7話 天界を騒乱させた男
だがさすがに若い浩介のほうに分があったようで、やがてマウントポジションを取ると上から殴りつけ始めた。
だがまったく迫力が無い。
パコッ、ポカッ、ペコンっと軽い音がするし、パンチにスピードが無い。
それでもアイテールの顔は弾かれたように右左に動いている。
効いているようでアイテールは鼻血が出ていた。
呆れて見ていたマアトもさすがに主神が殴られてるのを見て浩介を止めた。
「浩介さん、天帝を殴るのは流石に止めて下さい」
と後ろから羽交い絞めにして天帝の上から持ち上げた。
「ふん、今日はこれくらいにしといてやろう。おい、アイテール、マアトに感謝するんだな」
それを聞きアイテールはゆらりと立ち上がると
「わしを本気にさせたようだな、ゼピュロス。うおぉ、天斗神拳、天斗華山鋼鎧」
と言ったと思うと、いきなり痩せ細った身体にボコボコと筋肉が付き始めた。
まるで、サングラスを掛け亀の甲羅を背負ったちょっとスケベな老仙人がカメ○メ波を撃つ時のようである。
鼻血も出てるし、まさにそんな感じだ。
だがこれもまったくのはったりである。
天帝アイテールも自ら戦ったことなどなく、もちろん殴り合いなどした事は無い。
この技は若い頃覚えた技だが、ほんの少しパワーが増えるだけである。
何故覚えたかと言えばゼピュロスを懲らしめようと思ったからである。
「おおぉ」
それでも見た目だけはものすごいので、浩介は冷や汗を流して驚いている。
びびって腰が引けている浩介。
「くらえっ、天斗破顔拳」
その浩介を見てアイテールは間合いを詰め腰の入ったフックを浩介のあごに打ち込んだ。
バコッ
浩介はたたらを踏んで後退し、間合いから離れる。
あごを打たれて脳が揺らされたのかクラクラし、ガクッと膝を付くこうすけ。
アイテールのパンチは大した威力は無かったが迫力だけはあった。
ドッッゴッォーーーーンと擬音がしてもおかしくないくらいの迫力である。
アイテールが筋肉ダルマになったのを見て驚いたのは浩介だけではなかった。
浩介が優勢のうちは傍観していたフェイトやネメシス達は浩介が膝を付いたのを見て、慌ててアイテールにしがみついた。
「ああー、浩介様ぁ」「天帝様、お止めください」
両手両足にしがみつく4人の女神達によってアイテールはまったく身動き出来なくなってしまった。
それだけではない、4人の女神は見た目だけはすごいアイテールの手足を必死に握っている。
「離さんか、こらっ、痛いっ」
だが女神達は浩介を助けたい一心で離そうとしない。
浩介はアイテールが動けないのを見てすぐさま連続でパンチを入れてきた。
「よしいいぞ、みんな。うおぉぉぉぉー、天斗百裂拳」
パコパコパコパコパコパコパコパコパコパコパコパコパコパコパコパコォーン
女神達が全力を入れて手足を握り締めていたせいで、アイテールは激痛のあまり気が遠くなってきた。
浩介のパンチなどまったく気にならないのだが、手足の痛みでアイテールの筋肉は萎んでしまい元の姿に戻ってしまう。
浩介の百裂拳でそうなったわけではないのだが、それをチャンスと見た浩介は叫んだ。
「みんなアイテールを放せ、手を出すな」
いかにも正々堂々と戦うぞと言った言葉だったが、じつはそうではない。
浩介の声を聞き4人の女神達はアイテールを放し離れた。
浩介はついにアイテールに対して最終奥義を繰り出してきた。
アイテールの手足がまだ感覚が戻していないうちに、浩介は右腕を彼の脇の下に差し込む。
同時に左手でアイテールの腕を取り、自分の右肩を支点にして肘を逆関節に極めた。
「逆背負い投げ……!?」
フェイトがぽつりと呟く。アイテールの体が宙に舞い、頭から床に落ちる寸前。
「ゼピュロス圓明流・雷ーーー!」
何と浩介はそのアイテールの後頭部に渾身のローキックを叩きこんだのだ。
その威力は見た目ほど大した事はなかったが、アイテールの身体は、地面の上を蹴転がされた。
「天帝様の後頭部にケリ!? ムチャクチャだ、浩介さん……!」
浩介の技が効いたのか、それとも他に原因があったのかアイテールは気絶したのだった。
「ふっ、正義は勝つ」
と右手を高々と上げ勝ち誇る浩介。
浩介の周りに5人の女神が集まって大喜びしている。皆笑顔だ。
だけどマアト、お前の主神が倒されているけどいいのか、それで。
しかも天帝だ。
「やったね、浩介」
「すごい技でした。浩介さん」
「天帝様を倒すとは流石だね」
「あたいが見込んだだけの事はあるよ」
「流石です、浩介さん、素敵です」
「みんなの応援のおかげさ」
まさしくその通りである。
天帝アイテールはマアトとアリアンロッドに回復して貰い一息ついていた。
全員でマアトが出した豪華なテーブルとイスに座り茶を飲んでいる。
「まったく酷い目に遭ったわい」
「ふん、思い知ったか、アイテール」
「お前の攻撃などまったく効きはせんわい。
わしが気絶したのはこやつらの所為じゃ。
そんなことはお前も良くわかっとるじゃろうが」
「まあな」
「えっ、それってどういう事なんですか」
「ああ、原初の神同士の争いは神通力は使えないし、ダメージもわずかしか与えられないんだ。
まったく力を出せないんだ。本来の力の5万分の1といったところか」
「あっ、そうなんですか。…その…初めはじゃれ合ってるのかなとは思いましたけど」
「まあ、呪いといったらいいのか、いろいろ決まりごとがあってな。おい、アイテール説明してやれよ」
「うむ、今でこそ原初の神と呼ばれる神は15柱しかおらんがな。
この次元に宇宙が出来て、この天界が生まれた時、千を越える原初の神が生まれたのじゃ。
じゃがのう、その頃は天帝などと呼ばれる存在もおらず、皆好き勝手なことをしておった。
中には支配した星系で眷属達を繁栄させた神も多くいたが、やがて勢力を伸ばそうと他の星系を侵略し始めた。
それは星系間の戦争になっていったのじゃ。
そしてわしらがこのままではまずいと思った頃には、数億を超える星が消滅しておった」
「まったく懐かしい話だが、あのまま放って置いたらこの宇宙は荒廃してたろうな」
「そこでわしはこのゼピュロスやヒュペリーオーン、ゼウス、オーディーンら15柱の仲間と戦闘をやめるよう説得してまわったのじゃが、話を聞かない者も多くての。
結局は多くの神達を葬っていくしかなかったのじゃよ」
「言う事を聞かない奴は力を奪ってみなごろしにしてきた、とも言うな。普通は」
「うわぁ」
「人聞きの悪いこというでないわ。だいたいその先頭に立ってたのはお前じゃろうが」
「何を言う。ヒュペリーオーンとゼウスが情け容赦なく力を奪い消滅させて行ったんだ。
おれは男の神しか殺してないぞ」
「お前が情けを掛け殺さなかった女神達は、のちにガイアやアテナ達が念入りに殺していたがな」
「それでどうなったんですか」
「うむ?それでって。それから今に至っておるんじゃよ」
「まあ、なんていうか、その俺達が他の神々をみなごろしにして天界を乗っ取ったって感じかな」
「ええーっ、じゃ、じゃあ千を超える神々を今の原初の神だけで滅ぼしたんですか」
「いや全員じゃない。男はみなごろしにしたが、その当時は女神はそれほど死んでなかったはずだ」
「それぞれかなりの数の神から力奪っておったから、わしらはとてつもない力を持つようになってたのじゃ」
「まあ、それで面倒だから、全部殺しちゃおうって事になったんだ」
「酷くないですか」
「いや、中には俺たちを恐れて辺境の星系に逃げ込んで、そこで眷族を増やし逆に攻めてくる神もいたしな。
根絶やしにするのが、一番簡単だったんだ。男神はな」
「とくにゼピュロスは男神には容赦がなくてな。まあ酷かったもんじゃよ」
「俺は女神はただの1柱も殺してねえんだ」
「それが問題だったのじゃ。最後に残った150を超える敵対星系を支配する神は全員女神だった。
なぜかと言えばわざと最後まで残したのじゃ。なにしろゼピュロスは女神を攻めんからの。
そしてその星系はゼピュロスに攻めさせようという事になった。全員の意見での」
「それって、なんでですか」
「ほとんどは女神達の嫉妬によるものじゃ。ゼピュロスに女神を殺させたかったのじゃろう。
なにしろ、この男は神達から奪った力の半分は女神をたらしこむ能力に注ぎ込んでおったから、とにかく女神に慕われたのじゃよ。特にこの男に情けを掛けられ殺されなかった女神達はこの男に夢中じゃった。
まったくこのゼピュロスという男は心底から女が好きなんじゃ。根っからのスケコマシなんじゃよ」
「はい、それは良く判ります。すごく素敵な方ですから。それでどうなったんですか」
「俺は女は絶対に殺さねえんだ」
「うむ、それでこの男は天界でも有数の戦闘力を持っておったんじゃが、その戦闘力の半分近くを女をたらしこむ能力に変換した。
そして敵対星系を支配する女神達をたらしこんで無血で天界の支配下においたのじゃよ。
そしてついにこの次元の全宇宙がこの天界の支配下に入ったのじゃ」
「わぁゼピュロス様、素敵です」
「ゼピュロス様はご立派です。尊敬しお慕いします」
マアトやフェイト達も今では完全にゼピュロスを尊敬し敬語になっている。
「いや、それほどでもねえんだが、それからがちょっとな」
「思惑が外れたわしらは悔しがっただけじゃったが、女神達はそうではなかった。
ますますこの男に傾倒していった。
そして自分の眷属をこの男が気に入るような女神ばかり作るようになった。
そしてこの男を自分の星に来るように仕向けていったのじゃ。
当然、他の女神達も競い合うように美しい眷族を増やしていく。
そしてその作られた眷族の女神達もこの男にたらしこまれてしまう。
ゼピュロスを奪い合う女神達のいがみ合いは日常茶飯事になっていった。
その頃、わし達は天界の支配を強めるために眷属を作っていた。
わしは12神将、ゼウスは5虎将、ヒュペリーオーンは竜騎兵団をつくりあげた。
だがゼピュロスは仕事をせんばかりか、女神共と毎日毎日酒池肉林じゃ。
そしてとうとうゼピュロスを巡る小競り合いは、2つの派閥に分かれ大規模な戦闘になってしまった」
「それは聞いたことがあります。アテナ派とガイア派ですね」
「そのとおりじゃ。2つの派閥はお互い20億を超える軍勢で激突した。
そのため多くの星系が灰燼となっていった。
わしらも止めようと必死になったが、なにしろその頃の天界の男神と女神の比率は1対二千くらい差があったのじゃ。戦力的にはまったく話にもならん。
激しい戦闘で両軍とも3割以上の戦死者を出したが、女神アフロディテのもとにいたゼピュロスがアフロディテに連れられてアテナの陣営に入ったことで戦局が変わった。
ガイア派の女神達が次々と離反しアテナ側についてしまい、ガイア派は敗北した。
アテナ派はゼピュロスを連れ天界に凱旋したが、ガイア派は辺境の星系に撤退した。
ただこの第一次女神大戦で戦死した女神は、ゼピュロスが情けを掛け殺さなかった女神達と敵対星系を支配していた女神達で、ゼピュロスにたらしこまれ天界の支配を受け入れた原初の神とその眷属ばかりだったのじゃ」
「ええっ、原初の神が大勢戦死したんですか。でもそれって」
「原初の神を殺せるのは原初の神だけじゃ。
あの頃はまだ原初の神の間でも何の決まりごとも無かったから殺せたのじゃ。今は無理じゃけどな。
他の神々は我々原初の神の眷属じゃから、攻撃することはもちろん敵対行為もできんよう制約がかかっておる。
まあ、敵意とか害意が無く、先程のように止める為とか偶然の場合は別じゃがな」
「でも何かおかしいですよね。戦死した女神が元敵対勢力の女神達ばかりなんて」
「そうなのじゃ、その時は分からんかったがアテナとガイアの仕業じゃったんじゃ。
あの二柱は原初の神のなかでも抜きん出て戦闘力が高いからの」