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第12話 俺と後輩と恋愛指南書

 お、思わず買ってしまった。

 本屋に行った帰り、俺はおどおどとしていた。その原因は今日、買ってきた本。

 これを持っているところは絶対に、静香に見られるわけにはいかない。もし見られた場合は、下手をしたら一生口を聞いてもらえなくなるかもしれない。

 俺は買ってきた数冊の本と一緒に書店の紙袋に入ったその本を後生大事に抱えたまま遂に家の玄関前までやってきた。後はあいつに遭遇する前に家の中に入れば――


「お帰りなさい、先輩」


 安心しきっていた俺は何が起きたか、一瞬解らなかった。家の中からは最も警戒しなければいけなかった静香が出て来ていて。そして俺の抱えている本の中には――。よし、逃げるしかないな。

 俺は選択肢を逃げの一手に絞ると本を抱えて走り出した。目的地など不明でも構わない。いや、寧ろなくてもいい。ただ、涼風静香がいない場所を目指した。



                    *



「ふう。ここまで来れば、安全か?」


 俺は公園のベンチに座り息を切らしていた。

 まさか、あの後俺を追いかけてくるとは。幸いだったのはあいつの足が遅かったことぐらいか。全く、何であいつがウチにいたのやら。だがしかし撒くことには成功したのだ。後はゆっくりとこの本の処分方法を考えよう。

 俺が茶色い紙袋の中から取り出したのは『年下との恋愛術完全版』という何とも胡散臭いタイトルの本だった。正直、自分でも何でこんな本を買ってしまったのか、理解不明だ。

とにかく、ウチに帰った場合は静香と鉢合わせするはずだ。それなら、ここで読むしかない。

 俺がさっそく買ってきた恋愛指南書を開き、目を通し始めると一文目からその本を燃やしたくなった。


 第一章・『年下の後輩と体だけの関係になる方法』


「ふざけるな‼」


 俺は持っていたその本を思いっきり地面にたたきつけると、再度本を拾い、次の章を確認した。


 第二章・『年下を自分だけの奴隷にする方法』


 今度は無言のままそのページを破ると丸めて近くにあったごみ箱の中に投げ捨てた。


「この本って絶対に恋愛とか推奨してないだろ」


 俺は買ってきたその本を閉じると深い溜息を吐き、ぼやいた。


「これってもしかして本なんかに頼ろうとした罰か?」


 だけど仕方がないだろうが。本なんかにでも頼らないとあの鈍感な後輩は、一生俺の気持ちに気づきそうもないんだから。

 そもそもあいつは昔から鋭いのか鈍感なのかわからない時がある。今日だって真っ先に俺が買ってきた本を気にして来て。あれほどまでに鋭いなら、俺の気持ちにだって気づいてくれてもいいだろうに。

 因みに俺はあいつよりも他人の感情に鋭い自身がある。だからクラス内では発言をするときに気を使ったりもしている。本当に他人の感情に鋭いと困ってしまう。だから静香が俺のことをただの先輩としか見ていないことも理解している。


「さてと、そろそろ帰って。いつもみたいにあいつと遊んでやるか」


 俺は立ち上がると先ほど買った恋愛指南書を公園にあった網のゴミ箱に捨てた。一瞬、いつも感じているような視線を感じたが、きっと気のせいだろう。


                *


 家に帰ってきた俺は驚いた。なぜなら先に帰って来ていると思っていた静香が、未だに帰って来ていなかったのだから。

 もしかして誘拐⁈ まさか、迷子か⁈ すぐに警察に電話をしないと。

 静香の事になると偶に思考回路がおかしくなる俺は、どうやら今日も平常運転で思考回路がおかしくなっているらしい。

 俺が警察に電話して捜索願をしようかと迷っていると、玄関のドアが開く音が聞こえた。


 それにしてもいつでも家のドアが開いているなんてこの家は何て不用心なんだ。泥棒が入って来ても文句が言えそうにない。

 俺が自分の家のセキュリティー問題を真面目に考えているとその人物はリビングへとやってきた。だが、様子がおかしい。


「どうしたんだ、静香。お前、少しだけ顔が赤いけど、風邪でもひいたのか?」


 俺が声を掛けてみるも静香はなぜか俺と目を合わせてくれない。それどころか、目を合わせようと試みても逸らされてばかりだ。こ、これは俺の心へのダメージが予測不可能だ。間違いなく、明日も静香に目を合わせて貰えなかったら一週間ぐらいは家に引きこもってしまうかもしれない。

 俺がそんな不安を抱いているとようやく静香が口を開けた。


「……せ、先輩。これ、忘れ物です。これって先輩の……ですよね」


 そう言って静香が渡してきたのは、俺が先ほど買った本だった。そういえばあの本の所為ですっかりと買って来た他の本のことを忘れていた。だけどこれを持ってきたと言うことはもしかして静香の奴、あの公園へ行ったと言うことか。

 いや、でも大丈夫だ。大丈夫なはずだ。あのごみ箱に捨てた本と俺は結び付かない。大丈夫だ。捨てたところを見られていない限り、俺が捨てたとは思われないはずだ。


「では、先輩。今日は私、もう帰ります」


 静香はそう言うと俺に本が入った紙袋を渡し、大人しく家を出て行った。

 そして静香が家を去ったあとリビングに取り残された俺は、一気に不安になった。


「えっ⁈ 見られてないよね。俺が本を捨てた場面なんて見られてないよね」


 しばらくの間、俺が声を上げて自問自答していると二階にいた母親からうるさいと怒られた。

 そしてその後の話だが、なぜか貰って本が入っていた袋に入れていたはずのレシートが一向に見つからなかった。一体、どこにいってしまったのだろうか。


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