リセット・オルタネーション
『あなたは、人生をやり直したいと思いませんか?』
テレビで、甘いマスクのイケメン俳優がしゃべっていた。
掃除をしながら、時々そちらに目をと意識をそちらに向ける。
「全然後悔がない人なんて、まずいないよね」
私は、掃除を終えて、引き出しから貯金通帳を引っ張りだすと、残高を見ながらため息をついた。
結婚して30年、子どもはすでに成人し特に面倒はないけれど、景気の変動ですぐ失業してくるダンナは、今も、結婚して何度目かの失業の最中だった。だから、趣味の時間を増やしたいと思っても、なかなか今のパートがやめられない。
「このツキの悪ささえなければ、申し分のない亭主なんだけどな」
失業の回数は、その回数が片手で数えられなくなった時に、きっぱり数えるのをやめた。きっと、本人の気が付かないうちに出てる癖があるのだろう、別れる気がなければ、今更言っても仕方がないことである。そして、それさえ除けば、私にとって文句ない亭主だった。
「あなたが、人生をやり直そうと思えば、時を遡る事が出来るのです」
テレビの中で、イケメン俳優が話している。
私は、出かける支度を終えて、テレビを消そうとリモコンに伸ばした手を途中で止めた。
「あなたも、人生のやり直しを体験してみませんか?」イケメン俳優が画面の中でニッコリ笑う「今なら抽選で3名の方に、抽選で人生やり直し体験をプレゼント。
今すぐインターネットで『人生やり直し』を検索、検索」
私は、パートの休憩時間を使ってスマホで「人生やり直し」を検索してみた。
昼休みは交代制で、特に誰かと一緒になることはなく、私は持ってきたお弁当を食べると、普段は趣味の一つであるハガキ書きに勤しんでいるのだが、今日は、何故か朝のCMが気になって検索してみることにしたのだ。
ページはすぐヒットした。
ホームページには、やり直した人生で起業に成功した人の話とか、いろいろな体験例が掲載されている。私は、その後に表示されている「応募はこちら」のアイコンをタップすると、必須項目を入力する。締め切りは、明日の23時59分。ケーマー的にはギリギリ間に合ったって感じ?
どうせ当たらないだろうけど、疑似体験で人生前向きになれるなら、応募してみる価値はあるかな? しっかし、高いわよね。こんなのが1体験100万? ないわぁ〜。体験プレゼントキャンペーンでもやってなきゃ、こんな会社があるなんて知らずに過ごしたわよね。
「そ~いえば、あれどうなったかしら」
一週間程して、私は急にそのキャンペーンの事を思い出した。
「あれ?」ダンナが、お義理に聞き返す。
「そう、一週間ぐらい応募したキャンペーン、人生をやり直す装置のモニターだって。どうせ、疑似体験装置なんだろうけど、1体験百万もするのよ、ちょっと興味がでない?」
「俺は嫌だね」ダンナは、ちょっと考えてから答えてきた。「今更、成功した人生を疑似体験したって現実が変わる訳でなし、もし本当に人生やり直したら、お前と知り合わなかったかも知れないし、子供達もいなかったかもしれないんだぜ?」
相変わらず、歯の浮くようなセリフをサラッと言うやつだ。言い返そうと思った所へ電話が鳴り、私たちは会話を中断した。
「はい、白井です」
子機の近くにいたダンナが電話に出る。「は? 未来幸福研究所? ……、家内ですか? 居るには居ますが…」
ダンナは、受話器の口を抑えると、私の方へ差し出してきた「噂をすれば、だ…」
「はい、お電話代わりました」
「白井加奈子様ですか? ご当選おめでとう御座います」
「有難う御座います」私は、信じられない気持ちで返事をしていた。オープン懸賞でしょう? それも全国版の。いくらマイナーで怪しげな会社名のとこだと言っても、ニュースのコーナーで取り上げられるような商品よ?
私の混乱を余所に、相手の向上は続いていた。それによると、パンフレットを送るので、それを見て一度来社して説明を聞いてから、賞品を受け取るかどうか決めて欲しい、ということ。また、体験して目的が達成できた時は、別途報酬を払うので、できればCMに使わせて欲しいという事を伝えると、相手は私の返事を待たず、パンフレットが届いた頃を見計らってまた連諾する、と言って電話を切った。
「ど〜しよう?」
私は、ダンナに相手が言ったことを伝えた。
「どうしようって、パンフが届くのを待つしかないだろう?」
私は、賞品そのものよりも、CMに使われた時の報酬の方に魅力を感じていた。
「以上で説明は終わりですが、何かご質問はありますでしょうか?」
担当の女性が、にこやかに微笑みながら聞いてきた。
「もう一度聞くが、本当に危険な事は無いんだろうな」
すかさず、ダンナが彼女に尋ねた。
「勿論ありません、安全には万全の体制で挑んでおります」
「人格が変わったりとか、記憶障害をおこしたりとかは?」
さらに質問を重ねるダンナに、彼女は一瞬答えを言い淀んだ。
「たまに、ネガティブな性格な方が、とてもポジティブな性格に変わる事がありますが、大抵それは、ご本人の希望によってそういうプログラムが組まれています。
普通、周りの方が戸惑う程の変わり方をする事はありません」
何が不安なのか、まだダンナは何か聞こうとしている。私は、ダンナの袖を引いて聞いてみた。
「何かまだ不安なの?」
「不安っていうよりも、なんか信用できない。普通、疑似体験とかでそこまで変わるとも思えないし、まして、人生のやり直しなんて…。
危険がなかったり、性格変わったりしない、っていうのがどうもなぁ、戻ってきたら、俺や子供達のこと忘れている可能性もありそうだし…」
最後の方はゴニョゴニョと、口の中で呟いたセリフだった。相変わらず、この辺は規格外な奴である。
「大丈夫よ、あなたの事はともかくとして、子供達のことは忘れたりしないから」
私は、特に気にもせずに渡されていた契約書にサインを始めた。
「CMに使いたい、ということだったけど?」
「はい。もし使用をOKしていただけた場合、使用料として40万程度の謝礼を用意しております」
彼女は、一般庶民の身としては、とても魅力的な金額を口にするのだった。
最初の説明の後、2度の打ち合わせを経て体験実行と言う運びになった。ダンナは往生際悪く、いまだに体験に反対している。
「ご主人、大丈夫ですよ。今までに事故が起きたことはありません」
担当の女性は、ダンナを持て余したように何度目かのセリフを繰り返す。
「もう、そんなに嫌だったらついて来なきゃいいのに…」
私は、そんなダンナにあきれたように呟いた。
「体験は、10分ぐらいで終わるって言ってたじゃない。どっか、コーヒーでも飲みに行って、終わったころ戻って来たら?」
それに対して首を振るダンナを、私はもうほっておく事にした。
いいですか? ゆっくり10まで数えてから目を開けてください。
1,2,3……10 はい、目を開けて。
私は、ゆっくり目を開けるとあたりを見渡した。
中学に入るときに買い替えてもらった平机が少し古くなっている。そして、その机の上の新しい学生鞄。私は、部屋を出て居間へ移動すると、テーブルの上の新聞を手に取った。
1983年4月10日 丁度、私が高校に入学したばかりの日付、そして、私が戻りたいと希望した時期でもあった。
そこから、人生のやり直しが始まる。前と違って、2度目の高校生活は楽しかった。
今回の学校生活で、私にとって良かったのは、思ったより学校で習ったことを覚えていたということ。何より、この頃より読解力が身についていて、学校の成績は、本来より大幅に上がっていた。
すると、不思議な事に気分が前向きになり、自然と人が周りに集まって来る。
そして、人生改造計画の手始めに、大学進学の為の受験勉強を始めた。
両親は、前回と同じで「国公立」でなければ学資を出してやらない、と宣言していた。そしてそれが、国公立大学へ行くように、という両親の無言のプレッシャーであるのは、前回の経験からよくわかっている。もしそれに逆らったり入試に落ちたりしたら、家の中が修羅場になることも、もうすでに体験済みである。
私は、その辺をうまく回避しながら2度目の青春をenjoyし、以前は夢でしかなかった東京の大学を合格して上京を果たした。計画的な家出&独立である。そして、両親公認の、希望に満ちた一人暮らしが始まったのだった。
さて、初めての大学生活は物珍しく、毎日が飛ぶように過ぎて行った。といっても、子育てしていた時と違って、時間に追われている、っていうよりも、密度の高い時間を過ごせている、って感じ。自分で、ついちょっと年寄っぽいところが出てしまうのが気になるけど、概ね周りとも上手くいって順調な人生を送っていた。
そして、3年になって就活の季節が巡ってきた。
「帰って来て、こっちで就職しろ」と何度も連絡を寄越す両親を無視して、私は東京で就活を続けた。ここで帰ったら東京に出て来た甲斐がない。両親には「行きたい企業の本社がある」と言って彼らを躱しながら、今回の体験の一つ目の目標である、両親の過度の干渉を断ち切ろうとしていた。
それに、人生にはやり直したい部分だけでなく、どうしても変えたくない部分もある。そのためには、どうしてもこっちでダンナを見つけなきゃ。そうでないと、人生を完全にリセットしてしまうことになる。特に子供たちは、この人生の中にも存在して欲しい。そのためには、彼を見つけるのは必須最重要項目であった。
これって、当時は気にも留めなかったけど、ものすごいパラドックスに陥る可能性があるという事よね。ダンナが気にかけていたのは、こういう事だったのかしら? 今更ながらハラハラドキドキ、この時はまだ、そんなスリルを感じて人生を楽しんでいた。
それから、さらに4年が過ぎた。
就活はうまくいって、日本を代表する電機メーカーに、システムエンジニア候補として就職することができた。
ちゃんとした企業のせいか、前回の人生で経験したようなデスマーチはほとんどない。あっても、ちゃんと代休等、福利厚生が整備されているし、男女雇用均等法の改正に合わせて拡充された女性エンジニアとして、私は充実した生活を送っていた。
プライベートの方はというと、ダンナがなかなか見つからなくてハラハラした時期もあったが、今は無事見つけてお付き合いまで漕ぎ着けている。前の人生のことを考えると、そろそろプロポーズにOKしてもらわないと、前回とタイムテーブルが違ってしまう。私は最近では、ちょっと焦って強引に彼を誘い出す、ってことを繰り返していた。
しかし、後から考えると怖いものである。
この時点では、私はまだこの体験を楽観視していた。結婚、出産、人生の終焉(つまり、人の死)といった、ターニングポイントになる事象は変更がないと…。
そして、私は無事目的に達し、予定通りの日付にダンナとの結婚式に漕ぎ着けた。しかしそれから3か月後、私は思ってもいなかったパラドックスに打ちのめされることになった。
3か月後…。
それは、前の人生で最初の子供を妊娠した時期である。疑似体験のはずだから、この辺も細かくプログラミングされていると信じていた。疑似体験だから、必ず同じように子供が生まれると。
しかし、私はいつまで待っても妊娠しなかった。結婚した早々「不妊治療を始めたい」という私に、当然のようにダンナはあきれ顔。しかし私には、いくら疑似体験だからと言って。子供達のいないこれからの人生は考えられなかった…。
“ああそうか、ダンナが心配していたのはこういう事だったのね”
私は、体験前夜の事を思い出していた。あれから、この夢の中で経験した年数は11年、帰ったとき、私は元の自分に戻れるだろうか? そして、ダンナや子供達との関係は? 私は、この体験に応募したことを後悔し始めていた。
そんな私の気持ちに構いなく、月日はゆっくりと流れていく。子供達のいない夫婦二人きりの生活は寂しく、主に私の方に原因があるのだが、次第に二人の生活に亀裂が入り始めていた。そして、私は気持ちを紛らわすために、必要以上に仕事に打ち込み、仕事での成功を得ていったが、どちらかというと、個人の生活を大事にしたがるダンナとの亀裂は、更に広がるという悪循環を迎えていた。
体験終了まであと14年。
そして、この体験が終わるのを指折り数えながら過ごす私を、決定的に打ちのめす事件が起こったのである。
それは、結婚11年目に初めて妊娠したという事実だった。
なぜ今頃…、私は、胎教に悪いと思いながら自問しないではいられなかった。そして、なぜ、このぐらいのこと、ちゃんとプログラミングできないのか会社を罵倒する。夢から覚めた時、もしかして私は、あの担当者を殺してしまうかもしれない。そして、その時、この夢の産物であるこの子はどうなるのか?
疑似体験である以上、現実からコントロールできると信じていた私は、自分の浅はかさを思い知らされた。実際、疑似体験といっても、実際体験している私には、まぎれもない現実としての経験を重ねているのだから。
生まれたのは女の子だった。
下の息子と8歳違いの女の子。私は、出産と同時に、どの記憶が夢で、どの記憶が現実か違いがわからなくなって来ていた。時々、夕食の時食器を5人分出してはダンナに不思議がられ、二人の息子の思い出話をしては不思議がられる。私は、いつしかこの体験が終わる日時すら忘れ初めていた。
その日は、穏やかに晴れた春の日だった。
満開の桜が、真新しい中学の制服に身を包んだ千帆、娘の上に舞い降りてくる。私たちは、中学の入学式を終え、正門へと続く満開の桜のトンネルを潜り抜けて校外の歩道へ出たところだった。
「もっと、かっこいい先生が良かったのに」
千帆が、ちょっと口を尖らせて言う。
「そうねえ、かっこいい先生とは言い難いけど、ベテランの良さそうな先生じゃない?」
私は千帆の方を見て、そして思わず彼女をダンナの方へ突き飛ばしていた。
”キ、キ、キ、キーッーー”
派手なブレーキ音を撒き散らしながら、白い車がこちらへと突っ込んでくる。
私は、やっと今日が体験の終わりの日だという事を思い出していた。
「危険がない、って言ってたよな。10分ぐらいで目が覚めるとも、何で彼女は目を覚まさないんだ?」
何処からか、ダンナの怒鳴り声が聞こえていた。
ああ、体験が終わったのね。
私は、夢が終わったのを実感していた。
あれが夢だったから、私は今生きている。もし夢でなければ、私は今頃死んでいただろう、しかし、夢で得たもの、失くしたものが大きすぎた。
「おかあさん、目が覚めたの?
お父さん、お母さんが!!」
泣きそうな、女の子の声が耳元から聞こえてきた。そして、続けて、医者を呼ぶダンナの怒鳴り声。
おろおろと、それに応える女性の声は、例の担当者の声だろう。
「千帆?」
私は、失くしたと思っていた娘の名を呼ぶ。そして、無理やり開いた視界の中に、泣き笑いする娘の顔が映し出された。そして、反対側から覗くダンナの顔。
「良かった、目が覚めたんだな。
一週間も目を覚まさないから、随分心配したぞ」
そして、やってきた医者に場所を譲ると、「兄ちゃんたちに連絡してくる」って言って部屋を出ていった。
「兄貴達も一昨日まではいたんだけど、あんまり仕事を休むわけに行かないから、って昨日からは夜だけ様子を見に来てる」
千帆が教えてくれる。
本当なら、千帆か息子たちか、何方かしかこの世界にいない筈なのに、訳が判らなかった。わかるのは、自分が望んだ地点に着地できたらしいということ、そして、気づく間もなく記憶の混同が始まる。
そしてこの25年間に、体験プログラムで経験した25年間が重なり合い、2つの記憶の矛盾点が消去されていく。次に目を覚ました時、私には、自分の記憶が実際の記憶なのか、疑似体験プログラムで得た記憶なのかわからなくなっていた。
「ひゅ〜、やばかったなぁ」
「全くだ、交通事故なんてものは想定外だったからな」とは言うものの、彼らは事故の原因が何かは判っていた。
この擬似空間から彼女を戻すにあたって、障害物を排除するための免疫プログラムが作用した結果だった。それが、被験体そのものにダメージを与えるとは…。
彼らはそれを隠すため、予定外の千帆までこちらへ転移させる羽目になり、戸籍、住民票、また、周りの人間の記憶操作と、大掛かりな作業で一週間ほど時間を費やすことになった。それが、彼女が目を覚まさなかった理由である。これからは、こういう事が起きないようにマシンを改良していくとともに、暫くはあまり長い年月を遡る実験はしないようにしよう。流石に、今回の25年は長すぎだった。
「俺たち別世界まで来て、何でこんな間抜けな作業をしてるんだろうね」
未来幸福研究所のマシンルームで、一人がボソッと呟く
「しょうがないだろう、こっちの世界には、無尽蔵に資源があるんだから。そして、こっちで金儲けして、それで買い付けた資源を向こうに送るのが俺達の仕事だ。
文句があるんだったら、会社に言うんだな」と、もう一人が応酬する
「だって、儲かるどころか、今回赤字だぜ」
彼らは、丁度書き上げたばかりの収支報告書を見てため息をついた。
“左遷で家に帰れるといいなぁ”という本音は胸に収めて。




