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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

ただれた注文 

掲載日:2018/04/05

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 う〜ん、つぶらやさん、どれがいいと思います? 

 なにがって、バイトですよ、バイト。一人暮らしをしたいと言ったら、自分で稼ぎなさいよと返されて、こうして求人情報誌とにらめっこなわけです。仕送りはあるんですけど、家賃を始めとする、月々に必要なもので、ほとんど吹っ飛んじゃいます。

 一人暮らしって、お金かかるんだなあ。実家にいたまんまじゃ、知らないままでしたよ、これらの出費、負担。苦学生の友達の苦労が、しのばれるというものです。

 

 ……ふむむ、やっぱりこんなところですかねえ。

 つぶらやさん、この丸をつけたもののうちの、どれがいいと思います? 大丈夫だと思うんですが、接客業務が入ったものは、混じってないですか? 私、接客は絶対嫌なんで。

 ――何か、理由があるのかって?

 まあ、元々、知らない人に接するのが嫌だというのに加えて、親戚のお姉さんが体験したことがありまして……あ、このシール貼りの仕事が候補ですか。ありがとうございます。お、履歴書不要とは、ますますグッドですね。

 それじゃ本来、履歴書に使うはずだった時間で、つぶらやさんにお話をしましょうか。

 

 親戚のお姉さんは、飲食店でアルバイトをしていました。お酒は扱っていますけど、居酒屋ではなく、食券を預かってキッチンに注文を伝えていく、ホールの仕事をしていたみたいです。

 一応、ホールだけでなく、ひととおりの仕事はできるように仕込まれたみたいなんですが、肝心の店舗責任者の人は、複数のお店を兼任していて、めったにお店にいない。その時の時間帯ごとのリーダーが実務を統括。互いのフォローは十全に行われず、自分の力で何とかしないといけないシーンも多かったとか。

 メンバーの入れ替わりも激しい。一、二回で顔を見せなくなった人もいる。お姉さんが辞めなかったのは、家が近かったのと、深夜シフトの実入りがそれなりに良かったため。仕事中はできる限り淡々とこなすよう、スイッチを切り替えていたのだとか。

 

 ある時。お姉さんはスタッフルームで、たまたま着替えのタイミングが重なった女性の先輩から、一つの話を聞きます。

 先輩は週の半分以上、夜中のシフトを入れていて、お姉さんが出る時以外も仕事をしています。そして、お姉さんがシフトに入っていない、数日前の夜のこと。

 お客がすっかりはけた店内。キッチンの近くのテーブルから、順番に拭き掃除をしていると、入り口の自動ドアが開く音がしたんです。

 

「いらっしゃいませ〜。食券をお買い求めください。その後、お好きな席へどうぞ」


 先輩は顔を上げると、ニコニコしながら明るく告げました。衛生のためにはめていたゴム手袋も、新しいものをつけなおします。

 入ってきたお客さんは、だいぶお年を召した男性。こめかみから頭頂にかけて、すっかりはげあがっており、こめかみ辺りから頭のうしろにかけて、のれんのような白髪を垂らしている。けれど、より目を引いたのは、彼の顔。

 あちらこちらに、赤みがかった斑点や、ブツブツが浮かんでいる。なんどもこすったらしくて、血の混じったかさぶたも見受けられます。


 アトピーだ、と先輩は思ったみたいです。

 小学生からの同級生が、同じような容姿で悩んでいたから、初めてというわけじゃありません。けれど、どうしても自分の中の美意識が、かすかな拒絶反応を出し始めるのを、感じていたとか。

 おじいさんは、入り口に仁王立ちして動きません。すぐ近くに、券売機があるにも関わらず、先輩に向かって告げるのです。「900円」と。

「食券をお買い求めください、と言ったのが聞こえなかったのか」と先輩はカチンと来ましたが、そこは接客業。笑顔を崩さず、おじいさんの元へ向かいます。

 900円という言葉。メニューの中で900円のものということか、と先輩は900円のメニューを思い浮かべます。しかし、おじいさんに伺うと、そのどれもが違うというのです。


「餃子……餃子とチャーハンをつけて、900円……」


 おじいさんはそう告げました。

 セットメニューです。このお店ではすべてのメニューに、いくつかの選べるセットをつけることができ、餃子とチャーハンのセットもその一つに当たります。セットで頼むと、10円や20円の割引になり、お得なのです。

 口頭でメインメニューは何かを聞きましたが、おじいさんのげんは今一つ判然とせず、自分でボタンを押すそぶりも見せません。明らかに、代わりに食券を買ってくれるのを待っています。

 先輩は湧き上がる怒りを押さえつつ、メニューを計算しながら、食券機に手をつけます。しかし、接触が悪いのか、手袋越しだと反応してくれません。やむを得ず、手袋を外して素手で操作をします。


 頭の中で餃子とチャーハンセットで900円になる組み合わせの計算を始めるのですが、なかなかぴったりになりません。かといって、少しでも操作しない時間を作ると、後ろでおじいさんがいらいらと足を踏み鳴らし出すのです。

 爆発しそうになりながら、入力しては取り消しを繰り返し、ようやく900円ぴったりのメニューを選び出した先輩。「こちらでよろしいですか?」と尋ねると、黙ってうなずくおじいさん。

 先輩は食券を買って渡しますが、完全に腹に据えかねていました。店内に客はほとんどいませんが、水を出す時とお皿を下げる直前――半分以上、食べ残していました――に、「ありがとうございました〜」と後ろ姿を見送る時以外、顔を向けることは一切、なかったとのことです。

 もし、出くわすことがあれば、不快なこと極まりない客。せめてメニューのあらゆる計算を、すぐにできるようにしておいた方がいいわよ、と先輩は言い残して、一足先にスタッフルームを出ていったそうです。


 それからひと月ほど経って。その日の夜中はキッチンに一人。ホールにお姉さん一人というシフトでした。すでに最後の客がいなくなって、30分は経過しています。

 お姉さんは各テーブルに置かれているウォーターピッチャーを、新しいものに取り換え始めましたが、ほどなく入り口の自動ドアが開きます。


「いらっしゃいませ〜」と反射的に応えて、目を向けるお姉さん。


 いました。ご老人が。

 はげあがった頭頂部。こめかみから伸びる、のれんのような髪の毛。顔中に広がる赤い斑点とブツブツ、無数のかさぶた。先輩から聞いた人相書きと、ほぼ同じ。

「1230円」と、おじいさんは静かに告げます。


「来たか」とお姉さんは思いましたが、顔には出さず、歩み寄りながら、頭の中で計算していきます。そして、あらかじめセットメニューも想定をし始めます。


「じゃこ飯と、みそ汁をつけて……1230円」


 近くまできたお姉さんに、おじいさんは付け足します。「そうら、おいでなすった」とお姉さんは、心の中でほくそ笑みます。瞬時に頭の中で計算。該当の料理を選び出します。

 食券機の反応こそ悪く、手袋を外して素手でやらざるを得ませんでしたが、タッチは必要最低限です。スムーズに食券を出して、手渡すお姉さん。

 おじいさんはわずかに眉を持ちあげましたが、やがて「ああ、すまないがビールとアイスも」と、お金を出しながら臆面もなく告げます。

 負け惜しみか、とお姉さんは得意げな笑みを殺しながら、注文を追加。了承を得ておじいさんがテーブル席に座ると、キッチンに食券を届けます。


 つい、にやつきながら、ホールに戻るお姉さん。先輩はよく見なかったようですが、おじいさんがどんな人なのか、さりげなく観察してやろうと思ったのです。

 ところが、キッチンからひょいと顔を出した時、お姉さんは声をあげそうになりました。先ほどまで座っていたはずのおじいさんが立ち上がり、食券機の画面を両手でベタベタと触っているのです。先ほどまで、指を向ける仕草すらしなかったのに。

 おじいさんはお姉さんと目が合うと、ずんずんと迫って来て「トイレはどちらですかの」と白々しく尋ねてきたのです。お姉さんは素直に答えるしかなかったとか。

 トイレから戻り、注文の品が運ばれてくると、おじいさんは箸を使って食べ始めました。しかし、何回か口に運ぶたびに箸をおいて、両手でぼりぼりと顔面や二の腕を引っかくんです。時にはシャツやズボンの中に手を突っ込んで、かいています。

 アトピーなら、かゆみが出るのは仕方ない。でも人目がつかない場所。それでこそトイレにして欲しい。

 お姉さんは気分が悪くなってきましたが、注意するのも怖かったとか。見て見ぬふりをしながら、空いた席の掃除をしつつ、「早く帰って」と念じ続けたのだとか。


 数十分後。席を立つおじいさん。料理は半分以上、残されていました。


「ありがとうございました〜」


「二度と来るな」と脳内で叫びながら、お礼を告げるお姉さん。おじいさんが店から出ていった後も、外に出てその背中を見届けます。

 すっかり元気のなくなった街灯の下を、おじいさんは歩きながら頬をぼりぼりとかき続けます。お姉さんが顔をしかめながら、店内に戻ろうとした時。


「お前らも、美味しかったか?」


 おじいさんの声。連れもいない独り言とは思えない。お姉さんは今一度、彼へと目を向けます。その視線の先で。

 おじいさんがぼりぼりとかいていた頬から、イソギンチャクのような触手が、何本も飛び出します。シャツやズボンのところどころからも。

 おじいさんのふらふらした足取りと一緒に、彼らも上下左右の別なく、バラバラに動いていました。おじいさんが通りの向こうに消えていくまで、お姉さんはその姿から目を離すことができなかった、とのことですよ。



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― 新着の感想 ―
[一言] なんと不気味なおじいちゃん! 券売機のボタンを自分で押さないのは寄生獣どもをこれ以上増やさないため! 不器用なんす自分! なんて妄想しましたーw
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