を掘って遊んでいたら怪我したと嘘をついたのだ。


 庭を見られてはすぐに嘘だとバレてしまうので、


 母親に報告する前に証拠作りのようなこともした。


 母親に気づかれないように庭に出て、


 わざわざ土をほじくり返して遊んだ形跡を作ったのだ。


 いま思うと小賢しいというか浅はかと言うほかないが、


 それほどまでに怒られるのが怖かったのだ。


 パックリと切れた指で土を掘るとどうなるのか、


 母親に傷口を確認されるまで一切考えていなかったことからもわかる。


 もっとも、庭を勝手に掘るのもよくないことには変わりなく、


 大目玉を食うほどではなくとも怒られるのは覚悟していた。


 しかし、


 予想外なことにパックリと開いた傷口を見せられた母親は怒ることなく、


 庭のどこで怪我をしたのか真剣な表情で聞いてきた。


 指が切れるような危ないものが埋まっているのなら、


 なんとしても見つけ出さないといけない。


 そんな気持ちが伝わってくる必死さで、


 僕が先ほどほじくり返した場所をスコップで掘り返しながら、


 怪我した指のことを心配してくれていた。


 しかし、母親がどれだけ一生懸命に土の中を探しても、


 指が切れるようなものは何ひとつ見つからなかった。


 僕がついた嘘なのだから当たり前で、


 そんなものは最初から庭のどこにもないのだ。

 

 思ってもいなかった展開にいまさら本当のことは言えず、


 嘘がバレたときのことや新たな言い訳のことだけを僕は考えていた。


 怒られるのが怖くて仕方なかったし、


 本当のことを言いなさいと責められると思っていた。


 だが、探すのをあきらめた母親は不思議そうに何度も首を傾げるだけで、


 怪我をした理由について改めて追及してくることはなかった。

  

 怪我をした指のことだけを心配してくれて、


 僕のことは最後まで少しも怒りはしなかった。


 記憶の中に残っている、僕が初めてついた嘘。

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