第三章 その二
十二時四十八分、試合開始まで十二分。ユウとレナは控え室であるテントの中にいた。
「いよいよだな。準備はいいか、ユウ」
「もちろん」
「そうか。なぁユウ。決闘について相談がある」
レナは神妙な面持ちで切り出した。
「なに?」
「今回は一対一に持ち込もうと考えている。二対二だったらこちらの分が悪い」
「確かに僕たちは連携を組んでないもんな。でもどうやって一対一に持ち込むんだ?障害物は何もないのに」
「それは私がどうにかする。ここで相談なんだが、ケリクラを私に任せてくれないか?」
ユウは少しの間考え、うなずいた。
「確かに知っている者どうしが戦った方がいいかもしれない。もし先に僕が相手を倒したら加勢してもいいんだよね?」
ユウは一応そう聞いた。
「ああ。構わない。逆に躊躇されるようでは困る。それとユウ。これを首にかけておけ」
ユウはこのペンダントが何かわからなかったが、時間もあまりないので黙って受け取った。
「よし、行くぞ!」
「うん!」
レナとユウは並んでテントを出た。
「皆さん、こんにちは。今回司会を務める、実行委員のJJだ。よろしく!」
若い男の声が会場に響いた。それと同時に会場が沸く。
「まずは選手の紹介といこうか!まずは挑戦者の二人!ケリクラ、レイビスのペアだー!」
紹介と共に二人が入場する。
「今回二人の挑戦を受けるのはアオノメ、オオラギのペアだー!」
扉が開いたのでユウとレナも入場する。レナは上の名で呼ばれたせいか不機嫌そうだ。
「今回は一年どうしの決闘だ!いったいどう戦うのか楽しみなところだ!」
JJは場を盛り上げるようにそう言った。
「ルール説明を生徒会のフィーネさんにしていただこう」
「いいだろう。今回の決闘はタッグバトルだ」
JJからフィーネに声が代わる。
「相手のチーム二人を先に倒した方が勝ちだ。注意事項は二つある。一つは校則で禁じられたら魔法を使用しないこと。二つ目は広範囲魔法の使用及び観客への攻撃は禁止だ。違反した場合停学処分は確実だと思え。観客も節度をわきまえて行動するように」
フィーネがそう言ったところで係の人が四色の笛を持ってきた。
「棄権する時はこの笛を吹いてください」
係の人はそう説明し、四人に一色ずつ渡して退散していった。
「ルール説明、どうもありがとう。それでは早速始めようか!開戦の言葉を生徒会長にしてもらおう」
JJの言葉で変装したシアンが観客席に設置されている高台に登った。
「生徒会長である私が許可し、戦いを見届けることをここに宣言する!」
シアンは普通の剣を抜き、天に掲げた。
「それでは、決闘を始め!」
ユウはその言葉を聞くとともに、剣を抜くこともせずにルートの相棒へ飛びかかった。
相手は意表を突かれたようでユウが魔法で加速していたこともあり、避けることができなかった。
「くっ!」
彼女はユウを受け止めるが一メートルくらい後退させられた。
「結界発動!」
「まさか!」
ルートはレナの思惑に気づいたがすでに遅く、ユウが身につけているペンダントが輝いていた。次の瞬間には半透明な黒い球体がユウを中心に広がり、ユウを含めた二人を飲み込んだ。
ユウはすぐに後ろに跳び、相手と距離をとった。
「閉界の宝玉ね。まんまと分けられたわね」
彼女は慌てた様子もなく、のん気にそんなことを言った。
「そういえば、まだ君の名前を聞いてなかったんだけど」
彼女が武器を手に取る様子もないのでユウは名前を聞いてみた。
「そういえばそうだった。お互い名前も知らないのに決闘だなんて馬鹿げているよね。私はネイビス=イリア。君の名前を教えてくれない?おまけくん」
「アオノメ=ユウだ!」
ユウはおまけ呼ばわりされ、顔をしかめながら名乗った。
「お互い名前を聞いたことだしさっさと始めようか」
イリアは腰に差した剣を二本抜いた。
その剣は変わった形をしていた。刃と持ち手が一つにつながっており、持ち手には指が通せるように穴が開いていた。大きさも一回り普通の剣より小さい。二刀流専用の剣なのかもしれない。
ユウも剣を抜き、向かってきたイリアの剣を防ぎ、そのまま後ろに跳ぶことで二撃目をかわした。
「魔法は使わないのか」
「私の戦闘スタイルは元々これよ。魔法は―」
ユウの視界からイリアの姿が消失した。魔法を自分にかけていたのだ。
「―補助だけだ」
ユウは反射的に剣を出してイリアの一撃を防いだが右の剣を防ぐことはできなかった。
ユウは腹に横なぎを受け、すぐに後ろに跳ぶ。
「逃がさない!」
イリアは躊躇することなく追撃してくる。
それにユウは合わせるように剣を両手で振るう。
「くっ…!」
イリアは受け止めた右手に痺れが走るのを感じながらも左手の剣で相手の肩を狙って突きを放つ。
その突きはユウに当たりはしたが弾かれた。
イリアはそれに気づくなり大きく後ろに後退した。
「何故よ。どうして呪文もなしに魔法を…!」
「ミミーナ先生も使っていただろ」
ユウは不敵にそう言った。
ユウが魔装を媒体とすれば呪文は必要ないということに気づいたのはミミーナ先生が呪文なしで魔法を使うのを二度目に見たとき、つまり屋上での出来事があった時だ。厳密に言えば呪文が必要ないというより口に出す必要がないということなのだが。
「…しょうがない」
イリアの持つ剣がわずかに赤味を帯びる。何とイリアはそれを投げてきた。
ユウはそれをバックステップでかわすが剣から放たれた爆風が地面の砂を巻き上げた。
ユウは砂によって一瞬視界を奪われ、反応が遅れた。そのせいで二投目の剣が胸に当たり、ユウを吹き飛ばした。
ユウは凄まじい衝撃に気を失いそうになるがどうにか意識をつなぎ止める。
「あなたの負けよ。降参しなさい」
イリアは三本目と四本目の剣を抜き、ユウに近づく。
「…誰がするかよ!」
ユウはすぐに立ち上がり、剣を構える。
「そう。なら私がとどめを刺してあげる」
イリアが放ったいくつもの炎がユウに襲いかかった。
ユウは向かって来る炎を見てニヤリと笑った。
「!!」
ユウが剣を一閃すると炎が跡形もなく消失した。
「くっ!」
イリアは地面を蹴り、ユウへと切りかかった。イリアの二刀は赤々と輝いていた。
ユウは正面からそのイリアの剣を受け止めた。
「はああぁーー!」
しばらく均衡を保っていたがイリアの剣の光が消えていくと同時にユウが押し始める。
イリアはたまらず後ろに跳び、距離を取った。
「属性付加が解かれるなんて!」
イリアは信じられないという顔をしていた。
「ありがとう、イリア。君のおかげでどう戦えばいいかわかったよ」
「何?」
イリアはそう聞き返したところで気がついた。
あいつの剣の赤味が増している。まさか…。
「私の炎を吸収し、属性付加したのか!?」
イリアは左手の剣を投げ捨て、右手に添えた。このまま戦っても勝てないとイリアはすぐに理解したのだ。
「行くよ!」
イリアの剣が真っ赤な炎に包まれる。
「来い!」
ユウは一歩踏み出してイリアの剣を迎え撃った。
剣と剣がぶつかり合い激しく音をたてる。
「はああぁー」
イリアは剣にこめられた炎を放出する。その爆風によってユウもイリアも数メートル吹き飛ばされた。
「はぁはぁ…」
ふらりと立ち上がったイリアの手には剣はなく、剣を握っていた右手は傷だらけだった。
「まだだ!」
ユウも剣を杖代わりにして立ち上がった。その目にはまだ闘志が宿っていた。
「これが、最後だな」
イリアは先程投げ捨てた剣を拾い、それをそのまま構えた。
「…わかった」
イリアの足取りは不確かで勝負は目に見えていたがユウはうなずき、剣を構えた。
剣と剣がぶつかり合い再び音を立てた。
「……」
イリアの剣が宙を舞い、イリアは倒れた。
ユウは息を吐いて剣を下ろした。
はっきり言うとあの爆風は危なかった。剣が合わさる直前で使われていたらこっちの放出が間に合わず、倒れていたのはユウの方だっただろう。イリアの一瞬の躊躇によって勝敗が決まったのだ。
ユウがペンダントに触れると結界が消え去った。そしてユウは驚きの光景を目にした。レナが地面に這いつくばり、ルートは大した傷もなく立っていたのだ。
「これは驚いた。リアを倒したのか。随分とやられたみたいだけどね」
レナは槍を突き出したが魔法の障壁が槍を阻んだ。
「どうした?いつものキレがないぞ。残念だな。少し楽しみにしていたんだが、こんなものか」
ルートはそう言ってあざ笑った。
ユウはルートの意識が逸れた瞬間を狙って切りかかった。レナの槍のように魔法の障壁が阻んだが、すぐにひびが入り、次の瞬間にはガラスのように砕け散った。
ルートは間一髪のところで剣をかわし、ユウとレナから離れる。
「大丈夫か、レナ!?」
ユウはレナを助け起こす。
「すまない。全く手も足も出なかった!」
レナは悔しそうに槍を握る手に力をこめる。
「まさか、障壁がこうもあっさり破られるとはな。リアが負けたのもわかる気がするよ」
ルートはそう言うと楽しそうに笑った。
「レナ、まだ戦えるか?」
「当たり前だ!誰にものを言っている!?」
レナは心外だといった様子でそう答え、槍を構える。
「ボロボロ二人で勝てると思っているのか」
「勝てる、勝てないじゃない。勝たなきゃいけないんだよ!」
ユウはレナの前を走り、真っ直ぐルートに向かって走る。
「狙って欲しいのか!」
ルートが放った電流をユウは剣で防いだ。さすがのルートもそれには顔をしかめる。
レナも似たようなものだったが深く考えずにユウの後ろから飛び出し、ルートに攻撃を仕掛ける。
ルートはユウの方をチラリと見ると反撃はせず、後ろにかわした。
「サンダーボルト!」
ルートは追撃される前にレナを狙って魔法を放つが、ユウがそれをギリギリ剣で防ぐ。
「小賢しいことを!ハードチェーン」
ユウに黄色い鎖が巻きついた。
「まさか、呪文を唱えず!」
呪文を唱える暇はなかったはずなのでそうとしか考えられなかった。
ユウが鎖を切ろうとしている間に電流がレナを襲う。
「なめるな!ミラージュエフェクトプラス」
レナの目の前で電流は跳ね返り、威力一割増しでルートに襲いかかった。
油断していたルートに電流が直撃する。しかし、ルートは倒れることなく、レナが放った突きを魔法を使って防ぐ。
「エナジーボルト!」
レナはこの至近距離の攻撃をかわすことができず、吹き飛ばされ、鎖を切ったユウにぶつかる。
ユウはレナを受け止めようとしたが支えきれず一緒に倒れる。
「どうして闇属性を使わない?」
「何のことかさっぱりわからないな」
レナはどうにか立ち上がり、ルートに槍を向ける。
「そうか。本当に残念だな」
ルートは電気の弓と矢を作り出し、レナに向かって矢を放った。
ユウはレナの前に出てその矢を剣で受け止めた。
「これならどうかな。マジックカ…」
ルートが魔法を放つ前にユウの姿が消失した。
「今までのての電気を返すよ」
ルートが背後のユウに気づいた時にはすでに手遅れだった。
電気を帯びた剣がルートの背中を打った。
「ケリクラ、君の敗因はレナを狙うのにこだわりすぎたことだ」
「敗因?勝負はまだ終わっていないぞ」
ルートはまだわずかに帯電していたがそれでも立ち上がる。
「だが、今のは効いたよ。お礼にいいものを見せてやろう。砂上の血戦」
広場の上空に幾百もの砂の剣が浮かび上がる。その切っ先のすべてがユウを狙っているようだった。
「待て、ルート!その技は!」
レナはルートを止めようとしたがルートは聞こうとしなかった。
「フォール!」
レナは苦痛な表情でユウの前に移動する。
「闇雲の剛盾」
レナとユウを守るように漆黒の大盾が出現した。その盾に砂の剣はぶつかり、砕ける。
「黒流の烈矢」
レナの手から放たれた黒き流星がルートに直撃し、ルートは地を転がり、動かなくなった。それと同時にまだ空中にあった砂の剣はただの砂に戻り、落下した。
「しょ、勝者はアオノメ、オオラギペアだー!!」
JJのその言葉に静まり返っていた客席は一気に盛り上がった。
「レナ、今のは…」
「闇属性の魔法だと思うが、私にもよくわからん。あんなのを使ったのは始めてだ。もう一度使えと言われても困る。それよりも…」
レナは急いでルートのもとに駆け寄った。
「ルート、大丈夫か!」
「大丈夫よ。気を失っているだけだから」
そう答えたのは、なんとイリアだった。ユウたちが戦っている間に目を覚ましたらしい。しかしまだ戦いのダメージが残っているらしく、足取りはおぼつかない。
「ネイビスさんは大丈夫なのか?」
「同年代何だからリアでいいわ。ユウ、私の心配より自分たちの心配をしなさい。あなたたちも充分ボロボロだわ」
イリアの指摘にユウは今まで忘れていた痛みを思い出した。
「ルートには私がついて行く。二人は勝者としての役目を果たせ」
イリアはタンカーに乗せられて運ばれるルートと共に広場から出て行く。退場する二人を観客は拍手で見送った。
「いやー、素晴らしい戦いだったねー。では勝者にインタビューをしようか!」
客席から一人の仮面をつけた男が飛び降り、ユウたちの近くに着地した。
「僕がJJさ。よろしく。ではさっそくインタビューといきましょう。まずはアオノメくん、素晴らしい活躍ぶりでした。どういう気持ちで挑んだのでしょうか」
ユウはいきなりマイクを向けられ、言葉につまる。
「話すのが苦手?なるほど。よくわかったよ。レナさん、最後の一撃、素晴らしいものでした。最初に使っていたら、そこまで傷だらけにならなかったのではないかな」
JJはユウからレナにマイクを移す。
「すぐに終わってはつまらないからな。できれば使わずに勝ちたかったのだがそこまであいつは甘くなかった」
「そうですか。その魔法を使わせたケリクラくんの魔法はどういうものだったのでしょうか」
レナはその質問にもスムーズに答える。
「砂上の血戦は砂を刃に変えて雨のように降らせる魔法だ。あいつ専門の魔法だから校則での禁止はない。あれをまともにくらえば間違いなく大怪我だ」
「なるほどそれは恐ろしい魔法ですね。広範囲になるギリギリってところの範囲ですしね。では最後にアオノメくん、会場の皆さんに一言お願いします」
再びユウにマイクが向けられる。
「えっと、みなさん、応援ありがとうございました」
ユウは何と言っていいかもわからずそう言った。
「ありがとうございました。それでは生徒会長、代表してお願いするよ」
JJは壇上に注目するように手振りで示す。
「まずは両選手ともお疲れ様でした。私にとって決闘観戦は今回が初だった。私に素晴らしい戦いを見せてくれてありがとう。これで私も決心することができた」
ユウはシアンの意図がわからなかったがシアンの手が仮面に触れ理解する。
シアンは自らの仮面を外すと投げ捨て、会場の皆に素顔をさらした。そしてローブを脱ぎ捨てて制服姿になった。
「みなさん、今まで正体を隠して申しわけありませんでした。わけあって一年ですが生徒会長をやらせていただいています、シアンと言います」
シアンは反応を確かめるように周りに視線を走らせ、続ける。
「未熟な私ですが、これからも他役員と協力し、より良い学園にしていくので皆さんよろしくお願いします。以上が私の言葉です」
シアンは生徒たちから色々な言葉が発せられる中、軽く一礼し、壇上から下りていった。
「いやー、素晴らしいサプライズだ!試合のことをみな忘れてしまったんじゃないかな」
JJはふざけた調子でそう言ったが、反応するものはいなかった。
「それはさておき、みなさん。見事に戦った二人が退場するよ。傷だらけでよくここまで待ってくれた。お礼にタンカーを…」
「いらん!」
JJの冗談をレナは吐き捨て、出口へと向かった。
「すみません」
ユウはJJに謝り、レナの後を追った。
「あははは。それでは閉会します」
JJはレナとユウが消えた方とは逆の方の扉から出て行った。
ユウは追いつくとレナの横に並んだ。
「賭は僕の負けだよ。霊装化することができなかった」
「本当にそうだろうか?霊装化できていないのか」
レナはそう呟いた。
「どうして?最初と形は何も変わっていないんだよ」
「だがお前がやった魔法の吸収、あれをどう説明する?ただの魔装では不可能だ」
「…シアンはそれが僕の力何じゃないか、て言ってたよ。武器に反映したんじゃないかって」
レナはそれを聞いて難しそうな顔をする。
「なあユウ、今回の賭は私の負けだ。そういうことにしてくれ」
「何だって!?」
「シアンと話をすると言っているんだ!」
レナは恥ずかしいのか声を荒げる。
「どうしてまた…」
「まあ、何だ。あいつが踏み出したというのに私が踏み出さない訳にはいかないだろう。別にお前の頑張りは関係ないからな」
レナは釘を刺すようにそう言った。しかし、そう言った顔はどこか照れくさそうだった。
ユウとレナが治療を受けている間にルートは目を覚ました。
「やっとお目覚めね」
イリアはルートの顔をのぞき込み、言った。
「…俺たちは負けたんだな」
ルートはポツリとそうつぶやいた。
「思ったよりは平気そうね」
「そう見えるだけさ。リアの怪我の方はどうだ」
ルートの質問にイリアは包帯は巻かれた右手を見せ、苦笑いを浮かべた。
「この通りさ。しばらく剣を握るなと釘を押されたわ」
「そうか。迷惑をかけてしまったな」
ルートは意気消沈した様子だった。
「何か食べる物を買ってくるわ。安静にしていてよ。闇属性の影響がまだ残っているらしいから」
「ああ」
イリアはルートの手を一度軽く握ると病室から出て行った。
ルートはため息を吐き、静かに目を閉じた。
「随分と悟った顔しとるやんけ」
ルートは聞き慣れぬ声に目を開ける。
「何者だ!?」
ルートの目の前にローブを身にまとった人がいた。
「名乗るほどのもんでもないねんな。おどれの戦いを見させてもろうたわ。人を呼ぼうとは考えんほうがええよ」
ルートは呼び鈴を鳴らそうとした手止める。
「別に仇を働こうとは思ってへんよ。チャンスを与えようと思っとるだけや」
ローブの人物は不気味に笑った。