3話
考えれば、ミチルが女の子だったというのは納得だったかもしれない。
体育の着替えの時は、人知れずどこかに行っていたし、俺が「トイレに行ってくる! 一緒に行くか?」と誘うと顔を真っ赤にして、若干涙目になって断っていた。
うぐぁ……無自覚にセクハラしてたのか、俺……。
「みっ、ミチルって女の子だったの!?」
つい、考えていた事を口に出してしまった。
俺の言葉に、ミチルは呆然としたあと、その大きな瞳の端に涙を溜めていく。
「う、ぐすっ……天一君、もしかして私のことを、ずっと男の子だと思ってたの? 告白までしたのに……」
彼女の涙に、慌ててしまう俺。
泣き虫なのはそのままなのだろうか、昔の姿と少し重なった。
「いやでも昔ミチルは自分の事を『ボク』って言ってたし男っぽい格好してたしってそんなことより告白って初耳なんですけど!?」
慌てて息継ぎもせず言い切ると、ミチルは遂にポロポロと涙を零してしまった。
「ぐすっ……最後の日に、電車の中から言ったよぅ」
最後の日、別れ際の言葉を思い出してみる。
『俺は、絶対一生忘れないから!!』
『さようなら!!ボクの……いや、│私の大好きな────』
……最後がよく聞き取れなかったから、なんとも言えない。当時の俺は、そのあとに続く言葉は『親友』とかだと思ってたが、まさか……
って、良く考えたらこの時、ミチル最後に自分の事を『私』って言ってるじゃん。
今だ泣き続ける彼女の肩に、そっと手を置く。
アレルギーとかはこの際隅に置いておくことにしよう。辛いけど。
「ゴメン、勘違いしてた事もそうだけど、告白の話って、ちゃんと聞こえてなかったんだ」
「そう、なんだ……」
必死に弁解をして、涙を引っ込めた彼女は、暗い表情で俯いている。
あーやっちゃったなぁ…と頭をかいていると、彼女はいきなり顔をばっとあげる。
真っ赤になったその顔には、なにか決意を感じる。
表情がコロコロ変わるなぁと見ていると、暫く口をもごもごしていた彼女は意を決して口に出した。
「勘違いされてた事も、告白が届いてなかった事も、とても傷つきました。……でも、校庭の隅で泣いていた私に手を差し伸べてくれた、私の生活に光をあたえてくれた貴方が今でも大好きです。ずっとずっと、何年経ってても……」
彼女の真剣な表情、もう既に耳まで真っ赤な顔。
突然吹き出した風が、彼女の髪と地面に落ちていた桜の花びらを舞い上げ、桜からの木漏れ日が、彼女に降り注いで。
人間、本気で心から感じたことには、単純な感想しか出てこないのだろう。凄く綺麗だ……、としか言い様がなかった。
……俺の返事は決まっている。
彼女は、こんな俺を何年も想い続けていたんだ、彼女の真剣な感情にはこちらも真剣に答えたいと思う。
「ごめん」
その言葉は、するりと口から出た。
「な……んで……?」
再び、涙を零す彼女。
とても心が痛い、でも、それでも。
「俺さ、中学の時にちょっとしたトラウマがあってさ、なんていうか……可愛い女の子の前だと体調が悪くなるんだ……おかしな話だと思うかもしれない、でも現にミチルと話してて、情けないと思うけど鳥肌と震えが止まらないんだよ」
嫌悪感もあるのだが、それまで言ってしまったら彼女が余計に傷つくのぐらい簡単に予想できる。
もう既に、俺の返事で傷ついているだろうが、これ以上は傷つけるつもりも必要もないから。
俺の言葉に目を丸くする彼女。
俺の顔色の悪さに気づいたのだろう、段々と、顔を俯かせる。
「だから、もしここで告白にOKしても、普通の交際はできないと思う。そんなのミチルにも悪いしさ」
実際、もしも俺にこの体質がなかったら、OKを出てたかもしれない。
本気なのは伝わってきたし、俺も素直にミチルの気持ちが嬉しかったから。
でも、どうしても無理だった。
俺の言葉に、しばらく考え込むミチル。
少し経ってからこちらに顔を向けた。
何故か少しだけ頬を赤く染めて。
「それってさ……話を纏めると、私が可愛くなったから付き合えないってこと?」
「ミチルは可愛くなったよ、なんていうか……綺麗だ、だから────」
「じゃあ私が嫌いとか、そういうことで断ったんじゃないんだよね?」
「そ、それはそうなんだけど、体質────」
「それなら!」
俺の言葉を遮るように、彼女は
「なら、私がそのトラウマを克服出来るように協力する。私の全て……全身全霊を持って。それでもし、トラウマが克服できたのならもう1度告白をするから……その時に、また返事を聞かせてくれませんか?」
そう宣言したのだった。
「おーい、無視ですかァ?」
あ、蓮太のこと忘れてた。