発達障害なのに怠惰なので余計に顰蹙を買う
五十代を超えたが人生上に置いて、特に成し遂げたものはなく、日々老化する身体に筋トレをほどこすこともなく健康診断は無視を決め込み、ポックリ逝くことを夢見ているような人生。あきらかに道を間違えていたが当人の意識は、そんなことに気づくこともなく。時の流れはただただ無情で彼と共に生きた両親も老いていた。取水手妻は、ただ人生を無駄に浪費している。将来の展望は何もない。
普通の人が人生について大雑把な計画を立てて、世間で一般的だと示されているレールを外れないように生きていたのに、彼はそんなことは意に介さず、ただ脳が求める要求に沿いながら娯楽をひたすら追い求めていた。プロレス、漫画、ロック、お笑い、この4つのコンテンツが彼の人生を支配している。
えさを与えられた金魚が、満腹を知らずに何度も水面にたゆたう粒上の浮遊物を際限なく体に取り込もうとしている。動物が本能のみにコントロールされるように、彼もただ、快楽を求めていた。
時を遡ること二十年前、普通の人間なら健康を謳歌して多少の無理も効く年代に彼は二つの病を抱えていた。常時襲われる不安、メンタルの不調と原因不明の腰痛である。そのため彼の休日は通院に費やされ、そうでない日は自宅にこもり浮いた話の一つさえなかったという。
彼にとって仕事は、生計を得るための手段であるはずなのに、なるべく少ない労力で終わらせようとしている。片手間にやっているという思想が、彼の貧弱な体から透けて見え、上司は眉間に力を込めて、何度も怒鳴りつけた。自分に原因があるにもかかわらず叱責された彼は酷く落ち込むのだ。
なぜか彼は仕事にどん欲になれず。上司の言うままにこなしていればいいと考えているようだった。そして彼はわりと頻繁に上司の指示に反抗的な面を見せ、怒気を込めた返事をし、嫌々ながらだるそうに身体を動かすのだった。
フットワークの軽いきびきびとした動きの若者が評価されることを知っているはずなのに、彼はわざとなのかもったりとした、仕事に就く前に疲れ切った様な重い、若者であることを忘れさせるような、にぶい爬虫類の日向ぼっこを思わせる動作で上司の神経を、運動後の心電図を思わせる頻度で切れさせる。
「取水おまえなめてるのか」
「何言ってるんですか、部長をなめても煙草の味しかしませんよ」
言って行けない場面で、軽口をとばして火に油を注ぐ。そんな生き方しかできなかった。
彼は普通の商人にはなれなかった。売れるものを売るという姿勢がなく、完売しても追いかけて発注をしなかったので、同僚もあきれ果てていた。その店の売り上げは彼が担当した部門だけさえなかった。
この時代、まだ発達障害は存在すら知られておらず。彼は作動性の低い脳のリソースの大半を娯楽に割いて生活していたので、仕事はポカミスや抜けが多かった。叱られまいと行動しても、上司の怒りを買う常連客だった。




