2話
桜の花弁が降り注ぐ校門前。
午前8時の校舎前には、既に沢山の生徒達が新しい生活の期待を胸にして、明るい表情で校内へ歩みを進めている。
前からの学校の友達なのか、既に何人かのグループで登校する生徒達もいる。
クラスの案内は何処だろう?と、手に持ったこの高校のパンフレットを覗くと、突然後ろからの衝撃。
振り返ると、見慣れた顔の男が立っていた。
「おっす! また同じ高校よろしくぅ!」
「蓮太か、おはよう。朝から元気だな」
「そりゃあ元気も元気! だって高校生だぜ? 高校生!」
「いや、それは分からんでもないけど」
この無駄にテンションの高い男は、俺の中学からの親友の佐伯 蓮太、お調子者だけど憎めない、そんな奴。
「まぁテンションが上がってるのは、高校生になったからっていうのもあるんだけど、聞いたか天一!」
「なにを?」
「この学校は、美少女が多いらしい!」
「あー……」
元々この高校は、6年前まで女子校だったらしい。
今でも、男女の比率が3対7と、女子の人数が多いのだ。
更に言うなら、他所の高校に比べて容姿が整っている女子も多く、制服も可愛いので、男女ともこの高校を受ける人が多い。(男は美少女の制服姿狙いが多い)
「はぁー……、あんまり気が乗らないなぁ」
「んだぁ? まだ、美少女アレルギーとかおかしなこと言ってんのか?」
「いや、俺からしたら結構死活問題なんだけど」
実はこの情報を知った時、受ける高校を変えようかと思っていた。
美少女に近付くだけで体調を崩すのだから、学生の本分である勉学に勤しむことが出来ないかもしれない。
そう考えたのだが、蓮太もこの高校に入ると言うし、なにより小学校の時以来の親友、ミチルにも会えるのでこの高校に決めたのだ。
「楽しみだ」
「美少女に会えるのが?」
「ちげぇよ、小学校の時の親友に会えるからな」
「ふーん……ま、そんなことより、どうするよ! 俺にも可愛い彼女が出来るかもしれねぇな!」
興味が無いのか、話を戻そうとする蓮太。
そんなことって……。
「さぁなー、蓮太だもんなー」
「おいコラてめぇ! どういう意味だ」
意趣返しとして適当に答えておくと、俺は蓮太から逃げるように駆け出した。
クラス発表の掲示がしてある場所へ駆け出す俺を追いかける蓮太。まだ時間には早いが、早く教室へ着いても問題ないだろう、後ろから来る蓮太を眺めていると。
「おい!天一!」
「きゃっ!」
「おっと、ごめん、大丈……」
慌ててぶつかってしまった女の子に手を差し出したところで、俺の動きは止まった。
やや平均より小柄な体躯。
前髪に着けているヘアピンがトレードマークであろう、サラサラのセミロングの明るい茶髪。
ぱっちりとした、しかしどこか頼りなさげに垂れている大きな瞳。
小振りな鼻に、瑞々しい唇。
そんな美少女が尻餅をついていた。
美少女……そう、俺の天敵、美少女である。
「けっ、怪我はない……?」
流石に、差し出した手をそのまま戻すのは心苦しいと彼女の手を取り引き上げる。
女子特有の柔らかい手に触れた時に、全身に鳥肌が立つを感じた。
「あ、ありがとう」
「い、いや……ごめん前方不注意だった」
「ううん、私も前をちゃんと見てなかったから……あの、新入生ですよね? 私もそうなんです。 一緒に行きませんか?」
「え、あー、いいですよ」
引き上げたらぶつかってしまった事を謝罪して、早々と立ち去るつもりだったが、一人だと心細かったのだろう、彼女がクラス表の掲示会場に一緒に行くことを提案してくる。
……正直、このまま並んで歩くのは勘弁して欲しかったが、断るのもおかしいだろうと思い、仕方なく一緒に行くことにした。
そこに、後ろから追いついてきた蓮太が合流する。
「何やってんだよお前……って、うぉっ! きみ可愛いね!」
「え? そんなことないですよ……あ、もしかしてお友達ですか?」
「いぇーす! 俺の名前は佐伯 蓮太! よろしくぅ!」
そう言ってサムズアップをする蓮太。テンションについていけてないのか、オロオロしている彼女。
蓮太が自己紹介したので、俺もすることにする。
「さっきはぶつかってゴメンね、俺の名前は榊原 天一、よろしく」
あー、結構ヤバいかも、悪寒がしてきた。
アレルギーの症状を表に出さないように努めながら自己紹介すると、何故か彼女はその大きな瞳を更に大きく瞬かせ、こちらを凝視していた。
見つめないで下さい、寒気が治まりません。
「え……天一君?」
「ん?」
何故に初対面で下の名前?そんな疑問が浮かぶ。
「覚えてない?」
ずずいっと顔を寄せてくる彼女、ちょっ、近いって!
「え、あ、ちょ、ご、ごめん、だ、誰だっけ?」
ふむ、美少女に急接近されると、体の震えも出るのか……と何故か脳内で冷静に分析している自分がいる。
……うそです。ものすごいパニックです、助けて下さい。
「小学校の時以来だね。まだ分からないかな? 立花 美智瑠です……」
「………………は?」
思わず素で返してしまった。
え?ミチル?ミチルってたしか男だったよな?よくスボン履いてたし、髪も……まぁ男にしちゃ長かったけど、よくサッカーとかして遊んでたよな?
再会を喜ぶミチルと、訳が分からず混乱する俺。
それを眺めていた蓮太は、ぼそっと
「あん? 何、知り合い?」
と呟いた。