バレンタインデー企画 俺と後輩とバレンタインデー(一年前)
「リア充、消し飛べ」
「先輩。今日はいつにもまして黒いですね。もしかしてクラスの人にチョコレート――いえ、何でもありません」
静香は途中まで言いかけた言葉を飲み込むとどこで買って来たのか、パッキーをボリボリと食べていた。
「ですが、先輩。折角の誕生日なんですし、そんなにカリカリしないでくださいよ」
「カリカリなんかしてない。それとお前のおかげで思い出したことがあるんだが、俺ってクラスの奴らに誕生日とか絶対に知られてないよな」
「多分そうなんじゃないですか? 高校での先輩はあまり知りませんが」
「お前、受験が終わったからって呑気すぎないか?」
「そうでしょうか? それよりも今日は何で学校帰りに私を呼び出したんですか? 用があるなら一度家に帰ってからでもよかったのではないでしょうか?」
「静香、お前にいいものを見せてやる」
俺は隣を歩く静香にそれとなくそれを見せた。すると。
「……先輩。多分、今日私が知る限り一番不幸な目に遭ってるのは先輩だと思います。それとその『カップル限定ケーキ無料券』はどうやって手に入れたんですか⁈」
静香がその質問をしてくると俺は黙るしかなかった。なぜならそれを話してしまうとさらに俺が可愛そう認定されてしまうからだ。
俺が先ほどのカップル限定券を手に入れた方法。それは学校から帰る途中で寄った商店街のバレンタインデー限定クジ。俺はそこで、一等のそれを引き当ててしまった。
正直、周りにいた人たちの視線がすごく痛々しかった。あの顔は間違いなく、お前に彼女なんていないだろうという顔だった。
本当にあの時はいっそ泣いてやろうかと思った。
「ま、先輩のことですし。運悪く、クジ引きか何かで引き当てたというところでしょうか」
「お前はエスパーか」
*
「先輩、そのケーキとこのケーキシェアしませんか?」
「別に構わないけど。これ、案外苦いぞ」
「大丈夫です。私は苦いものも脳内で甘いものに変換することが出来るので」
「その能力を勉強に生かせればもっと、成績は上がったかもな」
「何ですか、その言い方は。まるで私の成績がほとんど上がらなかったみたいじゃないですか?」
「いや。たぶん今簡単なテストをやったら、零点とか取るだろ、お前」
「確かに取るんじゃないですか。もう中学の範囲の内容は忘れましたし」
「それは色々と早すぎだ」
俺がそう言って呆れる前では、静香が俺のケーキの半分以上を奪っていた。
「それでは先輩。いただきます」
そして一口でそれを食べた静香は難しそうな顔で俺の顔を見つめるとこう言った。
「先輩。これって本当にケーキですか? ほとんど苦味しか感じないのですが」
「だから言っただろ、苦いって。因みにこれはブラックコーヒーケーキな」
「先輩は本当に、どれだけブラックコーヒーが好きなんですか⁈ そろそろ甘いものに乗り換えてください」
小学六年生の時に試しで俺のブラックコーヒーを飲んでから静香は一回もブラックコーヒーを飲んでいない。きっとあの時の味が忘れられないのだろう。苦すぎて。
「そもそも。俺が甘いものに乗り換えるって言われてもな。正直、甘いものを食べたら拒絶反応とか起こすと思うぞ」
「一体どんなですか?」
「多分、ブラックコーヒーを一リットル飲むとかか?」
「先輩は甘いものが苦手というよりもブックコーヒーに呪われているんじゃないですか? 一体いつから飲んでいるんですか?」
「うん? 多分、幼稚園とかからだと思うぞ」
「先輩。この場合は大人と言って口笛を吹いて先輩を茶化した方がいいんですか? それとも自分で決めて先輩をからかった方がいいんですか?」
「自分で決めろ。つうか、どっちもやるな。俺と周りの人に迷惑が掛かる」
俺は静香に注意を促し、ケーキと一緒に注文していたコーヒーを飲んだ。
「それにしても先輩って正直可愛そうですよね。バレンタインが誕生日なのに私以外の人からチョコを貰ったことがないんですから」
「しかもウチの中では昔から、バレンタインでチョコを貰うから別に誕生日ケーキはいらないだろって話になってるしな。誕生日にケーキを食べるなんて中学生になるまで知らなかったぞ」
「本当に先輩が不憫過ぎて泣けてきます」
静香はそう言いつつも自分のケーキを食べていた。きっと言葉では俺のことを憐れんでいるのだろうが、絶対にそんなこと思ってないな、こいつ。
「それじゃあ帰り道にバレンタインと、ついでに先輩の誕生日プレゼントとして、チョコを買ってあげますよ」
俺の誕生日の方がついでかよ。いや、どんな理由でも貰えるに越したことはないが。
「それとホワイトデーのお返しはホールケーキがいいです」
「もうホワイトデーの話かよ。それとホールケーキなんて食ったら太るぞ」
「問題ありません。私ってどんなに食べても太らない体質なので。それに夢だったんです。誕生日にホールケーキを丸ごと食べるのが」
「どんな夢だよ。まあ、わかった。お前にはたまに世話になってるからな。そのお返しとしてホワイトデーには――」
「あっ。残した場合には先輩にあげます」
「ちゃんと食えよ。誕生日プレゼント兼ホワイトデーのお返し」
俺がツッコミを入れると静香は少し先の話をした。
「因みに来年の先輩の誕生日とバレンタインは期待していてくださいね」
俺は静香がそう言うと一瞬、そう言った静香の顔に見とれてしまった。
可愛らしく笑い、そして俺に対しても何かを求めてるような。
「先輩? どうかしたんですか? あ、もしかして私の顔に見とれて変な事でも考えたり――」
「そ、そんなこと思うわけが無いだろ」
俺はそう言ってコーヒーを飲んだ。やはりブラックコーヒーケーキとブラックコーヒーを頼んだのは間違いだったかもしれない。ブラックコーヒーのはずが、どこかほんのりと甘いような気がした。