バニラ
彼女はバニラの香りがする。
いかにも、「私、お菓子作り趣味です」、なんて強調するようなどぎついバニラではなく、ふわり、と匂う香り。纏うとか、着けるとかの香りとも違う。
たぶん、だけど、彼女の存在自体がバニラで、バニラによってしか彼女を表せない、儚い香り。
朝、ふわりと香れば、一日中大体、通り掛かれば、ふわり、香っている。
(そんなに長く香りって続くもん?)
いや、違う。俺の知っているバニラは、どんなに強くとも、昼には消えている。だから違う。絶対、違う、のに。
「あれ、おはよ」
あっさり、俺に挨拶する彼女と、どぎまぎして何も言えない俺。
「は、よー」
「うん、おはよ?」
バニラの彼女は勉強好きらしい。と、言うか何でもできるらしい。テストで100点らしいよ!と噂を聞けば、バスケで活躍する彼女を見る。うーん、つかみどころ、なくない?とは、思う。
「す、き?」
なんだと、思う。
少なくとも、嫌いでは、ない。
「さあっ、席替えしよーか」
担任の言葉で、「やったー!」、との声があがる。チラリ盗み見ると、彼女も、にこにこと女の子達と笑って、しゃべっている。なんでもできて、可愛くて(少なくとも俺には可愛い)、いろんなことをそこそこ楽しめて。得な性格、体質だなぁと、思う。俺には席替えは気分転換にもならない、ただただ机を動かすのが大変な出来事でしかない。
くじを引く。
23番。
あ、そこそこいい席。でも寝そう。
「23番、誰ー?」
「あ、奈々穂18番ー?」
「うんっ」
「近ーいっ」
「うそっっまじ? 嬉しー」
……え?
えええ?
「23番こいつだわー」
後ろから声がして、びくっとと肩をすくめる。男子の、中心にいる奴。
「ほんとー? あー、変なのじゃなくってよかったー」
「変なの? はー、誰のことぉ?」
「え? あんたとか」
「うーわ」
うそ、うそ。
まじかよ。
「よろしくー」
「よろしく」
うわ。無理だから!
「あは、かったーい」
「ごめんなさい」
「いいっていいって」
ていうか、なんていうか、少女マンガの、男女入れ替えバージョンみたいな。内気な奴と、軽ーい奴。
いや、彼女が軽いわけじゃないけど明るいし、気さくっていうか?
ふわり、バニラの香りがした。
これから毎日、一ヶ月。
この匂いを貰えるなんて、嬉しい。
「もう、席替え、したくないな」
【fin】