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紅葉の子

作者: 幽美 有明

秋になると僕は裏山に行くんだ。

そして紅葉さんとただただ過ごすんだ。

とある言葉を最後に伝えたくて。

 木々が色付く秋の季節。

 僕は秋になると決まって、家の裏にある森に出かける。

 赤や黄色に色付く木々の間を抜けて、少し開けた広場にでる。

 丸くその場所だけに木が無くて、上から差し込む陽の光がキラキラとしている。

 そして丸い広場の紅葉や銀杏の葉の絨毯の上で、舞い踊る女性がいる。

 その人の髪は薄黄色の髪に赤やオレンジのメッシュが入ってる髪色で。肩で切りそろえられた髪型は、所々三つ編みが見て取れる。着てる服もベージュのセーターに動きやすいジーンズって言う格好で。

 元気で活発な印象の女性。

 その人が舞う度に足元の落ち葉が、ひらひらと舞っては落ちていく。

 僕はその光景を木に寄りかかりながら眺めてた。声をかけるのは無粋なことだってわかっているし。毎年見ている光景だから。

 その人が踊り終わって、僕に気づいたタイミングで声をかけた。


「おはようございます」

「ああ、おはよう少年。今年も来たんだね」


 その女性の名前は紅葉(もみじ)さんっていう。


「今年も来ました。久しぶりです」

「たしかに久しぶりだね、一年ぶりなわけだし」

「今日の踊りも綺麗でした」

「褒めたって何も出ないぞ、少年」


 そう言って紅葉さんは僕に茶色い何かを投げてきた。


「出てきてますよ。これは栗?」

「そう、さっき拾ったから君にあげるよ。栗は好物だったろ?」


 紅葉さんににそういう話をしたことは無いのに。なんで知ってるんだろ。

 話したことの無いことを言われるのはこれが初めてではないんだけど。その度に驚かされる。


「好物ですけど」

「なんだい、その嬉しいんだけどなんかちょっとみたいな顔は」

「一つだけ貰っても食べにくいなって」


 そう僕が言うと、紅葉さんはクスッと笑うんだ。そしてそのままお腹を抱えて笑いだした。

 僕には何がおかしいのか分からないけど、笑いのツボに入ったらしい。


「クックックックッ。確かにひとつじゃ足りないか。スイーツにするにも、茹でて食べるにしても。もう少し欲しいよね。それじゃあ取りに行こうか。その栗はここに来る途中で拾ったものだからね」

「栗の木があるんですかこの山に?」

「あるさ、少年。君が知らないだけで、この森にはたくさんのものがある。気が向いた時にでも探してみるといいさ」

「わかりました」


 と、そう答えたけど。僕はこの森に沢山ある何かを探すつもりはなかった。

 だって僕がこの森に来る目的は、


「さぁ、行こうか」


 考えが紅葉さんの言葉に遮られる。目の前には左手をこちらに差し出す紅葉さんの姿。

 僕は差し出された左手に、どうすればいいのか分からなくて固まった。


「あの、これは?」

「ん? 手を繋ごって差し出した左手さ。森の中ではぐれたら大変だからね」

「いや、さすがに子供じゃないですし」

「ふふふ、いっちょ前に恥ずかしがってるのかい?」

「そりゃあ、恥ずかしいですよ」


 素直に恥ずかしいと僕が言うと、紅葉さんは瞬きをしてニヤリと笑った。


「そうか恥ずかしいのか。それなら手を繋いだ方が楽しそうだね」


 そう言って無理やり僕の手を握って歩き始めた。


「紅葉さん恥ずかしいって、僕言いましたよね!」


 紅葉さんに握られた手を振りほどかないまま、歩調を合わせて歩く。


「君こそ振り解ける強さで握っているのに、振りほどくどころか逆に握り返してるのはどうしてかな?」


 分かりきっている答えを、僕の口から聞きたいのか。わざわざ紅葉さんが聞いてくる。

 今日の紅葉さんは意地悪だ。


「嬉しいからです……」

「ふふふ、そうか。それならこのまま歩こうか」


 紅葉さんが僕の手を握る力が強くなって、柔らかい紅葉さんの手がぎゅって押し付けられて。

 ただ手を握っているだけなのに僕の心臓がドクドクと鼓動を早めている。


「さあ、着いたよ」


 そこはまだ森の中だけど、地面に毬栗(いがぐり)が落ち葉の代わりに落ちていた。


「こんなにたくさん」

「拾いに来る人はいないからね。取り放題さ」


 紅葉さんと二人で栗拾いをした。僕のズボンのポケットに入る量だからあんまり多く取れなかったけど。


「たまには茹でた栗でも食べたいね」

「食べればいいじゃないですか」


 地面にはまだたくさんの栗が落ちてるし、水につけたり煮たりする手間はあるけど難しいことじゃない。


「確かに君の言う通りなんだけどね、茹でたりできないから食べられないのさ」

「じゃあ明日持ってきます」


 僕はまた明日会いに来れる口実が欲しかった。だから紅葉さんにそう提案した。もしかしたら明日一緒に栗を食べられるかもしれないと思いながら。


「明日も来るのかい?」

「駄目ですか」

「駄目じゃないさ。もう少しは私もここにいられるだろうからね。でも、明日はやめておいた方がいい」

「どうしてですか」

「雨が降りそうだからね、君が風邪をひいてしまうよ」

「天気予報じゃ、明日は晴れって言ってましたけど」

「うーん。じゃあ、晴れたら来るといい。雨が降ったら明後日おいで」

「約束ですよ」


 約束したかった。また会えるって約束が。


「約束か。いいよ、私と君との約束だ。だからそろそろ帰るといい。もうすぐ日が暮れそうだ」


 まだ太陽は上の方で輝いてるのに、紅葉さんは変なことを言う。


「まだ太陽上にあるのに」


 腕時計とか、携帯とか持ってないから詳しい時間はわからないけど。でもすぐに火が落ちるような時間じゃないのは確かだと思う。


「ここからいつもの広場まで戻って、君が家まで帰るころには日が暮れると思うよ」

「本当ですか」

「信じられないかい?」

「信じれないです」

「ふふ、なら広場まで戻ってみようか。そうすれば答えがわかるはずさ」


 家に帰るころには日が暮れるって言ったのに、広場に戻ればわかるって何だろう。

 また紅葉さんんと手をつないで歩く。空を見ても太陽は上にあるし。何も変わらない気がするのに。僕の心臓がドクドクするのも変わらないのに。


「さあ、着いた」

「なんもわからないです」


 やっぱり太陽は上にあって日が暮れるようには見えない。


「じゃあ少し座って休もうか」

「座ってって」

「栗を拾ったり、歩いたり疲れてないかい」

「そう言われると」


 確かに疲れてるかもしれない。足も張ってる気がするし。

 紅葉さんに誘われるままに地面に座る。紅葉さんの隣に座って、紅葉さんの顔を見ると何かを見ていた。何を見てるんだろうって気になった僕は、紅葉さんの視線を追ってみた。紅葉さんお視線の先には木があった。ところどころにまだ葉っぱが残っていて、ただの周りにある気の一つに過ぎないと思った。

 それでも紅葉さんはずっとその木を眺めてるから、何かあるのかと思ってじっと見てみる。そうすると木の枝の上で何かが動いた気がした。

 じっと見てみると、枝の上に茶色い小さい何かが居た。僕は名前しか知らないけど、多分あれはリスじゃないかなって思った。


「君も気づいたかい。よく見てみれば森にはいろいろな生き物がいる。私たちが座っている落ち葉の下にも虫がいるしね」


 紅葉さんの言葉にただ僕は耳を傾ける。目線は木の上のリスに向いていた。どんぐりに噛り付いてる姿は可愛らしいなとも思う。でも……

 横に座ってる紅葉さんを見る。

 小さい動物は可愛い。猫とか犬とかも可愛い。でも、僕は紅葉さんの方が可愛いと思う。いつも可愛いってわけじゃないけど、たまに見せてくれる表情が可愛い。今もリスを眺めてる姿は、いつものきりっとしたカッコいい姿じゃ無い。柔らかい表情で眺めてるから、それが可愛いなって思うんだ。

 珍しい表情の紅葉さんを眺めてると、リスの方を見てる紅葉さんが僕の方を見て目が合った。


「え、あっ、う」


 ばれちゃった。ばれないように見てたのに目が合っちゃった。


「私に見とれてたのかな?」


 笑みを浮かべながら顔を僕に近づけてきて、まじまじと僕の瞳の奥を見られてる気がした。心が見透かされてる気がして。


「ふふ、冗談さ。ところで君眠くないかい?」

「え?」

「眠くないかい?」

「眠くないと思うけど……」


 紅葉さんはなにが言いたいんだろ。


「眠いんだったら膝枕してあげようと思ったんだけどね」


 僕は体育座りしてたんだけど。紅葉さんはよく見たら正座してた。そして左手で膝をポンポンと叩いてた。


「もしかしたら気のせいだったかも」

「何がだい?」


 やっぱり今日の紅葉さんは意地悪だ!


「なんか眠くなってきたかもしれないなって」

「あはは!」

「笑わないでくださいよ」

「君は正直だなってね。さあ、おいで」


 促されるままに、ゆっくり紅葉さんの膝に頭を載せる。そしたらさっきまで眠くなかったのに、だんだんと眠くなってきた。安心する優しい匂いが紅葉さんからして。だんだんと瞼が降りてくる。


「日暮れ前には起こしてあげるから、ゆっく……すむ……い……」


 頭をなでられてる気がする。誰かに、と言うか誰に?

 ぱっと目を開けて上を向くと、少しだけ紅葉さんの顔が見えた。少しだけなのはその胸で見えないから……


「起きたかい?」

「おはようございます?」

「おはよう。さあ、起き上がって」

「あの、ありがとうございます」

「いいさ、気にしないで。それで、答えはわかったかな」

「答え?」


 答えってなんだったっけ?


「空を見てごらんよ」

「あ、夕暮れ」

「言ったとおりだろ。君が帰るころには日暮れになるってね」

「それは、紅葉さんが膝枕するから」

「でも寝たのは君だからね」

「意地悪だ」

「私は意地悪な女なのさ。さあ、そろそろ帰るといい。会えるのは明後日だと思うけどね」

「明日も来ます」

「雨が降ったら、明後日だよ。約束は守らないとね」

「まだ明日じゃないです」

「そうだねぇ。じゃあ、明日になったらわかるさ。バイバイ」

「さよなら、紅葉さん。また明日」

「また明後日」


 最後まで、紅葉さんは明後日と言っていた。家に帰った僕は栗を水につけて寝た。


 次の日。昨日まで天気予報で晴れだと言っていたのに。紅葉さんの言う通り雨が降ってた。「晴れたら来るといい。雨が降ったら明後日おいで」紅葉さんとそう約束したから明日裏山に行くことにしてその日は栗を茹でて寝た。


「紅葉さんおはよう」


 約束通り明後日になって裏山に来た。

 いつもの広場で紅葉さんは踊らないで座っていた。


「おはよう、栗は持ってきたかな」

「うん。もしかして栗が食べたくて踊ってなかったの?」

「あーうん。まあそうだね」

「じゃあ食べよ、スプーン持ってきたから」

「ありがとう」


 紅葉さんと並んで仲良く栗を食べる。


「んん、剥けない」


 いつもはお母さんが剝いてくれてるから食べれてたけど。子供の僕の力じゃなかなか栗の皮が剥けない。


「剥けないのかい?」


 紅葉さんはもう栗をむいて食べてる。


「うん」

「貸してごらん」


 紅葉さんは栗の皮を簡単に向いてくれた。


「どうぞ」

「ありがと」

「どういたしまして」


 紅葉さんに栗をむいてもらいながら二人で栗を食べた。


「うーん美味しかった」

「おっきくて甘かった」

「そうだねー」

「ねえ紅葉さん、もしかしてもう会えなくなる?」

「あはは、そうだねそろそろだね」


 紅葉さんは周りの木を見る。

 広場の周りの着は昨日の雨で、葉がほとんど落ちていた。ここだけじゃなくて、裏山の木のほとんどに葉っぱはついていなかった。


「また来年も会える?」

「ああ、会えるよ。また木々が色ずいたときにね」

「じゃあまた来年も来る」

「私は来年も踊りながら君を待っているよ」

「あのね紅葉さん」

「なんだい」

「僕ね紅葉さんのことが」


 風が吹いた。強い風が木々の間を吹き抜けて、木々の残っていた葉っぱが落ちた。


「好きなんだ」


 僕の声は、今年も最後まで紅葉さんに届くことはなくて。来年も僕はここに来るんだ。来年こそは紅葉さんに伝えるために。








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[良い点] 新海誠監督のアニメ映画に登場しそうな綺麗な自然の描写に惚れ惚れしました。
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