未来を知れる者、己を知らず
ロシア軍。世界で最も強いとされる軍隊。
ここには2つの派閥が存在し、
「諸君、己を鍛え抜け」
3つの勢力に分かれている。
一つは”超人”と称される、人を超えた身体能力の持ち主ばかりが集う勢力。
通常の軍人をさらに向上させた者達の勢力。
この勢力を率いる軍人の名は、
「人類は進歩していかなければならない」
ダーリヤ・レジリフト=アッガイマン。ロシア最強の男にして、地球上において、”名実をとれば最強”とも言われる人間。”魔天”と呼ばれる、恐るべき”超人”。
ロシア軍全てを預かり、世界の政治にも関与している存在。
「かはあぁっ、ゴミ共の教育に熱心じゃのぅ。ダーリヤ」
2つめの勢力に、”科学”がある。最新兵器、殺戮兵器、細胞兵器。様々な分野の”科学”を研究する勢力だ。科学力の発展こそ、人類の発展。そういう言葉、声出し、心がけ。一般、あるいは普通の連中がやればいい。この勢力を率いる男は、自分の野心にしか興味はない。
「デカさこそ、ロマンじゃい」
キルメイバ・フレッシュマン博士。この世で最も巨大な存在を造りあげる事に人生を賭けている男。かなりの老齢であるが、子供のように元気で活発である。
ダーリヤとフレッシュマン博士は思想こそ違えど、利害の一致があって関係は良好している。ロシア軍の確かな派閥の一つである。どちらの勢力にも大勢の人間が関わっている事が派閥となっている。
そして、もう一つの派閥にして、最後の勢力。
「そうやって人類などというゴミに力を注いでいれば良い。ダーリヤ」
このお話はこいつ等の愚かな、いずれ最強を自負した物語。
道半ばで頓挫する前のお話。
「”超人”や”科学”など、凡夫の工夫。”超能力”こそ、選ばれた存在であり、最強なのだ」
最後の”超能力”。構成人数、わずか18名。
派閥にしても、勢力にしても少なすぎる。しかし、それだけ選ばれた才能であること。
その選ばれた者達を纏める男の名は
「モールス・ノヴァ様が、……”英霊”こそが、最強だとな」
◇ ◇
モールス・ノヴァ。
男性、ロシア人、生まれ持っての超能力者。能力名は”英霊”。
しかし、その能力は極めて難解かつ、再現と説明が難しい。
「俺がロシアにいる理由?それは、ダーリヤとフレッシュマン博士に近いからだ。奴等は最強に近いから近い方が戦いやすいからな。最強という称号を得るためだ」
”英霊”の能力を簡単に説明するならば、”時間を上書きする”といった能力である。
ゲームなどで既存のデータに新しいデータを上書きする感覚でだいたい合っている。
『英霊、発動させました。これより、19:32から1時間の出来事を記憶、記録、致します』
発動してから1時間の出来事を”英霊”は記憶する。モールスはここから1時間の出来事を望まない場合、発動した直前の時間に戻り、その先で起こったことを上書きして消すことができる。
望まない場合は、何度でもその時点で上書きする事が可能である。ただし、戻る地点は”英霊”を発動させた時間に戻る。時間が戻った事を知るのはモールスのみであり、その際に起こった出来事を持ち帰ることで多くの人間の行動を知ることができる。
心理学や数字、運命よりも遥かに優れた調査能力。
「俺は疑似の未来の情報を得る能力を持っているわけだ。まさに最強だ」
この能力を駆使して、ダーリヤやフレッシュマン博士を殺害してやる。俺を、俺達、”超能力”をそう認めない連中の鼻を明かしてやる。特にダーリヤだ。あいつだけは許さねぇ。
「奴はここで20分後、軍の食堂で昼食をとる。そこに毒薬を仕込んでやる」
先ほど見た未来では、奴はここでラーメンを食べていた。スープにでも仕込んでやる。シェフが調理する合間を縫って毒を入れ、殺す。
未来の情報を得ているモールスならではの戦い方である。未来を事前に知ることを使った奇襲や暗殺を得意としている。最強というにはちっと違うが、扱い方を考えればそれに違わない言葉がつけられよう。
無事にスープに毒の仕込みが完了。証拠も残っていない。食堂で買って来たパンを食べて様子を見ることにしたモールス。
「ふふっ、これでダーリヤが死ぬ……むっ」
食堂へやってきたのは、一般の軍人だった。
「ラーメンと半ライスー」
な、なにーーー!?これでは先にこいつが毒入りラーメンを食ってしまうじゃないか。
その言葉通り。
「うぅっ、……苦しいっ……」
ラーメンを食べた軍人は泡を吐いて倒れるのであった。
その様子を見たダーリヤは、別の未来で確認した通り、食堂に来たのだが、
「医者を呼べ!あと俺は寿司でも頂こう」
ラーメンを選択せずに違う物を頼んでしまった。
「ぐっ、しまった。毒を入れたのが早すぎたか」
”英霊”の欠点として、未来の情報を得て戻ってきても、本当にこれからの現実で起こるかどうかはまったく分からない。あくまで参考でしかなく、モールスが動けばそれに合わせるように周囲にも変化が生じる。
仕方なく、”英霊”で発動した時の時間に戻ってみる。一人殺した責任を問われかねないわけだし。
◇ ◇
「運の良い奴め。だが、諦めん。これしき、1000回くらい失敗でもヘコタレない男だぞ。俺はな」
毒殺は難しいな。奇襲が良い。
奴の背後から銃撃。脳天をぶち抜いてやる。俺はダーリヤの行動を知っている、その上で狙撃しやすい瞬間を狙い、撃つ。ここで隠れて待機してればチャンスがある。
「やはりな」
食堂に来る前、こいつはトイレに向かっていた。この一瞬の隙、焦りを活かし、背後から銃撃を……
「なんのマネだ、モールス?」
「!な、なんのことだ?」
「殺気を感じる。その懐にある銃で何する気だ?器物損壊が目的か」
クソ。こいつ隙がねぇのか!気配を断ち、殺気も消しているというのに、それでも気付きこちらに振り向くか。しかし、敵意を抱けてないのか?
「これが目的だ!死ね!!」
先手必勝!俺は”英霊”があるから、ここで失敗してもやり直せる。挑戦こそが勝利に繫がる行動だ!
放たれた銃弾を何食わぬ顔で
「止めろ。殺されたいのか?」
銃弾を6発。綺麗に握って掴んでしまうダーリヤ。こいつと向き合った状態での戦闘は確実に無理。
「いやいや、冗談冗談」
戻す。殴られる前に戻る。
◇ ◇
毒殺もダメ、奇襲もダメ。ならば、金や人脈を使った長期戦。
「これから出る目を教えてやろうか?」
「マジですか」
ギャンブルだ。どんな結果が出たかを知っていれば、ギャンブルなど私の独壇場。まずは金だ。金で沢山の部下を持ち、ダーリヤの周囲から崩していく。いくら武人として最強でも、人間だ。周りから嫌われれば……
「ギャンブルなんて止めておけ」
「なっ」
「ダーリヤさん!」
こ、この野郎。また俺の邪魔を……
「未来は何が起こるか、分かっていない。だからこそ、人は進歩しなければならない。私の助言でスマン、賭けるなとは言ってはいない。だが、他人を信じたギャンブルなど愚かというものだ」
「ダーリヤさん……はっ!これからも、私達は精進致します」
「くっ」
こ、この野郎。人望もありやがる。仲間を増やすなんて……しかし、俺には能力がある。いずれ、お前を殺してやる。お前を超えてやる。最強になってやる。
◇ ◇
「ダーリヤ、訊いて良いか?」
「なんだ?くだらぬ質問か?フレッシュマン博士」
ある日の事である。しかし、ロシア軍の中においては日常的な意味もある。
「モールスに恨まれとる理由はなんじゃ?」
「知らん。戦士的な奴でもあるまいのにな」
こんな会話も、もしかすると、上書きされて消えてしまうかもしれない。
「とはいえ、心当たりがないわけでもない」
「お?どんな因縁じゃ?」
ただ、ダーリヤはなんとなく狙われている理由を推察してみた。
「以前、奴のシュークリームを食べたところ。過去に戻り、どんなに頑張っても阻止できなかったらしい。それがムカついたとか。言っておくが、使用人が間違えただけだぞ」
「くだらないのぅ」
未来の事を知っても、己にできる事が分かってなくちゃ意味がない。それに気付けないのは、過去を振り返られるからかもしれない。