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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

消し去るもの

作者: 平 一悟

 京で長く応仁の戦乱が続いていた。


 人は戦乱を避けて、地方に逃げ、山などでひっそりと暮らすようになっていた。


 そんな山中の闇夜の中の神社の社殿の中で、薄暗い灯火の中に二人の巫女姿の女性と浄衣を来た十六歳くらいの若い神主が浮かび上がる。


 巫女の一人は四十前後の年頃で祭壇の前に座っていて、若い神主と中年の巫女は親子であった。


 若い神主の隣には十六歳くらいの巫女がいて、二人は並んで若い神主は母親の巫女の前に座っていた。


「お前の力のお蔭で、此度の事もうまく行った。良く頑張ったな」


 母親の巫女が息子である若い神主を優しい眼差しで見た。


「いえ、これもすべて、御母上様の御導きの賜物でございます」


 若い神主が嬉しそうに頷いた。


 その時、社殿の扉を叩く音がする。


「はて、今時分になんであろうか?」

    

 若い神主が誰何の声を上げて扉を開けようとした瞬間に、狩衣を来て顔を覆った男達が中になだれ込んできた。


 頭領のような男が若い神主を斬り殺した後、若い女の巫女も斬り殺す。


「その若造は十二にばらして僧侶に言われた通り、それぞれバラバラに埋めて封印しろ」


 後から続く者たちにた向かって頭領らしい男が叫んだ。


「貴様ら何奴じゃっ!」


 母親の巫女が叫ぶと同時に稲妻が走り、幾人かが倒れる。


 それと同時に彼らの顔を覆っていた布が裂けて素顔が露わになる。


「お、おぬしら、我が一族のものでは無いか! なぜじゃ!」


「御領主様に、おぬしらの力があまりに危険すぎる故に、一族を取り立てる代わりにおぬしらを始末するように言われたのよ。すまんが一族の為に死んでくれ」


「おおおおお、貴様らぁぁぁ。利用するだけ利用してかぁぁ」


「今だっ! 真言の彫られた刀で奴の腹を刺せっ!」

 

 周りの郎党達が怯えながらも次々と母親の巫女のお腹を刀で突き刺していく。


「お家の為だ。許せよ」


「許すかぁぁぁぁ! 許すものかぁあぁぁ! 貴様らがこの事を永遠に忘れられない様にしてやるぅぅ! 貴様らの子供が争う様にぃぃ! 呪いぉぉぉぉぉぉぉ!」

    

 血まみれになりながらも震えながら、母親の巫女が叫んだ。


「黙れ!」


 頭領が母親の巫女の腹を抉るように短刀で刺しながら叫んだ。


「私の息子を返せぇぇぇぇぇ」


 刺殺された後、幾人かに引き摺られて連れ去られる若い神主と若い巫女を見て、母親の巫女が叫びながらも絶命した。



★★★★★★★★★★



 地元の進学校である双雲高校へ向かう通学路で、身長は百七十五センチくらいでやや筋肉質だけど柔和な顔をした男子生徒が登校していた。


 葉月要(はずきかなめ)である。


 その隣には身長157㎝くらいのやや痩せ型で可愛らしい笑顔が印象的な幼馴染の葉月向日葵(はずきひまわり)が続く。


 ふと、目の前で幼稚園児が転んで膝を擦りむいて泣き出した。


 要が幼稚園児の元に近づいて、傷口についた砂を払うと絆創膏を付けた。


 そして、幼稚園児の眼を絆創膏の上に手をかざして、幼稚園児をじっと見た。


「おまじないしてやる」

    

 要が軽く気合をいれると、突然幼稚園児が驚いた顔をした。


「あれ?痛くなくなった」


「良かったな」

    

 要が笑って答えた。


「また、こんな所で、力を使う。昨日の話をどう思っているの?」


「あの変な話? 殺された母巫女の呪いと子を思う願いが歪んだ形で現れて、神主である子供がバラバラに封印された数だけ俺たちのそっくりさんが生まれて、その全員が殺し合わないといけないって奴だろ。そんなの、ありえんだろ。なんかの漫画じゃあるまいし」


 要が苦笑した。


「でも、テレビでやっていた石油コンビナートの爆発だって……それだって……」


「いやいや、無いわぁ。だって、テレビで事故とか言っていたし」


「それは、呪いなのか何なのか分からないけど、何が起こっても世間では単なる事故にされるとか言っていたでしょ」


「そりゃ、ご都合主義すぎるだろ。大体、俺は、せいぜい相手の痛みとかの感覚や、ちょっとした記憶や知識を数時間無くすとか、その程度しかできないんだぞ。何しろ数時間たったら感覚も記憶も戻っちゃうし。こんな力で戦えるわけがない。まあ、一応、用心に親父から貰っていたこれを持ってきたけど」

   

  要がポケットから古い折り畳みのナイフを出す。


「それ、子供の時に持ってた奴でしょ。山遊びとかキャンプで使ってた奴だ」


 向日葵が苦笑した。

 

「いーじゃん、昔からの愛用品だし」


 要が笑いながら答えた。

     

 その時、クラスメイトの杉村雄二(すぎむらゆうじ)が後ろから要の肩を叩いた。雄二の身長は要と同じくらいの痩せ形で眼鏡をかけている。


「おい、そのナイフ、銃刀法違反だぞ。外で出すなよ」


 雄二が笑いながら突っ込んだ。


「え? マジかよ。鉛筆削るのに使ってますじゃ駄目なのか? 」


「刃渡り6㎝以上はアウトだ」


「知らなかった。面倒くさいなぁ」     


 要が呆れたように折りたたみナイフをポケットに仕舞う。

 

 その時、要の後ろをなんとなく見た雄二が、驚いた表情をする。


 そこに、ブレザーを着た要そっくりの男が立っている。


 如月柊二(きさらぎしゅうじ)である。


 そして、その柊二の背後から向日葵そっくりのブレザーを着た女の子が出てくる。


 如月薺(きさらぎなずな)である。


「え? え? 双子? 」


 雄二が要と柊二を交互に見て驚いてる。


「へぇ。なるほど、一定の時間だけ相手の感覚やちょっとした小さな記憶を消すことが出来るのか。なかなかレアな能力じゃないか」


 柊二が振り返った要の眼を見ながらにやりと笑った。


「え? え? だ、誰? 」


「一応、戦いのスタートは、クジの順番でそれぞれに割り振り決められた全てを教える日に両親から話を聞いてから3日後と言う決まりだが。とりあえず話自体は聞いているんだろ? 両親達が引いたクジの順番で、週ごとに新しい奴が参加するバトルロワイヤル方式だと。ちなみに俺は如月柊二と言う」 


「え? マ、マジだったのか? 」


 要が凄く驚いた。


「呑気な奴だな。すでに二人死んでいるんだぜ」


 柊二が呆れたように答えた。


「う、嘘…」


「嘘じゃないよ。生き残るのは一組だけ」


 愕然とした向日葵に薺が答えた。


 突然、皆の間に男が割り込む。


 背広を着ているが、これまた要そっくりの男で霜月忍(しもつきしのぶ)である。


 要とは同じような背格好だが、筋肉質な雰囲気からかなり身体が鍛えられているのがわかる。


「さ、三人目?」


 雄二が忍を見て絶句して呆然となる


「おい。取り決めでは、本人が納得する為の3日間は近づいてはいけないことになっているはずだろう」


 柊二を制する忍の後から、向日葵と同じ姿をしてスーツを着た大人びた女性も間に割ってくる


 霜月ヤツデ(しもつきやつで)だ。


「ちょっと会いに来ただけですよ。わざわざ、前回の勝者様が注意に来られるほどではないでしょう」

     

 柊二が肩をすくめた。


「お前は人の心が読めるはずだ。相手の能力もな」


「いやいや、不死に近い再生力を持つ貴方と比べたら、戦うなんてとても無理な力ですがね。そもそも、貴方はシードみたいなものだから、最後の参戦じゃないですか。なんで、わざわざ監視みたいな事をしているんですか?」


 柊二が薄笑いを浮かべた。


「役目だからだ」


「貴方が勝者としての役目を果たさないから、このクソみたいな戦いが終わらないんですよ」 


 柊二があてつけるように冷たく笑って言い放つ。


「貴様、俺の過去まで読んでいたのか! 」

    

 忍とヤツデが殺気立つ。 


「ちょ、ちょっと、他の人の眼もあるんですから、やめてください」

  

 向日葵が間に入って、皆をなだめた。


 要たちが良く見える百メートル離れたビルの屋上に要と同じ姿でブレザーを着た男がじっと要たちを見ている。


 水無月翔(みなつきしょう)だ。


 その横でには向日葵と同じ姿の水無月百合(みなつきゆり)がいた。


「やめようよ、翔。ねぇ、またコンビナートの爆発の時みたいに関係ない人が、たくさん死んじゃうよ」


「仕方ないだろう、百合は生きたくないのか? 俺たちの父さんや母さんや、仲間にだって会えなくなるんだぞ。勝つしか無いんだ。どんな手を使っても勝つしかないんだ」


「あんな奴の言う事を信じるの? 」


「俺たちは組んだんだ。たとえ互いの両親の決めた同盟だとしても、俺たちは信じるしかない。今日だって、ここに足止めしてくれている」


「でも……」


「……腹を決めよう。俺たちはどんな事をしても生き残るんだ! 」


翔が手をかざすと炎の弓と矢が出てくる。


 そして、翔が弓を引き絞って、要に向けて矢を射る。


 炎の矢が火の粉を散らしながら要に向かって放たれる。


 忍がそれを察知して、要を引き摺り倒した。


 それと同時に要の背後の十軒近い家が爆発して炎上した。


「…う、嘘だろ」

 

 要があまりの事に震えてる。


「伏せていろ。水無月の奴だ」


 忍が制止するように答えた。


「中の人達を助けないと! 」


 炎上する家を見て、向日葵が叫んだ。   


「やめなさい。もう無理よ。狙いは貴方達なんだから、早く逃げて姿を隠しなさい」


 ヤツデが優しく、そう答えた。


「そ、そんな」   


 雄二の服に火が跳んで燃えている。


 要が慌てて飛び起きて、自分の上着でバサバサやって火を消した。


「馬鹿! 立つな! 」

    

 その姿を見て翔が二本目の矢を放つ。


 その時、後方から突然に要の父親が飛び込んできて、要に覆い被さるように突き飛ばした。


 父親の上を矢がとおって近くに着弾した。


 爆発が起こって、その飛んだ破片で父親が大怪我する。


 雄二は火を消す為に転げ回っていた為に幸いにも怪我はしなかった。


 水無月翔がいるビルの屋上で百合が半泣きになって翔に抱きついて止める。


「もう、止めよう! また、たくさん死んじゃう! 」


「離せ! もう今更、引けないんだ! 百合は生き残りたくないのか! 最初の奴だって話し合いをしようとしたら殺しに来たじゃないか! 」


 翔が百合を引き離す。


「俺たちは生き残るんだ! やるしかないんだ! 」

 

 翔が弓に矢をつがえて再度引き絞る。

   

 要が父親の右腕の二十センチ以上ぱっくりと割れた傷を見て、慌ててハンカチで血止めする。


 父親の背中にもいくつもの爆発による破片が刺さって血を流している。

 

「父さん! 父さん! 大丈夫? 」


「し、心配するな。嫌な予感がして、追ってきて良かった。逃げるんだ。私はもう良い」


「じ、冗談じゃないよ。病院に行こう」


「いいんだ。それより、すまなかったな。こんな家に産んでしまって。許してくれ」


「次の矢が来るぞ! 」


 忍が叫んだ。

 

「まわりの皆を巻き込んで、ふざけるな! 」


  要が立ち上がって、父親を庇うように立つ。


「狙いは俺なんだろう! 俺を射ろっ! 」

 

 要が矢を射ている屋上を睨み据えると翔と目が合う。

 

 水無月のいるビルの屋上で要と目があった翔が激高する。


 「なんだよ、その目はっ! おれへの当てつけかっ! 」


 翔が要の目を睨み据えて叫ぶと同時に、突然、翔の目の前が真っ暗になる。


「嘘だろ。目が! 目が見えない!」

    

 翔がおろおろとして騒ぐ。横にいる百合が心配そうに翔を覗きこんだ。


「嘘だろ! あいつ、俺の目を見えなくしやがった! 」

     

 翔が絶叫を上げて矢を放つが、明後日の方に飛んで爆発し炎上する。


「とにかく、一旦身を隠さないと! 早く! 」


 百合が怒りで叫び続ける翔を引きずってビルの屋上から連れて行く。


 激しい戦いが続いている所から少し離れたビルの陰で柊二がスマホの通話で百合から翔の状態の説明を受けていた。


「心配するな。翔の目はしばらくすれば治る。それよりも警察に捕まるな。俺たちの関与は記憶から消えてしまうとしても、捕まればやっかいな事になる」 


 柊二が舌打ちしながらスマホを切った。


「どうだって? 」


 薺が聞いた。


「ここまでお膳立てしたのに失敗しやがった」


 柊二が吐き捨てるように答えた。


「仕方ないよ。父親まで出てきたし」


 薺が少し悲しそうに答えた。


「ふん。同じように産まれて、あいつは親に大切にされて、俺は暴力を振るわれてか。ウンザリする。同じ魂のはずなのに、なんでこんなにも差があるんだ」

    

 薺が柊二をいたわるように肩を抱いた。


「しかし、あの距離で相手の目を見るだけで相手の目を潰せるのか。意外とやっかいな奴だな」


「これから、どうするの」


「とりあえず、あいつが甘ちゃんなのは分かった。良い手がある」


 柊二が薄暗い笑みを浮かべた。



★★★★★★★★★★



  騒動が収まり、やはり要を庇った要の父親の傷は大きくて、体を包帯で巻かれて病院のベッドに横たわっている。


 その父親を要と忍が見てる。


 要の母親がベッドの横で座って、父親と要と忍を見守っていた。


「もう、私たちの事はいいから、行きなさい」

  

 言いながら、要の母親が封筒に入ったお金を渡す。


「でも…」


 要が父親をじっと見て躊躇した。


「行きなさい。見たでしょう。今回も単なるガス爆発として処理された。貴方たちの存在はまるで路傍の石のように警察に扱われた。私達の一族は呪いでずっとこれを続けているの」


「こんな馬鹿な事が……」


 要が血が出るほど手を握りしめた。


「二十四年に一度、同じ姿に生まれたものが、ずっと互いに殺し合いを続けているんだ」

 

 忍が目を瞑って答えた。


「二十四年って」


「そうだ。俺の姿は君たちと変わらないが俺の年は三十九歳だ」


「……そんな」


 要が凄く驚いた顔をした。


「本当の事だ」

 

 忍が冷やかに答えた。


「じゃあ、一体、勝者になったって何があるんだ」


「おぞましい事さ。そして、俺は出来なかった……勿論、今までの誰もできなかった」


「そ、そんな」


「君が勝ち残れば分かる。私はあくまで、今は監視役だ。もう始まってしまったが、監視役である以上、私は君の味方もできない。恐らく、彼らは組んでいる。出来るなら、早くここを離れた方が良い」


「行きなさい。要を他の人達が、どう思おうが、思われようが、呪いなんか関係ない。私達は要を私達の大切な息子だと思っているから。生きていて。どうか、お願いだから」


 母親が祈るように要に言った。

     

 忍が要と母親をじっと見て病室から立ち去る。



★★★★★★★★★★



 病院内のコンビニで差し入れを買って、病室に向かう向日葵。


 目の前に薺が現れる。


「何? 」


 向日葵が驚いた。


「あの子のお父さんの病室に行くのね」

     

 向日葵が用心深げに回りを見て、他に誰もいないのか確かめた。


「彼……柊二ならいないわ。貴方に話が合って来たの」


「話? 」


「ええ。私は柊二を止めたいの。手伝ってほしいの」


「手伝い? 」


「貴方達が想像する通り、彼は今日貴方達を攻撃してきた男と組んでいるわ。私はそれを辞めさせたいし、こんな戦いも辞めたいの。貴方に協力して欲しい」


「協力とは? 」


「ここでは何だし、ついて来て」

  

 向日葵が少し悩んだが、黙って頷いた。



★★★★★★★★★★★



  突然に要のスマホにダイレクトメールが来る。要がそれを見て顔色を変える。


「どうしたの? 」


 母親が心配そうに聞いた。


「ちょっと出ていく前に、用が出来た」


 心配させない様に作り笑いをしながら要が答えた。



★★★★★★★★★★



  向日葵が手を縛られて布で猿ぐつわを噛まされて椅子に座らされている。


  そこに翔と百合と柊二と薺がいる。


  向日葵が薺に向かって呻く。


「ごめんね。でも、素直についてくる貴方も悪いのよ。残念だけど、この戦いは辞められないの。期限が来ると勝者がいない場合、私達は全員消えるの。その分だと、彼が死ぬと貴方も消えてしまうのも知らないみたいね」


  薺の言葉に向日葵が驚きの表情をする。


「私たちはね。二人で一つなの。ただ、貴方が死んでも彼は死なないわ。そこは少し納得いかないけどね」


 薺が寂しそうに答えた。


「さて、僕達はここで姿を消すよ。僕は戦う能力は無いからね」


「本当に奴は来るんだろうな」


 翔が確かめるように柊二を睨んだ。


「来るさ。彼も甘ちゃんだし」


「あの不死の奴は…」


「忍か? あいつは誰の味方もしないよ。ルールに縛られている性格だからな。まっ、僕も両親の約束は果たすさ。君の両親がうちの両親の事業の資金援助をするかわりに、決勝までは君を助ける約束だからな」


「分かった」

    

 翔の返事を聞いて、柊二が肩をすくめてその場を去った。



**********



 向日葵が閉じ込められている倉庫の前の道路は倉庫を前に左右に分かれていて、T字路の正面にあった。


 その突き当りの前の信号の所に要がいた。


 そして、信号で止まっている運転手の窓を要がノックするように叩いた。


 訝しげな顔をして窓を開けた運転手にスマホの向日葵の写真を見せた。


「すいません。このあたりでこの子見ませんでしたか」


「いや、車を運転しているから、分かんないよ、そんなの」


「そうですか、すいません。ありがとうございます」

     

 要が次々と並んで信号待ちで止まっている自動車に聞いて回る。


 途中で信号が青に変わる。


「車を運転しているんだから、そんなの気が付かねぇよなぁ。あ、あれ。どうやって曲がるんだっけ? え? あれ? 車を、どうやって止めるんだっけ? 」

     

 次々と信号待ちしてた自動車がアクセルを踏まれて、コントロール不能で直進して倉庫に突入していく。


 倉庫の壁が次々と飛び込む自動車で破壊された。


*********


  激しい衝撃音とともに自動車が百メートル四方の何もない翔とユリと縛られた向日葵だけがいる倉庫内に雪崩こんでくる。


「一体、何が! 」

      

 次々と壁を破壊して飛び込んだ自動車から、運転手が首を振りながら出てくる。


「あれ、なんで、アクセル以外の運転の仕方をド忘れしているんだ? 」


「あいつ! 車のアクセル以外の操作方法を運転手の頭から消しやがったのかっ! 」

 

 運転手の何人かが、そこに縛られている向日葵を見た。


 翔が舌打ちして、弓を射ると飛び込んだ自動車をいくつも爆発した。


 運転手達が悲鳴を上げて逃げ惑う。


「ど、どうするの」


 百合が動揺して聞いた。


「あいつは騒ぎを大きくして、この子を置いて俺たちが逃げるのを待っているんだ! そうはいくかよ! 」


 翔は向日葵を見て吐き捨てるように叫んだ。

  

 翔が弓に矢をつがえて、次々と射て、一か所の出口だけ残してすべてが火の壁になるようにした。


 通り道は一か所だけなので、そこで要が入ってくるのを待つつもりらしい。


 その時、向日葵が口でなんとか猿ぐつわを外して叫んだ。


「待ち伏せされているわ! 逃げて! 」


 向日葵が絶叫した。


「逃げるな! 一か所だけ通れるようにしているぞ! かかってこい! かかってこないとこの女を殺すぞ! 」


 翔が弓に矢をつがえながら叫ぶ。


「ちょっと、いくらなんでも……」


 百合が哀しそうな顔をした。


「生き延びるんだろうが! 俺たちは生き延びるんだろうが! 俺たちは生き延びて家族や友達やみんなの元に帰るんだ! 死んでたまるか! 消えてたまるか! 」


 翔が一か所だけ開いた出口に矢を向けて叫んだ。


「さあ、俺の目を前のように潰してみろ! お前が現れたと同時に矢をぶち込んでやる! 」 


 炎の壁の中で鬼のような形相で、炎のない出口を翔が睨んだ。


 その時、翔の右側の炎の中から全身を焼きつかせながら、要が現れる。


 そして、折りたたみナイフの刃を横にして吸い込まれるように、相手の肋骨の間の心臓に突き刺した。


「え、え、なんで……」

    

 翔が胸に突き刺さったナイフを見て、自分の胸が血まみれになっているのを驚いて見た。


「ナ、ナイフかよ。こ、こんなおもちゃみたいなナイフで…」

     

 炎の中から来たので、要の身体の全身が焼けて、焦げた匂いがする。


「う、嘘でしょ。どうして……」 


 向日葵が涙を流した。  


「そ、そうか、鏡で自分を見て、自分の痛覚を……消して……きたのか。馬鹿じゃ……ないのか? 結局、その火傷じゃ……お前も助からない……」

     

 翔がその場に崩れ落ちた。


 百合がそれを支える。


「馬鹿ね……。翔、貴方も馬鹿よ……」

     

 百合が泣きながら、翔を抱きしめた。


 翔が最後の力で百合の手を握る。


 そして、百合の手を握れなくなって翔が力尽きた。


 それと同時に百合の身体がかすれだした。


 百合がカッターナイフを出して、向日葵の背中に手をまわして縛っていた紐を切る。


「貴方も彼の元に行ってあげて」

 

 百合が要を見て言った。


「ごめんね」


 百合が、身体がかすれていきながら向日葵を見て呟いた。


 翔が息絶えると同時に、百合が消えていく。


 そして、百合が消えると同時に今度は翔の死体も消えていく。


 それを見送った後、向日葵が息も絶え絶えの要を抱きかかえた。


「どうして来たのよ……」


「お前をどうしても助けたかった」


「馬鹿……」

     

 向日葵が要をじっと見て、自分がさっきまで出していた涙が出ない事に気が付く。


「ごめんな、笑っていて……欲しいから、悲しいという感覚を……止めたよ……。もう一緒にいれ……ないけど、最後まで……笑っていてほしいんだ」

    

 要が振り絞るように向日葵に言った。


「大丈夫だよ。ずっと一緒だから」

     

 向日葵が要を抱きしめた。

 

 そこに忍が現れた。


 そして、要をじっと見た。


「生き延びたいと思う力に、相手を助けたいと言う捨て身の力が勝ったと言う事か…」


「残念……ですけど……勝ったとは言えません……」


 要が力無く答えた。


「いや、君の勝ちだ。君に私の力を譲ろう。良いだろう? 」


 忍がヤツデの顔を見て聞いた。


「いいよ。もう、私も疲れたし。年をとらないってのは、しんどいからね」

     

 忍とヤツデが顔を見合わせて笑った。


「俺たちは全部を終わらせる事のできる人間を探していたんだ。君に賭けてみたい」


 忍が要の胸に手を当てて祈る動作をする。


「な、何を…」


「君の両親は君達に死んでほしくなくてこの事を伝えなかったんだな。我々は同じ姿の相手に命と引き換えに力を譲ることが出来る。だから、この戦いは相手を殺すだけでなく、相手の願いとともに命と力を貰った人間の誰が生き残るかが勝負なんだ。私の命と共にこの力を持って行け。そして、皆をこの悪夢から解放してくれ」 

    

 忍が身体をかすれさせながら言った。


 急速に要の身体のやけどが回復していく。


「頼む。俺には出来なかった……。俺たち全員の本当の母親を止めてくれ。彼女は俺たちを待っている。子供が生まれ変わって戻ってきて欲しいと言う願いと一族への恨みがすべてを狂わしているんだ。どうか静かな眠りにつかせてやってくれ」


 忍が振り絞るように言うと、ヤツデとともに掻き消える。 


「は、母親って……」

     

 殆ど、身体の回復した要が起き上がると呟いた。



★★★★★★★★★★



 倉庫が火事になったせいで、天井が突き抜けて、近くのビルの屋上から、倉庫の中が丸見えになっている。


 柊二がその隙間から要たちの様子を見ていた。


 柊二が、忍が要に力を譲っている姿を見て舌打ちした。


「やっぱり、あの男は、あいつに賭けて命と力を渡したか」 


 柊二が吐き捨てるように呟いた。


「……彼の予見していた通りになったね」


 薺がため息をついた。


「出来たら阻止したかったんだがな。レアな力に不死に近い命か。恐ろしく厄介な敵になった」

    

 柊二の呟きに薺が頷いた。


「仕方ない。両親が勝手に決めた偽りの同盟は終わった。これからは、俺たち自身が決めた同盟で戦う番だな。とりあえず、彼にまた相談しに行くしかなかろう。本当の俺達の同盟者である、もうひとりの俺に……」

     

 柊二が苦虫を潰した顔で、その場を去った。


 戦いはこれからなのだから。    







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