第一話-④ そして黄
なかなか進みませんが、主役の面子はこれで終わりです。
穏やかな日の光。
どこにでもありふれた片田舎っぽい街並み。
日曜日のゆったりとした空気の中(作者注:働いている労働者の人は除きます)、駅近商店街と住宅地の間、どちらかというと商店街寄りの中間点と言える辺り。
もう少し厳密に言うと、駅近商店街の端っこ。
そこに、『中華料理 御食事軒』というまかり間違ったら自動販売機から出てきそうな名前の、いわゆる町中華然とした店があった。
一般的な住居よりは広めな一階が店舗、二階が住居と思しき建物だ。
店の入口の上に張り出している庇に乗って、お店の存在を廻りに知らしめようとしているかの如く鎮座している看板。
昼時には掲げられるであろう暖簾を固定する暖簾かけ。
その二つだけでも、古き良き時代の町中華といった風情が満点の佇まいだ。
そんなありふれた佇まいのお食事軒の中で、パタパタと音を立てて階下に誰かが降りてくる音がかすかに聞こえてくる。
一階の店舗部分にある厨房の、すぐ横にある階段から一人の少女が店内に現れた。
「お婆ちゃんオハヨー!
そろそろお婆ちゃんの言ってた所に行くから、荷物頂だ~い!」
店の厨房に居るであろう祖母に声をかける少女。
肩まで伸びた黒髪とくりっとした黒眼、整った目鼻立ちに病的にはとても見えない程度に健康的な、人によっては『透き通るような』という表現を使いたくなる白い肌。まぁ、人にもよるが、『もち肌』表現する人もいるだろうが………。
先祖を遡っていくと、明治時代の横浜中華街の料理人まで辿れる由緒正しき華僑と呼ばれた中華人…………の傍系の傍系、日本在住歴二百年ほどのほとんど日本人と同化している日本国籍の名ばかり中華人みたいな少女。
名を、黄 桃花と言う。
ちなみに学校の友人や廻りの人達からは、日本語読みの『桃花』と呼ばれている。
そんな彼女が、厨房を囲むように設置しているカウンター席に近づいて、そこに置いてある少し大きめなふた付きの籐かごに手を伸ばす。
「お婆ちゃん、持って行くのは、このカゴで良いのね?」
「そうだよ!
それなりの量は作ったから足りなくなる事はないだろうけど、足りなくなるようなら分かった時点でショートメールなり電話なり、私ンとこに連絡を送っとくれよ」
少女の質問に答えながら、厨房から顔を出す少女の祖母。
祖母と呼ばれているにしては、明らかに若作りな容貌をした婦人だ。
見る人によってはまだ四十代にしか見られない少女の祖母は、少女に似たその目鼻立ちの特徴から、間違いなく少女の血縁であることが知れる。
「でも、今日行く記念公園に、お婆ちゃんが言う程に人が集まるのかしら?」
「……とは思うんだけどね~。
プライベートな連絡で、『今、ついでに追加のメンバーを募り始めている』って言っていたから、日本に来るメンバーが増えていたら足りなくなると思うわよ」
「お婆ちゃんの知り合いって、今回は何処から来るのよ?
重慶?マカオ?青海?」
「残念だけど、今回はもっと遠いトコからだよ」
「え~~~。それじゃ、何処からなの?」
「インドだよ」
「インド?」
「あと別口でイギリスからも2人程来る予定だったんだけど、何か向こうでイロイロあったらしくって、現地でギリギリめに合流できるかどうからしいよ」
「ふ~~~ん…………イロイロねぇ~。
まぁ、いいや。それじゃお婆ちゃん、行ってくるわね!」
「イヤだよぉ、若い身空で朝から『イッちゃう』なんて、イヤらしいねぇ~」
「お婆ちゃん!!」
桃花にとって祖母の『桃美』は、新しいモノ好きで明朗でどんな時でも相談相手になったり味方でいてくれる、現実的な範囲内で考えられるそこそこ理想的な祖母ではあるが、桃花にとって他の欠点が霞むくらい大きな欠点として会話などの日常的な行動の中で、いきなり何の脈絡も前触れもなく突発的に下ネタを突っ込んでくるのだ。
脈絡がないので下ネタと気付かずスルーしてしまう時もあるが、そうすると事細かに解説を入れてくる場合もあるので、いつの間にやら桃花は結構な耳年増になっていた。
「お婆ちゃん!!
いきなりそういうネタを突っ込んでこないでよ!」
「あらまぁ、『突っ込む』なんて、そんなあからさまな…………」
「違うわよ!そんな意味じゃ無いわよ!」
「それじゃ、どういう意味だい?」
「どういう意味も何も、普通の意味よ!」
「ほほぅ、普通の意味ねぇ~…………。
それじゃ、普通じゃない方の意味って、何なのかねぇ~(´▽`)」
「ぐっ…………」
返答に困る桃花に対して素朴な疑問を問いかけてるかのような祖母の桃美の態度と表情。
だが、その目はバッチリとニヤニヤした目をしている。
そう祖母の桃美は、分かって言っているのだ。
困る桃花の表情が見たくてからかう事に地味な情熱を発揮する、そんな桃花の祖母であった。
ちなみに、その時開店前の客席で新聞とニュース記事が表示されたタブレット端末を広げて読んでいた桃花の祖父は、新聞紙で顔を覆うように顔を隠して肩身を狭くしていた。
「もう、知らない!いってきます!!」
「ハイよ!
車に気を付けて、行っといで!」
少し顔を赤らめて家を飛び出していく桃花。
ヤレヤレといった態で、それを見送る桃美。
桃花が出かけていった後、店の中には桃美と桃花の祖父の二人だけが居るのみだった。
「………あなた、悪かったわね。仕込みの時間に、厨房を使わせて貰って。
急ぎでやんなきゃいけない仕事は終わったから、仕込みの仕事に戻って良いわよ。ありがとうね」
「ああ、うん……………桃美………………その、なんだ、いくら身内とはいえ、その………孫に下ネタを………」
「ほほぅっ!
昔、まだ純真無垢な、そういった知識がほとんどない若い娘に対して、誰がどんな仕打ちをしたのか、忘れてしまった人が、どこかに居るようだねぇ………」
「………………」(ガサガサ…………)
凄く気まずい表情を浮かべながら、顔を包むように新聞紙を近づけて身をすくめる桃花の祖父。
その姿は、全身で肩身の狭い思いを表現しつつ、『うへぇ!藪蛇だった』という雰囲気を滲ませていた。
そんな訳で、次からは主役級の面子が……。
もう少しお付き合い下さいm(_ _)m