【第79話】遺す言葉
「リオテーク!!
ディクティオ……まさか本当に……」
「おぉっと、近寄らないで貰えるかな?」
その男はリオ爺の胸からゆっくりと腕を引き抜き、まるで汚い物でも振り払うかのように手に付いた血を飛ばす。
その男は身なりこそ薄汚れた感じだが、強い。
身に纏うオーラは間違いなく、強者のそれだ。
ただそこに居るだけで、かなりの威圧感がある。
僕と同じ黒髪黒目、歳も僕とほとんど変わらないか、少し上くらいか?
ディクティオと呼ばれたその男は辺りを見回し、僕と目が合った。
「あれ? もしかして君……そうか、君が僕の後釜か。
って事は……まぁいいか。目的は遂げたし、僕はこのままお暇するよ。
あっ、これはもう用済みだし返すね」
そう言ってリオ爺の体を蹴って、こちらに転がした。
神経を逆撫でされる感覚とはこの事だろう。
腹の底から怒りが沸き上がる。
そして、今動ける者の中で最も踏んではならぬ者の地雷を踏み抜いた。
「よくも……リオテークを!
生きて帰れると思うな!」
長年リオ爺の相棒をしていたメイレールさんだ。
瞬く間に距離を詰め、攻撃を試みるがあっさりと躱されてしまう。
「うぉっとっと! 君は確か……メイレールだ!
どうでもいい事でも割と覚えてるものだね」
「貴様に覚えられているだけで不愉快です!」
「そんなにカリカリしないでよ……
面倒なのはお互い嫌だろう?」
メイレールさんの猛攻を捌きながらでも尚、余裕の表情を見せるディクティオ。
しばらく殴り続けると、次第にメイレールさんの拳が黒い雷を纏い始めた。
一撃を打ち込む度に、雷鳴の様な音が轟く。
その勢いは衰える事無く、更に激しさを増す。
これが『轟雷』の2つ名の由来か。
耳を塞がないと鼓膜が破れそうだ……
「貴様のようなクズをのさばらせる訳には行きません!
皆さんは怪我人を連れて離れて!
近くに居ると巻き込みます!」
「分かりました! ルーナ、リオ爺を運ぶよ!」
「了解! わたしが足を持つね!
アニマさん達も早く逃げて!」
未だ状況が掴めていない勇者アモルを、アニマさんが半ば強引に手を引いて避難する。
僕とルーナは瀕死のリオ爺を何とか2人で抱えて、なるべく安全な所まで下がった。
「ルーナ、いざと言う時の為に、メイレールさんが戦ってる近くまで行ってくる」
「それならわたしも!」
「いや、ルーナはここに居てリオ爺を見ててあげて。
僕は戦闘に参加しないから。ね?」
「……分かった。気を付けてね?」
心配してくれるルーナを背に、メイレールさんとディクティオの戦場まで戻った。
地形の原形は既に失われており、おびただしい数のクレーターで埋め尽くされていた。
そしてそれ等はまだまだ増えている。轟音は未だに響き続けているからだ。
「ハァァァアアアア!!!!」
「君も執拗いなぁ。
そろそろ終わらせて貰うよ……『黒縄』!」
手に持つガラスペンで描かれたのは1本の縄。
勿論、ただの縄ではなかった。
その縄は意志を持ったかのように動き、メイレールさんに絡み付く。
「何ですかこれは!?
なっ!? ぐっ……くぅぅ…… カハッ!?」
どう言う原理かは分からないが『黒縄』と呼ぼれたその技は、あのメイレールさんですら身動き取れずに締め上げられている。
「その縄は長くは持たないから、その内解放されるよ。
せいぜい圧迫死しないように頑張ってね?
じゃ、僕は行かせてもらうよ……」
「ぐ……待て!!」
「僕も忙しいからね。
この合言葉を唱えるのも何百年ぶりかな……」
『そして物語は幕を閉じる』
合言葉を唱えて出現した魔法陣を潜る直前、ディクティオは何か思い付いたように振り向いた。
「…………近くで見ているんだろう?
近い内にまた会おうじゃないか。僕が仕掛ける神殺しの大戦で!
じゃあね……棗」
「っ!?」
そのまま、ディクティオは魔法陣へと消えて行った。
ラグナロク、確か世界の週末だよな……
いや、その前に何で僕の名前を知っている!?
何もかも分からないが、今は出来る事をしないと。
「メイレールさん! 今助けます!」
「お願い…します……」
今も尚締まり続ける縄を掴み、描き持ったナイフで細かく切り刻む。
どんな硬度かと不安だったが、思ったよりもすんなりナイフの刃は通った。
「はぁ……はぁ……ありがとうございます。
私の力が及ばず、逃がしてしまいました……
この事は早く、報告せねばなりません」
「皆の所に行きましょう!」
メイレールさんと共に、ルーナやアニマさんが避難している場所に集合した。
「ナツメ君、リオ爺さんが! 早く治療しないと!」
「っ! 急いで禁書庫に戻ろう! メイレールさん!」
「分かっています」
『そして物語は幕を閉じる』
帰還の魔法陣を出現させ、帰る準備を早急に始める。
リオ爺はメイレールさんに背負ってもらい、僕とルーナも忘れ物が無いように確認する。
「あの!
もう、何処かへ行ってしまわれるのでしょうか?」
「はい。僕達が元いた場所へ帰ります」
「その、アモルを救ってくれてありがとうございます!
リオテークさんにもよろしくお伝えください
この恩は決して忘れません! どうかお達者で!」
アニマさんから涙ながらのお礼をされた。
僕達にとっては物語でも、この人達にとってはここが自分の世界な訳だから、こんなにも感謝されるのだ。
物語の登場人物と関わる事があまり無いから、久しく忘れていたな。
「アニマさんもお元気で!
アモルさんの事よろしくお願いします!
じゃあ、僕らはこれで!」
最後にアニマさんに手を振って、魔法陣を潜る。
殺風景な隠し部屋に帰って来た。
瀕死のリオ爺をどうやってこの部屋から出そうか……
「ナツメさんどいてください!
緊急事態につき、扉を壊します!」
ドォォオオオン!!
その拳で扉の代わりになっている本棚を破壊す。
まぁ、これで怪我人は運び易くなった。
「私はリオテークを医務室へ連れて行きます!
2人ははオラシア様を連れて来てください!」
『はい!』
僕とルーナは広大な図書館から何とかしてオラシアさんを探し出して、リオ爺とメイレールさんがいる医務室へ駆け付けた。
「リオテーク! 無事ですか!?
メルちゃん、容態は?」
「意識はあるようですが…かなり、衰弱しています……」
「っ!? リオテーク! 目を開けてください!
リオテーク! あぁ、どうすればいいんでしょう。
わたしは何ができるでしょう?」
リオ爺に駆け寄り、オラシアさんはオロオロと慌てる。
「つぅ……! 皆さん、揃っていますかな?」
『っ!?!?』
「リオテーク! 無理に喋るな! 安静にしていろ!」
「残り少ない、命です……はぁ……
今ここで、伝える事を……伝えましょう」
意識を取り戻したリオ爺が、どうにかして振り絞った様な声で何かを伝えようとしている。
「まずはオラシア。
貴女はわたくしにとって、母のような存在でした……
どうか先立つ不幸を許して欲しい」
「許しません! そんな……そんなのって……」
「次にメイレール。
貴女はわたくしにとって、太陽でした。
貴女より美しい者をわたくしは知りません。
……愛していますよ。いつまでも」
「知っている……私も貴方程気高い漢を知りません。
私も、その、愛しています!」
「次はルーナさん。
君はこれから、ナツメ君を1番近くで支えて欲しい。
彼は大人びていますが、未熟な所もある。
彼に寄り添ってあげてください」
「はい。いつまでも!!」
「そして最後に、ナツメ君。
君はわたくしの自慢の弟子です。
貴方のセンスはわたくしを優に超えています。自信を持って業務を遂行してください。
それと、これからは貴方が図書館長です。
皆を引っ張って行ってくださいね?」
「リオ爺……そんな、僕なんてまだ……
教えて貰いたい事だっていっぱい……!」
「ナツメ君、貴方に教える事は全て教えましたとも。
それでも尚足りないと思うのであれば、それは貴方の向上心の表れです。
貴方になら安心して任せる事が出来ます」
「分かりました……僕、頑張ります!
リオ爺みたいな立派な図書館長になってみせます!」
リオ爺は僕の言葉に満足したように頷いた。
あぁ、駄目だ。今にも涙がこぼれそう……
立派な図書館長になるって言ったばかりなのに!
「クークラとセルビアには、これからも元気にと……
アベリアとアルバには、少しは手を抜くようにと……
モネは……食べ過ぎぬようにと。
マルタにはこれからもよろしく伝えたください。
これくらいですかね? ふぅ……」
リオ爺の呼吸が徐々に弱くなっていく。
でも、何ともまぁ満足気な顔をしている。
「楽しい……冒険の日々でした……
願わくば、来世でも…………」
そのまま眠ってしまった。
長い永い、眠りについた。
「ゆっくりしてください。お疲れ様でした……うっ……
うぁぁぁぁぁああああ!!!」
「リオテーク……どうか安らかに……
浮気は、許しませんからね?」
「お休みなさい、リオテーク。
今まで、ご苦労さまでした……」
こうしてリオ爺は最後を迎えた。
僕は家族を失う悲しみを初めて痛感した。
心に穴が空いたような喪失感。
思い出が鮮明に頭に浮かび、自然に涙が溢れ出る。
そして、今日から僕はが図書館長なんだ。
覚悟を決めなければ……
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リオテークを無くした神域の図書館。
次回からどうなるのか、こうご期待ください!




