僕の期待は、ハズレのようです。
オークの死骸が山積みになっている場所に戻ってきた僕達は、早速解体を始めた。
いつもなら、僕がネグルカに小言を言ったり、2人でふざけてみたり、わいわいやっている。しかし、今はそんな雰囲気ではなく、ネグルカは黙ったままだった。
僕は、なんであの時にネグルカと一緒に行かなかったのかという後ろめたさで、とても話しかけられなかった。
だが、流石にこの沈黙に耐えきれず、
「なんであの時、僕の攻撃が届いたんだろ。やっぱり僕にも少しは魔法が使えるのかな?」
「いや、コルムは使って無い。」
「え?じゃあ、なんであいつ倒れたんだよ。」
「違う。攻撃は当たってた。ただ、あいつが魔法で防御しなかった。それだけだ。」
「そんな事だったのかよ。あーあ、少しでも期待した僕が馬鹿だったなぁ。」
本当はかなり期待していた。旅の成果が出たんじゃないかって。とうとう僕もちゃんと剣が使えるって。だから、期待していた分ネグルカの言葉は心に刺さる。
だけど、そんなことを表に出すほど子供でもない。ここは笑っておかないと…
ポタッ
作業している手に一筋、涙の跡が残った。
ポタッ ポタッ
早く止めなきゃ。そう思えば思うほど、その想いとは裏腹に涙は溢れた。
『僕には剣しかないのに、その剣も人相手じゃろくに戦えない。それに、僕はネグルカもいたのにも関わらず、襲われている少女を見捨てようとした。その後、誘われても「行く」の一言すら言えず、友が戦っているのを見てもなお、加勢に行かない意気地なしだ。』
そんな思いが一気に頭を駆け抜けた。すると途端に自分の悪いところばかりが頭をよぎる。最悪な循環だった。
「もしかして泣いてるのか?」
僕をその循環から抜け出させてくれたのは、ネグルカだった。いつだってネグルカは僕を助けてくれる。
「別にそんなに泣いてない。」
「そう言っている時は、嘘をついているって教えてもらったんだ。」
「昔の友達か。」
「そうだ。よく分かったな!コルムはやっぱり凄いな」
「そんなの、ネグルカに教えてくれる人って昔の友達しかいないだろ。」
「そうだなぁ、確かにあいつは色んなことを教えてくれたよ。
例えば、自分の魔力無しで魔法を使う方法とかな。」
「え?そんなこと出来るのか?!」
あまりの驚きでつい、オークをまたいでネグルカの方へ身を乗り出してしまった。
「まあまあ落ち着けって。ただ、誰でも出来るわけじゃない。」
「じゃあ、僕には無理か。」
もしかしたらと期待して損した。本当に今日は期待を裏切られる。そりゃ、そもそも魔力を持ってない時点で希望なんてないのだが。
「そうとも限らないぞ。」
「え?そうなのか?じゃあ、誰なら出来るんだよ。勿体ぶってないで教えろよ。」
「いいぞ。だけど、詳しい話は後の方がよくないか?そろそろ暗くなるぞ。」
周りを見渡すと、まだ解体出来てないオークが全体の1割ほど残っていた。
「確かにな。じゃあ、後で絶対教えてくれよ。」
そう言って、聞きたい気持ちを抑えて作業に集中…出来なかった。
もしかしたら、という期待はどんどん膨れ上がり、その事で頭が一杯だった。早く夜にならないかそう思うと、時間が長く感じる。
どのくらい過ぎただろうか、3時間くらい経ったような気分だ。
「よし!全部捌き終わったな!じゃあ、素材は僕がまとめとくから、あとは燃やしてくれ。」
ボウッ
「はい、俺は終わり。じゃ、コルム頑張れ。」
「終わったらお前も手伝うんだ!本当に日が暮れるぞ!」
もう空が赤く染まり始めていた。
急いで支度をして森を出る頃の空はカクテルのような沢山の色が混じったなんとも言えない美しさだった。
「で、ネグルカ。話の続きは?」
街へ帰り素材を換金した僕達は行きつけの宿にある食堂へと足を運んでいた。
「あぁ、魔法が使える条件か。それはな…」
僕はゴクリと息を飲んだ。ここで何を言われるかで決まる!
「えっとな、まず、魔力がない事だな。」
「はぁ?!」
僕は思わず大きな声を上げて、席を立ってしまった。まさか、そんなことを言われるなんて思ってもいなかった。
「他には?」
「後はそうだなぁ。あ、先ずは魔法の事から教えてやる。魔法っていうのはな、……」
とまぁ、この後1時間近くネグルカは1人で話し続けたのだが、まとめると
・魔法は基本的に術者の身体の表面及び触れているものにしか影響しない。
・魔法で生み出した物(水や火、石など)は術者から離れると消えてしまう。
・魔法を使う人間は魔力を貯めておく魔力槽と魔力回路を共に持ち、体内から発生する魔力を魔力槽に貯めている。
・自分の魔力を使わないで魔法を使えるのは、大気中の魔力を使っているから。
・魔法を使える条件は魔力槽がないことと、魔力回路を持っていること。そして、僕は当てはまっているらしい!
だが、最後ネグルカが一言
「ま、ここまで言っといてなんだが、人間が大気中の魔力を使おうとしたら、大概、破裂して死ぬ。」
「は?」
いやいやいや、今の流れは確実に僕が魔法使える方法を見つけて喜ぶ流れだったよね!は?破裂?死ぬ?意味わかんない…
「そうなのかよ…」
「あぁ、そりゃ、人間の魔力回路は大体が1種類の魔力しか対応してないからな。」
「魔力にも種類があるのか?」
「勿論だ。水、火、土、風、雷の5種類ある。そして、大気中にはこれらの力が混ざって存在する。だから、体内に取り込もうとすると、自分に合わない魔力も取り込んでしまうから、暴走して破裂する。ま、俺は5種類全部いけるけどな!」
ネグルカは自慢げな表情でこちらを見てくる。ただでさえ、期待をまた裏切られてムカついているのに、さらにムカつく。
「あっそ。」
「なんだ。せっかく教えたのに全然嬉しそうじゃないな。」
「当たり前だろ。魔法が使えると期待させといてくせに、裏切りやがって。」
こんな事を言うつもりはなかったが、あまりの察しの悪さについ口に出てしまった。
「まぁ、魔法は使えないが、練習すれば、魔力を感じられるようになるぞ。そうすれば対人戦でも、相手が今魔力をまとっているかどうかが分かるようになる。そしたら、攻撃するタイミングがわかるだろ。」
良かった。ネグルカが怒ったらどうしようかと思ったが、怒っていないようだ。しかも、ようやく僕にでもできるかもしれないことが見つかった!
「確かに。…どうやって練習するんだ?」
「そんなの簡単だ、俺がお前の魔力回路に魔力を流す、それだけだ。そんなに言うなら、明日朝一にやってやろうか?」
「うん。やってくれ!」
「分かった。じゃあ、今日はそろそろ寝よう。」
本当は今からでもやって欲しいくらいだったが、ネグルカが酒に酔ったせいか眠そうにしだしたので、今日は諦めることにした。
その日の夜は、嬉しさで到底寝付けそうもなかった。
あぁ、早く明日の朝にならないかな!