心からの叫び、そして産まれる
死んだ。
そして――。
僕は産まれる、たった今産声をあげようとしている僕は今、産まれるのだ。
長い長い年月、お腹ですくすくと育った僕は産道と言う迷路をどうにかくぐり抜け、この世へと頭を出す。
しかし、それと同時に僕は死ぬ。
次に繋ぐために僕はそろそろ、魂によってその存在を消されるのだ。
人間は転生する度に繰り返し魂を使い回しているが、同じ人間が二回、魂を使うことはできないらしく僕もその流れによって存在そのものを掻き消されてしまう、そういう決まりらしい。
それにしても。
産まれる、というものはどうやらとてつもなく長い道のりだった。
ビルから飛び降りた直後、死んだあとには少なからず天国のような何かがあるのかと思っていたがそうではなく。
死んだとたんに魂は、誰かの妊婦のお腹のなかの人間になろうとしている物に吸い込まれた。
そして、人間が産まれるまでの過程を強制的に、全てここで見せられるのだ。
幼少期から抱えていた、どうして産まれるまでの記憶がないのか、その答えが死んでから分かるとはなんとも皮肉なものである。
ここまでの道のりを先に見ておけば少しは親孝行でもしようと言う気にもなったかもしれないというのに。
産まれるまでの道のりは、想像できないほどの地獄だった。
自分がどれだけの時間をかけて構築してきたものを壊してしまったのか、母親や父親がどれだけ頑張って自分を創ってくれたのか、それを無理矢理思い知られせられるのだから、もうたまったもんじゃない。
言うなれば、生き地獄ならぬ死に地獄だ。
しかし、その地獄もそろそろ終わりを迎える。やっとこの地獄から解放されるのだ。
人間になろうとしているものの喉がカラリと音を立てて、空気を押し出そうとする。
あぁ産声だ、と直感した。
そして、剥がれていく。
自分と言うメッキで塗り固めた魂の殻が、自分の心の本質がパラパラと捲れ上がって、剥がれていく。
三十年もかけて、作り上げてきた自分が、剥がされていく。
無痛で自分が消されていくその感覚は、じわりとあるはずのない心に染み込む。
そのあげく。
『嫌だ』
心から溢れたのはその言葉だった。
なんとまぁ傲慢なやつだ、自ら命をたったくせに今さら嫌だと、言うなんて余りにもふざけている。
命を弄んでいる。
命を軽々しく見ている。
命の重さをわかっていない。
そう思うかもしれない。
そうじゃない。
自殺なんてしなくてもよかったことで命を弄んだから。
自分なんていなくてもいいと、命を軽々しく見ていたから。
この長い地獄で命の重みを味わったから。
だから、消えることがより、不安で、怖く、恐ろしいのだ。
『嫌だ、消えたくない! まだ! 消えたくない!』
叫ぶがしかし、魂に人の心を読み取る機能なんて物はない。ただ、当たり前のように単調で且確実に僕の殻を捲りあげて、消していく。
僕と言う存在を、消していく。
消して、消して、消していく。
その消されていく自我の中、最後に残ったのは。
大量の後悔だった。
なんにもできなかった後悔。生きている間にたいした功績を遺すこともなかった後悔。財産を残すことができなかった後悔。飲みかけのココアを洗わなかった後悔。遊ぶ約束を破ってしまった後悔。誰かに幸せすら配ることができなかった後悔。自分で自分を幸せにすることすらできなかった後悔。自殺をした後悔。後悔。後悔。後悔。後悔。後悔。後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔後悔。
後悔で後悔が後悔の後悔を後悔が塗り固めていく。
そしてそれすらも、最後の僕の心でさえも、有無を言わさずパリパリと剥がれ、剥がされ、剥ぎとられてしまうのだろう。
だったらその前に、伝えたいことが出来た。
次の、誰かに伝えなければならないことが出来た。伝わるかなんて分からない、でも、それでも伝えたい。
僕は消える自分の最後の力で叫んだ。
お前は!
『お前は、僕みたいになるなよ! 親孝行して、稼いで、生きて、誰かを幸せにして、自分も幸せにして! そして何よりも、絶対後悔しないように生きろ――「おんぎゃぁぁぁあぁああ!」
その返事をするかのように、掻き消すように、人間の赤子の力強い産声が病室へ響き渡った。
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