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第28話 俺と後輩と恋人

前回の続きとして見てもらえると面白いと思います。

 放課後。俺は一人で下校していた。だが、だからと言って静香と喧嘩をしているわけではない。俺から一歩的にあいつと距離を取っているだけだ。きっと先日の件で多少なりとも後ろめたさがあるのだろう。

 いくら静香の名誉を護る為だったとはいえ、俺はあいつの嫌いな喧嘩をし。あいつに怒られてしまうような自己犠牲をしてしまったのだから。

 俺が一人でゆっくりと通学路を辿り、家の玄関前まで来るとそいつは声を掛けてきた。


「よ、ようやく、お、追いつきましたよ、先輩」


 その後輩は息を切らしながらも真直ぐに俺のことをみつめていた。きっと俺が玄関前に辿りつくまで一定の距離を保って、俺の様子を見ていたのだろう。その時を逃さないために。


「今日は先輩にお説教をしに来ました」


 静香ははっきりと言った『お説教』と。そして俺もわかっていた。きっと俺が停学になった本当の理由を聞けばこいつならそう言ってきてしまうと。



                *



「それで? 誰から聞いたんだ」


 場所を俺の部屋に移し、俺達はいつもの定位置に着くと話を始めた。


「会長と霧道先輩です」


 静香だけには停学になった本当の理由を話さないことを条件に、真実を話したと言うのに。


「全く、あの二人は」


 俺がそう呟くと静香は「あの御二人を怒らないでください」とあの二人への譲歩を求めてきた。


「あの御二人は先輩との約束を守ろうとしていました。きっとそれは私のことを護ろうとしてくれた先輩と同じです」


 いや、違う。あの二人はきっと最初からこいつに真実を話すためだけに、俺から話を聞いた。あの二人はそういう人間だ。

 会長は昔から俺を知っているから。そして霧道は一度だけ俺を見捨ててしまったから。だから俺を助けられなかった自分達では無理だと思ったのだろう。だから静香に託した。唯一俺を明るい世界に連れ出せる人物に。


「本当にあの二人はいつまで下らないことで後悔してるんだか」


 俺は唐突にそう呟いた。きっと静香には、俺が何の話をしているのかわからなかったのだろう。ただ何度も瞬きをしていた。


「それで? 説教って言ってるが、何を怒るつもりだ。確かに喧嘩をしたのは悪いと思ってる。だけどそれだけだろ。俺が周囲の悪意の中に飛び込んだのは、勝手だし。お前の身代わりになることを決めたのも俺の自由だ。お前はそんな俺の自由を否定するのか?」


 俺は静香なら何と言うかわかっていながら、嫌味のようにそう尋ねた。

 きっと俺はただその言葉が聞きたかったのかもしれない。罪悪感や自己嫌悪。それらの気持ちに心が折れそうになっている自分をただ――


「否定するに決まってます‼」


 そう言って否定してもらいたかった。


「否定するに決まってるじゃないですか‼ いくら自分のためとはいえ、先輩が傷つくのを容認できるわけが無いじゃないですか‼ 先輩だって自分の所為で私が苦しんでいると思って行動してくれたんですよね。なら、それは他の人も同じです。誰だって自分の所為で誰かが苦しんでしまったら、傷ついてしまうんです」


 静香はそう言って俺の行動を否定した。


「それは私も同じです。会長たちから先輩が私の為に喧嘩をして、ワザと悪評を広めた。そんなのを知って私が、納得できると思いますか⁉ 出来るわけありません」


 きっと静香にとってそれは、普通のことなのだろう。だからこそはっきりと言う。


「少しは自分が傷つくことで周りも傷つくと言うことを知ってください」


 静香が泣きながらそう言う。きっと俺の今の顔も同じような。今にも泣いてしまいそうなものだったのだろう。だが、俺はこう言った。

 わからないと。

 俺にはわからなかった。長年、周りなんてものと行動を共にしてこなかったから。長年、自分側には自分一人だけだったから。

 だから自分なんかの為に傷つくような人は誰一人いないと勝手に理解して、結論付ける。きっと静香からすれば、その考え方の方がよっぽど理解できないのかもしれない。

 だから何もわかろうとしない俺を見て涙を流した。きっとそれがわかることのできない俺が、とてもかわいそうで。とても寂しそうに見えたのかもしれない。

 それだけなのに俺は自分の今までの言葉を覆した。


「やっぱり、俺はお前が今でも嫌いだ」


 俺は今まで好きだ、なんだと散々思っていた相手にそう言った。

 俺は自分なんかを好きになってくれた女の子にそう言った。

 自分を変えられないのを知っているから。だから遠ざけることにした。自分が自分として壊れてしまう前に。 

 好きなはずなのに。俺と静香は考え方が全く違う。

 俺は自分が犠牲になってでも大切な人間を助けたいと。そして静香は自分の所為で誰かが傷つくのは嫌だと。

 だからこそ、これは必然だったのかもしれない。俺も薄々感づいていたが、先送りにしてきた。先送りにし、見ない様にしてきた。だが、もう目を背けるわけには行かない。


「静香。今日でお前とは縁を――」


 俺がそう言いかけた時だった。先ほどまでベッドに座っていたはずの静香の顔が俺に近づき、その唇を俺の唇に重ねた。

 唇の先からは静香を伝って何かが俺に入ってくるのがわかる。とても暖かくて、優しいもの。きっとそれは静香の俺に対する思いの様なものだったのだろう。俺がそれを理解すると静香は顔を俺の顔から離した。


「それ以上は言わせませんよ‼ もしもまだその先を言うつもりなら、もう一度今と同じことをします」


 依然混乱している俺を差し置いて、静香はそう宣言した。


「先輩は理解していないかもしれませんが、私たちの考え方は最終的には同じなんです。結局は誰にも傷ついて欲しくない。私も先輩も結局はそういうことじゃないですか‼」


 そう指摘され、俺は初めて気が付いた。


「私は嫌なんです。そんな風に優しい先輩が、その優しさを誰にも理解してもらえずに苦しんでいる姿が」


 は、は、は。

 俺の心には自分の乾いた笑い声が響いた。きっとそれは俺の中にいる自分を嫌っている自分だ。そしてそいつはこう言っているに違いない。


『騙されるな。そいつは嘘をついている』と。


 だが俺はそんな自分を嫌っている最低な部分よりも目の前にいる相手を信じることにした。俺を優しい先輩と言ってくれた本当の意味で優しい後輩を。


「さっきは悪かったな。嫌いなんて言って」


 俺は先ほどの自分の発言を正すと、改めて静香に言った。


「俺はやっぱり、お前のことが大好きだ。好きで、好きでたまらない。さっきだってその……キ、キスした時も口では表現できないけど。何となく、それがはっきりとわかった。だからその……俺と――」


 俺がそう言って約束通り静香に改めて告白しようとした時だった。


「残念でした。先輩、その告白は私の命令で無効にさせて頂きます」


 静香はそう言って俺の告白を遮った。


「え? どういうことだ?」

「先輩、約束しましたよね。恋人になるまでに私とキスをしたらなんでも命令を聞くと。ですから命令です。その告白を今すぐ中断してください」


 静香が先ほどまでの表情とは打って変わって、笑顔でそう言ってくると俺は仕方がなく押し黙った。

 だが、命令は複数回出来る。だから問題は次の命令だったのだが。


「では、先輩。私からの命令です。私と付き合ってください」


 うっ。やっぱり来たな、それ系の命令。


「で? 今度はどこに連れていけばいいんだ?」


 俺が静香の命令に対して質問を投げかけると、静香は呆れたように溜息を吐いた。


「何を言ってるんですか、先輩。普通にこの空気を読んでください」


 静香はそう言って俺の体を強く抱きしめると改めて言った。


「命令です、月神忍先輩。私と男女交際をしてください」

「わかった。約束は約束だからな。その命令、聞いてやるよ」


 俺としては腑に落ちないところもあるが、こうして俺達は正真正銘の恋人になった。


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