私、悪霊だって言ってるでしょ! 縁結び
「彼とお付き合いできますように……!!」
今日も今日とて、私の目の前には、少女が立ち並ぶ。『悪霊』の私に縁結び等頼むなと、怒鳴りたい所だが、残念ながら私の姿は普通の人には見えない。霊力でもあれば別だろうが、目の前の少女にそれを期待するのは難しそうだ。
数百年前、私は『悪霊』としてこの地に大嵐を呼び寄せた。しかし、当時は日照りで水不足になっていたため、何故か喜ばれ、『守り神』様扱いされてしまった。それがうん百年経ち、民衆の中で何故か私は『縁結びの神』様扱いされるようになってしまった。
いや、まったく因果関係が分からないのだが、本当にいつの間にかそんな扱いを受けるようになっていた。
ああ、本当に腹立たしい。私はこの地に災厄を授ける『悪霊』だぞ。何が悲しくて『縁結びの神』扱いされなくてはならない。
よし……決めた。正直前回力を使いすぎたせいで、あまり力が残ってはいないが、ここは彼女らの縁を切り裂いてやろう。くくく。縁結びを願いに来て、その縁を切られてしまうとは、皮肉なものだな。
くくく。はーっはっはっはー!!
街中で、少女が一人、涙を流している。彼女は数日前、片思いをしていた男性に恋人がいることを知ってしまったのだ。想いを告げる前に終わってしまった恋に、彼女は涙を流しているのだろう。彼女が足しげく、『縁結びの神』の社に通っていた事を知る周囲の人々は、彼女に同情的な視線を向けた。
「しかし、まあ、あれだ。あの男以外にも良い男はたくさんいるよ。そう落ち込まないで」
そう、周りの人が声を掛けるが、少女は首を横に振る。
「違うのです。私は、あの男と心を通わせる事が出来なかったのを、嘆いていた訳では無いのです」
少女の言葉に周りの人は、顔を見合わせた。彼女がどれ程の間、どれ程の想いで彼を想っていたかを知る周囲の人々は、完全に困惑してしまった。
「順番にお話しします。私が『縁結びの神』様のお社に通っていた事は、皆様もご存じの事と思います」
無論、と周囲の人々は、頷く。それこそ、神頼みに走るほどに愛していたのだと、そう理解していた。
「えぇ、皆さんご存知のように、私は彼の神に彼への恋の成就を願ったのです。ですが、それを願った後、全く反対の結果になりました」
少女の言葉に周囲の人々は、口々にやれあそこの神は偽物だの、今度はどこそこの神社に行こうだのと言い出した。最も苛烈なものになると、神社の打ち壊しを言い出す者もいた。
少女はそれらの言葉に静かに首を横に振り、
「いいえ、皆さん。彼の神は決して私の事を蔑ろにしたわけでは無いのです」
またしても、周囲の人々は困惑した。願いが叶わなかったのに、何故そのように言うのか分からない。そんな周囲の人々に向けて、少女は薄く微笑みながら言った。
「ごめんなさい。これでは分からないですよね。ですが、私は彼の神に感謝こそすれど、恨む気持ちは一切無いのです」
少女の言葉に、周囲の人々は驚いた。その内容もさることながら、少女のここまで強い意思を持った目を見たことが無かったからだ。少女はさらに続けた。
「私が彼の神に願った日から、何故か私は彼に会うことが出来なくなりました。それは例えば私が彼に会いに行った時に限って留守にしていたり、彼が尋ねてくれた時に私が出掛けていたり、また偶然会えた時も用事があり話す事ができなかったりと、不自然なまでに彼と会うことが出来なくなってしまったのです」
「それは……神様がやったんじゃないのか?」
一人の男が申し訳なさそうに言った。彼女の言葉が本当なら、彼の神は願いを聞かずに、むしろその妨害をしていたように思う。そんな男の考えに、しかし、少女も同意した。
「そうですね。実際に私もそう考えました。そして、今もそう思っています」
少女の言葉に周囲の人々は疑問符を頭に浮かべた。周囲の人々は段々と彼女の事が分からなくなってきた。少女は続けた。
「ごめんなさい。回りくどいですよね。でも、もう少しだけ聞いてください。私も当時は彼の神を恨みました。もしかしたら、私では彼にふさわしくないと考えたのではないかと不安にも思いました。でも、ある日、その考えは反転しました」
彼女はその日を思い出した。
「その日は不思議な日でした。まるで今までの反動のように、何故か行く先々で彼と出会う日だった……」
治まっていた涙が、再び零れ落ちる。
「……だから、彼の事をよく知る事が出来ました。彼は、例えば自分の仕事の後輩に暴力を振るっていました。彼は家族から金を奪い、遊んでいました。複数の女性の元に通い、それぞれに永遠の愛を囁いている事を知りました」
少女の悲しげな瞳に周囲の人々は、項垂れた。皆、彼がそういう人だと知っていた。けれど、彼女はいわゆる箱入り娘で、誰に言われてもそれを信じようともしなかった。逆に恋の炎を燃え上がらせてしまい、周りの人々は仕方なく放っておくことしか出来なかった。どちらかといえば、彼女の想いを受けて彼が変わってくれるのを期待していた。
だから、今回の件は、本当は周囲の人々もほっとしていたのだ。ただ、彼女の心の傷だけを心配していた。彼女は本当にあの男を想っていたから。だが、彼の神は彼女に真実を見せてくれたらしい。それも、誤魔化しの利かないほど決定的な。
少女は困ったように笑った。
「……結局、皆さんの言う通りでした。彼は悪人で、私は心配してくださった皆さんの言葉に耳を貸そうともせず、自身の想いばかりが膨らんでいました。皆さん、今更ですが、本当に申し訳ありませんでした」
少女が頭を下げた時、周りの人々は心底安心した。純粋で真っ直ぐな資質が、あの男のせいで捩れていたものが、今戻ったと感じられた。私達の大好きな彼女に戻ってきてくれたと。
「……私は皆さんに感謝しています。それと同時に彼の神にも。彼の神はきっと、盲目に不幸に突き進む私を憐れんで下さったのでしょう。だから、私にまずは頭を冷やす時間を与え、その後に『真実』を見せて下さったのでしょう。……私は本当に盲目で、だからそのまま『真実』を見てもそれを捻じ曲げてしまったでしょうから」
少女は自虐的に笑い。
「私は、そんな自分が情けなくて泣いていたのです。私は、彼の『真実』を、本当の彼を何も知らず、それなのに好きだと想っていたのです。そんな物を恋と言っていいのでしょうか? 私はそう思えない」
少女はそこで大きく息を吐いた。
「きっと私はまた何処かで恋をするでしょう。でも、その時はちゃんと真実の目で見て、本当の恋をしたい。想いで曇らせた姿ではなく、『本当の姿』を、ありのままの姿を受け止めて、そうして好きになりたいと、私は思います」
そうして微笑んだ彼女に、もう何の心配はないと、周りの人々は安心した。後日、彼女はその宣言通りに決して優れた魅力のある人間ではないが、生涯を渡って想い合える伴侶を見つけ、幸せに暮らした。
真実を写し、少女を幸せへと導いた『導きの神』。その名は街に住む女性の耳と心に届き、今日も彼の神の元に少女らは足を運ぶ。私の恋が実りますように、想い合える大切な存在に出会えますようにと。
「だーかーらーっ、私、悪霊だって言ってるでしょーっ!!!!」
意地悪で愛する彼の悪行を見せつけた悪霊は、今日も神様として信仰される。
…………どうしてこうなった。