狼と人と
狼と人と
森の白熊
1
夜、真っ暗な森の中を一人の二十歳くらいの旅人がさまよっていた。その旅人はまるで年季の入った帽子をかぶった一文無しのボロを着た男そのものだった。そして旅人の脳内では帰りたい、帰りたいといつまでもその思いがぐるぐると渦巻いていた。
「いつになったら街につくのだろうか。もう二日もこの森の中をさまよっているが一向に灯りさえ見つからない......」
そう言うと、旅人は、もうあと残り少ない水筒の中に入っている古い水を乱暴に飲み干した。水を飲み干すと、見渡す限りの樫の木の一本からじっと目をそらさずに自分を見つめるひとりの少女がいることにふっと気がついた。その少女の見つめる目は旅人にこっちにきて欲しいと言わんばかりのように思えるような目をしていた。十数秒すると、少女は旅人に背を向けるようにくるりと身を返して森の奥へと行こうとしていた。一体何なのだろうか?旅人は、鼠を追いかける猫のように、そっと少女の後についていった。暫くして枝が折れるような音と、何かが引き裂かれるような音、その二つ以外は真っ暗な森にその夜は響くことはなかった。
やがて夜が明け、光が山の中のひとつの村を照らした。この村では、小さいながらも占い師や、霊能者、狩人、そして小さな家族のあわせて15人が住んでいた。その中のひとつの家族、主人が狩人の家族は、今日も平和な日々になると思っていた。
「じゃあ、今日も獲物を取りに行ってくるから楽しみに帰りを待っていろよ!」
「レオナルド、今日も気を付けて行ってきてね。」
「パパ、いってらっしゃい!」
狩人の妻と娘であるケイトとビクトリアは笑顔で主人を見送った。そしてビクトリアは隣の占い師の家に住む息子、アーノルドといつもかくれんぼをしたりして遊ぶのだ。
「アーノルド!今日も遊ぼうよ!」
「うん!今日は何して遊ぶ?」
もちろん、その子達の母親同士もとても仲のいい関係であった。
「オリビアさん、いつもうちの子のビクトリアと付き合ってくれてすみませんね」
「いいのですよ。こういうのは当たり前のことですし」
こういった明るい日常がいつまでもいつまでも永遠に続くのだと思っていた。この時は。
一方その頃、山奥で狩りをしている狩人はいつものように狐をめがけて銃を構えたとき、ふと狩人の視界の中にやけに明るい血の痕が2つ3つついた雑草が入り込んだ。そして、その血の跡は不自然にもひとつの道を描いているかのようにあちらこちらの樫の木に付いていた。その血の痕を恐る恐るたどっていくと、たどり着いた草むらの中に黒っぽいような赤っぽいような、そんな色に染まっている帽子とところどころに白っぽいかけらみたいなものが土と一緒に混ざっていた。そして、頭蓋骨のところには噛み付くときにとれたであろう一本の鋭い牙が垂直にめり込んでいた。
狩人はこの事を、見なかったことにしたいと思わんばかりに次々と獲物を狙っていったが、どうしても、その帽子とところどころに散乱していた人骨のことが忘れられず、全然狩りに熱が入らなかった。獲物を撃とうとして狙いを定めるも、そのたびに自分が見た光景が忘れられずに引き金を引いても外してしまった。仕方なしに帰り道、独り者のクラークに相談してみたが、「そんなの、クマに襲われただけだろう。そんな気にすることでは無いさ。それともなんだ、この山に人食い狼がいるっていうのか?いつもに増して臆病者だな、レオナルド!はっはっはっ・・・。」
そう言うとすぐに向こうにある畑の見張り小屋に引きこもってしまい、なんども呼びかけても臆病者臆病者と言っているばかりで、全然狩人の話に聞く耳を持たなかった。
ほかの村人や市長や、ほかの家族にもこの話を持ちかけたものの、まるっきり相手にしてくれず、皆、揃って気にせいではないか、あるいはクマに襲われただけだろう、この返事ばかりだけが返ってきた。仕方なく、このことを家族だったら分かってくれるかもしれないと思い、今日の獲物である野うさぎ一羽と気を紛らわすために取ったクヌギの木の実を手にもって重い表情をしながら、二人の家族が待つ扉を開けた。
家に入って、まず目についた燭台のろうそくに点っている炎が狩人にはもうすぐ消えてしまうであろうこの村の平和と自分の愛する妻と子の命に見えた。テーブルの近くの椅子に腰掛けたが、この椅子ももう少ししたら自分の村の仲間の血で赤く染まっているのではないかという予感がした。他にも数え切れないくらいいろんなものを見たがどれも狩人にとってはすべてもうすぐ明るい時が終わってしまうように見えてならなかった。
夕食にありついて、村人には誰にも相手にしてくれなかった森の中での出来事を妻子に相手にどうせ自分の愛する妻と子供であろうと、自分のこの話を聞いてくれないだろうと、少々投げやりな気分も抱きつつも話し始めた。
「今日、山の中で誰かの死体を見てしまったんだ。何か、鋭いあとがついていたし、多分狼じゃないかと思う。ケイト、ビクトリア、これから絶対に外へは夜に絶対一人で歩かないでくれ。」
「あなた、分かったわ。」
「パパ、あたし怖いよう。」
二人は自分たちが殺されるかもしれない、もしかしたらこの村を誰かが食らってしまい、もう生きて帰って来れないのかもしれない、そんな予感がしていた。狩人は村人に相手にしてくれなかったこの話を素直に受け入れてくれる妻子に少し安堵の気持ちを寄せていた。
狩人はその日、扉や窓はもちろん、換気のための網戸まで念入りに鍵を締め、絶対に人食い獣が入ってこないように用心をした。しかし、それでも不安だったため、床についたあとも小一時間ほど目はずっと冴え、少しも眠れない状態だった。しかし、それでも襲われないと思うと少し不安の思いを抱きながら、狩人は浅い眠りについた。
村を照らす月明かりを薄く雲が遮り、少し森と村との境目がつかなくなるような明るさになった頃、茶色い尻尾と黒い尻尾を持った人間の手足を持ち、鉤爪と動物の耳と鋭利な牙を持った二匹の人狼が、村の中心にある広場に居た。何かをかぎわけるように少しづつ畑の小屋の方へとその足を二匹は進めていった。少しばかりして月にかかっていた雲が切れ、月明かりが少しだけ戻ると、畑に植えてある作物には何か液状のものが飛び散ったように跡を残し、そして不気味に鮮やかに光っていた。
翌日、日の出の頃に鶏が鳴き、人々に朝を告げた。いつもよりもきりのかすむ中、またつまらない日々が始まるのかとばかりに顔に深い皺をたたんでいる長老のエドワードはいつものように古時計のネジを慣れた手つきで回していく。手紙受けのところに何も入っていないことを確認すると誰にも相手にしてくれないのかと思わんばかりに少々勢い付けて手紙受けの蓋を閉じた。それが終わるといつものように散歩に出かけた。
広場をそぞろ歩きしていると、赤黒い血液の滴り落ちる雑草と獣の体毛と思われるであろう茶色い毛が道端に落ちているのを見つけた。老人は狩人の昨日の夕方言っていたことが脳裏をかすめたが、気のせいだろう、ただの猪の怪我した後の血であろうと思い、自分に言い訳をするかのようにして気持ちを収めた。しかし、散歩を続けていると、今度は畑に植えてある作物にまた同じように赤黒い血と、今度は獣の体毛と思われる黒い毛と赤い人間の手と思われるような手形があったが、指の部分はついておらず、手のひらとその周りに五つ点々と赤い点が付いているだけであった。
少しづつきりがやみ始め、朝日が少しづつ村を照らす頃、それまで眠っていた村人や家族、そして村長が村の広場に顔を見せつつあった。そんな中、同じように村の広場に行こうとしたグレッグがいつも明かりの付いている隣の小屋に今日は明かりがついていないことに気がついた。朝の集会に遅れると大変だからと思い、少々呆れた様子で隣の小屋に行くと、老人と同じように手形に気がついた。グレッグは少し気味が悪いと思いながらも、自分を驚かす何かの仕掛けなんだろうと軽く受け流し、小屋の扉を開けると、下肢の骨がむき出しになり、心臓が食い荒らされ、内臓が机や棚の上のあちらこちらに散らばって、そして血液が今もとめどなく腹から流れ出している、昨日の姿とは変わっているクラークの姿だった。
2
グレッグは小屋の中の光景を見たときに、これは何かの間違いだろう、ただの人形かなんかだ、きっと自分を驚かせるために仕掛けたものなのだろう、絶対大丈夫なんだろう、と思って、その横たわる亡骸に手を触れたが、血は自分が怪我したときに出る鉄の匂いがし、そして、体の奥にはまだほんのりと生暖かさが残っていた。それを確認したとたん、一瞬グレッグは地獄絵図のような光景を自分の脳内に映し出す自らの目と、それを見て呆然としている自らの正気を何度も何度も疑った。しかし、何度こすっても目の前に映る景色は変わらず、何度頭を叩いてみてもその事実が変わらず、夢でないということを思い知らされるばかりだった。目の前の事実がどうしたって変わらない、元に戻らないということを知ると、グレッグは、クラークだった亡骸にただ手を組み、神に祈りを捧げ、ただただクラークの冥福を祈ることしか、できなかった。
太陽がグレッグの小屋の前に来た時より五分ほど昇ると、何かに呼ばれたかのようにふっと立ち上がって、広場のところへとグレッグは歩を進めた。そして、グレッグは自分が見た光景を何か吹っ切れたかのように何一つ表情を変えずに村人全員に話した。クラークの無残な死に様をグレッグが言い切ると、狩人は昨日自分が行ったことをみんな信じてくれなかったが、ほら見ろ、自分の忠告を相手にしなかったからこうなったのだと言わんばかりに腕を組み、少し見下すような目付きで周りを見回した。そのほかの村人たちは、自分が次餌食になってしまうかもしれないという恐怖と、あの時の狩人の忠告のことを思い出して、息を少し荒くさせていた。少しばかりの沈黙が村の広場を漂ったあと、ゆっくりと占い師が口を開いた。
「私は、先日の狩人のレオナルドさんのお話を皆さんと同じように、季節外れのエイプリルフールみたいな嘘なんじゃないかというように最初は思っていました。だって狼が人間を襲うなんて話なんてどこの本をあさってみても一文字も乗っていないのだから。しかし、夜にレオナルドさんのお話をふと思い出してしまって、どうしてもそのことが頭から離れられずに倉庫の一番奥の部屋で占ってみたのです。そうしたら水晶玉はいつものようにちゃんと真実を答えてくれました。『この村に人の姿かたちをした狼の耳、狼の尻尾を持った獣人が現れている。そいつらは夜に人を食い殺す。村が滅びてしまうまで人を食い殺すことをやめない。ただただ狂ったように食い殺す。そいつらを止めるには獣人らの首根っこを掻き斬らなければならない。そして、夜にそいつらの人殺しを止めさせるには狩人が誰かを守らなければならない。そうしなければこの村には死と破滅と滅亡あるのみである。』と、答えてくれました。」
そう言うと、占い師は彼の家の中へ、静静とこもっていってしまった。
それからまもなくして、広場では、誰が人狼で、誰を今日殺すのかということの話し合いが始まった。しかし、人の命をかけているだけあって、皆、自分の子供や家族のことは気にせずに自分のことだけを考えて、自分だけを擁護する発言をしていた。
「オリビアさん、あなたもしかして今まで化けの皮をかぶっていたんじゃな、い、ん、じゃ、な、い、ん、で、す、か?」
「なによ!ケイトさんだって唯一村人を守れる狩人の妻であるからだって、調子に乗らないで頂戴!」
正午を廻るころにはそれぞれお互いの非難合戦となっていた。もう老若男女問わず、子供同士でも、人狼非難が始まっていた。もう誰これ構わず、目についた者を非難し、罵り合い、罵倒し、不信に陥っていく、そのループの繰り返しだけが続いていた。
「アーノルドぉ?もしかしたらあんた人狼じゃないの?そうなったらもう絶交だよぅ?」
「ビクトリア!そんなこと言うなんて僕思ってもいなかったよ!」
もう誰一人構っていられない、とにかく自分だけは、生き残なければならない、でないと殺される、そんな思いだけが例外なく村人の頭の中に渦巻いていた。
やがて、非難合戦が終わり、夕暮れどきになると、処刑投票が始まった。そう、人狼を絶やすために一人ずつ断頭台で毎日夕方に一人ずつ村人を殺していくのだ。そして、餌食になる人がいなくなるまでこれは続いていくのだ。ちょうどその頃、二人が処刑の最終候補として上がっていた。霊能者の息子のサム・ブリッジと老人のエドワード・フォスターだ。
二人は昼間の間、争いに巻き込まれたくないと思っているばかりに口数を慎んでいたところ、逆に、何か言いたくないことがあるからずっと黙りっぱなしじゃないか?もしかしたらこの二人のうち一人が人狼なんじゃないか?そういう疑惑が村人のなかで起こって、二人はすぐさま弁明したが、人狼の言っていることは信じられないと言って、村人から全く行っていることを信用されてくれず、とうとう処刑の最終候補として残ってしまった。
「お願いだから僕を殺さないで!僕は無実だよ!なんにも悪いことなんかしてないよ!生まれて一度も盗みとか嘘とかついたことないし、なんにもみんなに迷惑をかけるようなことはしていないよ!なのに、どうして、どうして僕が殺されなければいけないわけなの??みんなどうかしちゃったのっ!?お願いだから信じてよ!」
「信じてよって言われてもねぇ、これがはじめての犯行かもしれないし・・・。」
「そうそう、いい子に限って裏切ったりするから余計に怪しいのよねぇ・・・。」
「お願いですから、私の人生をこんなエンドにしないでください!確かに自分はこれといっていいほど村の中では何をしたというわけではありませんでした。でも、自分は何もしていないんです!自分は只争いに巻き込まれたくないから黙っていたわけであって、決して自分が人狼であるから黙っていたわけではないんです!どうか、私を殺さないで!どうか命だけは・・・!」
「でも、昔の書物にも、老人が獣に化けたとかそういう話とかよくあるし・・・。」
「そうそう、あたしあの人のことよく知らないから、突然人格が豹変しそうで怖いわ・・・。」
二人とも最後の弁明を行なっていたが、ほとんど村人たちの先入観でその弁明はかき消されてしまった。
そうこうしているうちに、最後の投票の時間になってしまった。これでどちらかの票が多ければ、二人のうちどちらかが殺されてしまうのだ。
最後の投票は二三分で終わってしまった。
「これから、最後の投票の用紙を読み上げていきます。」
投票の一票一票を市長が読み始めると、サムは市長が一票一票を読み上げている間、一粒一粒大粒の涙を目からこぼしていた。老人は、全てを悟ったような諦めた、そんな表情をしながら黙って夕日を見つめていた。
十二票目が読み終わり、サムが6票、老人が6票入って、市長を除いた全村人の投票された用紙の最後の一枚が投票箱の中から市長が親指と人差し指で静かにつまみあげられた。サムはもうおしまいだと言わんばかりに目をつぶってそっと自分がこのような運名をたどってしまったことを自分と神に向けて恨んだ。老人は何があっても自分は動じないという面で市長の方を見つめた。
「最後の票は」
二人とも両手を組んで、祈りを捧げた。
「______エドワードに入れられました。」
その瞬間、老人は自分はこの道を進む運命だったのかと夕日に向かって憎しみの意を向ける一方、これで全て自分の事は終わったと思ったのか、安堵の思いを寄せていた。
「皆さん、私を最後まで信じてくれなかったのはとても残念でなりません。しかし、あの世から、この村の平和と人狼の駆逐を願っています。」
老人は辞世の句を述べたが、その話を誰一人としてまともに聞く者はいなかった。そうして、老人は断頭台に首を乗せられ、処刑人である狩人の妻のケイトによって、そのギロチンの刃は落とされた。切り落とされた老人の生首を村人はまるで汚いものを見るかのような目で見ていた。そして、切り落とされた生首がない方の体は、もう少し自分の話を聞いて欲しかったと思わんばかりの悲しみに溢れた老人の温もりの残った明るい血と暗い血が混ざり合った血液が、ギロチンで切り落とされた首のところにあるとめどなく切り口からあふれ出ていた。
3
村人たちは処刑し終わった老人の生首と血に染まった土、そして胴体を袋に詰め上げ、麻で作られたロープで何度も何度も縛り上げた上に二度と帰ってくるなと言わんばかりに村の端にある小さな湖に乱暴に投げ捨てた。
「村人を殺した天罰だ。老人だからといえ、村を襲い、自分たちを滅ぼすような真似をしたら許さん。これが当然の報いだ。」
「そうだ、永遠に苦しんでいろ・・・。」
老人の死んだあとも老人に浴びせられる言葉は罵り声か、あるいは見下したような発言だった。
やがて、日が沈み、クラークが襲われたときに似ている夜がやって来た。悲しみと絶望の光を放っている青白い顔をした満月が東の空から昇った。太陽が沈むにつれ、茜色に染まっていた西の空が、だんだんと菖蒲のような白いような黒いような、あるいは紫のようなそんな色に染まっていった。老人のいなくなった村では、いつものように広場で夜の宴が行われていた。
「あの老人人狼が居なくなってとりあえず一安心だよ。本当にあいつ怪しかったからな。」
「本当に。あの人いつも何考えているかわからないうえに自分勝手で、すぐにどっかへ行ってしまって、この間何か3週間も失踪したこともあったから、一番怪しかったのよね。何かの怨霊なのかしら?」
そう言って、村人たちは老人への悪口をつまみに遠い街から買ってきた酒を水割りにして呑んでいた。一方、最後まで疑いをかけられていたが処刑をまぬがれたサムは、大人たちが火を取り囲んで酒を呑んでいるところから離れた場所で、ひとり泣いていた。
「自分は助かったけど、悔やんでままならないよ。あのおじいさんはみんな人狼だとか、化け物だとか、あるいは怨霊だとか言っていたけれど、違うっていうこと僕知っているもん。あのお祖父さん、僕がまだ小さい頃、川で溺れそうになったときに自分が溺れてしまうかもしれないという危険を顧みず、僕を助けてくれたんだ。僕は知っているよ。だから何も恩返しできずにおじいさんが死んでしまったことをこんなように悔やんでいるんだけれども、多分みんな僕のお話を聞いても一言も信じてくれないだろうからなぁ・・・。」
そう言いながら、一人物陰に隠れながら静かに声を押し殺しながら、老人のことを思い出して泣いていた。
「レオナルドさん、あなたは狩人なんですから、私の水晶玉の御告のとおり、今夜は誰か一人を人狼の襲撃から守ってください。私は、誰が人狼なのかということを、今夜、一人を占って当ててみせます。霊能者のトーマスさんは、今日殺された老人のエドワードさんは、果たして本当に人狼だったのかということを調べていただけますか?」
「分かりました。このレオナルド、狩人の名にかけて、人狼から村人を守ります。でもその前に、戸締まりだけはさせてください・・・。」
そう三人で話し合い、防御は狩人、予測は占い師、事実確認は霊能者で役割分担をすることになった。宴を続けていると戌の刻(午後10時頃)に村人がちびちびと分け合って飲んでいた酒がボトルの中に一滴も残らなくなった。
「ああっ!もう少し何もかも忘れていたかったのにもうおしまいかよ!もうちょっとあいつの悪さを語りたかったのに・・・!」
村人たちは、早々と宴の炎を水をかけて消し、皆それぞれの家の中へと消えていった。
「ほら、子供はもう寝る時間よ。私もだけれど。」
「ママ、パパ、もうちょっとおはなししたいよ!」
「パパはもうすぐお仕事があるからダメなの。だからもうねんねしないとダメなの。それに夜ふかししているとママみたいになれないぞ?」
「・・・わかったよ。パパ、ママ、おやすみなさい。」
「あなた、狩人としての仕事を全うしてきてね。私はあなたの安全を何よりも祈っているから。」
「分かった。行ってくる。」
そう言って、狩人夫婦はしばらくの別れを惜しむように、少しきつく抱擁すると、狩人は自分の家をでて、今日守る、一人暮らしの女性のアリスの家へと向かっていった。同じ頃に占い師は少し笑いながら村人を占い始め、霊能者は事実確認を始めた。
昨晩と同じように、少し満月が雲に隠れ、森と村との境目がつかなくなるような暗さになった、子の刻(午前0時頃)の時、どこからともなく狼の耳と狼の尻尾を持った、鉤爪を手にもっている人の姿かたちをした狼は広場に向かっていた。そして、昨晩と同じように二人揃って誰をおそうか確認し合っていた。
「昨日初めて人を襲ってみたけれども、もう心臓高鳴ってしばらく収まりそうになかったよ。朝までに収まらなかったらどうしようかと考えていたけれども、なんとか収まってよかったよ・・・。でもあの人を食すというのはもう当分やめられそうにないよ!今日は誰を襲おうかな?」
「俺も、こんなように人を襲うなんてことは今までしたことがなかったから、またあの快感が味わえると思うと指先やしっぽの先までどうにかなっちゃいそうだ。今日も早速人を殺していこうぜ。」
そんなことをほざいているかのように、目を見つめ合い、そして何かを決めたかのようにしばらくしてから頷きあった。それから、二人はアリスの家の方向へとその歩を進めていった。
しかし、アリスの家の前には先に待ち構えていた狩人の銃と凶器があった。人狼たちは、アリスの家のひとつ手前にある翌桧の木下に来ると、すぐさま狩人が自分たちを殺そうとしているという状態に気がついた。
「うわ・・・。せっかく今日も胸を躍らせるような人殺しをしようと思ったのに、こんな狩人が待ち構えているんじゃ、とても殺すことなんて出来っこないよ・・・。」
「もうすぐ自分たちが活動できる限界の丑の刻(午前2時頃)だ。今日も殺ろうと思ったのに・・・。まあ仕方ない。一日くらいタバコを吸わなくても死ににゃしないことと同じように、一日くらい人一匹殺さなくても、別に俺たちゃ死なないさ。明日、また尻尾の生える頃に広場で落ち合って人殺しを明日こそやろうぜ。」
そう言うとくるりと踵を返し、それぞれの家のところへと戻っていった。
一方、最初に人狼に襲われたあとを目撃したグレッグは子の刻を少し過ぎた頃に目覚めると、自分の体が少し透明になっていることに気がついた。少し透明になりかけている左の二の腕を棚の角に思いっきりぶつけてみたが、すっと腕が棚の中に通り抜けるだけで、棚の中のものが動いたり、音がしたりすることはなかったそのとき、グレッグは自分がもうすぐ消えてしまうであろうということをすぐに察知した。鏡を見てみると、もうすでに自分の腕以外の部分は見えないに等しかった。しかし、グレッグは考えた。この透明になった自分の体を使って、もしかしたら真相を突き止めることができるのではないかと。そう考えると、早速、自分の家の壁をすり抜けて外へと抜けていった。すると、ちょうどアリスの家へとつながっていく道を人の影が二つ見えた。それは、まるで男と女のような、そんな影だった。これを見たグレッグは、早速自分の家へと帰って、手紙を書こうとするが、ペンを持ち上げた瞬間に、手が半透明になり、ペンが落ちてしまった。ペンが落ちてしまうと手は元の状態に戻ったが、またペンをつかもうとすると半透明になり、またペンを落としてしまった。結局、朝までに書けたのは二人組、女と男、これだけだった。そして、寅の刻(午前6時頃)になり、ほんのりと肌を優しく温める太陽が登り始めると、グレッグの体は完全に透明になり、意識も完全に消え失せた。
4
狩人は山の向こうから肌を優しく温める太陽が顔を出したのを見て、今日は人狼が現れず、自分は無事だったということを思うかのように、そっと胸をなでおろした。
昨日のように、朝の集会の時間になるとみんなはいつものように村の中心にある広場に集まってきたが、今日は昨日とは違って、グレッグの姿が見当たらなかった。それに気がついた霊能者の妻が、どうしたのだろうと少し顔を青くしてグレッグの住む家へと向かった。霊能者の妻は、グレッグの住む家についたとき、いつもは閉まっている筈のグレッグの家の窓が全開になっているということに気がついた。そのことを不審に思ったのか、窓のガラスを見たが、そこには指紋も、埃さえも一つもついていなかった。恐る恐る部屋の中へと開いて居た窓から部屋へとはいると、そこには、テーブルの上に一枚のメモ用紙と、1年位は使い古しただろうか、古いペンが置かれてあった。霊能者の妻は、一瞬、神隠しなのではないのかと疑ったが、そんな証拠になるような靴跡は床には一つもついていなかった。靴跡がついていないということを確認すると、霊能者の妻は、テーブルの上から風に吹かれて落ちた一枚のメモ用紙を拾い上げ、遺言書でも開くかのように慎重な面でそのメモ用紙に書かれていることを見てみると、そこにはグレッグが夜明け前に透ける手で必死になって書いた、「二人組、男と女」の二つの単語だけがメモ用紙には書かれていた。
霊能者の妻は、このメモ用紙を読み終わると、入ってきた窓からさっそうと外に飛び出て、村の集会が行われている村の中央の広場へと風のごとく急いで走って向かって行った。
その頃、村の広場では、霊能者が前日にギロチンで村人誰一人から待っての声も掛けられずに悲しみにくれながら首を切られて死んで行った村の老人が本当に人狼であったのかということを話していた。
「皆さんが昨日、人狼だと言って最後まで信じて疑わなかったあの老人の件なんですが、私が真実を知る能力を使って、老人は本当に人狼であったのかということを一晩かけて調べました。あの老人は・・・。」
そう言った瞬間、群れのみんなはやはり人狼だったんだろうなという思いで溢れかえった。霊能者は私たちの期待を裏切らないだろうとそう思ってならなかった。
「あの老人は実は人狼ではありませんでした。みなさんの思っていることとは裏腹に、あの人は人狼ではなかったのです。」
そのことを言い終わるか言い終わらないかわからないうちに広場にはどよめきが起こった。自分たちが信じて疑わなかったことが嘘であると断定されてしまったからそうなるのも無理はない。
そこに先ほどメモ用紙を持ってグレッグの家の窓から飛び出した霊能者の妻が帰ってきた。
「みんな聞いて欲しいの・・・。グレッグが突然いなくなってしまったの・・・。」
それを聞いた村人は、また被害者が出たのかと手を震わせた。しかし、グレッグの家には血痕一つどころか、指紋一つも残されていなかったから、ではいったいなにがグレッグを連れ去ったのかと広場ではどよめきが起こった。それにかぶせるように霊能者の妻は、
「あの、みんなこれを見て欲しいんだけれども、今いないグレッグの家から持ってきたんだけれども・・・。」
そう言って、グレッグの家から持ち出した一枚のメモ用紙を村人に見せた。
「これはいったいなにをさしているんだ?」
「一体、何のためにあいつはこのメモ用紙を書いたんだ?そして一体いつこのメモ用紙は書かれたのか?」
そうどよめきがさらに起こった。ますます深まって行く周りに起こっている謎に村人は、不安を隠しきれずに居た。
この不安のどよめきを打ち破ったのは占い師の息子であった。
「僕思ったんだけれども、これはもしかしたら狼さんを探すために僕たちに宛てた手紙なんじゃないのかな?こんな必死な字体で書いているあのおじさんの字は見たことないよ・・・。だからこの手紙を書いてみんなに自分のできなかった狼さんの撃退をしてくれないかと言っているように僕は思うんだ・・・。」
そういうと、占い師の息子は、信じて欲しいと言わんばかりの目で周りを見渡した。
しばらくして、その占い師の 息子のいうことを信じたのか、みんなは次々とそのメモ用紙の内容を見た。
「『二人組、男と女』だと?」
「つまり人狼は二人いて、そしてそいつは男女ペアであるということなのか?」
そういうと、みんなは夫婦になっている占い師の、霊能者、そして狩人それぞれ2人組を睨んだ。
「もしかしてこのどちらかが・・・?」
「人狼だというのか?」
村人たちは人狼が現れる前までは、みんなは三組を羨ましがっていたが、いざこの状況になってみると、みんなは三組を人狼ではないかと疑うようになった。また同時に、霊能者と占い師、そして狩人は、自分たちが夫婦関係を持っているということだけで自分たちの妻が疑われるという現実を見て、無性に神を恨みたくなる気分に襲われた。
しばらくして占い師は自分の邪念でも打ち切るかのように、自分がいつも携帯している小さな瓶にいれたウイスキーを少し飲むと、占い師はこう告げた。
「そうそう、私が今夜も水晶玉に話しかけて、誰は人狼であるのか、人狼でないのかということを一晩かけて調べました。今日は、昨日人狼ではないかと疑いをかけられていたサム君を調べましたが、人狼ではありませんでした。」
そういうと、サムを疑っていた人々は、ちょっともうしわけなさそうなそんな目をしながら、サムへの疑いを解いて行った。サムは、今まで一晩中疑われていると思って、眠れなかったが、そのことを聞き、自分の疑いが晴れたとわかると安心したのかすぐ近くにあったベンチに倒れこんで、そのまま眠りについてしまった。
しばらくして、誰が人狼であるのか、誰を殺すのかという話を始めた。ただ、今日は 昨日とは違って、みんなはだれかれかまわずに批判するのではなく、狙いを絞ってその人だけに疑いをかけるというような進め方になって行った。途中ではやはりグレッグの書いたメモ用紙に書かれてあった二人組、男と女から、三組の夫婦の妻が疑われたが、途中からは、また違う犯人がいるのではないのかという考えが強くなって、サム以外の二人の子供や、一人暮らしの人々に疑いの目が向けられた。
「どうしてまた私たちに疑いの目が向けられるの??」
「いや、どうしてって言われても、怪しいからとしか言えないんだけれども・・・。」
「絶対僕たちじゃないって!信じてよ!」
「信じてって言われても怪しいものは怪しいよ・・・。」
一度疑われてしまうと、なかなかそれを晴らすということが難しいということを、二人は六、七歳の体心ながらにそのことを痛感した。そしてその親たちは、何を言ったって子どもたちの疑いは晴れないから、その様子を黙ってただただ遠くから見ているだけしかできなかった。
日が落ちるのは早いもので、すぐに朝の光に包まれていた村の広場は夕方の赤い光に包まれた。村人は、最初に疑っていた三人組の夫婦の妻をうたがうことはなく、また違う、アリスと、アンドリューが疑われた。
「またどうしてあたしたちのことを疑うわけ?もしかして何かの恨み?それとも憎しみか妬みとかなんかなの?」
「いやぁ、その理由は、疑わしいから、ただそれだけでしょ・・・。」
二人は昨日の二人と同じように最後の弁明を行っていたのだが、やはり疑いはそう簡単には晴れなかった。
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アリスとアンドリューは無実であると訴え続けた。しかし、両者ともにはっきりとした事実と証拠はなかったので、村人たちに自分は人狼ではないということをはっきりとは言えず、村人たちも二人を人狼ではないと信じたい気持ちは山々であったが、証拠がない以上、人狼であると疑わざるを得なかった。
「あたしたち、人狼じゃないって何度も言っているのになんでちっとも信じてくれないのさ!こんなのおかしいじゃないの!」
「疑いたくない気持ちは山々なんだけれどもね。証拠がない以上どうすることもできないから君たちを疑うしかないってわけ。」
そう何か言っても村人たちの一言によって一蹴されてしまった。証拠がない限り、人間の温情などというものはないのも同然なのである。二人とも、昼過ぎ頃から西の空からやってきた大きな黒い雲を眺めながら、自分がこのような疑われる立場にあるという運命を恨んだ。
「それではみなさん、二日目の処刑投票を始めます。各自投票してください。」
市長のその呼び掛け声で村人たちは二人のことを見つめ続けることをやめた。そして、咄嗟にほとんどの村人は二人の名前を書いて、投票箱へその投票用紙を何かを急かすような感じで口に運んだ。
何かあったのだろうか?昨日は2時間もかかった決選投票までの時間が今日は15分で片付いてしまった。二人はお互いのことを、何か敵でも見るかのような目でじっとにらみ合っていた。まもなく決選投票が開始されてから、二人は互いに相手の名前を書いているということを見透かされないかと怯えながら、少し震える手で相手の名前を投票用紙に書いた。そして書き終わってからは自分のしたことを棚に上げて相手に自分の名前を書いたのじゃあるまいなと言う目付きで痛い視線を送った。
そして決選投票の開票が行われる時間になり、二人とも何か自分が悪いことをしたのなら謝りますからどうか許してくださいと言っているようなそんな遠くを見つめる目付きで、死を待ちわびでいた。市長の自分の名前を読み上げる声は自分の死への駒を一マスづつ進めていくようなそんなように二人には感じられた。そして昨日と同じように、二人とも同じくらい投票があり、11人いる中の投票した人数の中で、10人が開票され、そして最後の一票にどうなるかが委ねられる状況になった。
「最後の投票は」
そう市長が口を開いたとき、二人は何かを悟ったかのように近くにある小石を見つめた。
「アリスに入れられました。」
広場にその声が響いた瞬間、アリスは自分はこんな疑われて、そして無実の自分が何も弁明できずに、村人たちから拒絶されるという最期が決定されたということを知り、嗚咽も挙げず、何もしゃべらず、只々地面に四つん這いになったまま瞳孔を開いたまま一粒二粒とこらえきれなくなった思いを頬を伝わせて土を湿らせていた。それを見ていないかのように処刑人である狩人の妻はアリスの両腕を後ろで縄で縛り、乱暴にアリスを断頭台へ連れていった。そして慣れたような手つきでアリスの首を断頭台に乗せ、遺言があるのなら言っておきなと言っているような目付きでアリスをじっと見つめた。
「とても、残念で・・・。」
そこまで言ったところで言葉がつっかえてしまい、それ以上はしゃべることができなかった。しかし、その表情からして、自分がなぜ選ばれてしまったのかということに疑問を抱きつつ、こんな運命になるのが自分というものだったのかというような落胆するようなそんなことを言っているようなそんな様子が伺えた。しかしそんなことも気にもせず、狩人の妻は顔のパーツ一つ動かさず、その断頭台の刃を持っていた手を何も考えずにすっと放した。断頭台の刃を引き上げてみると、昨日殺された老人の冷えて固まった茶色いような赤黒いような血液とと今日殺されたアリスの生暖かい鮮血が混ざってどうとも表せないような色に染まっていた。
アリスの断頭台から転げ落ちた生首と断頭台に置いてきぼりにしたアリスの胴体と四肢、そして血液に染まった土などを一緒に麻袋にいれたあと、昨日の老人よりかは丁寧に、湖のそこに沈めた。
アリスが処刑されたあとに昨日みたく村人たちは火を焚いて宴を始めたが、酒は遠く離れた街に行かないとないので仕方なしに川から汲んできた水を呑んで宴をした。
「今回は人狼だったよな・・・?二人も罪なしとか本当にやめてくれよ?」
「大丈夫さ・・・。きっと・・・。」
今日の朝の霊能者の放った人狼だと信じて疑わなかった老人が人狼ではなかったという発言をまだ覚えているのか、村人たちはこれでいいんだと念を押すような口調で、確かめあった。そして自分の責任ではないんだということをそれぞれが主張した。この日は、いくら呑んでも全然楽しくならず、只呑み続けていると胸の内がこみ上げてくるような状態が次第に強くなってくるばかりだった。
職のある三人は、狩人は村長を守り、霊能者はアリスについて人狼であったかを調べ、そして占い師は狩人の娘を試しに調べることにした。狩人は家族としばらくの別れを惜しみながら村長の家の前へ、霊能者は自分の能力で過去のことを調べ上げ、そして占い師は少しにやけながら水晶玉に向かって人狼であるのか人狼ではないのかということを調べ始めた。
やがて宴も興ざめし、もう話もつきてしまって何もすることがなくなると、村人たちは焚いてあった火を消し、それぞれの家へと戻っていった。
村人たちがそれぞれの家へと戻っていき、その家々の明かりも消えた頃、十六夜の月明かりがまた昨日と同じように森と村との境目がつかなくなるような明るさになる厚い雲が村を被った。
昨日と同じような様子でどこからともなく現れた狼の尻尾と耳、そして鋭い鉤爪を持った二人の人狼は村の広場に向かっていた。
「また夜になったし、今日こそは人殺しができるといいかな。」
「ああ、昨日は人殺しができなかったからもう俺の此の鉤爪がもう早く何かしたい、何かを捉えたいというような感じで疼いているさ。今日は誰を殺そうか・・・?」
そう二人はもう早く殺したくてたまらないといった表情を浮かべながら目で今夜は誰を狙おうかということを相談していた。
ちょうど同じ頃、消えたと思っていたグレッグは夜になったおかげなのか、手だけ元の世界に戻ってきて、次第に意識も戻った。
(意識が・・・戻った?この意識がある今だけのうちに人狼のことについて調べないと・・・。)そう思うと、すぐさま村の広場の方へと向かっていった。
グレッグは広場に着くと、すぐさま人狼の二人を見つけた。グレッグは一人が少女であるということを見ると、少し意識が遠のいた。すぐさま自分の手を見ると、もう手が薄くなり始めていることに気がついた。いそいで書き残さないと何も残らないと思ったグレッグはすぐさま家に戻って昨日の自分が置いたままになっているメモ用紙とペンを取ると、何回も落としながらではあるが、「少女」、「片割れ」という言葉を書いた。しかし、このままでは絶対に自分の書いたメモは見てくれないのだろうと思い、そっと狩人の家の窓からメモ用紙を入れると、そこで意識は途絶え、手もその姿を消した。
人狼たちは、自分たちの昨日からやりたかった人殺しを済ませると、すごく満足そうな様子でその家を後にした。二人とも返り血がもう全身に計り知れないくらいに付いていたので、湖から流れ出す川でその返り血を洗い流すとまた何事もなかったかのように村は静けさを取り戻し、そして十六夜の月もまた村を照らした。
6
少しずつ空が白み始め、山の中に朝を告げる鳥たちが鳴く頃、少しずつ雲が空を覆い始め、最初の村人が広場に行こうと家のドアを開けたときにはもう空は一面雲に覆われていた。そんな中、人狼に襲われた占い師の妻は、外に横たわったまま、人狼たちに体の肉を食われたその大きく開いた傷痕や、心臓があったと思われる大きな血管の口からは、多くの明るい赤のような、黒いようなそんなものが流れだし、周りの土を黒く染めていた。
「さて、そろそろ私の出番かな。広場に行こうか。」
まだ何も事情を知らない占い師は、妻が部屋にいないことを知ると、きっとせっかちな妻のことだから、もう広場にいるのだろうと思い、気楽に玄関のドアを開けると、そこには、占い師が、何十年間も一緒にいたであろう、妻が最初の人狼に襲われた時と同様に、内臓と肉を無残に食いちぎられ、周りの土を黒く染めているまだ生温かさののこる無残な姿で家のポストの下に横たわっていた。その大きな傷跡をのぞいてみると、少し折れかけている胸骨が目に見えた。きっと狩人の見張りで一昨日襲うことができなかったことによる気分の高揚から胸骨を折ったのであろう。しかし、どんなに願ったところでなった事実は変わっていくわけではないし、これ以上ただ見つめているだけというのも、気が引けるので、森のすぐ近くにある川のところに埋葬して、冥福を祈った。
占い師が広場に行く途中、なぜか占い師は落ち着いたような顔をしていた。そうこうしているうちに、広場が目に入るところに行くと、すでに村人たちが広場に集まっていた。残る占い師夫妻が広場に到着するのを待っているかのように、村人たちはそわそわしているようなそんな感じに見えた。
「みなさん、おはようございます。狩人のレオナルドさんががんばって見張ってくれたのにもかかわらず、私の妻は私の家のポストの下で死んでいました。私は、とてもこのことを残念に思えて仕方ありません。さて、占いの結果を言いたいのですが、今日は、レオナルドさんの娘さんを占ってみました」
「はぁ?うちの娘がそんな人狼なわけがないでしょ!第一今日の夜だって、あの子が眠るまで私あの子のこと見ていたし、なんでそんな疑う必要性があるわけ?」
そう狩人の妻は声を荒げていったが、占い師はそんなことはまるで聞こえていないかのように、再びしゃべりだした。
「娘さんは占いの結果は黒、人狼であるという結果が出ました。」
その瞬間、狩人の妻は今まで声を荒げていっていた口を止めてしまった。事実、この占い師は、この村に引っ越してきて30年間経ちますが、一回たりとも、その予言を外したことはないという腕があったからです。それを考えると、人狼であるということは嫌でも受け入れざるを得なかった。
「うそよ!娘がそんなことをするわけがない!そうだよね!ビクトリア!」
そういって狩人の妻が娘に目を向けた瞬間、いつも着ている娘の服に赤いしみがついているのを見てしまった。きっと昨日の晩、川で返り血を洗い流す時に洗い忘れたところなのでしょう。それだけではありません。よく見ると、転んだわけでもないのに脛のところには何本もみみずばれがあったり、少し薄汚れていたりと、見れば見るほど、娘が人狼であるという事を信じざるを得ないような証拠が出てくるのである。これらの娘についている数々の人狼の証拠となるようなものを見るたびに、何度も狩人の妻の中では「きっとどこかでひっかいたに違いない。」「たぶん私の知らない間に窓を開けて、風が強くてその土埃が飛んできてしまったのだ」といった言い訳を無理やり作って人狼が娘なはずがないと信じ込もうとしたが、上着についている血のような赤い複数のしみは、どれだけ理由を作ろうと頭をひねっても、思い当らなかった。
「うそよ!みんな嘘をついているのよ!私の娘が人狼だなんて、だれかのいいがかりよ!これはだれかの陰謀なんだ!私の娘は何があっても人殺しはしない!娘は悪くない!何もしていない!人殺しなんて野蛮なことをするのはほかの人だ!」
そういった言葉にならない言葉を叫んだあと、ずっと何かを叫び、わめきながら湖のほうへと駆けていった。
そのあと、昨日グレッグの手紙が置いてあった場所へ行ってみると、やはり昨日と同じように手紙が置いてあった。そこには夜中にグレッグが書いた「少女、片割れ」の二つの単語が書かれてあった。少女はこの村の中には一人しかいないし、見つかったいくつかの証拠を照らし合わせてみると、まあなんとなく少女が人狼であるというのも、合点がいく。
村人たちの捜索で、次々と人狼であるという証拠が見つかっていく中、当の狩人の妻である人狼と断定された娘の母は、湖畔でもうすでに娘が人狼であるということは確実となっているにも関わらず、いまだに娘が人狼であるという事を信じられずにいた。
「絶対嘘よ。絶対嘘よ!私がこんなお腹を痛めて生んだ大切な愛娘だというのに、いつだってそばにいて、その娘の成長をこの目で見てきたというのに、何で!?何でそんな娘が人狼であるというの!信じられない、信じられない、信じられない・・・。」
壊れてしまった機械のように信じられないと叫びながら、ずっと水面を見て目を見開いていた。
そうこうしているうちに、もう夕方になっていた。しかし、朝から覆っていた雲はいまだに晴れず、それどころか、朝よりずっと雲が熱くなって、今にも雨が降り出しそうというような状況だった。
「それでは、これより投票を行います。」
そう村長が言うと、村人たちは何も言わなかったが、全員、狩人の娘であるビクトリアに投票していった。そんな中でも、まだ娘が人狼であると信じることができない狩人の妻は、震える手で、自分の愛娘を人狼であると仕立て上げたとして占い師の名前を、憎しみを持ちながら震える手で鉛筆を持って書いた。
さて、結果はやはり、9票のうち8票は狩人の娘の名前を書いていた。圧倒的に狩人の娘の票が多かったために決選投票は行われずにそのまま処刑されることになった。
「ママ・・・。」
「あなたは人狼なんかじゃないからね。ママが守って・・・」
「もういいよ。わたし、もう自分は助からないともう思っていたの。だから、もうすべていらない。何もいらない。だから投票用紙にはわたしの名前を書いたよ。だからもうかばわなくていいよ。もう泣かなくてもいいよ。わたしはママの心が穏やかであるならばそれで幸せなのだから。」
「でも、ビクトリア!」
「もういいの。この村の人が平和で暮らせるのだったら、私が死んで平和がまたやってくるのだったら、私は死ぬわ。何も考えずに首を撥ねて。」
その言葉を聞くと、狩人の妻は、がっくりと手と膝を地面につき、泣き崩れた。
そうしている間にも、娘は断頭台へと上がっていった。
「今までありがとう。さよなら。ママ。」
その言葉を聞いて、とうとう何かがぷつりと切れてしまったのか、泣き叫び始めてしまった。もう周りに人がいようが関係なしに、ただただ泣き叫んだ。少しばかりして、少し気が収まったのか、断頭台の刃をつないでいる紐を手に取り、ごめんね、ごめんねと娘につぶやいた。そして、何かを振り切るように大声を上げて泣き叫びながらその断頭台の刃をつなぐ紐を離し、自分の愛娘の首を撥ねた。撥ねた後、その断頭台の刃の周りに転がる愛娘の顔は、何かを悟ったような、そんな穏やかな顔をしていた。
7
娘の首のなき小さな体と、その体から少し離れたところに転がる娘の首からは、そうして幸せになるのなら、それでいいという娘の真意が伝わってくるような真紅の血が流れていた。しかし、それを見てもなお諦めがつかない娘の母親は娘の首から上がない遺体を抱きしめながら冷えてゆくその亡骸を抱えて、
「この娘に何の証拠があるというの?一体、一体私に何の恨みがあるというの!?そ、そうよ・・・、あんたたち全員人狼なんでしょう??ねぇ、そうなんでしょう?人狼なんだから人狼でない私と娘を貶めようとしてまず娘を殺したんでしょう?そうなんだよね?そうなんでしょう!もうなんなの?なんか言いなさいよ!ねぇ!?」
そういうと足元に落ちていた乾いた静脈血の付いた少し茶色みかかっているナイフを拾い上げ、霊能者の妻に娘の母親は目線を移して言った。
「あんたも私の娘に一票入れたんでしょう?そうよ。だって私以外全員私の娘の名前を書いて私の娘を殺せというような意思表示をしたんですからねぇ。明らかに私を陥れようと計画をしていてそうしたんでしょう!?そうでしょう!?」
「そ、そんなことないわ!」
「嘘よ!いつもあなたは投票するとき丁寧に用紙を二つ折りにしてからあの投票箱に用紙を入れていた!それは私に誰の名前を書いたのか悟られたくなかったからでしょう?投票してしまえば、村長が読み上げるときには誰が誰を投票したのかわからなくなるからそこまで逃げ切ればこっちのもんだとかそう思っていたんでしょう?そうでしょう!?」
「ち、ちがう!私はそんなこと微塵も思っていないわ!あなたの勝手な思い込みよ!」
「嘘だね!あんたの顔、やけにこわばっているわ!嘘ついているんでしょう?」
「・・・・・。」
「私の娘の代わりに天誅を下してあげるわ!地獄に落ちて永遠に後悔しろ!!」
そう言うか言い終わらないかわからないうちに左手に持っていたナイフを霊能者の妻めがけて鋭くとがった先端を腹めがけて勢いよく突き刺し、そのままナイフを漢字の十を書くかのように乱暴に切り裂き、腸を何が何だか分からなくなる程度にまでかき混ぜた。
「娘の思いを知れ!!」
母はもう正気を失っていた。さっきまで周りの人々が普通の村人に見えていたが、今となってはその村人たちが娘の母の目を通してみると、全員が全員、娘の母の夫である狩人までが人狼に見えてきてしまうのであった。
「なんなのよ、その目は。人狼であるお前らがそんな目をするなんておかしいだろ!全員地獄に落ちろ!そして娘のために永遠に償え!」
そういった瞬間、後ろから二、三人の村人が飛び掛かり、娘の母親を取り押さえた。母親は何とか必死にその取り押さえを振りほどこうとしたが、多勢に無勢、三人に抑えられている以上どうすることもできはしなかった。
取り押さえられた娘の母親は今すぐに町のほうへと警察に相談できないが、かといって野放しにしておくのも危険であるというので柱に括り付けて一人ではどうすることもできないように拘束した。そうこうしているうちに雲の切れ間からうっすらと一番星が東の方に見えるようになった。こんな悲惨なことがあっては宴をする気にもなることができないのでとりあえず火を小さく焚いた後、残った娘の母を除いた七人はその小さな火をじっと何も言わずにただ淡々と見つめることしかできなかった。
「はは・・・。いったいなんだったんだろうな。あの平和な日々は。たった三日前は何も起こらずに平和な日々がこの村にいたんだけれども今となってはどうなんだろ。これじゃまるで戦場のようじゃないか。そこらかしこに気持ち悪いほど多くの血に染まった土が転がっているし、所々でもいまだに埋められていない死体とか散乱しっぱなしだし・・・。これじゃまるで地獄絵図じゃないか・・・。」
事実、最初十五人いた村人は今では八人と以前の半分まで減っていて、次第に人手も足りなくなってきて今ではまだ埋められていない死体とかは現に腐り始めてそこの周辺ではときどき吐いてしまうものがいる。さらに今日はさらに三人も死んでしまったので、よけいに死体は増えていくばかりであった。そしてその現状を見て明日自分が殺されるかもしれないという恐怖に村人たちはそれぞれおびえるのであった。
そうこうしているうちにもう時間はあっという間に過ぎていき、もう自分たちは今日何もすることはないと思い始めたのか、みな思い思いに家に変える支度を始めた。問題を起こした狩人の妻は、何かするといけないので、村長のもとで一晩監視されることになった。狩人は、昨日まで愛娘と愛妻が一緒にいた今は自分以外一人もいない自宅を見て一つ深いため息をついてから自宅の玄関の扉を外から施錠して今日の守るべき家の前へと向かっていった。その頃霊能者の家では妻の突然の殺害の怒りを何とか抑えて真実の確認を占い師の家では「そろそろ終わらせるか」とか何とかつぶやきながら今日占う人を決めて人狼かどうかを確かめに入った。
日付が変わるころ、村では久しぶりに雨が降り始めた。そのとき、今日もまた人狼と思わしき人物が村の広場へと向かっていた。しかし、今日は今までの二人組とは打って変わって今日はたったの一人だけが広場へと向かっていた。
「ったくあの占い師め・・・。見事に俺の相方を見抜きやがって・・・。今に見ていろ・・・。しかしみんなが起きている間あんな地獄絵図とか言ったけれどもあいつらまんまと信じて居やがる。みろよ、この光景、俺が思い描くような光景其のものだろう?あと少しで俺の描く『天国』とやらが完成するんだろうな。でもあと少し逃れることができればの話で明日や明後日処刑されたら元も子もないからな。とりあえず昼の間はなんか臆病な感じにしておいて夜になったらこうやって殺しにかかるというサイクルでもやっておくか。さて、今日は誰を殺そうか?あの返り血の生温かさとあとその時に漂うあの錆びたような鉄の生々しい香りがたまんないんだよな・・・。」
そういって今日は誰を殺すかという事を決めると、とっさに狩人のところに向かっていった。
その頃狩人は人狼が現れないようにという事を願いながら守っている人の家の玄関の扉の前で銃を構えていた。実はこの狩人は生まれながらの臆病な性で小さいころは何か物音がするだけですぐに泣いてしまっていたりしたものである。今でもその臆病な性格は治っていないので、人狼というだけで怖いと思ってしまうのであった。そんな狩人のところに人狼がやってきた。しかし、人狼は真正面から向かっていったらすぐに狩人に銃を向けられてしまうのでいったん家の裏側に隠れて、機会を待つことにした。案の定、しばらくして狩人は銃を玄関の扉の前において椅子に座って寛ぎはじめた。それを待っていたといわんばかりに狩人の死角から狩人の耳に足音を聞かれぬようにそっと近づき、寝不足になっていた狩人があくびをしながら伸びをした瞬間、のど元に鋭い牙を立て、そのまま頸動脈もろとも皮膚と肉を食いちぎった。そして狩人が何も反応をしなくなったことを確認するとそのままはらわたをむさぼり始め、そして満足するとそのまま、「これで邪魔者はいなくなった」と言っているような目つきで狩人の死体を後にして湖で返り血を流した。
「ふふ、やってやった。これでもう自分の心配の種は一つ消え去ったから、あとは見つからないように逃げ切るだけだ。いずれほかの村にでも行って最終的にはここら辺一帯を征服してやろう・・・。」そういうと闇の中に誰にも気づかれないようにしながら、静かに帰って行った。
8
さて、少し時間を遡り、人狼が現れた時間から少し経った頃に移ってみる。案の定、幽霊化してしまったグレッグは、今日も手だけが現世に戻り、そのほかの部分は、意識はあるものの、ほかの人からは見えないという何とも不思議な状態になっていた。早速、真実をメモに書きとめるために、外に出てみたものの、雨がじょうろの穴から降り注ぐぐらいの強さで降っていたので、あまり視界が開けず人狼を探すのに少し手間がかかってしまいやっと見つけたころにはすでに狩人がもう絶命してしまっているころになっていた。ここでグレッグもようやく人狼が一人だけであって、もう一人はいなくなってしまっているという事に気が付いた。
「もしかして人狼を一人だけ処刑することができたのか?だとしたらあと一人、今日中に何としても始末しなくては・・・。」
その時、人狼がグレッグの左手に気が付き、誰かがいると悟ったのかその手に鋭い牙を立て、中の骨もろとも食いちぎった。しかし、右手まではさすがに気が付かず、そのグレッグの左手を乱暴に咥えるとそのまま湖のほうへと歩いて行った。グレッグは意識が消えてもう自分は現世に戻って真実をメモに伝えることができないのではないのかとか思っていたが、奇跡的に意識は飛ばなかった。
残っている右手のこぶしを握り締めてじわじわとくる痛みを何とかこらえながら元の場所に戻ってペンとメモ用紙を取り出して「残り一、男、役なし」という言葉を震える手で何とか書き終えると、握り締めていた右手を緩め、そのまま右手がなくなっていき、そして数秒後に意識も消え失せた。
強かった雨脚がだいぶ弱まり、霧雨くらいの弱さになると、だんだんと雲で覆われた空が明るくなっていった。真実究明を終えた霊能者がもうこれ以上の被害がっ出ていないことを祈りながら、村の広場へ向かおうと、玄関の扉を開けた瞬間、床が薄い赤色に染まっていることに気が付いた。いったい何があったのであろうかという事を見渡すと少ししてから喉元と腸が原形をとどめていないほどに食いちぎられている狩人の姿が目に留まった。
「おお!何という事だ・・・。昨日はあなたの娘さんが処刑され、続いて奥さんはその衝撃で正気を失ってからの今日はあなたまで逝かれてしまうとは・・・。何かの呪いなのではないのか?それともいったいこの村が何の悪さをしたというのか・・・。」
そう狩人一家の崩壊を目の当たりにした霊能者とその息子は、今は亡き妻と、狩人一家の霊を弔った。しかし、それでもやはり狩人の妻に対しては計り知れないほどの憎しみを抱いていた。
一方、占い師の方はというと、とても満足そうな面持ちで出かける支度をしていた。
「さてさて、今日で・・・。」
そう何かをほざきながらいつもよりも軽い表情で村の広場へと向かっていった。
ほどなくして、村長の家で管理されている狩人の妻を除いた七人の人々が村の広場へと集まってきた。七人全員が集まっても、なかなか口を開こうとする者はいなかったが、数分間経ってから沈黙を霊能者の声で打ち破った。
「今日私の家の前でレオナルドさんの遺体を見つけました。喉元と腸を食いちぎられていたのでたぶんまた人狼の仕業と思われます。わたしの妻もあんな感じで死んでいきました。わたしは妻を殺したあの人とレオナルドさんの娘さんを調べてみました。結果はやはりあの子は人狼でした。つまりこの中に人狼はあと一匹という事になります。どうか、これ以上人が死なないように、今日中に人狼を始末してしまいましょう。」
そういうと、近くにあったベンチに霊能者は腰を掛け、手を顔に当てながら声を殺して泣き始めた。その鳴き始めたのを見て、占い師は続いて口を開いた。
「私もこのようなことをもう見たくありません。そこで、いつも何かとヤジを飛ばしていたアンドリューさんを調べてみました。念のためと思ってレオナルドさんの奥さんも急いで調べてきました。調べたところ、レオナルドさんの奥さんは人狼ではありませんでした。そしてアンドリューさんのほうなのですが、アンドリューさんは人狼であるという事がわかりました。まさかこんな人が人狼であったなんて驚きでいっぱいです。」
「はぁ!?何でおれが人狼なわけよ!?俺は夜中に何もしていないし、事実、俺が何か悪いことを村に働きかけたことは一度でもあったか?なかっただろ?なのになんでそんなことをいうんだよ!?」
そういって顔をぬぐおうとポケットからハンカチを取り出して額と目の周りをぬぐい、さらに口の周りをぬぐった瞬間、その白かったハンカチには赤い血のようなものがついていた。実はこの男、生まれてこの方運動神経がよっぽどよいのか一度もけがをしたことがなかった。熊に襲われた時も、血を一滴も流さずに熊を退治したという村の伝説にもなっていた男なのである。そんな男に体から流れ出る血液などというものは無縁のものというもので、明らかにこの時点で、「そうです自分が村人を殺して食っていました」と言っているようなものである。さらに、村長がいつものグレッグの置きメモがあるところに行ってみると、震える字で「残り一、男、役なし」という文字が書いてあった。これを読んで、「残り一人が、男性でかつ村での特に目立った仕事がない人物である」というように解釈すれば、この男がやったという事で合点がいく。
「お、おれは認めねぇぞ!こんなバカなことは。」
そう反論もしたものの、残った村人でこの男の家を見てみると、黒い獣の毛みたいなものが床のあちらこちらに散乱していたり、少し血の付いた服がクローゼットの中に逢ったりなど、言い逃れのできないような証拠が次々と出てきた。
「アンドリューさん、あなた最近狩りなどしていないのに何でこんなにも、血で薄汚れた服などというものが出てくるんですか?説明してくださいよ。さあ。」
「い、いや、これは・・・その・・・。」
昼ごろになるときには今まで気づかれていなかった村の近くの湖が少しづつ茶色く変化していっているという事も暴かれてしまい、アンドリューという男はもう通らないような理屈を言うか、何かの陰謀であるという事を嘆くことしかできなかった。
「罠だ!これは罠だ!何者かが自分を破滅へと導いているんだろ!?だとしたらその原因となっているやつ!出てこい!今すぐ!」
しかし、どれだけそんなことを言っても村人たちには通用しなかった。何せ百とも千ともいえるような証拠がすべて出そろって、何を言ったってもう言い逃れはできないような状態になっていた。もっとも、本人は何を言ったってそんなことは認めることなど限りなく0に近いのだが。
証拠品が出そろったところで、投票が行われた。村長と管理されている狩人の妻以外の六人が投票し、結果は当然、六票中五票でアンドリューがこの日処刑されるという事に決まった。
「なんでだよ!俺は何もしていない!何もしていない人に冤罪を着させてそんなに楽しいのかよ!おい!何とかいえよ!」
村人たちはもう何も言わなかった。その代わりにこいつがすべてを狂わせたといっているかのようなぼんやりと遠くを眺めるような目をアンドリューに対して向けていた。そしてカラスが鳴く日没の時にアンドリューが処刑されることになった。この時だけは狩人の妻が解放された。
「お前が娘を殺せといったんだってな?娘のいるあの世へ行って永世謝罪を続けろ!地獄へ落ちろ!」
そういって、狩人の妻がアンドリューの首を今までの人へ向けての処刑よりも三倍も、五倍も十倍も強く刃を振り落して絶命させた。アンドリューの首はあまりにも強く切られたのでその首はどこかへ吹っ飛んでしまい、そしてどこへ行ったかもわからなくなった。
9
処刑が終わったとたんに当然のことながら、狩人の妻はすぐに取り押さえられて、再び村長の家での管理体制のもとへと戻っていった。アンドリューは処刑されたものの、果たしてこれですべて処刑できたのだろうか?まだ別に人狼が残っていたりとか、もしかして自分たちが知らないところでまだこの恐怖は続くような感じになっていたりとかはしないのか?そんな何とも言えないような恐怖が生き残っている村人たちの脳内を、堂々巡りをして、一層心地悪い雰囲気をこの村全体に醸し出した。村人たちには村の破滅へと進む馬車のわだちがまだ刻まれていっているような気がしてならなかった。しかし、これで二人の人狼が二日連続で処刑することができてよかったというような気持ちも少なからずあった。
「はたして、自分たちはこれで人狼とやらを抹消することが本当にできたのでありましょうか?今となっては私と息子、それに占い師であるブラウンさんの息子とブラウンさん、さらに村長さんと私の妻を殺したあの女しかいません。よく昔から何か今世で悪いことをすると来世で悪いことが起きるとか何とか云いますけれども、これは前世で行った悪いことに対する報いなのでしょうか?それとも単なる不幸によってこうなってしまったのか?こればっかりは霊能者である自分でもわからないんです・・・。ブラウンさん、あなたは占い師という職業なのでしょう?あなたはこのようなことをどう思っているのですか?そして今回の出来事の発端というのはいったい何なのでしょうか?ちょっと話してくれます?」
「そうですねぇ。今回は以前何か自分たちが悪いことをしたというわけでもないし、したとしても、それは自分たちが生きていくのに仕方がないようなことですから、今回は単なる不幸だったのではないでしょうかねぇ。まぁ、今回のことは水に流して、人狼を撲滅できたことに乾杯。そしてなくなってしまった人たちに献杯。」
この時、霊能者はどうしてこんなにも占い師が、村人たちが死んで、さらに自分の妻が死んだのを見ていたのに事態を重く見ず、それどころか、水に流そうというような薄情者が言うようなことを言うのかという事にかなり疑問を呈した。ふつう、自分の妻が死んだら涙の一滴か二滴少なくとも流してもおかしくないはずなのに、この占い師という人は悲しむどころかむしろ過去を水に流そうとしている。ここで「この人は未来に希望を求め、そして過去は振り返らない人」と言ってしまえばそこまでになってしまうのだが、もともとこの占い師というのは本当に何の性格にも特徴もない普通の人であったので、そんなことはありえないと霊能者は思った。何か隠しているのではないか?ということが霊能者の中に思い浮かんだ。
「ちょっと席を離れるけどいいかな、ブラウンさん。」
「ああ、別にかまわないが、どうしてなのか?」
「そりゃぁ、ちょっと湖へ最初に殺された老人の魂を弔うためだからだよ。」
「そうか、お前は心優しいのだな。まぁ、いってらっしゃい。」
そういって占い師に嘘をつき、まだ埋葬されていない村人たちが置かれている場所へと向かっていった。
さて、五分くらいたって、ようやく埋葬されていない村人たちが置かれている場所へとたどり着いた。というのも、ここは村からだいぶ遠く離れているために、一回行くのにも、とても時間がかかってしまうのだ。ついてからさっそくここ二日間に処刑されたアンドリューと、狩人の娘と、自分の妻の特徴を観察してみた。一見、年齢が違うという理由での外見の違いはともかく、すぐにはその違いが判らなかった。しかし、首元の刃できられた部分をよく見てみると、自分の妻の静脈血と、アンドリュー、狩人の娘の静脈血は、二人の血液のほうが少し明るかった。というより、少しピンクかかったような液体が混ざっているようなそんな感じがした。
「いったいどういう事か?何者かによって薬を打たれてそれでもって人狼になってしまったというのか?まさか・・・。疑いたくないがあいつがやったのか?今日は寝ずに六日前、自分たち15人がまだ全員居たころの夜にさかのぼってどうしてあの二人が人狼化してしまったのかという事を調べてみよう・・・。」
そういって、占い師が心配してこっちに来るとなかなか厄介なことになってしまうであろうと察したのか、駆け足で占い師のいる村の広場へと戻っていった。
「おお、遅かったじゃないか。いったい何があったのかと思ってあと十秒遅かったら探しに行こうかと思ったところであったよ。」
「すまないすまない。ちょっと今まで起こってきたことを湖畔で考えていたらすっかりこんな時間になってしまったよ。」
そういって何とか取り繕った後、何事もなかったかのように酒がないので水を焚火の周りで飲むと、久しぶりに月が明るく村を照らした。しかし、この昇った更待月の光っていない陰になっている部分は霊能者の目にとっては占い師の心の闇のように思えてしまった。
少しすると話す話題も尽きてしまったので、焚火の炎を消し止めて占い師と霊能者はそれぞれの家へと帰って行った。
「どうなっているんだ・・・あの男は。占い師という職業は魔術をつかうからその魔術を悪用して何か悪だくみでもしているのか?」
そういって、霊能者はアンドリューが人狼であったのかという事と、占い師が何を隠しているのかという事を加盟するために、作業に取り組み始めた。
その頃、今夜も、ほとんどの村人がねしずまるころになると、きょうもグレッグの意識が現世に戻ってきた。
「いたいいたい・・・。一晩経ってもこの痛み収まるどころかひどくなってきているよ・・・。でも今日も真実をメモにかきおこさなきゃ・・・。」
そういって、グレッグは外に出てみましたが、寝静まった村の広場には人狼どころかネズミ一匹もいません。
「あれ?何でだ?昨日までは人狼はいつもこの時間にこの村の広場にいたというのに・・・。あ、もしかして村人たちが協力し合って人狼を処刑し終えて平穏に戻ったのか?そうなのか?だとしたら自分はいったい何をすればいいのか?まぁ、とりあえずメモとペンを用意して『もういない』みたいなことを書いておこう。」
そういってグレッグは元の場所に戻ると紙とペンを取り出して「もういない、助かった」という文字を書くと、グレッグの手だけではなく、足も、顔も、全身までもが戻っていくではありませんか。
「体が戻った?やった、これでまたみんなと会える!」
そういったのはいいが、絶え間なく左手からくる痛みに声を押し殺して痛みに耐えるしか今のグレッグにはできなかった。もし自分の声で人狼がもし来たらどうする?そして村の人々に「無責任だ!今までどこに行っていたのか!?」などと追いつめられるかもしれない・・・。そんな予感のみがグレッグの脳裏をかすめた。
そんなことをしているとはつゆ知らず、霊能者は、アンドリューの正体を解明した後に、占い師が一体何をしているのかという事を解明し始めた。
「これですべてがわかるはず・・・。」
そういいながら、霊能者は自分の机の上にある魔導書の呪文を唱えて真実を解明することを始めた。何が自分たちを苦しめたのか、自分たちの責任なのか、はたまたそれともほかに責任があるのかという事を一晩中疑問に思って調べた。
「いったい、どうして自分たちがこんなことのために犠牲にならなくてはいけなかったのか?どうして?どうして!」
次の瞬間、霊能者はとてつもない失望感を抱いた。
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霊能者が真実を究明し終えてから数時間後、山の向こうからひんやりと冷たい村に向かって太陽の光がさした。グレッグは、久しぶりの太陽の光を拝めるこの身に感謝をあらわにした。この時間になると村人たちが起きてくるわけで、今日は珍しく早起きをしてきた霊能者の息子が、グレッグのいる小屋から何か物音が聞こえてくるのを感じた。
「なんだろう?この物音は?今までこの小屋からは何も聞こえてはこなかったのに・・・。」そういって、その物音のする小屋の扉を恐る恐る開けてみると、床の三分の一が血で染まっていて、その中央に痛さで悶えているグレッグが、横たわっていた。
「わぁっ!?なんなんだ?これは一体、みんな、ちょっときて!」
そういって、村人全員を集めた後、グレッグは村長の家で応急手当てを受けて、何とか出血は止まった。グレッグはこの時、今までどこに行っていたんだとかなんとか非難を浴びせられると思っていたが、そんな非難の声はなく、むしろけがを見て心配している声が多かった。そんな村人たちの声に安堵の思いを寄せながら、小一時間ほど休んだ後、毎日行われている村の広場の集会へと全員は向かっていった。
「グレッグ、あなたのいた小屋であなたがいなかった時の毎日メモが見つかっていたんだけれども、まさかあれってあなたが書いた物だったの?筆跡もあなたが書いた物にそっくりだったし・・・。」
「そうだよ。信じられないかもしれないけれど、毎晩、手だけが自由にモノを動かすことができてそれでもってほかの部分は見えない形で人狼がどんな様子なのかという事を必死に手紙で書いていこうと思ったんだ。それでもって自分は何回もできるだけ多くのことを書こうと必死だったよ。しかし書き始めるとだんだん意識が遠のいて行って、いつもいつも単語を三つか四つ書いただけですーっと意識も手もなくなってしまって・・・。これが毎日のように繰り返されていったのさ。さっき出血していたんだけれど、あれはおとといの晩に人狼に手を見つけられて噛まれてしまったんだよ。すごく痛かったよ・・・。」
「でもあなたの手紙のおかげでだいぶ誰が人狼であるのかという事はわかったよ。有難う!」
そうグレッグの無事をみんなで祝っているときに、場の空気も読まずに
「でも最終的に誰が人狼であるとか占ったのは私でありますからな。そこのところ、よく覚えていてくださいよ!」
そう占い師が言ったものだから場は急に白けた。しばらくの沈黙が続いた後、すごく重苦しい口調で霊能者が物事を言い始めた。
「昨日処刑した人はやはり人狼でした。それでもって、私は占い師のブラウンさん、あなたにとても失望しました。」
「え?何のことですか?私はただ誰が人狼であるのかという事を追及しただけで何も悪いことはしていないのに何で疑うんですか?皆さんは私を非難することは出来っこありませんよ?」
「私は、なぜ今回、人狼がこの村に、そして今週この村の人口を半分にまで減らしてしまうような出来事があったのかという事を調べてみました。何の前触れもなく、突然この村だけが標的にされるというのはどうも腑に落ちないなとか私が考えたので、自分は昨晩本当に寝ないで調べてみました。では話します。ありのままの真実を。」
そういって霊能者は昨晩調べたなぜ人狼が発生してしまったのかという事の理由についてを話し始めた。
まだ人狼が発生しておらず、鮮血の一滴すら村の地面の土を真紅に染めていなかった七日前、村人たちはいつものように、それぞれがそれぞれに自分たちの仕事に励んで、そして何不自由もなく暮らしていた。もちろん、霊能者、占い師も例外ではなかった。
「ブラウンさん、今日もとてもいい天気ですねぇ。こんな小春日和には私はとても眠くなってしまいますよ・・・。今日も平和だなぁ。」
「でもそんな平和な毎日がつまんないとは時々考えたりしますよ?霊能者であるあなたも、最近不可解な現象が起こらなくて仕事がなかなか舞い降りてこずに少々つまんないんじゃないんですか?」
「いいんですよ。軍隊が税金の無駄使い野郎だとかなんとか言われている時代が人々が一番幸せな時代だとか言うじゃないですか。わたしはその考えに従いますよ。」
その言葉を聞いた途端、占い師は一瞬だけ眉間にしわを寄せたが、霊能者に気付かれないようにすぐにそのしわを元に戻して、
「そうですよね。ははは・・・。」
そうつまらなそうに何かを吐き出すような口調で言った。
その晩、占い師は一人自分の家の自分の部屋に閉じこもって小声でつぶやいた。
「なんだい、あの霊能者は。あんなに生ぬるいことを言っていちゃ世の中つまらないったらありゃしないってものよ。わたしもこのころこんな平和な日々はとてもつまらないと思っていて、霊能者も賛同してくれるかなとか期待していたのに何だい、あの平和ぼけな発言は。自分もなんか迷宮入りしてしまいそうな事件を解決して、村人を救い出して自分だってヒーロー気取りをして見たいものよ。・・・そうだ、いいことを思いついた。村人を化け物に襲わせるんだ。その化け物から自分が村人を救い出したという事にすれば、何もかもがうまくいく。死体はどっかに埋葬されるだろうから、あとは何とか村人たちをまいてしまえば、自分が村人たちから『おお、あなたが村人たちを救ってくださったのですね、ぜひともあなたを次期村長として向かい入れさせてください』とかなんとか言われるに決まっている。ああ、これこそ平凡な日々からの普通の占い師のサクセスストーリー!なんてしびれるような展開だ!それならそうと、さっそく実行に移そう。善は急げともいうしな。でもその前には下準備が必要だ。まずは普通の村人二人を化け物にしてしまうような薬を作らないとな。なるべく即効性があって、なおかつ昼は普通の村人と間違われてしまうくらい完璧な薬品を・・・。」
そういいながら占い師は自分の本棚の裏に隠してある書庫から何冊もの分厚い魔術本を取り出して、そこに書いてある見ただけでも気持ち悪くなりそうな呪文やらなんやらを唱えて、占い師が求める究極、完璧な村人を人の形をした狼の化け物、いわゆる人狼になってしまうような二、三十ミリリットルのごく微量の桃色をした薬品を完成させた。そして自分が知っている魔術を使って、特殊な注射器と注射針をこしらえた。はじめに向かったのは狩人の娘の部屋。
「子供は従順でなおかつ狩人なんか夜の間は必ず眠っているからな。絶対に人狼化することに成功するはずだ。」
そういうと、忍び足で狩人の娘の部屋の窓から娘の寝ているベッドへと近づいた。」
「・・・んん・・・?誰なの?そこにいるのは。なんだか占いのおじちゃんみたいな人だけれども・・・。」
そう狩人の娘が起きそうになってしまったので、すぐさま呪文を唱えて狩人の娘を気絶させてさらに自分がこの部屋にいるという事の記憶自体も消した。そして首の静脈が通っているようなところに注射針をあてがい、そして誰にも気づかれることなく、狩人の娘の血液の中に人狼になる薬をゆっくりと静かに注いでいった。
同じように、アンドリューの小屋にも忍び寄って、同じような所に注射針を当ててそして桃色の薬を注いだ。三十分ほどすると、村の広場に人狼となった二人は村の広場に集まった。占い師が作った薬なので、村の広場にいた占い師をすぐさま見つけたが二人は襲おうとはしなかった。そして人狼になった二人に占い師は言った。
「森の中に旅人がいるからそいつをまずは餌食にしろ。」
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そう占い師が人狼となってしまった二人に命令をすると、占い師が主人であるかのように、人狼二人は、その命令に忠実に従って、森の中へと何の躊躇もなく駆け込んでいった。月の影に浮かんだ二人の姿はまるで本物の狼そのもののように獣耳と獣足、そして特徴のあるしっぽが浮かんでいた。
「村は未だなんだろうか?もうここに入ってから二日間もたっている・・・。」
村を出てから五分立つか経たないかわからないうちに占い師が言っていたであろう旅人の姿が見えた。そして狩人の娘だった人狼が襲おうとしたところ、一瞬だけ娘は我に返った。
私はいつもの時間であるならば自分の部屋で寝ているはずであるのに何でこんなところで裸足で知らない人相手に戦おうとしているのであろうか?そもそも何で自分はこんな帰ってこられるかわからないようなところに来てしまったのか?そうしばし考えて、旅人をじっと見つめた後に村の方角へ踵を返したが、足を家路に運び始めた十数秒後にこの少し残っていた狩人の娘の良心や、記憶、そして感覚までもが占い師が打った薬の作用によって人狼の感覚に支配されてしまい、陰から見張っていたもう一人の人狼と一緒にその旅人の喉笛をかみちぎり、何も声が出なくしてから臓器や骨やら肉やら何もかもを初めての獲物としてむさぼった。二人はこの快感が何物にも代えがたいものであると思えてしまった。すぐさま村に戻って二人目の人を餌食にしてしまおうと二人は考えたのであったが、その時にはもうすでに東の空が銀色に染まり始めていたので、このままでは自分たちの正体がばれてしまうと思ったのか、その日はあきらめてそれぞれ自分が寝る前にいた場所へと戻っていった。
占い師は自宅の水晶玉から二人の様子を遠くで見張っていた。
「よしよし・・・。すべては動き出したぞ。この事件を自分の力によって解決して村の皆の英雄みたいな感じで私が扱われるようなことになれば、もうこれで私の人生は安泰というものである。さぁ、明日からが本番だ。次の夜からが楽しみで仕方ない、早く夜にならぬか、早く夜にならぬか・・・。」
当然、村の人々は自分たちが寝静まっている真夜中に普段は誰も近づかないような大きな森の奥で起こった事件などというものは知ったものではないので、その日は村人はこれまた平凡な日々を過ごした。
そして幾分か時間が過ぎ、占い師が待ち望んでいた夜がやってきた。
「さぁ、今日からが私が最も活躍する機関だ。これから数人は犠牲になってしまうかもしれないが、それはそれで私の名誉のための殉死であるという事で済ましてしまおう。すべては私の名誉のために!まずは何も取り柄の無いようなクラークさんから襲ってしまいましょうか。クラークさんは誰も身寄りがいないのでほとんどの人はあまり心配するようなことはないような感じがしますからね。さぁ、実行の時間です。人狼たちにクラークさんを襲わせるように命令しましょう。」
そういい終わると、水晶玉に向かって念力を占い師は送り始めた。
「獣に化けた者たちよ、目を覚ませ。あなたたちには始末しなければならないものがある・・・。」
すると二人の人狼は眠っていたところが急に眼をさまし、特徴のある耳としっぽが生え、そして手も狼のものへと様変わりした。
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「・・・ということがあって、」
「やめろ!こいつが言っていることはすべて偽物だ!信じてはいけないぞ!」
「あらブラウンさん、私が今まで一度でも嘘を申し上げたことがありましたかね?それに私の水晶玉は確かにそういっていましたよ?」
占い師は霊能者の言っていることを必死に否定してこれ以上話をさせないようにしたが、それも空しく、霊能者は続けて話をし始めた。
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人狼となった二人は、村の広場へと向かうと、話し合いを始めた。
「・・・じゃあ、今日は誰を襲うか決めよう。」
「クラークとかどうかな?」
「いいね!それ。ちょうど俺もそんなことを考えていたところだったんだよ。」
「それじゃあ、さっそく襲うか!」
人狼となった二人はあたかも自分たちが自分たちの意思で決めたかのようにふるまった。しかし、それはただの張りぼてのようなものに過ぎず、占い師の策略を手助けするようなロボットでもラジコンとでもいうのであろうか?そんなものにすぎなかった。こんなことが数日も続いた。
そして昨日の晩、占い師は最後の人狼を始末することに決めて、
「半分にまで人口が減ってしまったのはちょっとやりすぎたのかな?まあ、いいや。これで自分は救世主と同じような待遇を残った人たちから受けるはずだ。自分がこのことをしたという事は絶対に知られることはないだろうし、霊能者ぐらいしかこのことを調べられる人物はいないからな。まぁ、霊能者は一回も私を裏切ったり、疑ったことなんかないからその可能性はないといえようか。これで自分はすべてを手に入れたようなものだ!あとは天命を待つだけだ。ここまでうまくいったことを感謝しなきゃな。アーメン。」
そんなことを言いながら占い師は決まりきった結果を水晶玉で占い、昨日、最後の一人となった人狼を処刑した。処刑した後、誰にも気づかれないように占い師はぼそりとつぶやいた。
「これでよかったのだよ。これで。」
人狼が処刑されていくのを見て、占い師は何とも思わなかった。占い師は自分のために人狼とならされたこの二人のことを「命」としてではなく、ただの自分の都合のために利用された「道具」としてしか見ていなかったので、自分たちが壊れた道具をごみ箱へ捨てるのと同じような感覚で、その壊れた人狼という「道具」は、占い師が何の感情も持たずに闇へと葬り去ったのである。
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「これが、私が昨日自分の知っている魔術の限界まで使ったうえでの水晶玉を通して見たこの一週間の悲惨な出来事のすべてです。何度調べても同じような答えになったので、これですべてです。」
「何という事なんだ・・・。まさか自分たちが一番信頼していた占い師がじつは人狼を作り出して、そして私たちの家族や友人をたくさん惨殺していっていたのか・・・。」
「ち、違う!私はそんなことをしていない!水晶玉が嘘をついている可能性だって十分あるんだぞ!絶対、絶対そんなことは、私はしていない!」
必死に占い師は弁明を開始したが、時すでに遅し。村人たちの間ではすっかり「占い師は人狼を自分の道具だと考えてこの村を乗っ取ろうとした輩である」という考えが染み付いてしまっていた。
村人たちは真相を確かめるために、占い師の家へ、乗り込んだ。
「おい!そこは開けるな!開けるなって言っていんだろ!聞こえないのかこの馬鹿どもが!」
占い者は自分の家に入ろうとしている村人たちを罵倒して自分の家に立ち入らせないようにしようとしたが、村人たちの圧力にはかなわず、占い師の家にあっという間に村人たちは入り込んでしまう。
「やめろってんだろ!そこは頼むからやめろ!これだけ頼んでいるのに聞こえていないのかよ!無視するな!こっちの話をちゃんと聞けよ!あいつの話をうのみにして何がおまえらそんなに楽しいのかよ!・・・ってそこだけは開けるな!大切なものがあるからそこだけは開けるな!人の話を聞け!」
家の中に入られてもなお占い師は罵倒を続けるが、村人たちによって占い師が今まで隠してきたものがある部屋を突き止められてしまう。
「たぶんここに秘密があると思う!」
「よし!ぶち破れ!」
村人たちが総出で体当たりをしたので、隠してきたものがある部屋の入口になっていたそのカギのかかった厚さ二十センチメートルの鋼鉄の扉はいとも簡単に壊れてしまった。
その部屋の中には占い師が村人を人狼の体に作り替えるための桃色の液体状の薬品や、占い師の内心がつづられている日記、そしてやけに古そうな分厚い魔術書がそこらへんに散乱していた。
「やはり私が水晶玉でみたとおりでしたか・・・。ブラウンさんだけはこんなことをしないと思っていたのに、私は水晶玉の言っていることが正しかったことにとても失望しています・・・。」
村人によって占い師の、自分の日記が読み上げられた。
十一月六日、きょうから私の何もかもが始まる。今まで生きてきた五十年の歳月がすべて無駄だったと思うとちょっと悲しいような感じもするが、自分の本当の「人生」という物は、ここから始まるのである。あとは自分が今片手に持っているこの薬を二人に注射させれば私のサクセスストーリーというものは賽を投げられたものである。これから注射器にその薬を詰めて人狼を作っていこうと思う。人の血の飛び散るさまは私にとっては何物にも代えがたいほど美しいものであるからな。
十一月七日、さっそく一人村人を殺させた。わたしがコントロールして作った薬だから私を襲うという事はまずあり得ないであろう。そうだ、いっそのこと邪魔者はすべて消えてもらうというのはどうなのであろうか。まずは何の役にも立っていないような老人から消えてもらうとするか。そしたら次は狩人のレオナルドさんを殺そう。彼とは幼馴染だが、私の栄誉と偉大なる功績のために殉死してもらおう。彼は昔からの関係とはいえ、私の計画を行う上では単なる「邪魔者」にすぎないからな。
十一月八日
老人が処刑された。こいつは自分が人狼を使って天誅を下そうかと思っていたのに、とても残念だ・・・。どうやら自分でも気づかなかった事実なのではあるが、私の作った人狼に陶酔しているやつがいるらしい。まあ、誰がその人狼に陶酔しているやつなのであるのかまでは私にも水晶玉に聞いてもわからない。そいつに私が新しい村長になった時の秘書でもやらせようか。ここまでうまくいきすぎている。なんかここまでいいとそれはそれで不安にはなるのであるが・・・。
ここまで読んだとたん、断末魔のような悲痛な占い師の叫び声が聞こえた。それはまるで
「これ以上私を責めないでくれ」と言っているようなものであったが、そんなことは露知らず、村人たちはこれ以降も占い師の家の中を捜索し続けた。
結局占い師の家のすべてをひっくり返されて、ほとんどが何らかの状態で占い師が今回の出来事を望んでいるかのようなものであった。
「これだけこの村を滅ぼしたいとか思っていたんですね。これははっきり言って霊能者である自分でもここまでは想像できていなかったです。もしかして、将来的にはここら辺一帯の人間どもを皆殺しにしてやろうとかそんなこと思っていたんじゃないんですか?私は今回のあなたの家から出てきたこういう物品とかそういったものを見てみるとそうとしか考えることはできません。こうなったらあなたにはそれ相応の報いを受けてもらわないといけませんね。よく、目には目を、歯には歯をというじゃないですか。今までこの村からあなたの勝手な妄想によって、そして何の罪もない数々の命に対するそれ相応の罪を受けてもらいましょう。」
村人たちの占い師への怨念や、恨みは想像を絶するような方法で行われた。何度も何度も脇腹を串刺しにして穴の向こう側が肉眼でくっきりと見えるほど痛めつけたり、占い師の腕を鋸で切断してその切り落とした腕をその腕の持ち主であった占い師の目の前で灰になってしまうまで燃やしたり、頭を何度も何度も石英で殴って頭蓋骨を陥没させてもなお底の部分を殴り続けたり、爪を無理やりはがしてその無理やりはがした爪のあった部分をマイナスドライバーで思いっきりつぶしたりと、一つ一つ何をやられたのかという事を書いていたらいつまでたってもこの話が終わらないくらいに数えきれないほどの痛みを占い師に味あわせた。
「さぁ、次で最後ですよ。よかったですね。こんな軽い罪で済まされて。うれしいでしょう?そうでしょう?そうでなければおかしいはずです。今どんな気持ちですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
占い師はもう何も言わなかった。いや、言わなかったよりも言えなかったというべきであろうか。何も言わないのを確認すると、その瀕死となっている占い師の体を乱暴に持ち上げて、藁を満載した山の中にその占い師と思わしきものを放り込んだ。そこにまたありったけの藁をかぶせて、その藁の山にとくとくと何日もかけて用意した灯油をその藁の山がすべて灯油でずぶぬれになるまでかけ続けた。
「あなたがしたことの償いはまだ終わってはいません。」
占い師にはそう霊能者がいう言葉がかすかに聞こえた。
「最後ぐらい華麗に。」
そういうと、導火線代わりになっているちょっとした灯油たまりのところの近くで燐寸を何本か同時に擦って、一言、
「悔やむならブラウン、自分を悔やみな。」
そうつぶやくとその火の点いた何本かの燐寸をその灯油たまりに向かってなげた。一度火の点いた灯油は見る見るうちに周りの灯油も燃やし、やがて占い師のいる藁の山まで燃え広がった。その藁の山が燃えるさまは、炎の大樹のように火柱は高く、そして大きな火の元になった。占い師はその炎の大樹の中でその小さくなった最後の命の火を消した。多くの灯油を使ったため、この炎は一か月を過ぎてもなお燃え続けた。そして火をつけてから三か月ほどたったころようやく炎は消え、そこにはただの灰のみが残っていて、遺骨や、残った体はその長い間燃えていた炎によってすべて空気と灰塵に化した。
村人たちはその事件のあった村を離れ、今は大きな都市にある紡績工場の従業員として働いている。しかし、その事件から20年たった現在でも、村を壊滅させようとした占い師の話は語り継がれ、人を簡単に信じるなという考えがその村の村人だった人々とその親族に伝わっているという。
あなたには本当に信じられる人はいますか?もしかしたら、その人も・・・・・・・・・。
完