「迷子の幽霊」
―――――素朴な疑問なのだが、幽霊は昼間、何をしているのだろう。
ここに二人の幽霊がいる。
細かい話は抜きにして、二十代の美女と三~四歳の幼女の幽霊が、僕の向かいのソファーに並んで座っている。
「この子、病院から家に帰ろうとして道に迷ったみたいなんです。」と、美女の幽霊。
「うん。・・・それで?」
子供の方は、ソファーから宙ぶらりの足をパタパタさせながら無邪気に微笑んでいる。
「つまり、僕にこの子の身元を捜して家に連れて行ってあげてくれ。・・・と?」
「だって、・・・かわいそうです。」
しかし、相手は幽霊である。お金も無ければ実体も無い。探偵を職業とする僕としては、ただ働きはごめんである。
「幽霊が道に迷っても、空腹で死ぬわけでもないし、・・・ねえ。」
「冷たいんですね。」冷ややかな目。
生きた子供ならいざ知らず、幽霊を連れて行って親に引き渡しても、困惑されるだけだろう。
「ねえ、・・・ママは?」幼女は、いつの間にか涙目になっていた。
「ママは、先におうちに帰ったの。もうすぐ会えるからね。」彼女は優しく慰め、何かを訴える様な目でこちら見ている。
「いや、え――――・・・。」僕は、観念した。
「君、お名前は?」
「りんちゃん。さんさいです。」小さい声ながらもはっきり答えた。
「りんちゃん。ちゃんと自分の名前、覚えているんだ。」と、感嘆の声をあげると、もう一人の幽霊の方が気まずい顔をした。
「君も、名前が無いと不便だよね。仮の名前を付けてもいい?」
彼女は、ちょっと嬉しそうな顔をして「お願いします。」と答えた。
「幽霊だから、幽子。で、どう?」
「ゆうこ。優子。裕子。有子。・・・いいですね。」
「じゃあ、幽子で決まり。」
彼女は満足げである。
では、気を取り直して。「りんちゃんは、いつ、・・・いつから幽霊になったの?」
「ゆうれいじゃないよ。りんちゃん。」
そうか。三歳の子供に幽霊という概念はないか。しかし、齢三歳にしてこの世を全う。・・・か。・・・ツラいな。
「・・・では、質問を代えます。何で病院に入ったの?」
「・・・くるまにぶつかったの。ボールをおいかけて、つかまえて、ドンってなったの。」
交通事故か。一応、検索をかけてみよう。パチパチとキーボードをたたき、それらしき記事を探してみた。しかし、見つからなかった。
幽子も興味津々でモニターを見つめていたが、ため息をついた。
―――――たしか、幽子の話だと近所の病院で亡くなった子だと言っていた。
この近所で、救急病院と言えば‘不苦労総合病院’くらいか・・・。まあ、手がかりくらいはつかめるかも知れない。
「ユウ子さん、お願いがあるんですが・・・。」
「はい、何でも言って下さい。」
「僕は、この病院に母親の手掛かりがあると思うんです。ここに行って探りを入れてもらいたいんですが・・・。」と、パソコンの地図に指をあてた。
ユウ子は首をかしげた。「サグリを、入れる・・・?」
しかし、すぐに何かを理解したのか軽くうなずいた。
「わかりました。では、この子をお願いします。」
ちょっとまて、それは困る。迷子の子供の子守りなんて、ハードルが高すぎる。
「ごめん。僕が病院に行く。二人はここにいてくれ。」
「わかりました。お願いします。」ユウ子はちょっと意地悪な笑みをうかべた。
―――――よしとしよう。
今回は、貸しを作ったのだ。幽霊に貸しを作る行為は探偵にとって大きなメリットである。
いつか役にたつ。・・・はずである。
―――――晴天の空に、ミンミンゼミの声がエコーしていた。
つづく。




