「迷宮の街」
―――――今、とある男の張り込み中である。
張り込み。とは言っても探偵の張り込みは、刑事ドラマのそれとはちょっと違う。基本的な仕事といえば、隠しカメラや超望遠レンズでの撮影などである。
先輩探偵がカメラの設置とモニターのチェックをし、僕の仕事は、先輩探偵の欲するものを瞬時に買い付ける。俗に言うパシリであった。
そうして今、明滅する街灯のしたでコンビニ袋を手に持ち、立ち尽くしていた。
「・・・道に迷った。」
―――――完全に袋小路である。暗く、寝静まった街には、目印が極端に少ない。
「えーと、小さな階段、街路樹、壁のポスター、バス停、・・・で、行き止まり。」
今日の昼間、先輩女性探偵に言われた事が頭をよぎった。
「よっPくん。何か、憑いてるわよ。心霊スポットとか行ったでしょう。」
―――――ギョッとした。つい最近、廃屋で怖い目にあったばかりである。
「I先輩って、そういうの見えるんですか?」
「まぁね・・・。でも、悪い霊ではなさそうね。美人さんだし。」
「お祓いとかは出来ないんですか?」
「うん。無理。」
その時は平気なふりをしていたが、内心、穏やかではなかった。
悪い霊ではない?作業員にケガをさせた霊じゃないのか?
明滅する街灯の下。僕は、背後に何かを感じ、硬直した。
「いない、いない、なんにもいない。」
だが、それは、小さな声で話しかけてきた。
「あの・・・。」
「いない、いない。」
「あの、聞いて下さい・・・。」
「なんみょうほうれんげーきょう・・・。」
―――――僕は臆病ものである。
両手で耳をふさぎ、目も閉じていた。しかし、彼女の声はしっかりと聞こえるのである。
「聞こえない、聞けば僕も大けがをする。」
「誤解です。彼は自分で落ちたんです。私に、・・・良からぬ事をしようとして、地下に引っ張り、すり抜けて落ちました。」
「そ、そんな人には見えなかったけど・・・。」
「そんな人でした。」
おかしな事だが、その声は真っ直ぐで信憑性があった。そして、優しく心地の良い声であった。
「私の依頼受けて下さい。その代り何でもお手伝いします。」
「依頼・・・?それに、幽霊に手伝える事なんて・・・ない。」
「今、道に迷ってますよね。・・・ご案内します。」
―――――先輩の吸うタバコの煙が見えて、ホッと胸をなでおろした。
「すみません。遅くなりました。」
「おお、お疲れ、こっちも今終わったとこだよ。」
幽霊の道案内は的確だった。そして、いつの間にか幽霊への恐怖も薄らいでいた。
ただし、この幽霊に限ってのはなしである。
「迷宮の街」終。




