「ガラスのざわめき」
―――――僕は、臆病者である。
先々を悪い方へ悪い方へばかりに予測し、それがまたよく当たるのでマイナス思考が加速してしまった。
その結果、臆病者になってしまったのだ。
しかし、それは幸いであった。
僕は探偵社の社員になって一年目である。が、この性格のおかげで事前の準備を怠らない優秀な新人と呼ばれる様になれた。
探偵は、まさに天職である。・・・いや、天職だと思っていた。
―――――あいつと出会うまでは。
「よっP君。今からここへ行ってくれない?」
探偵社の先輩、O太さんである。そして、よっぴーとは僕のことである。
この会社(探偵社)には、不思議な社則がある。その一つが本名を隠す。と、いうものだ。社員同士はコードネームで呼び合う。アルファベット順にA~P。AならA次さん、BならB藤さん、という感じである。
「了解です。O太先輩。」
O太さんは、僕より十歳ほど年上のお兄さん的な先輩である。
「人捜しのお手伝い。らしいけど、詳細は現地で直接お話ししたいそうだよ。」
僕は、地図を受け取り凝視する。
「人捜し・・・。」
電車、バスを乗り継ぎ、たどりついた場所は廃屋の前であった。
だが、到着してすぐに後悔をした。天候が急変し、空が暗い雲で覆われたのだ。
「傘、持って来るんだった。」
ため息をつきながら廃屋を見上げた。
不気味な建物である。立派な三階建てのビルではあるが、ガラスが一枚も入っていない。ボロボロのカーテンがビルを吹き抜ける風で外側にはみ出し、風鳴りと共に不気味に揺れる。
何より、屋内は真っ暗である。
ゴロローン・・・。かみなりが鳴り響き、雨まで降ってきた。
「仕方がない・・・。」と、おそるおそる廃屋の中へと入ってみた。
パリッ・・・。ガラスの破片がそこらへん中に散らばっていて、足を踏み出すごとにこの音が響くのである。
―――――と、遠くで声がする。
「スミマセーン。探偵社の方いませんかー?」
若い女性の声。依頼人だ。
「ここでーす。探偵社の者ですー。」
僕の返答に気付き、彼女は小走りで近づいて来た。
「スミマセン。こんな遠くまで呼び出してしまいまして・・・。」
そう言って深々と頭を下げた。
「あ、お気になさらずに・・・。」
その時、僕の心に衝撃が走った。・・・美人である。テレビや雑誌でしか見れない様な完璧なルックスである。
ついつい見とれてしまう自分にムチ打って、仕事の頭に切り替えた。
「それでは、依頼の詳細をお聞かせ下さい。」
不意に風が吹き込み、サラサラとガラスが鳴り響いた。さらに、ガラスの音の向こう側で、低い男のうめき声が壁づたいに反響していた。
「今の・・・。聞こえました?」
「え・・・?何ですか?」
彼女には聞こえていない様だ。しかし、うめき声は地下へと続く階段の方からしている。
―――――僕は、臆病者である。だが、男である。
僕は、逃げ出したい気持ちを押し殺して決断を下した。
「ちょっと、見てきます。ここに居て下さい。」
そう言い残し、不気味な音のする地下へと向かった。
ゴロローン・・・。落雷の音が近づく中、暗い地下へと降りるのは恐怖以外の何ものでもなかった。が、若い女性の前で虚勢を張るのは男のサガである。
階段を一段一段降りて行く。
パリッ・・・。
「こんな所までガラスの破片がある。」
真っ直ぐに続く階段の一番下に人影が見える。ヘルメットをかぶり青い作業服を着てうずくまっている。
「あの、・・・大丈夫ですか?」
―――――まだ、僕は恐怖の中にいた。
いや、今が頂点と言っても過言ではない。薄暗い地下である。彼が生身の人間とは限らない。あのヘルメットの中から頭蓋骨がゴロン、なんて事もあるかも知れない。
「き・・・救急隊の方ですか?・・・右足が、折れている様なんです。・・・助けて下さい。」
右手には、携帯電話が光るのが見える。どうやら人間の様である。
「違います。僕は、探偵社の者です。」
徐々に救急車のサイレンの音が近づいてくる。
「・・・どうなされたんですか?」
「どうしたもこうしたもないです。あなたの同業者に突き落とされたんですよ。若い女性と思って気を許したのが間違いでした。」
同業者?・・・若い女性。
ずっと引っ掛かっていた。さっきの依頼人、一度もガラスを踏む音がしなかった。
ざわざわとしたイヤな感覚が全身に走った。
――――――――――その後、彼女が姿を見せる事はなかった。
ほどなくして、廃屋は爆破解体された。
後に、今回の依頼の詳細が分かった。
この廃屋は、爆破の目前になると屋内に人影が見えるのだが、何度探しても見つからなかった。どうにか探し出し、連れ出して欲しい。という内容だった。
解体前に、成仏を願う祈祷をしてもらったところ、もう人影は現れなくなったそうである。
――――――――――だが、これで一件落着。・・・では、なかったのだ。
「あれ?よっP君。」
先輩探偵のIさんである。フワフワした性格の女性であるが、奇妙な目で僕を見ている。
「何か、憑いてるわよ。心霊スポットとか行ったでしょう?」
ギョッとした。
「I先輩って、そういうの見えるんですか?」
「まぁね・・・。でも、悪い霊ではなさそうね。美人さんだし。」
「お祓いとかは出来ないんですか?」
「うん。無理。」
―――――僕は、臆病者である。
世界で一番苦手な物、・・・それは幽霊である。
「ガラスのざわめき」終。




