第2話 俺と後輩と夜ご飯
「なんだって俺以外誰もいない日に限って、お前のメシを作る羽目になるんだ」
俺はフライパンに火を掛けながら呟く。
するとすぐ後ろで、俺の料理姿を見ていた後輩が謝ってきた。
「すみません。ウチの両親が揃って急な出張に行ってしまって……」
「別に責めてるわけじゃない。でもお前ももう高校なんだから。少しぐらい料理を覚えろよな」
「そういう先輩だって、野菜炒めしか作れませんよね?」
「インスタント麺すら、作れないやつよりはマシだ」
俺が嫌味のように後ろへ立つ後輩――涼風静香に声を掛けると、彼女は慌てて無意味に反論してきた。そういう問題じゃないのに。
「仕方がないじゃないですか。両親が滅多に作ってくれないんです‼」
「それで普通、麺をそのままスナック感覚で食べるか? それで粉末スープは?」
「お湯に入れるに決まってるじゃないですか。当たり前のことを聞かないでください」
「そう思うなら、そのスープの中に麺も入れような」
「そんなに言わなくてもいいじゃないですか。先輩の意地悪、鬼、悪魔」
こいつは相変わらず、大人しそうな名前と大人っぽい外見に反して、どこか言動が子供染みている。高校生になったんだから、もう少し大人っぽい振舞を求めたいところだが。
「鬼でも悪魔でも構わないから。少しは盛りつける皿の準備とかして、俺を手伝おうな」
以前、親友に俺と静香が、運命の相手とか言われたが、正直そうは思わない。
確かにこいつがウチの前の家に引っ越してきた時は、少しだけ好きになりそうになった。でも今となっては、ただの世話が焼ける妹みたいなやつ。正直、恋愛対象にはもう入らない。
そういえばよくよく考えてみると、俺の周りって付き合っているやつが多いよな。
親友の霧道にしても、同じ生徒会のそれも生徒会長と付き合ってる。あいつ、Mだしな。あんなキツい性格の会長と付き合えるのも、恐らくあいつぐらいだ。となると、案外世話好きな俺が付き合えるのも、静香みたいなやつってことになるのか?
俺がもしも静香と付き合った場合、その時は何かが変わるのだろうか。
いや、今とほとんど変わらない気がする。
むしろ、今より俺の生活が大変になるな。
俺は軽く、静香と付き合った場合のことを想像した。
すると何故か急に不安がよぎる。
そして青ざめた表情で溜息を零し、口癖のように呟いた。
「出会いが欲しい」と。
すると、背後から弱々しい蹴りが俺の足を襲う。
まあ、いつものことだから犯人は丸わかりだが。
「ちゃんと皿、持って来たのか?」
俺は背後にいるであろう後輩に声を掛ける。
けれども「知りません‼」と、一蹴されてしまった。
いつも通りだけど、やっぱり面倒くさいやつ。
そんなことを思いつつも、俺の頬は自然と緩む。
口ではなんと言おうと、静香を気に入っているからだ。
俺が心の中で、ニヤニヤとしている時だった。
「あのう……先輩。なんだか、焦げ臭くないですか?」
いつもなら不機嫌に任せて、数分は無視をするはずの静香。
その彼女の指摘を受けて、俺は思わず頷く。
確かに言われて見れば、何か焦げ臭いような――
「って⁉」
*
「悪い、こんな夕飯になって」
皿の上に盛りつけられた黒い何か。
俺はそれを苦笑気味の表情でみつめ、静香に軽く謝った。
「これなら、私の作るインスタント麺の方が、まだマシだと思います」
確かに。流石の俺もそれには同意せざるを得ない。
少なくても机にある野菜炒め。それは最早、人の食べる料理ではなかった。
「しょうがない。お前の分も俺が食べるから。何か他の料理でも作るか?」
とはいえ、野菜炒め意外は確かに苦手なんだよな。
でもこれを食べるよりは、明らかにマシだろう。
白い皿に盛りつけられたのは、木炭のように黒焦げになった野菜。
正直これが体に良くないということは、俺でも理解できる。
だというのにこの後輩は――
「大丈夫です‼ 先輩が折角、私のために作ってくれた料理。残さず食べます」
静香はそう言って、作った俺ですら躊躇ってしまうほど、不味そうな野菜炒めを口へ運ぶ。そして口に入れた物を飲み込んで、真っ先に放った言葉は――
「不味いですね」
どうやらかなり不味かったようで、静香の顔は真っ青に変色していた。
その顔を見た俺は、つい興味本位で自分も食べてみる。
するとある違和感が。
「確かに不味いけど……なんでこんなに甘いんだ?」
確か一回だけ、町内会の温泉旅行に行ってる両親からの電話があって。
静香に火加減を見てもらってたよな?
「……お前、砂糖とか入れてない?」
「……入れました。先輩があまりにも、コショウをかけるので」
「それだ‼ お前は本当に馬鹿か? 砂糖は焦げやすいんだぞ。つまり、この野菜炒めが不味いのって……」
俺は最後まで言い切ることなく、静香の方を睨んだ。
その視線を感じて、珍しく静香が「すみません‼」と謝罪する。
それから俺達は気分が悪くなり、静香は勝手に俺の部屋のベッドで横になっていた。
ちなみにもう一人ぐらい、横になれそうなスペースは空いていた。
だが、俺は敢えてそれを考えずに、リビングのソファーの上で横になった。
翌日、俺はウチに泊まったと思われる静香に文句を言われた。
理由は同じベッドで寝なかったから。
……いや、流石に一緒に寝るのは無理だから。