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第二章

果たし状をもらってから数日がたったある日の早朝、急にサラがレナを連れてユウの部屋へとやってきた。時間にして五時。寮の人たちはまだ眠っている時間である。

「六時まで外出禁止じゃなかったっけ」

 ドアを開け二人を見るなりユウは言った。ついでにどうやって寮に侵入したのかを教えてもらいたいところだ。

「いいじゃない。教師が引率しているのだから」

「よくない!迷惑を少しは考えてくれ!」

 ユウはいつしかサラに敬語を使わなくなっていた。一週間以上経ってやっとこの人に敬語を使うだけ無駄だと理解したのだ。

「わかったわよ。十分で終わらせてあげるから。だから起こっちゃダーメ!」

 子どもを諭すような物言いにイラッときたユウだったが我慢する。

 ユウはあきらめ、二人を部屋へと入れる。廊下で話していたら誰に見られるかわかったものじゃない。

「早速本題に入らせてもらうけど、決闘を受けることにしたらしいわね」

 サラはユウとレナを交互に見る。レナもユウもその視線を受け流す。

「私に相談してくれてもよかったのよ。私だったら穏便に済ますこともできたのに」

「すまないが、私たちの問題だ。これは私たちで解決しなければならない事柄だ。サラ先生に迷惑をかけるわけにはいけない。それに、喧嘩を売られて黙っているのは私にはできない!」

 レナの言葉を聞き、サラはため息を吐き、ユウの方に顔を向けた。

「アオノメくんはどうしてレナちゃんを止めないのかしら。あなたなら真っ先に止めると思っていたのだけど」

「実は手紙をもらったのは僕なんだ。先生もこれを見れば僕が止めなかった理由もわかるはずだよ」

 ユウは机の上の手紙を手に取り、サラに渡した。この手紙にはだいたい以下のことが書かれていた。

 二対二の決闘を受けてもらう。決闘のルールは学園のルールに従う。もし決闘を受けなかったり、俺らが勝ったりすればお前たちの秘密を学園中にバラす。俺の秘密をバラしたければ好きにすればいい。今の俺には痛くもかゆくもない。受けると言うのなら生徒会にこの手紙を見せるといい。よりよい返事をもらえることを祈る。

「なるほど。すでに生徒会に決闘許可の申請をしていたわけね。確かに私じゃあ穏便にはできなかったわね。それでその決闘はいつになったのかしら。手紙には書いてないみたい」

 サラは手紙をユウに返しながら言った。

「二週間後の紅の曜日だよ。その方がいろいろと都合がいいみたい」

 ユウが手紙を見せに生徒会室へ行ったのだが対応したのはフィーネだった。彼女の目が怪しく光っていたような気がしたのが少し気になるけれど。

「紅ね。ご愁傷様ってところね」

「何か問題でもあるのか?」

「大した問題じゃないわよ。あなたたちが不利というわけではないからね。あなたたちは決闘をやる代償、条件を知っているかしら」

「代償なんて規定には何も書かれてなかったはずだけど」

「決闘場所は生徒会が決定する。そう書いてあったはずよ。こういう決闘は大体おおっぴらに公開される。しかも休日だからたくさんの観戦者が訪れるんじゃないかしら。あなたたちがボコボコにされるのを見にね」 

サラは意地悪く笑った。


 すべての授業が終わった放課後、ユウはレナと共に学園街を歩いていた。決闘に必要な物を買うためである。

「ユウ、剣一つにこだわり過ぎだぞ」

 レナは呆れた様子で言った。すでに八軒ものお店を回っていた。

「剣が僕の主要の武器だからね。これだけは譲れないよ」

「…それなら、愛用の剣ぐらい持ってきておけ」

「持ち物リストに入ってなかったからうっかりね。それはそうと別に僕に付き合う必要はないよ。買うべき物は大体買ったから先に帰ってもいいよ」

 ユウがそう言うとレナにぎろりとにらまれた。ただでさえ鋭い目なので背筋が寒い。

「ここまで付き合わせといてそれを今言うか?言うのなら武器屋巡りを始める前にしろ!」

「ご、ごめん」

「ふん。さっさと見つけて帰るぞ」

 レナはそう言うと足を早める。

「一緒に来てくれるのか」

「乗りかかった船だからな。それにユウがどんな剣を選ぶのか気になる」

「ありがとう」

 レナはユウのお礼の言葉を聞き、顔をそらした。

「別にユウのためだけではない。一緒に戦うのだから万全でなくては困る」

「そうだね。日曜日は絶対に勝とう」

「無論だ」

 レナはわずかに笑みを浮かべ言った。

 九軒目の武器屋は老舗感抜群の武器屋だった。外から見ただけでも古い建物だとわかる。

「すみません!」

 ユウは店の中に入り、店員の姿が見えないので店の奥に呼びかけた。

「閉店前に客とは珍しい」

 振り返ると黒いバンダナを右腕に巻いた男が立っていた。

「店員さんですか」

「んんああ。その通りだぜ。多分この店ではお前らが最後の客だろうよ。光栄に思っていいぜ」

「なんだ。店仕舞いか」

「ああ。ある場所に移転することになってな。ここの営業は停止だ。良かったら好きな物を持っていってもいいぜ。どうせ全部は持っていけねーしな」

 男は立てかけられている武器の数々を一瞥して言った。

「これって全部一人で作ったのですか」

「なわけねーだろ。俺は魔法技師であって鍛冶屋じゃねーからな」

「魔法技師?何だ、それは」

「何だ。お前ら、知らねーのか。残念だな。よし。お前、使う武器はなんだ」

 男はレナの方を見て言った。レナはいぶかしげな顔をするが答える。

「槍だな。それが何だ」

「よし。ならこいつを持ってみろ」

 男はレナに一本の槍を手渡した。レナは槍を受け取って顔をしかめる。

「この槍、重すぎないか?振り回せるとは思わないのだが。いったい何でできているんだ?」

「普通の槍と素材は大して変わらねーよ。違いと言えば魔法の力の有無だ」

「魔法だと?武器に魔法が宿っているとでも言うのか?」

「その通りだ。魔法技師とはこういう武器、魔装の製造をしている。まあ、魔装を扱える者はあまりいないから普通の武器も売っているわけだが」

 男は苦笑いを浮かべて言った。

「えっと、魔装についてもっと詳しく教えてもらってもいいですか」

 ユウが真剣な表情を向けるので男は戸惑った様子を見せたがため息を吐きうなずいた。

「教えてもいいがお前ら勇者育成科じゃないよな。それなら知っているはずだしな。まあいい。答えたくないことくらい一つ二つあるだろう。話は少し長くなるからあがれ」

 男はレナから魔装を受け取り、壁に立てかけると二人をカウンターの奥に招き入れた。

男はユウたちをダンボールの上に座らせ、机代わりのダンボールに冷たいお茶の入ったグラスを二つ置く。

「どうしてこんなにダンボールが?」

ユウたちはダンボールの壁に囲まれている状態で、すごい圧迫感を感じる。

「どっかの馬鹿が注文数と住所を間違えてな。このダンボールのほとんどがそれだ」

「いったいどうするのだ。さすがに放置するわけにはいかないだろう」

「ああ。そこは解決済みだ。注文した奴が取りに来る予定だ。それより魔装の説明をしていいか。できればそいつが来る前に終わらせたいんだが」

「時間を取らせてすみません」

「ふん。気にするな。まずは魔装とは何かについて説明するか。魔装は魔法の力を宿しているため頑丈で劣化しにくい。その代わり重量がますがこれは鍛錬でどうにかなる。魔装は使うたびに経験を積み、使用者の魔力を吸収し形を変えていく」

 男はそこで一度言葉を切り、ユウとレナの様子を見る。

「形が変わるって、武器のか?そんなことが起こりうるのか」

「ああ。それが魔装だ。完全に形が変わった時点で独自霊装と名前をかえるがな。霊装は一つひとつ別々の形をしていてそれぞれ持つ能力も違う。勇者育成科の生徒はこれが使えるようになるのが大前提だ」

 ユウは最後の部分を聞いて決意した。

「魔装を僕にくれませんか?」

 ユウの言葉に男は驚き、そして呆れた。

「魔装を霊装までにするには並大抵なもんじゃねーぞ。ただの魔装じゃあ使いにくいだけだぞ」

「それでも構いません。お願いします!」

 ユウが頭を下げてお願いすると男はやれやれと肩をすくめた。

「わかったよ。元々そういう約束だしな。長剣タイプは一本しかないがくれてやる」

 男は店の方に戻り鞘に収まった一振りの剣を持ってきてユウに渡した。

「ありがとうございます」

 ユウが再び頭を下げると男は渋い顔をする。

「何ども頭を下げる必要はねーよ。恩に感じるならそいつを使いこなしてみろよ」

「ああ。使いこなしてみせるよ」

 ユウが力強くうなずいたところでレナが立ち上がった。

「私も一本もらって行くぞ」

 レナはそう言って先程男が立てかけた槍を手に取った。

「文句は言わせんぞ。男に二言は言わせん」

「ふん。いいだろう」

 男はどこか嬉しそうな表情をしていた。

「フレントさーん!物を取りに来ましたよー!」

 そう言って入り口から顔をのぞかせた少女の顔を見てユウは驚く。

「ミッシェじゃないか」

「ユウさん!まさかこんな所で会えるなんて思ってもいませんでした」

 ミッシェは相変わらずの魔女服姿で嬉しそうに笑った。どうやら彼の名前はフレントと言うらしい。

「何だ。お前ら知り合いだったのか」

「誰だ、お前は?」

 レナは槍を手にしたままミッシェをにらむ。しかし、それでもミッシェは笑顔のままレナに歩み寄る。

「はじめまして、ですね。私はユウさんの友人で魔ノ国の店主のミッシェといいます。あなたもユウさんの友人ですか」

 レナはそう聞かれ、ムスッとした顔をする。

「別にそういうわけではない。行きがかり一緒にいるだけだ」

 ユウはレナがそう言ったのでショックを受けた。しかし、ユウはそれを表情に出さない。

「そうなんですね」

 ミッシェはどう反応していいのかわからないといった様子で笑顔を曇らせた。

「ミッシェ。さっさと荷物を運んでくれねーか。今日中に移動したいんだが」

「あ、うん。すぐに運んでしまいますね」

「僕も手伝うよ」

 ミッシェに続いてユウも店の奥へと向かう。それを見てレナは肩をすくめた。

「仕方ない。私も手伝おう」

 レナは魔装をフレントに押しつけるとユウたちの後に続いた。

「持ち運びできるようにしてやるか」

 フレントはぽつりと呟くと自分の仕事に取りかかった。

 ユウたちはダンボールをミッシェが引いてきた荷車に運んでいく。

「この数を一人で運ぶつもりだったのか?」

 ユウはダンボールを積んでいるミッシェに聞いた。

「これぐらいなんともないですよ。力と体力には自信がありますから。それよりも財布のほうが心配です。一桁ぐらい間違えちゃいましたから。返品はできない物ですし」

 ミッシェは渇いた笑顔でそう言った。

「私がどうにかしてやろうか。さっき少しのぞいたが、薬の素材だろう。知り合いに欲しいと言っていたやつがいた。そいつに転売すればいい」

「本当ですか!良かったら私に紹介してください」

 ミッシェはレナの言葉に顔がきらきらと輝く。レナはミッシェの勢いに戸惑いながらもうなずいた。

「わかった。奴に話しておこう。奴のほうから訪ねて来るだろう」

「ありがとうございます」

 ミッシェはぺこりと頭を下げた。

「おい、作業は全部終わったか」

「うん。これが最後」

 ユウは手に持っていたダンボールを荷車に積み込んだ。

「そうか。こっちも丁度終わったところだ。ほれ、受け取れ」

 フレントは手に持っている物をレナに投げ渡した。

「これは…」

「魔装を持ち運び安いように改良した。お前が望めば槍に変わる」

 レナは半信半疑で試してみた。すると、繭がほどけるようにかばんから槍の形に変わった。

「長く使えば武器化も速くなるだろう。それよりもさっさと出発するぞ」

「あなたも来るんですか」

「ああ。俺はこのちびっ子に雇われたからな」

 フレントはミッシェに指を差して言った。

「ちびっ子言わないでください。老け顔さん」

 ミッシェはベーと舌を出す。

「そういえばフレントさんは何歳なんですか」

 ユウが気になって聞いてみるとフレントはムッと顔をしかめ、黙る。

「十六で学園の二年生ですよ」

 ミッシェが横からそう答えた。

「ミッシェ!勝手に人の年齢をバラしてんじゃねーぞ!」

 フレントはぎろりとミッシェをにらむ。

「じゅ、十六…」

 ユウは顔と年齢とのギャップに笑いそうになった。それをフレントはにらむ。

「えっと、立ち話はあれだし出発しよう」

 ユウは荷車を引こうとしたがミッシェに止められた。

「ちょっと待ってください、ユウさん。もっと楽に運びましょう」

 ミッシェはそう言ってお札らしき物とナイフを取り出した。

「ミッシェ、ここであれを使う気か」

 フレントはあきれ顔で言った。

「人気がないから別にいいじゃないですか」

 ミッシェはナイフで自分の指を浅く傷つけ、血をお札に染み込ませる。

「ノトール=ミッシェの名のもとに姿を現しなさい」

 ミッシェの手からお札が離れ、大きな青い毛の狼に変わった。それを見ていたユウもレナもしばらく言葉が出なかった。

「怖がらなくても大丈夫。私が命令しなければ襲ったりしませんから」

 ミッシェはよしよしと狼の頭をなでながら言った。狼は甘えるように鳴く。

「こいつは何なんだ」

「この子はクウちゃん」

「嫌、そうじゃなくだな…」

「そいつは式神だ。眷属と呼んだほうがわかるかもしれないな」

 フレントが横から答えた。

「クウちゃん、これを私の店まで運んでください。人に見つからないようにお願い」

 式神は了解した、というように一鳴きすると荷車の持ち手をくわえるとすごい速さで移動し、見えなくなった。

「行っちゃったけどいいのか」

「うん。あの子に任せとけば大丈夫。それよりどこかでお茶しませんか。ここで会うのも何かの縁ですし」

「えっと、そのままの格好で?」

 ユウが指摘すると一瞬不思議そうな顔をして自分の体を見下ろす。

「そういえばこの服装の姿のままでしたね。うっかりです」

 ミッシェはいたずらが見つかった子どものように笑った。

 その後一度魔ノ国により、ミッシェが着替えるのを待つこととなった。その間ユウたちは届いていた荷車からダンボールを下ろす手伝いをした。

「そういえば、風の噂で決闘があると聞いたんだが、それって、お前たちか」

 フレントは手を動かしながら聞いてきた。

「はい、そうです。もちろん僕とレナが戦うわけじゃなく相手は他にいますけど」

「やっぱりな。この微妙な時期に武器を買いに来る奴はほとんどいないからな。そうじゃねーかと思ったぜ。俺から一つ助言をやる。魔装以外にも武器を考えておいた方がいいぜ」

「それって…」

ユウが詳しいことを聞く前にミッシェが戻ってきた。

「お待たせ。どうかな」

 ミッシェはそう言ってくるりと回る。ミッシェは制服姿ではなく、白いワンピースに麦わら帽子姿だった。夏にはまだ早いが彼女の黒髪とあいまってとても似合っていた。

「制服が原則ではなかったか」

 レナがそう指摘するとミッシェは嬉しそうに笑った。

「実は商売人は営業時間内、つまりは放課後から夜九時まで服装は自由という特別規定があるんです。服装も商売に影響しますから。その代わり商売人用バッチを付けることが義務づけられていますけど」

 ミッシェはそう言って胸にある水色のバッチを指差した。

「それすらも守っていない人もいますけど」

 ミッシェがフレントを見るのでユウとレナもつられてフレントの方を見る。逆にフレントは目をそらしあさっての方を見る。

「ほっとけ」

「…手伝ってくれてありがとう。お礼にカフェで何かおごります。私が贔しているお店があるんですよ」

 ミッシェはユウたちが何か言う前に心底楽しそうに外へと出て行く。

「断れる雰囲気ではないな」

 レナは苦笑いを浮かべて困ったように言った。

「だね。この荷物も邪魔だし」

 ユウは少し離れたところにある買った物を見る。

「なら、ここに置いてけよ。俺が後で届けてやる」

「でも…」

「いいから。ほら、ちびっ子が待ってるぜ」

 ユウは肩をすくめるとレナと一緒に店を出た。すぐにフレントも出てくる。

「よし、行きましょうか」

 ミッシェは鍵をかけながら言い、その後一行は出発する。

 先頭を歩くミッシェは上機嫌で鼻歌まで歌っている。

「ミッシェといったか。その店は魔法薬を売っているのか」

「うん。あのダンボールに入っていた物はほとんど調合に使うんですよ。えっと…」

「レナだ」

「あ、はい。レナさんですね。レナさんは調合とかしたりするのですか」

「ああ。時々な。昔、知り合いの調合師に教えられてな」

「へえー。もしかして材料を欲しがっている知り合いって…」

「いや。そうじゃない。学校の人間だ」

「それなら…」

 そこからはユウがついていけそうにない話になってしまったので少し後ろを歩くフレントに話しかけることにした。

「フレントさんとミッシェってどういう関係なんですか。ただの雇用関係ではないですよね」

 フレントはそう聞かれ、不機嫌そうに顔をしかめたが質問には答えてくれた。

「あいつとは昔からの付き合いで幼なじみってやつだ。はっきりといえば俺はあいつが苦手だ。あいつの親父に頼まれてなければ逃げ出したいくらいだ」

「ミッシェのことが大好きなんですね」

 ユウがそう言うとフレントはあからさまに不機嫌な顔をした。

「おいおい。どう聞いたらそんな風にとれんだよ」

「今までの行動を見ていればわかります」

「けっ。それはこっちのセリフだ、バーカ。あいつを泣かしたら許さねーからな」

「えっ!何がですか!」

「さあー。何だろうな」

 フレントは逃げるように前へ行き、ユウから離れて行った。ユウは釈然としない気分だったがフレントは答えてくれないとわかっていたので追いかけなかった。

 その後、ミッシェの行きつけのカフェに着き、腰を落ち着かせた。ミッシェが、ホットチョコレートがオススメだと言うのでユウとレナはミッシェと同じホットチョコレートを頼み、フレントだけがコーヒーブレンドを頼んだ。

「こうして落ち着いて顔を合わせたわけだし自己紹介といこうぜ。実際俺は名乗ってねーし、お前らの自己紹介を聞いた覚えもねーしな」

「それならフレントが自己紹介を始めてください。言い出しっぺなんですから」

 ミッシェがそう返すとフレントは顔をしかめた。

「仕方ねーな。俺は魔法技師のフレントだ。二年だが所属科は聞くなよ」

「そう、それを私にも教えてくれないんですよ。雇用者命令を使えば教えてくれる?」

「教えねーよ。ほら、次はお前だ、ミッシェ」

「もう自己紹介はすましたのに。私はミッシェ。調合師で、一年生です。所属は普通科です」

ミッシェは文句を言いながらも自己紹介をおこなった。

「私はレナだ。同じく一年生だ」

 レナは誰に催促されるわけもなく、自ら自己紹介をした。それはあまりにも短く自己紹介と言ってもいいのかというものだったが。

 ユウは三人とも下の名前しか名乗らないので悩んだ末自分も下の名前だけにすることにした。

「僕はユウ。一年生で、剣術が得意かな。学園に入学してから使ったことはないけど」

 ユウは一応少しだけ自分のことを話してみたが反応は今一だった。

「そうか。それより決闘の方は問題ねーのか」

 突然フレントがそう切り出してきた。

「えっ、そうなんですか」

 ミッシェは決闘については知らなかったようで目を丸くする。

「あ、うん。そうなんだ。次の紅の曜日にね」

「私には何の問題もない。あの男を公でぶっ潰せるのだからな」

「そうか。ならお前がユウに訓練をしてやってくれ」

「何?」

「魔装どうしの訓練の方が成長が早いんだよ。運がよければお前の魔装も戦えるまでにはなるはずだ」

「ちょっと待って。勝手に話を進められても…」

 ユウが口をはさむとフレントとレナに同時ににらまれた。ユウは仕方なく発言を撤回する。

「足手まといになられるのも嫌だからな。貴様の提案を受けよう」

 その後、注文していたホットチョコレートとブレンドコーヒーをウエートレスが運んできた。ホットチョコレートには円柱型のお菓子も付いていた。ユウもレナもそれが何かわからない。

「なんだ、これは?」

「マシマロですよ。知らないんですか」

 ミッシェはそう答えると何の躊躇もなくマシマロを三つホットチョコレートに投入した。

レナはミッシェをまねてすぐにマシマロを一つ入れたが、ユウはすぐにチャレンジする気にもなれかったのでまずはホットチョコレートだけで飲んでみる。口触りはとても滑らかだったが甘さは控えめで苦味の方が強かった。

「マシマロが苦手ならミルクもありますよ」

 ミッシェはミルクの入った小瓶を指して言った。

「そう。これってそのままでも食べられるか」

「はい。ホットチョコレートに合うよう改良されていますけど、もともとは普通のお菓子ですから」

 ミッシェはマシマロを一つ口にいれ、おいしそうな顔をする。

 ユウも一つマシマロを手に取ると口に入れた。

「おいしい…」

 ふわふわとした食感と口に広がる程よい甘さが絶妙だった。ミッシェはユウの言葉を聞いて嬉しそうだった。

「私は苦手だな。ホットチョコレートに溶かす分には問題はないが、甘すぎる」

 ユウと同じようにそのまま食べてみたレナがそうコメントした。

「そっか。でもホットチョコレートのほうは気に入ってくれて嬉しいです。フレントはどっちもまずいって言っていましたから」

 ユウとレナは一人コーヒーを飲む、フレントを見る。

「仕方ねーだろ。甘いのもカカオも嫌いなんだからよ」

「「それなら、最初から飲むなよ!」」

 ユウとレナは同時にそう言った。

「…お前らには俺の気持ちはわかんねーよ」

 フレントはそう言うとばつが悪そうにそっぽを向いた。

「二人とも落ち着いて。フレントさんも拗ねたりしないでください」

 ミッシェは悪くなった空気をどうにか取り繕う。

「別に拗ねてねーよ」

 フレントは不機嫌そうにそう言った。

「そういえばフレントさん。学園に他に魔装を売っているところってあるんですか」

「ん、ああ。そりゃあな。勇者育成科の人間は確実に必要だからな」

「それじゃあ、「タワーショッピング」にある武器屋「ウロボロス」には?」

「売ってねーよ。あんなに人が来る場所では魔装なんか売り出せねーよ。だがメンテナンスだけはしていた気がするな。いったいそんなこと聞いてどうするんだ。メンテナンスなら俺がしてやるぜ。もちろんお金はもらうが」

「いや。ちょっと気になっただけですよ。この前行った時にはそれらしき物はなかったから」

「そうか」

 フレントは一応納得したようだった。しかし、ユウは気づいていなかった。レナがユウのことを怪しそうに見ていたことに。

 カフェからの帰り道、ユウとレナは並んで歩いた。ミッシェとフレントとはカフェの前で別れた。

「ユウ、明日から早速魔装の訓練をしよう。サラ先生に言えば魔法科の授業の時間をかわりにくれるだろう」

「でも、魔法科のみんなは怪しむんじゃないか。とくにケリクラとかが」

 レナはユウの心配事を鼻で笑った。

「決闘が控えているのだ。皆納得するだろう。実際ルートと相棒の女が今日はいなかった。気づかなかったのか」

「言われてみればそうだね。ここ数日関わってこないから気づかなかったよ」

 レナはあきれた様子でやれやれと肩をすくめた。

「戦う相手のことぐらい少しは気にかけたりしないのか。まあいい。私がサラ先生に話しておくからユウは寮に戻って休め」

「僕も一緒に…」

 ユウそう言いかけるがレナににらまれ口を閉ざす。

「それでいい。ユウ、また明日な」

「うん。気をつけてね」

 レナは道を真っ直ぐ進み校舎へと向かって行った。

 ユウは寮の方へ向かおうとしたところで物陰からシアンが姿を現した。

「シアン…」

 ユウがシアンと会うのは生徒会長の話の時以来だった。シアンはここ数日学食にも姿を現さなかったのだ。

「ごめんね、ユウくん。ここ数日忙しくて食事もする暇もなくて」

「本当にそれだけ?」

 ユウが聞くとシアンの表情が一瞬固まる。

「ここ数日、僕を避けてたんだよね。決闘に僕が出るから」

「違うよ。確かに生徒会員は手を貸すことは禁じられてるよ。だからってユウくんを避けるなんてしないし、したくない。私はね、大事な話をしに来たんだよ」

 シアンは真っ直ぐユウの目を見つめて言った。その瞳には一種の覚悟があった。

「シアン、ごめん。僕が悪かったよ」

「気にしないで。それより…」

「いやー、久しい顔がいるね」

 シアンの言葉を男の声が遮った。しかし周辺には人の姿はない。

「誰だ!」

 ユウが叫ぶと何もない空間からルートが姿を現した。

「盗み聞きは良くないよ、ルートくん」

「いやあ、相変わらずだね、白銀の巫女フロストエンプレス

 シアンがたしなめるがルートは全く気にした様子もなくそんなことを言った。

「二人は知り合いなのか?それにフロストエンプレスって?」

 シアンはため息を吐きユウの言葉を無視する。

「その名で私を呼ぶのはやめてくれないかな。ネクロマンサー」

 シアンがお返しにそう言うとルートは顔をしかめた。

「確かに昔の名で呼ばれるのは不快ではあるね。アオノメくん、君はいろいろと特別らしいね。娘だけでなく巫女まで引き寄せていたんだな」

 ユウはルートが何を言いたいのかわからず顔をしかめる。

「どういう意味だ?」

「どういう意味ね。さあ、わからないね。試合、絶対ぶちのめすから覚悟しろよ」

 ルートは言いたいことは言い終わったのか、二人に背を向けて歩き出した。それをユウもシアンも止めることはしなかった。

 それからユウは話を聞くためにシアンを自分の部屋に招待した。本当は恥ずかしかったが話を聞く方が大事なので我慢した。

「こんな物しかな出せなくてごめん」

 ユウは冷たいお茶の入ったグラスを机に置き言った。

「気にしないで。それより、座って。少し長くなると思うから」

「話って何の話なんだ?」

「この前話さなかった初等科の話。二人の少女と一人の少年の話だよ」

「やっぱり、ケリクラとレナも初等科の出だったんだね?」

 ユウの問にシアンは何も答えなかった。

「座って、ユウくん」

 シアンはもう一度静かにそう言った。今度は何も言わずにユウは椅子に座った。

「絶対に誰にも話さないでね」

 シアンはそう念を押すと語り始めた。


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