6話 天帝と男の戦い
浩介はたった一人の恋人を求めていた。
そしてようやく理想の恋人が出来たにもかかわらず、運命的に女性達に殺されてしまった。
おそらく天界に浩介の断末魔の声が届いたのもその所為だろうと思われる。
だがその所為で浩介は天界で結構注目されているようだ。
このまま天界にいるといずれ未だにゼピュロスを慕う女神達も気付くだろう。
その時、浩介は上級女神達に取り上げられてしまう。
だから転生させるまで浩介の事は天帝以外には絶対に知られるわけにはいかない。
この際そうなる前に天帝に報告して浩介を転生させてしまおう。
天帝だってこれ以上騒ぎを大きくさせたくないはずだ。
そして私も人間として浩介と一緒に転生しよう。
私はこの数百年、パシリとして使われ休みなど無かった。
今こそ休暇を申請して浩介と同じ世界で生きて行きたい。
だめなら女神なんてやめてもいい。
人間の寿命は数十年だけど、充実した数十年なるはずだ。
出来るだけ夢と冒険に満ちた世界に転生したい。
私も浩介も階位は高いからそのくらいの望みは叶うだろう。
ただ問題はここにいるフェイトやルサリィ達だ。
一緒に浩介を調査したから、浩介の正体は知ってる。
今や彼女らは浩介のためならいざとなったら天界をも敵にまわすだろう。
私と浩介が一緒に転生するのを黙って見ているはずが無い。
何かしらアクションを起こすはず。
はっきりって彼女達はじゃまだ。どうする殺るか。
マアトがそんな物騒なことを考えている間、フェイトもネメシスもルサリィもアリアンロッドも同じ事を考えていた。
流石は女神である。5柱の女神はまったく同じ事を考えていた。
マアトとただひとつ違うのはマアトが天帝に報告に行った時、そのまま浩介と転生されたらまずいということだった。
「マアト、天帝のところに行くならボクも一緒に行くよ」
「浩介さんはお疲れのようですし、私が一緒に留守番してます」
「そうだな、ここなら安全だし、誰かに見つかることも無いしな。あたいもここで待っていよう」
「じゃあ、私はマアトとフェイトと一緒に天帝に会いに行くわ」
マアトの顔に焦りが見えてきた。
こいつらは浩介を人質に取る気だ。
まさかこんな手を打ってくるとは……やはり殺るしかないか。
マアトがまさに今殺気を放出すると言う時
―――まあ、待ちなさい―――
という声が響き渡り天上からまばゆい大きな光が降りてきた。
『天帝、良くぞこのような低層にまでお越しくださいました。
さっそくにもこちらからお伺い致そうと思っていたところで御座います』
とマアトは片膝と片手を地面に付きうやうやしく挨拶している。
フェイトやネメシスら4人も同じようにかしこまって頭を下げている。
―――いや、かしこまらずとも良い。ここは天上のパレスではない。
マアトも報告するにはおよばん、全ての事情は理解しておる。
そこに居る天城浩介という者はゼピュロスじゃな。
なんとも厄介な者が天界に戻って来たものじゃ―――
『厄介な者ですか』
―――ああ、天界にとってはな
急いでわしがここに来たのも、ゼピュロス相手ではわし以外では対処出来る者がおらんでな。―――
その時、俺はベッドで寝ていたが巨大な気配を感じ目を覚ました。
そこには光があるだけだったが、それがなにか直ぐに感じ取った。
天帝が来ていた。
そして俺は全てを思い出していた。
天界で俺がしでかした事、そして天界を追われた時の事を。
そして一瞬にして神としての力を取り戻した。
もちろん神語も完全に理解できる。
俺は原初の神として復活していた。
だがこの若々しい身体は気に入ってしまった。
このままで良いんじゃないかな。よしそうしよう。
「ゼピュロスも目覚めたようじゃな。むっ、全てを思い出したか。
どうやら復活したようじゃな、だがその姿は以前とは違うのう」
「アイテール様、お久しゅう御座います。」
俺が挨拶すると天帝は姿を現した。
ハゲだ、白髪の髭は見事だが痩せた身体に高価そうな布を巻いている。
見事に禿げ上がった頭にしわだらけの顔。じじいだ。ゲーハーの爺としか言いようが無い。
「相変わらずじゃな。ゼピュロス。わしをアイテールと呼ぶのは原初の神達だけよ。
ゼピュロス、久しいな」
「はい、ですが私はこのように若々しい姿、じじいのあなたとは違います」
「ぬかせっ!女に現を抜かし溺れおってからに。
原初の神の1柱であるにもかかわらず、わしらに仕事を押し付け好き勝手やっておったお前はろくでなしよ。
わしらの姿ははそれだけ苦労して来た証なのじゃ。
ヒュペリーオーンもゼウスもお前の顔など見たくもないと申しておるわ」
「そうですか、では彼らには会わずにここを去りましょう。ですがアテナとガイアは元気にしていますかな」
「……あの者はヘカテと一緒に閉じこもっておる。お前がここを去ってからな」
「わかりました。私は元気にしておりますとお伝えください。では去るに当たってお願いがございます」
「な、なんじゃ。無理なことは無理じゃぞ。
それよりあの二人に会わずに去るつもりか、もしそれがバレたらわしがどんな目に遭わされるか。
まさかお前……アフロディテをいやアルテミスか」
「いえ、ミューズを連れて行きたいのです」
「ミューズ?はて、その者をわしは知らんぞ。ん、待てミューズ?おお、ムーサか」
「はい、ムーサと呼ばれることもあるようですが、私はミューズと呼んでいます。
今、長谷 奈津美という名前でこの天界に連れてこられています」
ミューズがムーサと思い出した天帝は厳しい顔になった。
「ムーサはお前を悪し様に罵り天界を追放した重鎮である十二神将をイシスとセクメトと3人で攻め、十二神将の眷属である上級神や天使達20万人をみなごろしにし、十二神将の首を刎ね崑崙山の火炎洞に晒した女神じゃ。さらに十二神将の首から下の身体を次元の狭間に隠したのじゃ。
じゃから彼らは復活も出来ず、未だに火炎洞の炎に顔を焼かれ地獄の苦しみに晒されておる。
あれから二千年、いまだに彼らの身体は天界挙げての捜索にも拘らず見つかっておらんのじゃ。
彼らの首がある崑崙山には九天玄女がおり火炎洞には誰も近づけず、彼らの首を助け出すことすら出来ん。
十二神将は死ぬことは出来んから、今のままだと永遠に地獄の苦しみを与えられ続けることになる」
「はあぁ、なんですかそれ、そんなことがあったんですか。
へえー、ミューズもそんなに怒らなくてもいいのに」
「馬鹿者っ、のんきな事を言っておる場合ではない。
ムーサとイシスとセクメトはその後、お前を追って天界を出奔したため指名手配されておる。
じゃが、あの三人の女神達の戦闘力は天界でも最強に近いと言われておる。
例え見つけても返り討ちにされるだけじゃ。
なにしろ、たった三人で十二神将の軍勢を打ち破りみなごろしにしただけでなく、十二神将全員の首を取ったくらいじゃからのう。どれほどの怒気を発っしておったのか。
さらに追っ手を差し向けたら他の女神達が黙っておらんじゃろう。
指図したした者も含めて犠牲者が増えるだけじゃ。
ムーサがここ天界におるということは他の女神に知れたら大変なことになる。
ムーサやイシスがお前を追っていったことは上級女神達で知らん者はいないはずじゃ。
と言うことはお前の存在も知れることになる。
そうなったらまたしてもお前を奪い合って女神達の抗争が始まるぞ」
「そうですね、それは困りますね。じゃあ、早いとこミューズを連れて転生したほうがいいかな」
マアトやフェイトら5人は天帝と浩介のやり取りを驚愕しながら聞いていた。
天帝の姿を見たのは初めてだったが、浩介がまさか原初の神の1柱だったとはびっくりである。
マアトは天帝の眷属であり、主神である天帝には全てを報告しなければならない。
だが他の4人は違う。それぞれ上級女神の眷属であり報告先はそれぞれの主神だ。
天帝がここに来るのがもう少し遅かったら、彼女達は自分達の主神にゼピュロスのことを報告していただろう。
だが腑に落ちないことばかりだ。
十二神将は引退して隠居生活に入っていると聞いていた。
まさかその隠居先が崑崙山の火焔洞だったとは知らなかった。
それも首だけでだ。さらに身体を天界が捜索しているとは聞いていない。
確かに火焔洞の近くに行くと。おぞましいうめき声や叫び声が絶え間なく聞こえるが、そういうものだと思っていた。
またルサリィは数百年前のある日、ごく少数の女神だけが使う次元回廊で裂け目を見つけた事があった。
その裂け目から中を覗くと、12体の首の無い神の身体が磔にされていた。
その身体の下半身には無数のGと呼ばれる黒光りする暗黒生命体が蠢いていた。
この暗黒生命体Gは動きが早くて飛ぶことも出来るやっかいな昆虫型の最下級魔族だ。
特徴は繁殖力と生命力が驚愕するほど高く、とにかく黒光りするおぞましい姿をしている。
雑食性で何でも食べるが、おそらく彼らの身体の一番柔らかい部分を貪っているのだろう。
下半身の一部分に群がっている。
ただ磔にされている首の無い12体の身体の持ち主は上級神なのだろう、食べられてもすぐに修復されていたが、身体はあまりの激痛に痙攣していた。
ルサリィは裂け目からGが出てくるのを恐れ、あわてて裂け目を丁寧に塞ぐとルサリィの主神である女神グライアイに報告した。報告を聞いたグライアイはルサリィに話した。
「まあ、あれを見つけてしまったの。仕方の無い子ね。
いい、あなたの記憶からあの次元の狭間の座標は消しておくけど、このことは誰にも言っては駄目よ。
言ったら消滅させられてしまうからね」
ルサリィはあれが十二神将の身体だったんだと今になって理解した。
だがそれを天帝に言うつもりは微塵も無い。
浩介と転生するつもりでいるルサリィはまだ死ぬ訳には行かないのだ。
マアトを除く4柱の女神は、自分達の主神に報告すべきか考えていた。
というのは浩介の正体がゼピュロスだったという、重大な秘密を知ってしまった自分を天帝が生かしておいてくれるはずが無いからだ。
消滅させられる前に主神に保護を求めるべきなのだろうが、報告したら浩介は取られてしまう可能性が高い。
どうしたらいいのだろう。
まあ、浩介と天帝は原初の神で近い存在のようだから、いざとなったら浩介に泣きつこう。
記憶を消されるかも知れないが、消滅させられることは避けられると思う。
まだ浩介と転生できる可能性がある以上、報告はしないほうがいい。
彼女達は浩介と一緒に転生することをまったく諦めていなかった。
それはそうと天帝アイテールと浩介ことゼピュロスの会話は険悪なものになっていた。
「だいたいお前に全ての原因があるのじゃぁ。ムーサとイシスとセクメトが暴走したのもお前の所為じゃ。
お前が何とかするべきじゃろうが。十二神将を早いとこ助け出せ」
「おい、アイテール、俺にも少しは非があると思って、おとなしく下手に出ていればチョーシに乗りやがって。
なんでも俺の所為にするんじゃねえ。だいたいお前が完璧に天界を統率してればそんなことにはならなかったんだ」
「なんじゃと貴様、それはお前の責務でもあった筈じゃ。
それをわしらに全部押し付けおって、貴様は女とやりまくっていたくせに。
このヤリチンのヒモ野郎」
それを聞いた浩介は、図星を突かれて顔を真っ赤にして怒ったようだ。
ガシガシと地団太を踏んでいる。
「言っちゃならねえ事を言いやがったな、このハゲじじい。
それを言っちゃあおしまいだよ、もう怒った。
おい、フェイト、お前はアテナの眷属だろ。ちょっとアテナを呼び出せ、俺が呼んでるってな。
それからアリアンロッド、お前はヘカテの眷属だったな。ヘカテにガイアを連れてここに来るように言え」
アテナとガイアという女神を呼べというゼピュロス。
これには天帝アイテールも慌てた様子だ。
「ま、まて貴様、そんな事をしたらどうなるのかわかってるのか。
また天界に騒乱を起こす気かっ、馬鹿者が!
貴様のことはバカだバカだと思ってはいたが、それほどまでに馬鹿だったのか」
「なんだと、だ、だが、ハゲの言うことももっともだ。アテナとガイアを呼ぶのは中止だ。
だけどな、ハゲッ、馬鹿っていうほうが馬鹿なんだよ。そんなことも知らねえのか。このバカハゲじじい」
「なんじゃと、貴様。こうなったら鉄拳制裁を加えてくれるわ」
「俺のセリフを取るんじゃねえ、それはこっちの台詞なんだよ。くらえっ」
とても天界の頂点に位置する原初の神同士の喧嘩とは思えない低レベルの争いである。
ついに二人は取っ組み合いの喧嘩を始めてしまう。