1話
現在、午前6時。
高校入学初日に、俺は部屋の壁に掛かっている真新しい制服を眺めている。
少し早い時間に起きてしまったのは、これから始まる高校生活に、年柄にもなくワクワクしてしまったからだ。
気分は、遠足前日の小学生に似たようなもので、自分でも子供っぽいと笑ってしまう。
ただし、高校生になったからというのは、この高揚とした気持ちの一端に過ぎない。
実家から離れた高校に入学するという事で、両親からこの一人暮らしには広すぎるであろうマンションの一部屋を貸し与えてくれた。
初の一人暮らしということで、素直にテンションが上がっている。
あともう一つだけ挙げるなら、小学校の時に転校してしまった親友に会えるというのも理由にある。
「ミチルに会うのも久し振りだな……」
◇
小学生の頃、親の都合で転向してきたミチルは、とても内気な奴だった。
最初は、転校生ということでたくさんのクラスメイトが彼に話し掛けたが、その内気な性格のせいかあまり喋らず、最初群がっていたクラスメイトは1週間もしないうちに、彼のそばを離れていった。
俺は、最初の方は話し掛けたりすることも無かったが、ある日の放課後に彼が校庭の隅で膝を抱えて泣いているのを見つけた。
「なんで泣いてんの?」
その姿を見て俺は、初めてミチルに話し掛けた。そのことが切っ掛けでよく遊ぶようになり、放課後も色んなところに出かけ、様々な思い出を作った。
時に、近くの公園で遊んで泣かせたり。川に行ってザリガニを見せて泣かせたり。森に行って虫を見せて泣かせたり。
……良く考えたら泣かせてばっかりだな、俺。
いつも後ろにくっついて、行くとこ行くとこ泣いていた彼と毎日のように遊び回っていたが、そんな日は長く続かなかった。
ミチルの親の都合によって、またもや転校することになったからだ。
◇
「ずっと天一君と一緒にいたいよ…なんで……」
泣き続ける彼に、俺は。
「俺たち、離れてても親友だろ! 俺は一生ミチルを忘れないし、なんなら手紙だって送る! だから泣くなよ!」
と、自分も泣きながら叫ぶように言った。
最初は、いきなり大声を出した俺にびっくりした様子の彼は、その後ゆっくりと笑顔を作り、「うん」と頷いた。
「ボクも、一生忘れないよ! あっちに行っても手紙でやり取りしよう!」
そしてミチルの転校当日、俺はミチルの乗る電車の駅のホームで別れの挨拶をした。
「あっちでも元気でな!手紙書くから」
「うん……天一君も元気でね……ボクも手紙書くよ」
既に泣きそうな彼は泣かないように精一杯笑顔を浮かべ、俺を見ていた。
電車が出発するベルが鳴る。
親に手を引かれ、電車に乗る彼はもう1度俺の方へ振り返ると、手を振ってきた。
電車のドアが閉まり、駅員のアナウンスと共に動き出す。
俺は、電車から……ミチルから離されないように、ホームを駆け出した。
ミチルは、座席近くの窓を開け、既に笑顔の崩れ去った泣き顔でさよならを言っている。
段々と離れていく距離、俺は必死に走って、はしって……ぼやける視界で遠ざかるミチルに向かって、荒ぶる呼吸を無視して精一杯息を吸って。
「俺は、絶対一生忘れないから!!」
「さようなら!!ボクの……いや、│私の大好きな────」
段々と小さくなっていくミチルの最後の言葉は聞こえなくなり、駅特有の人混みの音だけが聞こえてくる。
俺は、ミチルに見えるように大きく手を振って電車を見送ったのだった。
◇
「いやホント、ミチルが同じ高校に入学すると聞いた時はびっくりしたな」
小学生から始めた文通は、今では通話アプリとなり、今でも続いている。
ココ最近の会話で入学する高校の話となり、お互いが同じ高校に行くことが分かった。
「楽しみだな」
時計を見ると、6時半頃になっていた。
少し昔の記憶に没頭し過ぎたかもしれない。
新品の匂いがする制服に身を包み、軽く朝食を摂る。
ちょうど良い時間になったので出ることにした。
マンションのドアを開いたの先は、見慣れない街並み。
新しい生活の門出に相応しい透き通った青空が、俺を出迎えてくれた。
ゆっくりと深呼吸してみると、朝特有の気だるさが空気に溶けて、消えていくような気がした。
高校の場所は、既に下見を済ませているので分かっている。
「ホント……楽しみだ」