バレンタインデー企画 俺と後輩とバレンタインデー(二年前)
二月十四日。受験を明日に控えた俺は、今日で十五歳になった。そして勉強をしなければいけないはずの俺の部屋には現在、後輩の涼風静香が来ていた。
「先輩、誕生日おめでとうございます」
静香はそう言って、いつも通り適当なお菓子を渡してきた。
「なあ、静香」
「何でしょうか、先輩」
「お前、遠慮って言葉を知ってるか? 俺、一応受験生なんだけど」
「わかっています。だからケーキではなく、パッキーを持ってきたんじゃないですか?」
「いや、どっちも変わらねーよ」
俺はそんな風に静香と会話のキャッチボールをしながら、先ほどまで解いていた問題の答え合わせをし、全ての答えに丸をつけると後ろを振り向き、ベッドに座る静香のことをみつめ、溜息を吐いた。
「ど、どうして溜息を吐くんですか、先輩⁈」
静香が驚いたように俺の名前を呼ぶと、俺は静香の顔を見つめ呟いた。
「相変わらずお前はのほほんとしてて、羨ましい限りだ」
「それって、私が何も考えてないバカって言うことですか⁈」
「さあな」
俺はそれだけ言うと立ち上がり、背筋を伸ばした。流石に数時間近く座りっぱなしで勉強をしていたので体が痛くて仕方がない。
「静香。俺、これからベッドの上でうつ伏せになるから背中を踏んでくれないか?」
俺が軽くストレッチをしながら頼むと静香は、ベッドから離れ、更には俺からも離れた。そしていつもとは違い丁寧な言葉づかいであることを告げてきた。
「あのう、先輩。私にはそんな趣味はないのですが」
よし。こいつが俺のことをバカにしてるのがよくわかった。とりあえず、入試が終わったら、まずはこいつをいじめよう。
俺は入試が終わった後の新たな楽しみを見つけると静香が背中を踏んでくれないので仕方がなく、入念にストレッチをすることにした。
「それにしても先輩」
「うーん。どうかしたか、静香」
俺がストレッチを始めると静香は俺の机へ行き、その上に置かれている参考書を眺めていた。
「この問題集に描かれている問題の内容が全く、理解できないんですけど。先輩ってどこの高校を受験するんですか?」
「石高だけど、どうかしたのか?」
石高とはこの辺りではそれなり偏差値が高い進学校だが、俺にとってはそんなものは何でない。
「そもそも俺の成績なら驚くことはないだろ。これでも成績は常に上位をキープしてるんだから」
俺は中学に入ってから常に上位三十位以内に入るように勉強をしている。そのため本気になれば、普通にどこの学校でも入れてしまう。
因みに今までは家ではほとんど勉強をしたことはなかった。多分、今回の入試で初めて自宅勉強というものをしたかもしれない。
「ですがまさか先輩が、石高を受験するとは思いませんでした。ですがわかりました。私も来年石高を受験します」
「は?」
俺は静香の唐突の宣言にそんな声を漏らした。
「お前、バカなのに何言ってるんだ。そもそも近くに女子高があるんだからそこを受験すれば――」
「嫌ですよ。だって、そんなことをしたら私、先輩と違う高校に通うことになっちゃうじゃないですか」
静香は切なげにそう言うと机に置かれたノートを強く握りしめた。
「私も一年程度なら我慢できます。ですが、四年も先輩と違う学校に居たくありません。私は先輩と同じ学校に通って。同じ日常を味わいたいんです。それでいつか……」
そう言った静香の声は少しずつ掠れていき、後半の部分はほとんど聞き取れなかった。
きっと普通ならここまで異性に思われたら、勘違いなどをしてしまうのだろう。だが俺は絶対に勘違いはしない。
「全く。同じ学校に来ても俺は、一足先に卒業するって言うのに。お前は本当にそれでいいのか?」
俺は少しだけ泣きそうになっている静香に尋ねた。
本当ならここで。自分が勉強を教えるなど、励ますような言葉を掛けるべきなのに俺はそれをしない。それが静香の為にならないと解っているから。
「構いません。だって私はずっと先輩の後輩でいたいんですから」
そう言った静香の瞳は真直ぐに俺のことを捉えていた。そして俺はその目をした静香の頼みを断れたことが一度もない。
「仕方がない。無事に俺が合格したら、次の日からお前に勉強を教えてやるよ」
俺はそう宣言するとストレッチをやめ、泣き虫な後輩に近づいた。
「だから泣くなよな。可愛い顔が台無しだぞ」
そして俺は静香の頭を優しく撫でた。
*
静香が帰った後。俺はなぜか、いつもより勉強に身が入った。きっと今までは特に目標もなく、ただ入学できればいいと考えていたからだろう。
だが今の俺には明確な目標が出来た。
それは今年自分が合格し、来年はあのバカを合格させることだった。