「思考の構造」
朝の斜光がカーテンの隙間をすりぬけて、僕のまぶたの向こう側を照らし始めた。
―――――夏の早朝である。
もちろん僕は、掛け布団でガードを固め二度寝にふける。この瞬間は天国である。
「あの・・・、まだ、起きませんか?」
この声はあってはならない声である。気付かぬふりをしよう・・・。
突然、ぞわぞわと全身が見えない何かで締め付けられる様な感覚に襲われた。
これは・・・、金縛りという奴か・・・。
「わ・・・わかった。起きる、から・・・。」
―――――最悪の朝である。
僕にとりついた幽霊が、昨日から突然話し始めた。
「私は、いつ、どのように亡くなったのでしょうか?気付いた時には霊になって、あの廃屋に立っていました。」
正式な依頼なのだそうだ。記憶を無くした者が自分の過去や素性を知りたがる。当然のことだ。
「それは、成仏というものをしてみれば全てが鮮明に出てくるのではないかなー。」ボサボサ頭を掻きむしり、ソファーに座りながら、そう答えた。
あながちウソとも言えないはずだ。いまだ解明されぬ分野の一つである。
「あの・・・、パソコンなどで調べられないでしょうか?」
ん・・・。この幽霊なかなか鋭いことを言う。ネットであの廃屋の事を検索すれば、何らかの情報は得られるはずだ。・・・が。
「僕は今日、休日なんだ・・・。」
そう言ってカーテンの隙間から入る朝日に目をむけた。
そうして、毅然と断ってみせた僕の手は、震えていた。
「怖がらなくても大丈夫ですよ・・・。あなたに危害を加える気は無いですから・・・。」
彼女は、斜光を避ける様にして僕の正面に座った。
―――――危害を加えない?先ほど受けた金縛りは、僕にとっては充分な危害である。
ほんの少しの苛立ちとともに、カーテンをザっと全開にして、朝日をいれてみた。
それでも彼女は消えなかった。うっすらとしたフォログラムの様に、ソファーに座っているのだった。
「明るくなると見えなくなると思ったんですね・・・。今の私とあなたは、電話での通話中の様な状態にあります。だからあなたには見えるんです。」と、ちょっと意地悪に微笑んだ。
―――――その時、初めてまじまじと彼女を見た。
夏の装いである。紺の水玉のワンピース、黒髪を編み後頭部でまとめ、前髪を綺麗な七三で整えている。
ついつい見とれてしまうのである。美術品でも見る様な感覚であった。
しかし、物理的にありえない・・・。実体を持たぬ者が、ものを考えたり出来るのか・・・。記憶や会話には、どれだけの脳細胞が必要か・・・。活力源は何なのか・・・。または、そんな物理法則を無視した存在なのであろうか・・・。
―――――僕は、臆病者である。一番怖いものは幽霊である。しかし、この究極のエコロジーの存在に、徐々に興味を持ち始めていた。
「思考の構造」終。




