【第6話】お人形
頭が割れそうだ…それに、少し気持ち悪い。
今の自分の状況を確認するために目を開けると、先輩とリオ爺が横に座っていた。
「ここは……」
「……!……気が付いた?」
「ここはわたくしの執務室です。気分はいかがですかな?」
ここは執務室か……先輩がここまで運んでくれたのかな?
だとしたら、ちゃんとお礼を言わないといけないな。
まだクラクラするが、上半身をゆっくり起こす。
「クークラから大体の事情は聞いております。
後頭部の辺りがまだ痛むのではないですか?」
「はい、さっきからとても痛いです。
ごめんなさい、僕が禁書庫を覗こうとしたばかりに…」
興味本位で覗こうとするんじゃなかったな。
この頭の痛みはその後遺症のような物なのだろう。
「いえ、その事は別に大丈夫なのですが…
クークラが君をここまで運んで来るのに、君の足を両脇に抱えて引きずって来たので……」
あれ? 禁書庫からここまでかなりの距離だし、いくつか階段とかあったよね?
この痛みは後遺症でも何でもなく、ただただ物理的に痛いだけなのか。
「……かなり……頑張った」
「あ、ありがとう…ございます?」
なんだろう? 僕を助けてくれようとしての、100%善意による行動なのだろうが、素直に感謝出来ない。
そんな事ともかく、禁書庫から聞こえた声について聞かなくてはならない。
「禁書庫を覗いた時に、声が聞こえたんです。
憎悪の塊みたいな声が…」
「ナツメ君は禁書庫との相性がとても宜しいようですね」
「相性?」
「はい、もちろん普通の方には声など聞こえません。
ですので、わたくしやナツメ君のような禁書の声が聞こえる者はかなり珍しいのですよ」
リオ爺もあの声が聞こえるのか。
珍しいとは言え、禁書庫に入る度にあんな憎悪にまみれた声が聞こえていたら、たまったものじゃない。
「君にはいずれ、禁書庫の管理を任せようと思っています」
最初はなんて言われたのか理解できなかった。
覗いただけで倒れたのに管理って言った?
どうしよう、この先の図書館生活とてつもなく不安になってきたな……
「安心してください。今すぐにという訳ではありません」
「……後輩は…まだ見習い……禁書庫はまだ早い」
「しばらくは普通に働いて修行していただく予定です。
肉体的にも精神的にもナツメ君はまだ子供です。焦る必要はありません」
今からそう遠くない未来、あの禁書庫を管理しなくてはならないのか。
修行って言っても何をするんだろ。
そんな事を考えながら少し俯いていると、
「禁書庫は確かに危険です。ただ、中には安全なものもあるという事を覚えておいてください」
「安全なもの?」
「はい。クークラ、スカートを少し捲って貰えないかな?」
急に何を言い出すんだ!?
「…………えっち」
先輩はジト目でスカートを抑えてリオ爺から離れる。
まぁ、そりゃそうなるでしょ。
急にスカートを捲ってくれなんて言われたら。
「待ちなさい。そういう意味ではなく、君の関節をナツメ君に見せてあげてくれないか?」
「……?……それくらいなら…構わない」
そう言ってスカートを捲り始めた。
目のやり場に困っている僕を置いて、リオ爺がまた話し始めた。
「ナツメ君は『おもちゃのお姫様』という童話をご存知ですかな?」
「えっ? はい、一応」
おもちゃのお姫様と言えば、礼儀正しく窮屈な生活に耐え切れなくなったお姫様が、妖精の国で自分の等身大人形を作って自分と入れ替え、城の人間はお姫様が人形になった事に気付かないどころか、お姫様が礼儀正しくなった!
みたいな皮肉の効いた童話だった気がする。
「彼女はその童話の人形なんですよ」
「……ん……膝まで捲った」
先輩の膝を見ると、人形などに用いられる球体関節というものだった。
関節を見せ終わると、捲っていたスカートをおろし、服のしわを手で払って直す。
「ホントに、人形なんですか?」
「……ん…元お姫様」
先輩は両手を腰に当て、自信満々な顔をしている。
「物語の登場人物が今、目の前にいるってことですか?」
「……ん……クークラは……禁書庫から来た」
「彼女の言う通り、クークラは物語の登場人物の1人に過ぎませんでした。ですが、長い年月を経て本に意思が宿りました。それが彼女です」
なるほど? いや、全く分からないな。
「禁書庫に置いてある本がどういう物かはクークラから聞いていますかな?」
「はい。確か、魔素を吸収し過ぎた本だって……」
「その通りです。神界にある物は全て、少なからず魔素の影響を受けます。
長い間、魔素が蓄積された物は、稀に意志を持つ事があるのです」
リオ爺は立ち上がって、部屋を歩き回りながら説明を続ける。
「ナツメ君のいた国では付喪神なんて言葉がありましたよね? あれは恐らく、魔素の影響を受けた物だと思います」
「付喪神ってあの付喪神ですか?」
「いかにも。魔素というものは普通の人間には感じる事すらできません。故に、昔の人間は自分の理解できない事などを神や精霊が宿ったとして扱った、と言った所でしょう」
僕がいた世界にも魔素があったのかな?
でも、さっきの話を聞いて1つ疑問が生まれる。
「なんで先輩は本のままじゃないんですか?」
「……クークラが……答えたい……いい?」
「全然いいですよ。聞かせてください」
珍しく先輩が手を挙げて立候補した。
先輩は大きく息を吸い込んで、自分の事を話し始めた。
「……クークラは……ずっと…物語の中にいた。
……でもある日………突然…感情が芽生えた」
昔の事を語る様に、遠くを見ながら語り始めた。
語り始めた先輩はどこか嬉しそうな表情をしている。
「……見える景色が……全部…鮮やかになった。
……でも、クークラがいた世界は…とても……とても窮屈だった……」
「人形は元々、お姫様がその環境に耐えられなくなって、作って貰ったものですもんね」
「……ん…クークラもその環境に…嫌気がさした。
……そして…助けを求めた……もっと感情を学びたい、もっと色んな景色が見たいって……」
ここまで言って、先輩はリオ爺に視線を向ける。
すると、リオ爺は視線の意味を理解したのか、先輩の横に座って話しを引き継いだ。
「その時のクークラの声を聞いたのがわたくしでした。
本の中で助けを求める彼女を救い出して、今に至ります」
「……本から出た時に……クークラは…クークラって名前を貰った……気に入ってる」
そんな事があったのか。
禁書庫と言っても、全部の本が危ないという訳ではないようだ。
リオ爺に頭を撫でられながら、とても満足気な顔をしている先輩を見るとそう思える。
「そういえば、助けられたまでは分かったんですが、本の登場人物がなんで本の外に出られるんですか?」
「そうですね、まだナツメ君に言えない事がいくつかありますが、クークラが外に出る事ができるのはオラシアが作ったクークラ専用のリングのおかげですかね?」
「これと一緒のようなものですか?」
そう言って、僕は右手に付けている天使の輪を見せる。
「はい。ですが、わたくし達が付けている量産品とは違い、クークラの物はオラシアが1から作った強力な物なのです」
「そのリングを先輩が外すと、どうなるんですか?」
「恐らくですが、元の本の世界に戻ってしまいます」
リオ爺の言い方からして外したことはないのだろう。
でも、そういう事なら簡単に外せないな、僕も先輩がいなくなるのは困る。
「ナツメ君がこの先、禁書庫の管理をするようになった時、助けを求める声が聞こえたら救ってあげて欲しい」
「はい。その時が来たら全力で助けます」
僕の言葉を聞いてリオ爺は満足そうに頷いた。
「話は変わるのですが、今日の仕事は一応、大事を取って休んでください」
「え? 別に大丈夫で 「休んでください」」
とても食い気味に言われたので、休むしかないだろう。
「……リオ爺……クークラも…看病のために……」
「貴女はサボりたいだけでしょう。でも、まぁいいです。
今日だけは許可しますので、ナツメ君と一緒にいてあげてください」
先輩と一緒に今日は休みを貰ってしまった。
まだ午前中だけど、今からどうしようか。
その後、先輩と一緒に家に戻り、僕の部屋でこれから何をするか、ミニ会議が開かれていた。
「……お昼を食べに……街に行きたい」
「いいですね! 僕も街の方をいろいろ見てみたいですし」
「……ん……決定」
僕は着ていく服がこの燕尾服しかないんだけど、この格好でいいのかな?
まぁ、今から街に行った時に服も見てくればいいか。
しばらく待っていると、
「……おまたせ…行こ?」
先輩はいつもの深緑のメイド服から、紺色をベースにした落ち着いた雰囲気のワンピースに着替えていた。
肩からは白色のポシェットを下げており、控えめに言ってとても可愛い。
「案内よろしくお願いしますね」
「……ん」
こうして2人はサボり、もとい僕の療養のために街へ出た。
読んでいただきありがとうございます!
最近少しずつですが、読んでくれる人が増えてきてとても嬉しく思っております。
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次回はナツメとクークラのデート回?的な感じになるので、お楽しみに!!