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第三章 その一

「どうした?集中できていないようだが」

 レナは槍を下ろして聞いた。

 ユウは今、レナとの魔装の訓練中だった。サラは二人に用意した練習場所は第五鍛練室だった。十ある鍛練室の中でも広い方に入る部屋だった。

「集中はしているよ」

 レナが武器を下ろしたのでユウも剣を下ろす。剣はとても重く、上げ下げするだけでも辛い。それはレナも同じはずなのだが全く彼女はそんな様子を見せない。

「集中していない。お前の目を見ればわかる。いったい何が気になっている?」

 ユウは剣を鞘に収めるとレナに向き直った。

「レナ、シアンと仲直りをしてほしい」

 レナはユウの言葉に意表を突かれたようだったが慌てた様子は見せなかった。

「やはり、シアンと関わりを持っていたか。シアンから話を聞いたのだな」

「直接レナだとは言わなかったけどな」

「なるほど。私はお前の介入は望んでいない。シアンもこんなことをさせるために話した訳ではないだろう」

「そんなのわかってる。でも、だからってほっとけるわけないだろ!」

 ユウが真っ直ぐレナの目を見て言った。その強い意識にレナはにらみ返した。

「お前には何もできない。話を聞いたのならわかるはずだ!今さら私に何をする資格もない!私は…」

「シアンの気持ちを考えたことあるのかよ!シアンがどんなにレナのことを心配しているか知っているのかよ!」

 レナはさっと後ろを向いた。

「お前が何と言おうが知ったことか。私はシアンに悪影響しか及ばさん。私がシアンの未来を奪った事実はなくならない。だから私はもう関わらない。さあ、さっさと再開だ!」

 レナはこれで話は終了だという風に槍を構えた。ユウはため息を吐き、剣を抜いた。

「わかった」

 ユウは剣を床に突き立てた。

「それなら賭をしよう。もし僕が魔装を使いこなして試合に勝ったらシアンと仲直りしてくれ」

「何だと?そんな賭にいったい私に何のメリットが…」

「僕がこの剣を使いこなせなかったり勝てなかったりしたらもうこの話はしない。それとレナの言うことを何でも一つだけ聞くよ」

「何でもか。しかし、お前が有利なことにかわりはない。決闘には私も勝たねばならんからな。だから一つ、いや二つ条件を加えさせてもらう。魔装を霊装にすること。シアンにもこの話をし、賛同を得ることだ」

 ユウは一瞬も迷うことなく頷いた。

「わかった。それでなら受けてくれるんだね?」

「ああ。二言はない」

「それじゃあ、約束だよ」


「…で、どうしてそれを俺に相談すんだよ」

 フレントはユウの魔装の手入れをしながら不機嫌な様子で言った。ユウは魔装の手入れのためフレントのところを訪れていた。

「一応、一年先輩だから良い方法が出てくるんじゃないかなって」

「一応か。俺のことバカにしてねーか。ですも、ますもなくなってるしよー」

「そんなことにないですよ。それよりちゃんと相談にのってほしいんだけど」

「…ハァ。わかったよ。それで俺に何をして欲しいんだよ」

 フレントはしぶしぶといった様子でそう言った。

「なかなかシアンに会えないんだ。忙しいみたいでさ」

「シアン。確かミッシェと同じ普通科の一年だったか。なら、普通科に潜入すればいい。おい、ミッシェ!来い!」

 フレントの呼び声に奥のドアが開き、ミッシェが姿を現した。どうやら隣の魔ノ国とつながっていたようだ。

「雇い主を召使いみたく呼ばないでください」

 ミッシェはすかさず文句を言った。

「知ったことかよ。それよりお前に用があるんだとよ」

 フレントはユウをあご指した。自分で提案しといて橋渡しをするつもりがフレントにはないらしい。

「えっと、普通科に潜入したいんだ。何か方法はないかな?」

「それなら普通に受ければいいんじゃないですか。特務科なんですから」

「…その話も聞いていたんだね」

「もちろんです。耳はいい方ですから。次からはもっと声を抑えて話した方がいいですよ」

 ミッシェは得意気な様子で言った。ユウは小さくため息を吐きフレントの方をチラリと見る。フレントは素知らぬ顔をしているが絶対に聞こえていただろう。

「それはそうと、どうして普通科に潜入したいんですか?」

「シアンに話があるんだけど中々会えなくてさ。詳しいことは後でフレントさんに聞いてよ」

 フレントはユウの仕返しに顔をしかめた。

「わかりました。先生には私から伝えておきますね。シアンさんのクラスはAだったはずです。一応、目立たないようにしてくださいね」

「うん、わかった」

「それと、ちゃんと教科書は持ってきてください。誰か先生に言えば貸してくれるはずですから」

「ありがとう、ミッシェ。今度、何かお礼するよ」

「はい。頑張ってくださいね」

 ここで遠慮しないのはとてもミッシェらしかった。

 ユウは無言でフレントから魔装を受け取ると背中の鞘に収めた。

「明日、報告しにまた来るよ」

 ユウはそう言い残し、フレントの店を後にした。

「珍しいね。フレントが何も言わずに返すなんて」

 ユウが去った後、ミッシェはフレントの方を見て言った。

「驚いて何を言ったらいいかわかんなかっただけだ。ちびっ子のくせにすごい奴に目を付けたもんだぜ」

「それってどういうこと?」

 ミッシェはちびっ子という言葉にはフレントをにらむだけにとどめ、そう聞いた。

「ものすごいスピードで魔装を自分の物にしているんだよ。たった一日二日で魔装があいつに従っている。このままいけば本当に決闘までに霊装化できるかもな」

「ユウさんにそれを言ってあげれば良かったのに」

「それはごめんだな。できる奴にそんなこと言ったら調子に乗るだろ」

「ユウさんはそんな人じゃないと思うんだけどな。ただ言うのが照れくさかっただけじゃないの?」

 ミッシェがそう指摘するとフレントはそっぽを向く。

「うっせーよ。それより店番はいいのか?」

「人を呼んどいて何よ!」

「店番に誰か雇ったらどうだ。バイトを募集すれば一人二人はすぐに集まるだろうよ」

「給料を払う余裕何がないの!それはフレントもわかってるでしょ!」

「もっと宣伝すればいいのに。売れねーのは認知度の低さだろ」

「だって目立ったら困るんだもん」

「あっそう。もう話はいいから戻れよ」

「はいはい、わかりましたよーだ」

 ミッシェはフレントにべー、と舌を出すと入ったドアから出て行った。

「餓鬼かよ…」

 フレントは、はぁとため息を吐いた。


 ユウは早速サラのところに行き、相談することにした。

「なるほど。明日の時間、普通科に潜入したいから、その許可と教科書をくれ、というわけね」

 サラは読んでいた本を机に置くとため息を吐いた。

「まったく。昨日に今日。少し私に頼りすぎじゃないかしら。それに私のカリキュラムの邪魔をしすぎよ」

「昨日のはレナの頼みです。一日だけですからお願いします」

 ユウが頭を下げるとサラは数秒の後うなずいた。

「わかったわ。どうせレナちゃんにあげたわけだしね。好きにすればいいわ。教科書は机に置いてあるから勝手に持っていきなさい」

 サラが言う通り机の上に教科書が準備されていた。

「先生、知っていたんですか?」

「あら、何のことかしら。私にはさっぱりね。レナちゃんには私から伝えておくわね」

 サラが再び本を手に取り、読み始めてしまったのでユウは教科書を手にし、出て行くことにした。

「ちょっと話をいいですか」

 出た所でフェレがユウを待っていた。

「警戒する必要はありませんよ。魔王育成科の存在は知っていますから」

 まさかの言葉にユウは言葉を失う。

「会長にも話してください。時期を見て、ですが。いつか隠しきれなくなるでしょうし」

「それが話か?」

「いえ。ケリクラくんについてです。聞きましたよ。彼と戦うようですね」

「そうだよ。生徒会のフェレが僕にその話をするのはいけないんじゃないか」

 ユウがそう言うとフェレは小さく笑った。

「そこは何の問題ありませんよ。ちょっとした用事があって決闘には全くかかわっていませんから。ですからあなたに漏らすような情報は何もないんですよ。どうします?場所を移しましょうか?」

 フェレの表情からはまったく意図が読めなかった。

 ユウはドアの方を一度見ると大きくうなずいた。

「わかったよ。場所を移そう」

「屋上へ行きましょう。あそこなら誰もいないでしょうし、盗み聞きもされないでしょう」

 フェレは早速といった様子でユウを屋上へ連れて行った。

 フェレは屋上へ行くと扉を閉め、鍵をかけた。

「ケリクラについての話っていったい何なんだ?」

「会長から話を聞いたんですよね。会長がどんな仕打ちを受けたか。今はどんな状態なのか」

「そんなことを聞くってことはフェレは…」

「ええ。初等科の出です。とは言っても五将ではなく一般で入学したんですが。実はケリクラくんと私は初等科では友人だったんです。ケリクラくんが会長を罠にはめるまで、ですが」

 フェレは言葉の割には非難的でも責める口調でもなく、どこか憐れみの帯びた口調だった。

「ですから一つ。助言をさせてください。昔はともかく今の彼は勝つためなら手段を選びません」

「だから、戦う時は気をつけろってことか?」

「いえ、それもありますが一番注意すべきは勝った後です。ケリクラくんは負けず嫌いですから」

「フェレ、それはいったい…」

「一応です。今の段階では可能性があるくらいですから。私は用事がありますので失礼させていただきます」

 フェレはそう言うときびすを返し、一度も振り返ることなく屋上から去っていった。

「いったい何者何だよ…」

 フェレのことがユウには全くわからなかった。

「まあいいか。わかんないことを悩んでもな…」

「良くないですわよ」

 そんな声と共にフェンスの上に一人の女教師が降りたった。

「お久しぶりです。ミミーナ先生」

「そうですわね」

「いったいどこから湧いてきたんですわ」

「人を虫みたく言わないでくださらない?お二人とも不用心ですわよ。確認するなら前後左右だけじゃなく上下も確認しなきゃダメですわ」

「だから今はズボンを…」

 ユウはそう言いかけて殴られた。

「余計なことは言わないでくださる?」

「すみません」

「いいですわ。わかれば。それよりも、ですね…」

「もしかして先生が屋上の上空にいた理由ですか」

 ユウがそう言うと今度は蹴られた。

「余計なことは言わない。そのはずですわよね」

「は、はい」

 ユウは頭を下げながらこの人はこの人で面倒だなと思い始めていた。

「あなた、魔装に手を出したらしいですわね」

「はい。誰に聞いたんですか」

「私をなめないでほしいですわね。一目見ればわかりますわ。それが魔装かどうかくらいわね。霊装化した魔装を見たくないかしら?」

「いえ、結構です」

 ユウは嫌な予感しかしなかったのでそう即答し、九十度向きを変え歩き出そうとした。しかしミミーナががっしりとユウの肩をつかみ引き止めた。

「遠慮することはありませんわ。私も調整したいと思っていたところですわ」

「でもこんな場所でやるのは…」

「心配ないですわ。気づいていないでしょうけど魔法で保護していますわ。それにちゃんと加減しますわ」

 ミミーナはユウが何度断ったとしても退いてくれそうになかった。

「わかりましたよ。一分だけですよ」

 ユウが観念してそう言うとミミーナはパッと手を離した。

「一分も絶えられるかしら?」

 ミミーナはそう言いながらユウから離れ、距離を取る。その間にユウは教科書を安全そうな場所に置く。

「それじゃあ。行きますわね。黒猫の幸福バーストクローザー

 ミミーナがそう発した瞬間、ユウは何が何でも逃げ出すべきだったと後悔した。

 ミミーナの黒い衣服は形を変え、奇抜なものに変わる。右肩からは黒炎の翼が生え、両手首には黒い宝石を宿した銀の腕輪が出現した。

「行きますわよ。マグナフレア」

 ユウはどうにか剣を抜き防ごうとしたが守り切ることはできなかった。

 気がついたらユウはベッドに寝かされていた。

「ここは…」

 ユウは上半身を起こして周りを見る。どうやら保健室に運びこまれたらしい。

「あれで気を失ったのか」

 ユウは自分の体を調べてみて怪我をしなかったことがわかった。

「それにしてもどうして誰もいないのか」

 せめて原因を作ったミミーナ先生ぐらいいてもいいはずだ。

 ユウはベッドから降りると軽く体を動かし、改めてて異常がないことを確認する。

 ユウはそれが終わると立てかけられていた剣を手にし、出ようとしたところでシアンと鉢合わせすることとなった。

「シアン?」

 シアンは何回か目を瞬かせ、深く息を吐いた。

「保健室に運ばれたと聞いたけど元気みたいだね」

「なんとかね。さっきまで気を失っていたんだ」

 ユウは保健室に運ばれるまでの経緯をかいつまんで話した。

「それは不運だったね。それより本当に大丈夫なの。話を聞いた限り爆風を直接受けたみたいだけど」

「うん。先生が加減してくれたんじゃないか」

「うーん。それだけじゃないと思うんだけどな。まあいいか。念のため先生が戻るまで待ってなよ」

「あ、うん。えっとシアン。大事な話があるんだけどいいかな」

 提案してくれたミッシェには悪いがユウはこうして目の前にシアンがいるので話してしまおうと考え、そう切り出した。

「良くないよ。今も無理矢理時間を作って抜け出してきたわけだから」

 ユウはそううまくいかないか、と落胆しかけたが、シアンは言葉を続ける。

「でも、大事な話なら聞くよ。ユウくんに話してばかりだからね。仕事の方はどうにかするから」

 シアンはユウを押してベッドに座らせ、自分は椅子に座る。

「さぁ、話してよ。ちゃんと聞くから」

 シアンはユウを促す。どうやらやっぱり明日、というわけにもいかないらしい。

 ユウは覚悟を決め、レナとした賭について話した。シアンは聞き終わった後、しばらく黙っていたと思うと急に立ち上がった。

「ごめんね、ユウくん。私、そろそろ行かないと」

「えっ、シアン?」

 慌てるユウを置いてシアンはそのまま歩き、ドアのところで振り返った。

「私は何も聞いてないから。何もね」

 シアンが何を言いたいのかユウはすぐに理解した。生徒会長であるシアンは賭を認めるわけにはいかないのだ。

「シアン。勝手なことをしたのに怒らないのか。てっきり僕は…」

 そうだとわかっていてもユウはそう聞かずにはいられなかった。

「私がユウくんの動きを予測できないと思ったの?ユウくんは誰かの為に自分を犠牲にするからね。昔から」

「えっ?」

「だから、感謝をしても怒ったりしないよ」

 シアンはそう言うと部屋から出て行った。

「昔から…?」

 シアンがそう言ったように聞こえた。気のせいだろうか。

 ユウが答えを出す前にサラとミミーナが入ってきた。

「ミミーナ先生から話は聞いたわよ。酷い目にあったらしいわね」

 サラはギロリとミミーナを一瞥する。

「調子に乗って悪かったと思っていますわ」

 ミミーナは頭を下げるまではしなかったがいつもの勢いがなかった。

「大丈夫ですよ。僕に怪我はなかったわけだし」

「被害はあったけどね」

 サラはそう言って教科書だった燃えかすをユウに見せた。

「す、すみません」

 ユウはあまりの無惨さに声を詰まらせ謝る

「謝るのはいいけど被害はこれだけじゃないわよ?」

 サラはユウの背中にあるものを指した。

「えっ?」

「ちゃんと抜いて確かめてみたかしら。大事な剣を。直撃だったんでしょ?」

 ユウはそう言われ、急いで剣を抜いて見る。

「これは…!!」

 教科書よりはまだましだったが剣は明らかに歪み、ボロボロだった。

「私が修理代を払いますわ。だから落ち着いてほしいですわ。体に当たらなかった分だけましだと思えばいいですわ」

 ユウはその言葉に寒気を覚えた。剣を抜くのが一瞬でも遅れていたら今頃病院だったのだろうか。

「あなたが言うことじゃないわね」

 何も返さないユウの代わりにサラが言った。

「さて。ミミーナ先生。それ以外のお金も頼むわね」

 サラはミミーナの手に紙置き、サラはすべて任せ去ろうとした。

「待て!この口止め料というのはどういうことよ!ポ…!」

 ストン

 ミミーナの目の横をにナイフが通り抜け、壁に突き刺さった。

「そこの壁紙代も追加ね」

 サラはそう言い捨て、去っていった。

「えっと、大丈夫ですか」

「よ、余計なお世話ですわ!それよりもその剣を直しに行きますわよ」

 ミミーナは瞬時に元気を取り戻しそう言った。

「あの、保健室の先生を待った方が…」

「その必要はないですわ。私が完璧に治療いたしましたから。光栄に思いなさい」

 ミミーナはユウを急かした。


「明日来ると言っておいて今日来るか?普通。今何時だと思っていだよ」

 フレントは本日二度目のユウの来訪を快く思っていないようだった。

「余計な奴も増えてるしな」

 フレントはユウの後ろにいるミミーナを見た。

「ごめん。それよりこれを直せる?」

 フレントはユウが差し出した剣を受け取ると鞘から半分だけ抜いた。

「…どうやったらこうなるんだ?」

 フレントは唖然とした様子だった。半日もせず、こんな状態でメンテナンスした武器が帰ってくれば誰だって信じたくないだろう。

「霊装化した魔装の魔法攻撃が直撃したらね」

 フレントはチラリとミミーナの方を見て納得した様子で頷いた。ユウの説明ですべてを理解したらしい。

「なんとも言えねーが任せておけ。絶対に直してやる。そのかわり時間はかかるぜ」

「別に構わないよ。あとミッシェはいるか?」

「隣で片付けでもしているだろうよ。よかったら奥のドアを使え」

「ありがとう。ミミーナ先生はここで待っていてください」

 ユウはミミーナにそう言い残すと奥のドアを開け、魔ノ国へ行った。ちなみに関係ないがフレントの店は「魔の里」という名前らしい。

 それはそうとして、魔ノ国へ移ったユウは店内を見渡すがそこにミッシェの姿はなかった。

「ミッシェ、いるのか!」

 ユウは呼びかけてみるが返事はない。倉庫の方にいるのでは、と考えたユウはカウンターの奥のもう一つのドアを開ける。

「ミッシェ?」

 地下へ続く階段に明かりがなく、見ただけでいないのはわかる。

「二階があるのか」

 ユウはゆっくりと階段を上がっていった。

 二階というよりそこは屋根裏部屋といった感じだった。まさかとは思っていたがそこにミッシェがいた。しかも下着にTシャツ一枚という姿で。着替えの途中で眠ってしまったらしい。

「ミッシェ、そんな格好で寝てたら風邪をひくよ」

 Tシャツを着ているだけましだが、ユウは目の置き場に困りながらもミッシェを揺する。

 しかし、ミッシェが起きる気配はない。

「ミッシェ!」

 耳元で大声を出して見たが変わらない。ここまで深い眠りはただの眠りじゃない。

 ユウは何か手がかりがないかと部屋を見渡し、原因を発見した。机の上に空瓶があったのだ。

 ユウはすぐに空瓶のラベルを確認する。

「よりによって『魔の睡眠薬ラブリーレム』かよ」

 この睡眠薬は魔法薬の一種で、副作用無しのハイパーな睡眠薬だ。しかし、効果は強力で、使用する量を間違えれば一週間以上眠り続けるらしい。つまり、作用=副作用みたいな薬だ。

空の瓶から推測するとそれぐらいの飲んでいる可能性が高い。

 この魔法薬を飲んだ者を起こす方法は三つある。一つは効果が切れるのを待つこと。一つは解毒薬である『目覚めのブレイクムーン』を飲ませること。そして最後の一つ。誰にでもできる方法で手間もない方法である。それは唇と唇を触れ合わせる。つまりキスだ。

「どこのメルヘンな奴が考えたのか」

 ユウはひとまず目覚めの涙を探すことにした。一つ目はもちろん論外だが、できれば三つ目は使いたくない。これは何が何でも避けるべきだ。

 まずユウは上着を脱いでミッシェの体にかけると次に部屋の中を探し始めた。魔の睡眠薬も目覚めの涙も「取扱注意リスト」に入っている魔法薬だ。

「どうしてそんな物を…」

 探しても部屋の中には目覚めの涙らしき物はなかった。

 ここで諦めるわけにはいかないので倉庫にならあるのでは、そう考えて行ってみたが鍵が掛かっていて開かなかった。

 ユウはため息を吐き、踵を返すとフレントの元を訪れる。

「忙しいところ悪いんだけど、目覚めの涙が何処にあるか知らないか?」

「倉庫内だ」

「なら倉庫の鍵が何処にあるか知らないか?」

「鍵はねーよ。ミッシェが倉庫内に居ない限りミッシェ以外が開けることはできない」

 ユウはムッと顔をしかめる。

「なら、ミッシェが魔の睡眠薬を飲んだみたいなんだけど、どうしたらいい!?」

「キスをしてやれ」

 フレントの答えは簡潔だった。

「あいつはよく間違えて飲むからな。いつもそうしているぞ。キスぐらい挨拶みたいなもんだろ?」

 ユウは顔を赤く染める。

いったいどこの国だよ。

「そんなこと言うならフレントが…!」

 ユウは抵抗してみるが、

「残念ながら耳は貸せても手を貸す暇はねーよ」

 フレントの返事はつれなかった。

「な、ならミミーナ先生!」

「あの先生ならお金だけ置いて帰ったぜ」

 フレントが言った通り、ミミーナの姿はなく、お金だけが置かれていた。

「……」

 ユウはあまりの現実に思わず言葉を失ってしまった。

「ほら、さっさとちびっ子を助けてやれよ。あいつと話す時間がなくなるぜ」

 ユウは一度フレントを睨むと踵を返し、ミッシェのところへ戻った。

 ミッシェは相変わらず穏やかな寝息をたて、眠っていた。

 ユウは十数分の葛藤の末、覚悟を決めた。

「ごめん、ミッシェ」

 ユウは優しくミッシェの肩を掴み、唇を重ねた。

 ユウは素早く体を離すとミッシェが目を覚ますのを心を静めながら待った。

「あれ、私は…」

 ミッシェの寝ぼけ眼がユウを捉えた。

「どうしてユウさんがここに…」

 ミッシェが上半身を起こしたことにより、ユウの上着が落ちた。

 ミッシェは自分の服装に気づき、顔を赤く染める。

「僕は階段で待っているよ」

 ユウがさっと後ろを向き、部屋から出ようとしたがミッシェに腕をつかまれ止められた。

「待ってください。ちゃんと上着は着た方がいいですよ」

 ミッシェは上着を拾うと、ユウの背中にかけた。

「…ありがとう」

「それと、待つなら店の方で待っていてください。着替えたら行きますから」

「あ、うん。わかったよ」

 ユウはうなずくと逃げるように階段を下りた。まだミッシェの顔を直視できる状態ではなかった。ユウにとってファーストキスだったのだ。

 ユウは一階に来ると座れる場所を見つけて座り、どう説明したものかと頭を悩ませる。自分からキスしたなどと口が裂けても言えないが、かといってこのまま隠匿して謝らないのも良い気分ではない。

 ユウは考えても何かしらの結論を出ず前にミッシェがやってきてしまった。

「お待たせ」

 ミッシェは椅子に座るとユウが話す前に先に口を開いた。

「ごめんなさい、ユウさん。睡眠薬のせいで迷惑をかけてしまったみたいで」

 ミッシェはユウに向かって頭を下げた。

「そんな、謝る必要はないよ。それよりどうしてあんなものを?」

「医療に使う場合があるから倉庫に置いているんですが、別の薬と間違って飲んでしまったんです」

「なるほど」

「えっと、ユウさん。どうやって起こしてくれたんですか。薬の方が減ってないみたいなんですけど。もしかしてフレントからもらったんですか」

 ユウはまさかの言葉に耳を疑った。

「えっ、薬?フレントさんそんなことは何も…。もしかして目覚めの涙って固形薬なのか」

 ユウはフレントに騙されたことに気づいた。

「知らなかったんですか。それなら…」

 ミッシェはそう聞く途中で理解したらしく一度言葉を切り、ユウに背を向けた。

「ユウさん。少しだけ待っていてください。いけない人に注意して来ますので」

 ミッシェはユウが返事をするのを待たず、隣の店へと消えた。ガチャリと鍵まで閉められた。

 ミッシェが出てくるまでいたって静かだったが、ドアが開くなり隙間から白い煙が漏れてきた。いったい何が起こったのか気になったがミッシェが気にしないでください、と言ったので言及できなかった。

「ごめんなさい。私のためにあんな行為をさせてしまって」

 ミッシェは今一度深々と頭を下げた。

「う、うん」

 ユウはどう答えていいかわからず、曖昧にうなずくことしかできなかった。

「あと、ユウさん。剣が直ったみたいなので渡しておきますね」

 ミッシェはフレントから預かっていたらしく、後ろに隠していたユウの魔装を差し出した。

 ユウは剣を受け取ると鞘から抜いてみた。

「すごい。本当に直っている」

「フレントは技師としては一流ですからね。当たり前です」

 ミッシェは誇らしげにそう言った。

「それよりもです。私に何か用があるんじゃないですか」

「そうだった!」

 危うく忘れてしまうところだった。

「普通科に潜入する話何だけど、シアンと話す機会があったから話しちゃった」

「ということは、潜入は中止ってことですね」

 ミッシェは残念そうに言った。

「ごめん。せっかく力になってくれたのに…」

「気にしないでください。まだ話は通していませんし、何の問題もありません。何か力になれることがあったら何でも言ってください」

 ミッシェはにこりと微笑み、言った。

「わかったよ」

「はい。その代わり、私が困った時は助けてくださいね」

 ミッシェはいたずらっぽくウインクした。

「ああ。任せてくれ」

 ユウは力強くうなずき、ミッシェに微笑み返した。


 そして数日がたち、とうとう決闘の日がやってきた。

「随分扱えるようにはなったが、結局は霊装にはならなかったな」

 レナは最後の調整としてユウの相手をしながら言った。

「まだ試合がある!」

 ユウはレナの槍を押し返した。

「潔く諦めたらどうだ。お前には無理だ」

「無理じゃない!」

 ユウの一閃がレナの魔装を弾き飛ばした。レナは驚いたように目を見開いた。

「僕は絶対諦めないよ。後悔してほしくないから」

 レナはさっと、踵を返すと槍を拾った。

「決闘は広場で一時からだったな。現地集合だ。遅れるなよ」

 レナは一度も振り返ることなく歩き去っていった。

「仲間割れかな?」

 ユウは剣を声のした方へ向けた。

「決闘前の接触は禁止だったはずだよ。ケリクラ」

 ユウがそう言うとルートは不敵に笑った。

「丸腰の刃を向けるのかい?それこそ校則違反じゃないかな」

 ユウはそう言われては反論できないので剣を下ろす。

「いったい僕に何の用だ?」

 ユウは嫌悪を露にしてそう聞いた。

「別に偵察をしようってわけじゃないさ。少し、差しで話そうか」

「…それは全てが終わった後じゃダメか。終わった後に君に言いたいことがあるんだ」

 ユウがそう返すとルートはクックックッと笑った。

「いいだろう。楽しみはとって置くことにしよう。じゃあ、また後で会おうか」

 ルートはユウを残して去っていった。

 ユウはその後、一度寮へと戻った。

「お帰りなさい。アオノメくん」

 どうやって入ったのかは知らないがサラが我が物顔でユウのベッドに座っていた。しかも、資料らしき物があちこちに散らばっていた。

「ここは先生の部屋じゃないんだけど」

「知っているわよ」

 ユウが言ってみるとサラは平然とした様子でそう言った。

「そうカリカリしない。激励しに来てあげたのよ」

「まだ終わってないし、先生の励ましはいりません」

「つれないわね。まだ霊装化出来ていないんでしょ」

 サラは意味ありげに笑った。

「知っているんですか?」

「知らない。でも見ればわかるわ」

 サラは立ち上がるとユウの横を通って出て行こうとする。

「何しに来たんですか」

「さあ?そこら辺の紙は捨てていいから」

 サラは散らばった紙たちを放置したまま去っていった。

 ユウは片付けていけよ、と叫びたくなったが、口を閉ざしてどうにか抑えた。

「これは…」

 ユウは一枚だけおかしな紙を見つけた。『焦る必要はないわね。確実に使えるようになると私は確信しているわ』

 それだけしか書かれていなかった。これはサラのメッセージなのだろう。

「僕が予想以上に早く戻って来たってところかな」

 ユウは躊躇なく紙をゴミ箱に叩き入れるとベッド座り、嘆息する。

「僕に使えるのか」

 ユウは剣を抜くと目の前に持ってきて、じっくりと剣を眺める。

 フレントは徐々に形を変えていくと言っていたがこうして見ると最初とくらべわずかに刀身が赤みを帯びたぐらいか。

 ユウはレナに言われるまでもなく無理だと思い始めていた。

 コンコン

 珍しくノックがあったのでユウは剣をしまうとドアを開けに行った。

 ドアを開けたところにいたのはなんとシアンだった。

「おはよう、ユウくん。中に入っていいかな?」

 ユウは一度入れたせいか、ためらうことなくシアンを部屋に入れた。

「シアン、もう仕事は済んだのか」

 ユウはドアを閉めて聞く。

「うん。私の仕事は大体終わらせて来たよ。後は二回の挨拶だけだよ」

 シアンはユウが勧めるまでもなく椅子に座る。

「お菓子を買ってきたんだ。良かったら一緒に食べよ♪」

 シアンは何故かいつも以上に上機嫌だった。

 シアンはクッキーを器に盛り、持ってきていた水筒のお茶を二人分カップに注いだ。

 ユウがベッドに座ってシアンと向かいあった。ユウは何か話があるのではと思っていたのだが、シアンは世間話をするばかりで、ただ単に遊びに来ただけらしい。

「ねぇ、シアン。聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

 シアンの話が一段落つくのを待ってユウはそう切り出した。

「いいよ」

 シアンは気軽にそう答えた。

「シアンも魔装を持っているんだよね」

 シアンは一瞬ピタリと動きを止めるが、すぐに何事もなかったようにうなずいた。

「秘密だったんだけどな。ユウくんに一度持たせたのが失敗だったかも」

「霊装にもできる?」

 シアンはやれやれと肩をすくめた。

「普通のお話をしたかったのにな」

 シアンはそうつぶやき右腕を右側に向けた。

「巫女の呼び声に従い姿を現して」

 その声とともに白銀の杖がシアンの右手に収まった。いや、杖にしては形が変だ。これは…。

「笛?」

「正解。よく一目でわかったね」

 シアンの魔装は大きな笛だった。見れば穴がいくつかあるのがわかる。

「えっと、魔装ってそうやって呼び出せるのか?」

「霊装化が可能になれば一定距離内から呼び出すことはできるよ。形にもよるけどね」

「なるほど。霊装になったら魔装はみな大きく形を変えるのか?」

「大方はね。武器のタイプすら変わることもあるよ。冷たい音楽アイスメイデン

 シアンの魔装は二つに裂け、刀と盾になった。よく見ると刀の方はまだ笛として機能しているようだった。

「本来は名前を呼ばなくても霊装化できるんだけど、被害が及ぶ可能性があるから一応ね」

「被害って…」

「少なくともこの机がなくなるかもしれない」

 ユウは唖然として声が出なかった。

「ユウくんの魔装を貸してくれないかな」

 シアンは霊装の刀を、鞘を兼ねる盾に収めて言った。

「うん、わかった」

 ユウは鞘から剣を抜いてシアンに持ち手を向けて机に置いた。

 シアンはユウの剣を手に取り、じっくりと眺める。シアンはわずかに眉をひそめてユウに剣を返した。

「気のせいかもしれないけど私の魔力を吸収してる」

「吸収?いったいどうして?」

「多分、これがユウくんの魔装の能力、ひいてはユウくんの力なのかもしれない」

「……」

 ユウは自分の力と言われてもどう反応すればいいのかわからなかった。

「ごめん、もう時間だから行くね。ユウくんも遅れないでね」

「うん。いろいろとありがとう、シアン」

 ユウはまだ聞きたいことがあったが邪魔するわけにもいかないのでそう言った。

「それじゃあユウくん、がんばってね」

 シアンは去り際にそう言い、ドアは閉められた。

「僕も準備をしなきゃな」

 ユウは最後のクッキーを口に入れ立ち上がった。


 十二時二十五分、試合開始まで三十五分。学園に足を踏み入れる者がいた。

「すみません。ここは関係者以外立ち入り禁止なのですが」

 ローブをまとった訪問者に警備の者が声をかけた。

「すまへんな。通行書見せればええんやったか」

 ローブの人は袖口から一枚の紙を取り出し見せた。

「確かに許可書ですね。一応顔を見せてくれませんか」

「すまへんけど、それはでけへんわな。醜い傷跡があってーな。見ん方がええよ」

「しかし…」

 仕事熱心な警備の人は何か言いかけて口を閉ざした。

「ええ判断や。おおきにな」

 ローブの人はそう言い残すと一度も振り返ることなく歩き去っていった。

 警備の人はその背中が見えなくなるまで指一本動かすことができなかった。


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