【第78話】愛を奪われた英雄⑤
異形と化した勇者アモルは、ただそこに居るだけでとてつもない威圧感を放っている。
読んだ物語の人物像とは似ても似つかない。
そして、あの2人が動く。
「メイレール、わたくし達も行きますよ」
「私も『轟雷』の2つ名に恥じない活躍を、後輩達に見せねばなりませんね。
足を引っ張らないでくださいよ?」
「おや、言ってくれますね……
メイレールに合わせて最初は手を抜きましょうか?」
「ふふふふふ……」
「ははははは……」
仲睦まじく会話をしながら、溢れんばかりの殺意を滾らせて異形を見据える。
僕とルーナは異形を挟み込むように、リオ爺達とは対極となる位置へ陣取り、逃げ場を塞ぐ。
それにしてもこの異形、僕の『黒潮』からどうやって逃れたんだろう?
位置的には確実に巻き込まれていたはずなのに……
「ルーナ、僕らはリオ爺達の動きを見て、可能だったら参戦しよう」
「分かった。危ないと思ったら離脱するね」
最初は観察に専念したい。
あのリオ爺ですら1度は負かされた異形だ。
そもそも僕達の実力で通用するのかを見極めたい。
「わたくしの雪辱を果たすとしましょう。『黒糸縅』」
以前にも見た漆黒の鎧兜。
細かいパーツが多くて、同時に顕現させ続けるのは慣れないとかなり神経を削る。
それなのに、リオ爺は更にその上から鎧を重ね書きしようとしている。
「『大黒天』!」
リオ爺の話で聞いていた『大黒天』の鎧だ。
初めて見たけど、禍々しいな……
異形の目の前まで来ると拳を大きく振りかぶって、腰が入った最高の一撃を叩き込むべく構える。
ズッ───ゴァァアア!!!
「うぉあっ!?」
異形の拳とリオ爺の拳がぶつかる。一瞬遅れて、とてつもない衝撃が周囲一帯を襲う。
そこへ透かさず、メイレールさんの横薙ぎの蹴りも撃ち込まれる。
ノーガードで蹴りを受けた異形は、後退りはしたもののダメージはほとんど無さそうだ。
リオ爺とメイレールさんのご挨拶も終わり、次に仕掛けたのは勇者の異形。
その長い腕を無造作に、鞭のように下から上へリオ爺向けて振り上げた。
「シッ……甘いっ!! メイレール!」
「言われなくとも!」
リオ爺は攻撃を紙一重で躱し、メイレールさんがその後隙に異形の膝へ地面が抉れる程の鉄拳を決める。
この一撃により、異形は地面に片膝を突いた。
膝を突かせた後も執拗に重い連撃を見舞う。
その轟音は繰り返し降り注ぐ雷を連想させる。
「リオテーク!」
『ヴォォァアアア!!!!』
「喧しい!!!
愛を忘れた貴様に価値など無いと知れ!」
異形の頭を両手で鷲掴み、顔面に膝蹴りが入る。
ボグッ……っと、生々しい音が響く。
それからも異形に行動を取らせない、ほとんど一方的な攻防が続いた。
「ルーナ、行けそう?」
「見切れるようにはなって来たよ」
「なら、僕達も行こうか?
挑戦してみたい事もあるしね」
僕はリオ爺の『黒糸縅』を模した鎧を描いてみた。
リオ爺の鎧兜程の絵のクオリティは無いが、シンプルな見た目の軽鎧であればこの通り。
フルプレートだと僕の実力では動き辛いけど、急所を重点的に守るこの形なら弊害も少ない。
そして何より、武器は描いていない。鎧の所々を刃にしたからだ。
「そんな事出来たんだ!」
「完全に見よう見まねだけどね……」
「なら、わたしも見せてあげないとね?」
ん、なんだ? ルーナも何かするのか?
ルーナは戦鎚の柄を両手で握って、意識を集中する。
しばらくするとパチッパチッと赤い雷がルーナの体を這うように流れる。
この現象は決闘の時に見たアレだ。
その赤い雷は徐々にルーナの手に、そして戦鎚に収束されていく。
「おまたせナツメ君! わたしも本気だよ!」
「すっごいじゃん!
あの時の力、制御できるようになってたの!?」
「えへへ、実は休日に騎士隊で訓練してもらってたんだ」
成程、僕が最高神様達と出会っていた時とかか……
すごいな、僕も負けてられないね。
さぁ、ここからは僕達も参戦だ。
「僕達も出ます!」
「待ちわびましたよ!」
「リオ爺は異形を抑えて、メイレールさんは少し離れてください!」
僕がそう言うと、瞬時に判断して2人は動いてくれる。
リオ爺は首を小脇に抱えるように抑えて、異形の動きを封じた。
「ルーナ!」
「はいはーい!」
『ガァァアア!!!』
ズッギャァァァッン!!
上空から赤い稲妻の如く一撃が、異形に向けて振り落とされた。
異形が無造作に振り上げた拳と、ルーナの戦鎚がぶつかり合う。
間違い無く、ルーナの過去最高の一撃だ。
最初こそ拮抗していたが、最後にはルーナが押し勝つ。
異形は地面にめり込んだまま動かない。
「ナツメ君、下がって……」
「っ! はい!」
リオ爺の手には長く、分厚い大剣が握られていた。
刃幅なんて僕の腰くらいある。
それを両手で構え、異形の首に向けて振り下ろす。
しかし──。
ギィィィンンン!!
耳をつんざく様な音と共に弾かれてしまう。
この威力で切れないなら、僕では到底不可能。
せめて作戦を考えないと……
でも思い付いた所でこの硬さだからな。
打撃は効くけど、斬撃は通しそうにない。
何か、何か手掛かりは…………!!
「リオ爺! ディクティオって人がガラスペンを刺したの何処ですか!?」
「胸の辺りだったと思いますが……」
「全員、この異形を抑えててください!」
僕の出した指示に何の疑問も抱くこと無く、完璧に実行してくれる。
リオ爺は異形を後ろから羽交い締めに、メイレールさんとルーナは足を各々の方法で押さえ付けてくれる。
肥大した異形の体の隅から隅まで探す。
そして、見つけた。ほとんど塞がって、点のようになっている穴のような傷口が。
「しっかり抑えててください!」
ドスっ……
『グォォォアアア!!!! ヴァァアア!!!』
傷口に万年筆の先を突き立てた。
案の定、勇者の異形は暴れようとするが、3人が抑えているおかげで何とかなっている。
「ナツメ君、長くは持ちませんよ!」
「分かってます!」
異形に刺さった万年筆の尻軸を回して、異形の体内のインクを吸い上げる。
そう、僕ですら最近気付いたんだ。
この万年筆が吸入式と呼ばれる物だって。
万年筆の中のインクが満タンになれば、1度引き抜いてインクを排出し、再び刺しては吸引を複数回続けた。
最初はドス黒いインクのような物が排出されていたが、回数を重ねる度にそれは赤い正常な色になる。
赤い血が排出されるようになった頃には、異形の体は随分と小さくなっていた。
「ナツメ君、これは……」
「はい。体内に何かを入れられてあの状態になったのなら、逆に吸い出せば元に戻るかと」
「上出来ですよ、ナツメ君。
これなら止めも刺せそうです」
ようやく僕も役に立てた。
力ではどう頑張ってもこの人達に敵わないからな……
でも、これで勇者アモルの異形は倒せるはずだ。
「皆さん下がってください。
引導を渡してあげましょう……」
先程の大剣で今度こそ異形の首を跳ねる。
異形は……勇者アモルは膝を突いて、バシャっとインクになって崩れ去った。
「アモル!! あぁ、アモル! アモルぅ……
うぅ……うわぁぁぁぁん!!」
異形とは言え、恋人の死に魔王のアニマさんは涙する。
リオ爺の事だ、どうせ重要な事は教えていない。
インクになった勇者アモルの前で泣き崩れるアニマさん。
ただ、僕達は知っている。インクに戻った異形がどうなるかを。
しばらくすると、インク溜まりがボコボコと膨れ上がり、人間の形になっていく。
「ん、んあ? ……アニマさん? どうしてそんなに泣いているんだい!?
もしかしてこの人達が泣かせたのか!?」
「っ!?!? アモル! アモルぅぅ!!!!」
復活した元の状態のアモルに、アニマさんは感極まって抱き着いた。
状況がまだ分からないようで、勇者アモルさんはタジタジとしている。
「一件落着……ですかね?
僕らも帰りましょう……か……」
図書館に帰ろうと提案しようとした時だった。
何事も無く終わると思っていた。
いつも通り、このまま全員で図書館に帰れると思っていたんだ。
リオ爺の胸を素手で貫く人物を目にするまでは……
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次回、衝撃の展開に?
こうご期待なのです!




