「黒煙」
薄暗い天井をじっと見つめながら、微かに響く車の走行音を聞いている。
――――――――――眠れない。
僕は探偵である。深夜に思考が冴えて眠れないという事がままある。
探偵とは、危険を予見するプロである。しかし、言い代えればネガティブ思考のプロとも言える。
「犬も歩けば、・・・車にひかれる。」
「猫に小判を、・・・盗まれる。」
「猿も木から、・・・落ちて死ぬ。」
いらぬ想像をしてしまうのだ。
「・・・あの、ちょっといいでしょうか?」ドア越しに話しかけるこの声は、あいつである。寝たフリをしよう。
「火事です。起きてください。」
「エエ?」
飛び起きて窓を開ける。と、確かにけむい。サイレンもかすかに聞こえる。
「火元は多少離れた場所なので、ここは大丈夫だと思います。しかし・・・。」
「しかし?」ドア越しの声に問い返す。
「・・・二階のベランダに子供がいるのに、気付かれていない様なんです。」
「ん?二階って、君は空をとべるの?」
「飛べないです。でも、ベランダから身を乗り出して手を振っているのが見えました。・・・あの子を助けてあげて下さい。」言いながら水玉の少女が、ドアをすり抜けて部屋に入ってきた。
不思議なのだが、この幽霊は全然怖くない。彼女は泣きそうな顔でうろたえているのだ。
助けろと言われても、どうやって・・・?。二次災害のニオイがぷんぷんするのだが・・・。
「プロの消防士さんにおまかせするしか、ないよね・・・。」言いながら彼女から目をそらした。
「でも、・・・もし、自分の子供が同じ状態でも、そう言えますか?」
う~ん・・・。言えない。が、消防士さんの邪魔はできない・・・。
その時なぜか、枕元の携帯電話が自己主張をしている感覚があった。
ピ・ポ・パ。
「プツ、火事ですか?救急ですか?」早い。
「あの、火事です。○○町の火事の向かいのビルの者です。二階のベランダに子供がうずくまっているのが見えるんですが、気付かれているのか心配で・・・。」
「落ち着いて下さい。同様の情報は数件ありますが、まずはお名前からお願いします。」
「あ、・・・では、いいです。」ピ・・・。
冷や汗が出た。
「・・・気づかれていたんですね。」
幽霊もため息をついてヘタりこんだ。
そのあと、なかなか寝付けなかった。
―――――人生が終わったあと、精神だけが生き残りこの世の事象を見続ける。それは拷問ではないだろうか。
だとしたら、あの幽霊は何年その拷問の中にいるのだろう。
そんなことを色々考えているうちに外が白みだしていた。
「仕方がない、起きるか・・・。」
テレビをつけ、朝のニュースを見ていると見覚えのある景色が映っていた。
―――――昨夜の火事の報道であった。
老夫婦の住む一軒家が全焼したらしい。しかし、住人は外出中だったため無傷ですんだ様だ。
「・・・ん?。」
僕の同居人。あの幽霊が騒いでいた子供の事が報道されていない。
あのムスメ、嘘をついたか?
いや、電話オペレーターの女性も知っている様な口調だった。無駄に考えるより本人に訊くのが早いな・・・。
「どうせその辺にいるんだろ?。」
――――――――返事はなかった。
何か恥をかかされた気分である。
「どこですか~?。」
こわごわと別室のドアを開く。が、気配がない。
・・・チャプン・・・。かすかに水の音が聞こえた。
「今はかくれんぼしてる暇はないのに・・・」
音のする風呂場のガラス戸を開け、凍りついた。
―――――彼女はなんと、全裸であった。
「キャー!」(←幽霊。)
「ゴ、ゴ、ごめん!」(←僕。)
パニックであった。瞬時にガラス戸を閉め、後ろを向いた。
「し、質問が、あった。・・・あるので、り、・・・リビングにいます。」
それだけ言ってリビングへ戻った。
―――――ほどなくして、彼女はリビングに現れた。いつものワンピース姿である。
「驚かしてしまって、すみませんでした・・・。」
悲鳴を上げたのは僕ではないのだが、僕には非がない。・・・はずである。
「実体のない存在なのに、お風呂なんて意味あるの?」
「ありますよ!。髪だって時々編み直しているんです!。」
「ほう・・・。」感心。確かに整った髪だ。
「そうじゃなかった。質問だった。昨日言っていた子供のはなしなんだけど・・・。」
「あ・・・、その事ですね。」
もぞもぞと彼女のスカートが動き、後ろから三つ編みの少女が顔を出した。一瞬目が合い、ちょっと口をとがらせてまたひっこんだ。
「昨日言ってた子。この子です。数日前に近くの病院で亡くなった様です。」
「幽霊?。・・・連れてきちゃったの?」
「はい。お顔がススだらけだったので洗ってあげたくて・・・。」
キョトンとした瞳。透き通る三つ編み。どうやら半透明の同居人が、またひとり増えてしまった様である。
つづく。




