第1話 俺と後輩と帰り道
2025年3月18日からまた続きを書こうと思い、それ以前に投稿したお話も修正中です。
「――出会いが欲しい」
いつもの学校帰り。
いつもの通学路。
俺は歩きながら呟いた。
すると。
「…………」
隣から何故か突き刺さるような視線が。
俺がゆっくり首を動かして隣を見ると、そこには不満気な顔をした後輩が立っていた。
「……なんだよ、静香?」
俺がその後輩に対して、何か言いたいことがあるのかと尋ねてみるも――
「ぷいっ」
擬音を口で出されながら、顔を逸らされてしまった。
「別に何でもありません。先輩がそういう人だっていうことは、昔から知っていますから」
静香は名前に反して、いつもうるさいほど賑やかなやつだ。きっと静香の御両親も、付ける名前を間違えたと思っていることだろう。
でもこいつ、見た目だけは名前通りなんだよな。
綺麗な黒い髪を背中の当たりまで伸ばして。
発育だって、高校一年生にしては――
「先輩。いくら私でも、そんなに胸を凝視されたら怒りますよ」
俺が静香の他の女子よりも大き過ぎる部位を凝視していると、そういう視線に慣れているのか、平然と静香に注意されてしまった。
別に、変な意味で見ていたわけでもないのに。
こういうところから、痴漢冤罪が始まるんだろうな。
「言っておきますけど、先輩。私以外の人の胸を凝視したら、先輩の場合即裁判です。即死刑です」
「おい、見るだけでも裁判で死刑とか厳し過ぎるだろうが。そうなると、俺はお前の胸しか見れないだろうが」
そもそも俺は胸じゃなくて、内面を重視するんだけどな。
それで言ったら、こいつはギリギリだ。
「それにしても先輩」
「……なんだよ」
「目の前にこんなに可愛い後輩がいるのに、出会いを求めるとはどういうことですか‼ 我儘もいいところです。心から反省してください」
「自分で自分を可愛いなんて言うやつは、大概可愛くなんかない」
「それはつまり、私が可愛くないってことですか⁉」
「だけど、何事にも例外はあるものだよな」
静香の驚きに対して、俺がそんなことを言うと。
静香は俺の言葉の意味を理解したのか、どこか嬉しそうに笑みを浮かべる。
「もう‼ 先輩は相変わらず、素直じゃありませんね」
「人間、何事もバカ正直に挑んでも成功しないからな。時には嘘も必要だ。ちなみに、今お前に言った言葉も嘘な」
「それって、やっぱり私が可愛くないってことじゃないですか‼」
「ああ、つまりはそう言うことだ」
俺は静かに静香の言葉を肯定した。
すると静香に足を蹴られた。
それも思いっきり弱々しく。
全く、こいつのどこが静香なんだか。
もっと他に似合う言葉もあったはずだ。
俺が静香に似合う言葉を考えていると、隣を歩いていた静香が急に足を止めた。
「どうしたんだよ?」
静香の行動に疑問を抱いた俺が尋ねると、静香は近くのコンビニを指差した。
「せんぱ~い。アイス、食べたくなっちゃいました」
「やめとけ、太るぞ」
そう告げて、俺は大人しくその場を離れようとする。
けれどもそれを阻むように、静香が俺の制服の裾を引っ張った。
「大丈夫です。私、いくら食べても太らない体質なので」
「あ、そう。なら、俺はここで待ってるから一人で――」
「いえ、先輩も行きましょうよ~」
そう言って静香は、俺の手を掴み強引に引っ張り始めた。
どうやら行かないという選択肢も、帰るという選択肢もないらしい。
「言っておくけどな、俺は奢らないからな」
俺が前提条件を述べると、静香は俺の手から自分の手を離した。
そして下手な作り笑いを浮かべる。
「な、何のことですか?」
「シラを切っても無駄だぞ。ちゃんと顔に『奢ってください』って書いてある」
「そ、そんなことないですよ‼」
「なら一人で行って来いよ」
俺は静香の額を人差し指と中指で軽く突く。
すると静香は自分の額を抑え、俺に何やら文句を言いながらも、コンビニへ入って行った。
笑いな、静香。
俺も今月は厳しいんだ。
だからお前に奢る余裕なんて――
「せんぱ~い‼」
感慨に耽っていた俺が、コンビニの方へ視線を向けると、そこにはもうアイスを買って来たのか。こちらへ駆けてくる静香の姿があった。
いや、超早くない?
え? あいつがコンビニに行って、一分も経ってないよね?
どんだけ、早いんだよ‼
静香は俺の元まで来ると、レジ袋からアイスを一つ取り出した。
そしてそれをこれ見よがしに、俺へ見せつけてくる。
「なに? 後輩からの先輩虐め?」
「違いますよ~。私、そんな酷い後輩じゃないです。これは先輩の分ですよ」
「……とか言って。あとで金を請求するつもりじゃないだろうな?」
俺は一瞬手を伸ばし掛けたが、その結論に至り、伸ばしていた手を下ろした。
危ない。危ない。危うく引っ掛かるところだった。
「取りませんよ~。そもそも先輩だって、私に奢った時、お金なんて請求しないじゃないですか」
「それは請求したところで無駄だからだ。どうせ、払わないだろうが」
「いくら先輩でも失礼ですよ。私だって、言ってくれればちゃんと払います」
「なら、俺が今までに奢った諸々の金。耳を揃えて返してもらおうか?」
「あ、すいません。今、手持ちがないんですよ。だからまた今度でもいいですか?」
ほら、払う気がない。
まあこいつに奢ったものに関しては、俺も最初から請求するつもりはないけど。
正直、年下に奢って金を返してもらうとなると、明らかに俺の方が格好悪くなる。
さてと。金を取る気がないなら、ここはありがたくアイスを貰うとしますかね。
俺は静香の持っていたアイスに手を伸ばす。
すると静香は、俺のその行動を待っていたかのように、こちらをみつめていた。
絶対にこいつ、何か企んでるだろ。
そんなことを思ったが、ここは敢えて乗ることを選んだ。
そして受け取ったアイスを手に取り、その味を確認してみる。
ここでようやく理解した。なぜ静香が俺を見ていたかを。
「おい。なんで『カレー味』なんて買ってきてるんだよ?」
俺が静香から渡されたアイス。
それは『バリバリ君』という、昔からあるアイスだった。
ちなみに俺がカレー味なのに対して、静香は王道のソーダ味。
安牌に逃げて、俺で実験するつもりだな。
「先輩、味の感想よろしくお願いします」
「いや、これを食えって言うの? お前、一応俺の後輩だよね? 俺が後輩なら、先輩にはこんなゲテモノよりも王道のソーダ味を――」
俺が指摘している間に、静香は自分のアイスを食べ始めていた。
え、マジで?
流石の俺でも、アイスとカレーが合わないって絶対にわかるんだけど。
というかこれって、アイスの中にカレーが入ってるってオチじゃない?
もしそうなら、絶対に販売会社へ苦情を入れてやる。
「先輩……もしかして気に入りませんでしたか、私の奢りのアイス」
俺が食べようかどうか。その二つで迷っていた時だった。
それを見ていた静香が、悲しそうな顔で尋ねてくる。
「なら仕方ありませんね。違うのを新しく買って――」
「待て‼ ちゃんと食うから‼ だから少し気持ちの整理をさせてくれ‼」
俺はたまらずに叫び、ゆっくりとアイスを袋から取り出した。
色がマジでカレーの色だ。スパイシーな匂いまでしてくるし。
これ、本当はカレー粉を凍らせただけなんじゃないのか?
俺は迷いながらも、ゆっくりと慎重に一口だけ齧る。
そして味の感想は。
「――美味い」
自然にその言葉が溢れ出していた。
驚いたことにカレー味は、ソーダ味と同じぐらいに美味しかったのだ。
正直俺の味覚を疑ったが、嘘ではないようだ。
その証拠に――
「先輩‼ 私にも一口だけ‼ 一口だけください‼」
静香の美味しいものセンサーが、バリバリに反応していた。
目が滅茶苦茶輝いている。
「一口。もしくはソーダ味と交換なら――」
「ソーダ味と交換します‼」
あっさりとソーダを捨てやがった。
安牌を捨てるほど、美味しそうなのか。
俺は大人しく、持っていたカレー味を渡し。
静香も持っていたソーダ味を渡して来た。
「では先輩、いただきます」
目を輝かせて一口目。
「こ、これは確かに‼ カレーなのに冷たくて‼ アイスなのにカレーで‼ 驚異の美味しさです‼」
パクパクと二口目、三口目。
この分だと、すぐに食べ終わるな。
普通は男の前では、もっとゆっくりお淑やかに食べるべきだろ、女子高生。
それにしてもこいつ……気にしないんだな。
俺は静香から貰ったアイスを凝視する。
そのまま、俺自身がカチンコチンに凍っていた。
「先輩。食べないならそのアイス、私に返してくれませんか?」
「別にいいぞ。そもそも俺、別に食べたかったわけじゃないし」
俺からすぐにアイスを受け取り、またパクパクと食べる静香。
それを見て、俺はふとあることを尋ねる。
「お前、俺と間接キスになるけど良かったのか?」
「何か、問題ありますか?」
静香が首を傾げ、俺に聞いてくる。
こいつは本当、恥ずかしげもなく。
「……特に何も」
こういう時、恥じらいもなく聞き返されると困る。
まるで、照れているのが俺だけみたいで。
「それよりも先輩、アイスを奢ったお礼として、私の頼みを一つ聞いてください」
「俺、一口しか食べてないんだけど」
「そんな言い訳、世の中では通用しませんよ」
「というか、金は取らないって――」
「ええ。取りませんよ」
「なら一体何が望みだよ。言っておくけど、大したことはできないからな」
「安心してください。先輩にそういうことは期待してませんから」
案外、バッサリと言われたな。
確かに俺自身、自分に向いてないと思うけど。
「だから先輩には、私と一緒にここへ行ってもらいます」
静香がそう言って見せてきたスマホ。
その画面には、『カップル限定・一日遊び放題で半額』と、この辺りでは有名な遊園地のホームページが表示されていた。
「おい。カップル限定ってあるぞ」
「問題ありません。見ようによっては私たちもカップルですから」
それはかなり色々と、間違った見方をした場合だな。
普段の俺たちに、カップルらしい要素は皆無だ。
それにできれば、そんな羞恥プレイは御免被りたい。
「それとも先輩は嫌ですか? 私と恋人のフリをするのは?」
やや寂しそうな顔で言われた。
下手をしたら、泣かれる可能性もある。
そういう面倒な事態は、もっと御免である。
「いつも通りにしてればいいんだろ?」
俺の言葉に静香が首を傾げる。
静香は知らないだろうが、俺は今までに静香と付き合っていると、誤解されたことがある。それも同じクラスの接点もないクラスメイトに。つまり俺たちは、普通に生活しているだけで、カップルに見えるということだ。
「なら次の日曜日に行きませんか?」
「別に構わないけど。お前はいいのか? 俺と恋人のフリとか。つうか、お前ももう高校一年生なんだから、そろそろ彼氏とか作れよな」
俺としては先輩ではなく、お兄ちゃん目線のようなもので言ったつもりだった。
それなのに静香は――
「先輩は本当にいいんですか? 私が誰か他の人と付き合っても?」
静香が俺の顔を覗き込むようにして、聞いてきた。
自分がこいつのことを好きなのではないか?
逆に静香が俺を好きなのではないか?
正直、そう思いそうになったことは何度もある。
でもそれはきっと俺の勘違いだったんだと思う。
それに俺は今の――『後輩以上恋人未満』の関係も嫌いじゃない。
だから正直、なんと答えるべきかわからなかった。
しばらく俺が黙り続けていると、そんな俺の困った表情を十分に楽しんだのか。静香は俺から顔を離して、クスクスと盛大に笑いだした。
「もしかして先輩、今の話、本気にしましたか?」
静香が浮かべるイタズラな笑み。
軽~くその表情にムカついた。
けれど、本人はそんな俺の気持ちなど知らず。
「大丈夫ですよ。私は当分、誰かとそういう関係になるつもりはありませんから。それに私に彼氏ができたら、遊び相手のいなくなった先輩が、寂しがっちゃいますから」
「別にそんなことは――」
俺は静香の言葉を否定しようとした。
すると静香は俺の両頬に手を伸ばし、まるでゴミみたいに引っ張った。
「いきなり何す――」
「本当にないって言い切れますか?」
俺は一瞬、その質問。その声音の所為で何も言えなくなってしまった。
ズルいだろ。そんな、どこか寂しそうな顔で言ってくるなんて。
「わかったよ。わかりましたよ。認めます。少しぐらいは寂しいです。……これで満足か?」
俺が聞き返すと、静香が小さく頭を下げる。
それからニッコリと笑って。
「はい‼ 今のところは満足です‼」
と心から嬉しそうに言った。
これじゃあ、後輩って言うよりも妹だな。
涼風静香は俺、月神忍の後輩であり、向かいの家に住む女の子である。
そして、恋人でもなく、友達でもなく、幼馴染でもない。
彼女は俺のただの後輩だ。
この話に出ていた遊園地回はまたどこかでやります。