第20話 俺と後輩と決心
風邪が治って数日。俺は風邪が治ったにも心ここにあらずの日々を送っていた。
「聞いてますか、先輩」
そしてその原因は先ほどから俺の隣で下らないことを話しているこの後輩だったりする。
「ですから私は、補習なんて物の必要性は皆無だと思うんですよ」
「補習を受けたくなかったら次のテストはちゃんと赤点回避しろ」
俺の隣を歩く俺の後輩涼風静香は、俺が風邪をひく数日前に行われた中間テストで見事六教科赤点という偉業を成し遂げた。
「先輩、今私の顔を見て馬鹿だと思いましたね」
「ああ、ただのバカじゃなくて俺の知る限り底辺のバカだと思った」
「私、そこまでバカじゃないですよ」
「バカじゃないやつは普通、九教科中六教科も赤点なんて取らないぞ」
その事を告げるとどうやら自分でも自分の成績が悪いと言うことを理解しているのか、静香はテストの話から話題を変えようと奮起していた。
「そ、そういえば先輩は夏休みどうするんですか?」
「おい、まだ期末も終わってないのに夏休みの話かよ。流石に気が早すぎないか。言っておくがいくら目を逸らしても期末テストは予定通り必ずやってくるからな。因みに成績が悪ければまた補習だ」
テストの話題から他の話題へシフトチェンジしようとしていた静香だったが、俺がそんなことはさせない。そもそもこいつは自分のテストの点数がひどいと自覚するべきなのだ。
「それとお前、絶対に何の勉強もせずにテストに臨んだだろ。俺がお前の家庭教師をしていた時も言ったよな。ノー勉で通用するのは中一の一学期までだって」
俺は去年の夏から冬にかけて高校受験を控えていた静香の家庭教師をしていた。そしてその時に静香の頭が悪いのは十分に思い知った。こいつは他の事を覚えたらその前に覚えたことを忘れるタイプのバカなのだ。
「本当にあの時は教えている相手がお前じゃなかったら、確実に殴ってただろうな」
「バカですみません」
隣を歩く静香は流石に俺の態度が怖かったのか、自分からバカを認めたうえで謝ってきた。だけど。
「別にバカなことを謝る必要はないだろ。人間誰しも、足りない部分はあるんだから。俺だって、頭も運動神経もそれなりにいいのに友達が少ないし」
「先輩の場合、それは別の場所に問題があるんじゃないでしょうか?」
「安心しろ。その辺りの自覚はちゃんとある」
だがそれを自覚しているからこそ、今一歩踏み込めないのかもしれない。
俺は視線だけを隣を歩く静香に向けると俺が風邪をひき、こいつに助けられた日のことを思い出した。
『家族でもない異性に具合が悪い時に一緒に居て欲しいと思う時。その相手は果たして自分にとってどういう相手なのだろうか?』
具合が悪かった俺の答え。それは自分が思いを寄せているこいつだった。ならこいつの具合が悪い時に俺に一緒に居るように言ったのも同じ理由ではないだろうか。
それを考えると最近、絶対にありえないことを考えてしまう。もしかしたら静香が好きなのは自分ではないかと。
だがそれが絶対にないことは誰よりも俺が知っている。そもそも長い間俺みたいなやつと一緒に居て好意を抱くことがまずありえないのだ。よく考えればわかることだろう。普通なら俺とは真逆の性格の奴に好意を抱くはずだ。
俺はそう自分に信じ込ませ、淡い希望を捨てることにした。自分がどんなに好きだと思っても相手はそれを迷惑にしか思わないと確信したから。
「先輩。最近私の顔ばかり見ていますけど、どうかしましたか? もしかして惚れちゃいましたか?」
静香は笑みを浮かべ、俺をからかうためだけにそう言った。そのはずだ。だが俺はきっと心の中でまだ未練があるのだろう。
「そ、そんな訳ないだろ」
下手な作り笑いを浮かべ答えた。それに対して静香は一瞬何かを感じ取ったような顔をすると、すぐにその表情を隠した。
「先輩。もしかしてまた一人で何か、抱え込んでませんか?」
そう言って静香は時折見せる俺を諭すときのお姉さんみたいな顔をすると茶化すことなく言った。
「先輩は昔から色々なことを抱え込んでしまいますよね。言っておきますが、それは先輩の仲でも一番悪い部分です」
またいつもの様に年下からの説教が始まる。今までに受けたこいつの説教は一体どれぐらいだろうか。きっとこうして俺が間違えようとする時にこいつは怒ってくれるのだろう。
だから俺は自分の道を怒って正してくれるこいつのことが心底好きなのだろう。
「いいですか。こちらも先輩に言ってもらわないと先輩が何を抱え込んでるかがわからないんですから、もう少し素直になってこの頼れる後輩に色々と話してください」
「ふん。お前のどこが頼れる後輩だよ」
俺は軽く鼻で笑って言った。確かにここで「お前のことが好きで悩んでる」などと言えば、こいつのことだ。好きではなかったとしてもすぐに返事をくれるのだろう。
だけどきっと俺はその答えに満足しない。それどころか、俺がその告白をしたことで俺達の間がギスギスして距離を置くようになるのは嫌だ。だからこいつにいい返事をしてもらえるまではまだ何も言わない。だけど俺が三年になるまでにはしよう。そして今まではただの先輩後輩として遊んでいたが、今度は彼氏・彼女として遊ぼう。
俺は心の中で深くそう決断した。