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第一章 その4

「ねえ、ユウくん。今日の放課後、暇かな?」

 ユウが入学してから一週間がたった昼休みにいつも通り学食で食べているとシアンがそう聞いてきた。

 始業式以来、昼食をシアンと一緒に食べるのがユウの日課となっていた。そのおかげでシアンと話すのにはすっかり慣れていたのだが、ユウは一瞬言葉を詰まらせる。

「えっと、特に何かがあるわけではないけど…」

 慣れていないことに、ユウは思わず身構える。

「ちょっと、ユウくん。そんな身構えることはないんじゃないかな」

「ごめん。それで、放課後暇だからって何があるんだ?」

 ユウがそう聞くと、シアンは珍しくしぶる様子を見せた。ユウは言いにくいことなのかと思い、何か言おうと思ったのだが、ユウが実行に移す前にシアンが口を開いた。

「放課後に街へ行こうと思うんだけど、私と一緒に行ってくれないかな。みんな忙しくて頼める人がユウくんしかいないんだ」

 シアンは懇願するように手を合わせ、上目遣いでユウを見る。狙っているのかいないのかユウの心音が跳ね上がる。ユウはそれを振り払うように頭を働かせる。

 学園内にいるのは学生ばかりとはいえ、女の子一人というのは危険かもしれない。特にシアンは普通科の生徒なのだ。いざというときに対応できるとは思えない。人混みが苦手だからといって、断るわけにはいかないだろう。

 二秒たらずでそう結論を出したユウは大きくうなずいた。

「わかった。待ち合わせはどこにする?」

「実は少しやっておかなきゃいけないことがあるんだ。数分で終わらせるからユウくんは部屋で待っててよ。私が部屋まで迎えに行くから」

「でも、男子寮だよ?」

「大丈夫。何回か行ってるし、ユウくんの部屋がどこかも知り合いに教えてもらったから」

 その後、ユウはいろいろと抵抗したのだが結局シアンに押し切られてしまった。

 何事もなく授業を終えたユウは真っ直ぐ寮へと戻った。途中特に誰かに会うこともなかった。

 ユウが緊張しながら待っていると約束通り、十分ぐらいしてシアンが訪ねてきた。

「お待たせ。ごめんね、待たせちゃって」

「全然待ってないよ」

 実際シアンが来る直前に準備を終えたばかりだった。

「それなら良かった。それじゃあ行こっか」

 ユウはうなずくと部屋を出た。

「そういえば街に何をしに行くんだ?」

 ユウは寮から出て、学園街に向かいながら言った。シアンはそういえば言ってなかったね、とユウの方に顔を向ける。

「どうしても買わなきゃいけないものがあって。どうしても必要なんだ。ユウくんはどこか行きたいところとかない?ついでだしどこでも構わないよ」

 ユウは何かないかな、と考える。

「えっと、そうだね…」

 ユウはそこで今日の授業を思い出す。

「シロナガ先生に聞いたのだけれど学園街に『魔の国』なんていう魔法薬を売っているお店があるって聞いたんだけど、そこへ行ってみたいな。ちゃんと地図ももらってきたからさ」

「ユウくんって魔法薬に興味があるの?」

 シアンは意外に思った様子でユウを見る。

「ええっと、僕の母が魔法薬売る仕事していてさ。魔ノ国には原料も置いているらしいからさ。それを見てみたいなって思って」

「なるほど。それなら最初にそこへ行こっか。私の用事はすぐに終わるしね」

「でも…」

「いいから、いいから」

 シアンはユウが遠慮するのを聞かず、ユウの手をつかむと急に走り出した。ユウは思わず転びそうになったがどうにか持ちこたえて足を動かす。

「ちょっと、シアン…」

 シアンはユウが止めようとするが速度を緩めなかった。

 周りに人が増え始めるとシアンは走るのをやめたが手までは離してくれなかった。

 いったい自分たちはどのように見られているのだろう。こんな風に手をつないでいたらまるで恋人同士…。

ユウはそれを意識してしまうと急にシアンに手をつかまれているのが恥ずかしくなってきた。

「どうしたの。そんなに顔を赤くして」

 シアンは何を勘違いしたのか左手でユウの額に触れた。

「えっと、そうじゃなくて…」

 ユウは何と言ったらいいかわからず、シアンにつかまれた手に視線を送る。数秒後、ユウが何を言いたいのか理解したシアンはおもしろいぐらいに顔が真っ赤になる。

「ごめん。あまりこういうのに慣れてなくて…」

 自分でも顔が赤くなっているのに気づいているのか、シアンは顔をうつむかせて言った。

「気にしなくていいよ。僕も似たようなものだし…」

 ユウはそう言って笑うが気まずい空気は残ったままだ。

 二人は少しの間無言で歩くが、元来よくしゃべるシアンが重たい空気を破り、言う。

「ユウくん、『魔の国』ってお店はどこにあるの?」

 学園街に丁度着いたところだったのでタイミング的に良い質問だった。

「ちょっと待って。今、地図を出すから」

 ユウはガサゴソとポケットをあさり、折り畳まれた紙を取り出した。開いてみるとそれは手書きの地図だった。

「これって、チラシだよね」

 シアンが言う通り、普通の手書きのチラシだった。店名と電話番号に地図。そして、魔法薬売ります、とだけ書かれた簡素なものだった。

「これをシロナガ先生がくれたの?」

「うん。街中で配っていたのをまとめて何枚かもらって来たんだってさ」

 シアンはまじまじとチラシの地図を見つめる。

「うーん、随分とわかりにくい場所にあるね。でも多分行けると思う」

 シアンは地図を返すとユウの少し前を歩く。

「シアンは学園街で迷ったりしないのか」

「うん。ほとんど迷うことはないかな。街の地図はだいたい頭に入ってるから。さすがにどこに何の店があるかまでは覚えてないけどね」

 シアンは当然のようにそう言った。入学してから一週間ぐらいしか経っていないというのに。フェレと同じで徹底的に調べたのだろうか。

「シアンって学園に詳しいよね」

「初等科から上がってきたからね。予備知識が…」

 言葉を切ったシアンは言ってはいけなかったことを言ってしまった、といった様子だった。

「ごめん、今のは忘れて」

 シアンがしょんぼりした様子だったのでユウは黙ってうなずいた。

 しかしながら、再び二人の間に気まずい空気がただよい会話が途絶えてしまう。

 今度はシアンもその空気は破れず、そのまま二人は会話もなく『魔の国』に向かった。

「ここだね」

 『魔の国』につくとシアンがぽつりとつぶやいた。

お店が立つ通りには人の気配が全くなく、とても静かだった。通りの建物はどれも古そうなのに、その店だけは明らかに新しかった。

ユウがドアを開けると鈴が小さな音をたてた。しかし、誰かが奥から出てくる気配はない。

「あのー、すみません!」

シアンがカウンターの奥に向かって声をかけた。ユウはその間に店内を一通り見渡す。

店内には壁に沿うように棚が並び、棚には魔法薬だろうか、薬の入った薬瓶が並べられていた。残念ながらその中に原料らしき物は一つもなかった。

ユウがカウンターの方に視線を戻すと、いつの間にか一人の少女が立っていた。そのいでたちは、まさに昔話に出てくるような魔女だった。

「お待たせしました。今回はどういったご用件でしょうか」

少女は二人ににこやかに言った。

「えっと、原料を見せてくれないかな」

ユウが口を開く前にシアンが言った。すると、少女が嬉しそうに目を輝かせた。

「もしかして、魔法薬の調合をしたりしますか!?」

「そうではなくて、少しどんなものからできているのか興味があって」

 ユウがそう言うと少女はがっかりしたようだった。

「そうですか。ちょっと待っていてください。いくつか持ってきますね」

 少女はきびすを返し、店の奥へと引っ込んだ。

「あの人って学生なのかな?」

「どうだろうね。一年の中にはいなかったとは思うけど。どうせなら聞いてみたらいいんじゃないかな」

 確かにシアンの言う通りなのだが、初対面の人相手にはなかなか聞きにくいものだ。

 五分とかからず、すぐに少女が戻ってきた。彼女は大きなかごを抱えており、色とりどりの薬草が山を作っていた。

「高価な物はお見せできませんが…」

「別に構わないよ。無理して見せてもらっているわけだからさ。えっと、触ってみてもいいかな」

 ユウが聞く少女は大きくうなずいた。

それを見るとユウはカウンターに置かれたかごから赤い薬草を手に取る。

「これってレッドスターだな。よく解毒に使われるやつだよね」

ユウがそうつぶやくと少女は目をぱちぱちさせる。

「薬草には詳しいのですか?」

「母にたたき込まれたんだ。こうやって実物を見るのは初めてだけど。こういうのって魔法薬の材料にもなるんだね」

「何種類かの薬草を混ぜ合わせることによって効果が強められるんです。魔法薬にすれば使い勝手もいいですし。どうせなら調合するところを見ていきませんか。たいした時間はかかりませんから」

 ユウは迷った様子でシアンを見る。

「ユウくん、私に気を使う必要はないよ。ここに来たがったのはユウくんなんだから」

 シアンがそう言ってくれたのでユウは調合するところを見ていくことにした。

 少女は調合に必要な道具をカウンターの下から取り出す。そしてかごからいくつかの種類の薬草を取り出して、それぞれをナイフで刻む。

「お二人ともここでの生活には慣れましたか」

 少女が作業をしながら聞いてきた。話せるぐらいの余裕はあるらしい。

「はい。まだよくわからないこともあるけど慣れたよ。えっと、君も学生なのか?」

 少女は数秒の間の後、自分の服装のことを思い出したようだった。

「あ、ああ。そういえば自己紹介もまだでしたね。私はミッシェと言います。これでも一年生です。お二人はユウさんとシアンさんですよね」

 ミッシェは刻んだ薬草をすり鉢ですりつぶしながら言った。

「どうして私の名前を?」

 ユウの名前はシアンが呼んだがシアンの名前をどちらも口にした覚えはなかった。

「ごめんなさい。ユウさんとシアンさんが学食にいるのを見かけて。覚えていません?一週間ずっと近くで食事をしていたのですけど」

 ユウもシアンもミッシェの顔をじっと見つめ、首をかしげる。

「これならわかりますか」

 ミッシェは一度手を置くと懐から眼鏡を取り出し、かけた。

「「ああーー!」」

 入学初日から学食で見かけ続けた生徒に間違いなかった。

「髪型から何まで変わっていて気づかなかったよ。随分と雰囲気が違うよね」

 ミッシェはすりつぶした薬草に白い粉を加え、かき混ぜながら答える。

「実はお父さんに目立ってはいけないという条件でサンライズ学園に通うことを許してもらっているのです。だからできれば他には話さないで欲しいです」

 ミッシェはすり鉢にお湯を加えてそれをろ過する。

「わかったよ」

 ユウの言葉にシアンもうなずく。

「ありがとう。それともう一つお願いしてもいいですか」

「ええっと。別に構わないけど」

 ミッシェはユウがうなずいたのを見ても中々言おうとせず、ろ過した物を薬瓶に入れ、蓋をする。そうしているミッシェの顔が少し赤くなっているように見える。

「ユウさん、シアンさん…。私と友達になってください!」

 ミッシェはそう言って頭を下げた。ミッシェの言葉と行動にシアンはクスリと笑った。

 ミッシェはおもしろいことでも言ったかな、と首をかしげる。

「笑ってごめんね。でも友達になって、なんておかしいよ。だってもう私たちは友達でしょ」

 ユウはシアンの言葉に深々とうなずいた。

「そうなんですね。もう友達になっていたんだ…。ありがとうございます、ユウさん、シアンさん。よかったらこのポーションをもらってください」

 ミッシェは調合したばかりの魔法薬をユウに差し出した。

「いいのか?」

「はい。初めてのお客様へのプレゼントですから。シアンさんも欲しいのなら用意しますよ」

「私はいいよ。それよりポーションは透明だったかな。確か緑色だったと思うんだけど」

「そうだな。母さんが売っていたのは緑色だった」

「大丈夫です。実は魔法薬にするには薬瓶にしばらく入れておく必要があるんです。明日の朝になれば緑色になっているはずですから、使用は明日以降にしてください」

 ユウはポーションを受け取り、うなずいた。

「それじゃあミッシェ、僕たちはそろそろ行くよ」

「はい。ユウさん、シアンさん。また来てくださいね。魔法薬が必要な時は安く売りますから」

 ユウとシアンはミッシェの見送りを受けて『魔ノ国』を後にした。

 ユウとシアンは再び生徒たちであふれる中心街へと戻ってきた。

 ユウは再び気が重くなるが、シアンが話しかけ気を逸らさせてくれる。

「ユウくん、私の用事が終わったら一緒にごはんを食べようよ。いい時間になってると思うから。実はいい場所があるんだ。いいよね♪」

 シアンはじっとユウの目をのぞいて言った。

「えっとそれは…」

 ユウが渋っているとシアンはため息を吐き、真剣な顔になる。

「その時にユウくんに話したい大事なことがあるんだ。だから断らないで。お願い!」

 シアンは両の手のひらを合わせ、頭を下げた。この様子からすると最初からその話というのが目的だったらしい。こうなってしまえばユウには断るすべはなかった。

「わかったよ。一緒にごはんを食べよう」

「うん。それじゃあさっさと用事をすませちゃおっか」

 シアンは笑顔でそう言うと足を早めた。ユウは一人置いてかれるのは嫌だったので慌ててシアンの背中を追いかけた。

 そうして到着したのは大きめの、衣服販売店だった。

「ここで何を買うんだ?」

 普段は制服のため何か服を買ってもほとんど着る機会は無いので当然の疑問だった。

「新しい防護服を買うんだよ。あったと思ってたんだけど使えなくなっちゃって」

 防護服というのは制服の下に着る服で、防御魔法が付加されている。普通科以外の生徒は着ることが義務付けられている。その普通科の生徒も、もしもがあるので大概の生徒が着用していた。

「それじゃあ今は防護服を着ていないのか?」

「うん。ここ一週間なかなか買いにいく時間がなくてね」

 シアンはそう答えながら迷わず店内を突き進む。

 何度も来たことがあるのだろうか。いや、そんなはずはないか。ここ一週間時間がなかったと言っていたのだから。

「ユウくんってこういう店で買い物したことってある?」

「えっああ。あまりないかな。親が用意する物を適当に着ていたから」

「そっか。服装とかに無頓着そうだもんね」

 ユウはムッとするが事実であったので何も言い返せなかった。そのうちに目的の売り場に着き、シアンは足を止める。

「防護服ってこんなに種類があったんだな」

 棚にはいろいろな防護服が並んでいた。一見して違いがわからないものさえある。

「材質や強度、そして耐性とかも加味してくるからね。ユウくんは学園に勧められたやつを勧められたまま買ったんでしょ?」

「うん。こというのはよくわからないからさ」

「ダメだよ。防具とか武器はちゃんと自分で考えて選ばなきゃ。体格とか戦い方とかで合うものが変わってくるんだから」

 シアンはユウに説教をしながら一つの防護服を手に取った。

「うん、これにしよう」

「即決だね」

「自分のことはよくわかってるから。どうせならユウくんも買ってく?」

「え、いや、僕はいいよ。買ったばかりだしもう少し経ってからにするよ」

「そっか。それじゃあその時には私も誘ってね。善し悪しを判断してあげるから」

 シアンは笑顔でそう言った。これじゃあどちらが普通科なのかわかったもんじゃない。シアンはいったい何者なのか。

「会計してくるからその辺の物でも見て待っててよ」

 シアンはそう言い残し、ユウを置いていってしまった。

「その辺のを見ていろと言われてもな…」

 どこを見渡しても服しかない。街を案内してくれたとき、フェレは武器も売っていると言っていた気もするが、見た限りはない。売り場自体が違うのかもしれない。

「少し顔を貸して欲しいのだけれど?」

 すぐ近くから声が聞こえ、ユウは驚き振り返った。そこに立っていたのはユウと同じ一年生の少女だった。

「君は…?」

「無駄な話をするつもりはないわ。手紙を渡すよう頼まれただけだから。受け取りなさい」

 彼女は白い封筒をユウに差し出した。ユウはそれを受け取る。封筒には差し出し人の名前は書いていなかった。

「いったい誰が…」

「中を読めばわかるわ」

 彼女はそう言うときびすを返した。しかし、彼女は数歩進んだところで振り返った。

「嫌な気分になるから、手紙を読むのは彼女とのデートが終わってからにするといいわよ」

「なっ…。デートなんかじゃ…!」

 ユウが顔を赤くして言うが、彼女は聞いておらず、再び背を向け歩き出していた。

 ユウはその背中を眺めていてふと思い出す。

 そういえば彼女はケリクラのパートナーをやっている女の子ではないか。ということはこの手紙は…。

「ユウくん、お待たせ」

 ユウはシアンの声が聞こえ、手紙をさっとポケットに入れた。

「どうしたの。知り合いでもいた?」

「あ、いや。なんでもない」

 どうやら手紙には気づかなかったようだ。シアンに見つかったら、今読もうと言い出しかねない。できれば彼女の忠告には従っておきたい。

「もう用事は済んだし行こうか」

「ちょっと待って、実はもう一つだけ用事があって…」

 それから30分し、店を出たユウは細長いかばんを背負っていた。

「ごめんね。荷物持ちみたいになっちゃって」

 シアンは申し訳なさそうに言ったのでユウは何ともないという顔をする。

「いいよ、これくらい。僕はほとんど何もしてないし荷物持ちくらい任せてくれよ」

 シアンはユウがそう言うとうなずき、荷物についつは何も言わなくなった。

 それにしてもこのかばんには何が入っているのだろう。武器売り場でもらったことと長さから考えれば槍か剣だとは思うがそれにしても重すぎやしないだろうか。学園に来てから剣を握ってはいないがユウが愛用していたものの二倍近くあるのではないだろうか。

「ユウくん、ちゃんと話を聞いてる?」

 シアンにぽんと肩をたたかれ、ユウは我に返った。

「ごめん。聞いてなかった」

「もう。少し早いけどごはんにしようか聞いたんだよ」

 シアンはどこか落ち着かない様子だった。

「別に構わないけど。それよりどうしたんだ。そわそわしてさ」

「そ、そうかな。そんなことより行こうよ。今ならそんなに人はいないと思うから」

 シアンはごまかすように歩く速度を早めた。

 シアンがユウを連れて行ったのはお好み焼き屋さんだった。

「お好み焼きか…」

「ここじゃあダメかな。嫌なら別の場所にするけど」

「いや、そういうわけではないんだ。あまり食べたことがなくてさ。シアンは何回か来たことがあるのか?」

「みんなと何回かね」

 ユウがみんなって誰か聞こうとしたが、シアンはその前に店の中に入ってしまったので聞くことができなかった。

 驚いたことに店内の席はすべて個室だった。もしかして盗み聞きされないためにこの店を選んだのかと思いはしたが、ユウはそれをシアンに直接聞くことはしなかった。

 ユウとシアンは一枚半ずつお好み焼きを食べた。その間ユウはいつ話をきりだされるか内心身構えていたのだが食事の間シアンが話をきりだすことはなかった。

「それで、話っていうのは何なんだ」

 ユウは食べ終わると待ちきれず、自分からきりだした。

「あ、うん。そうだね。ねぇ、ユウくん。この前、生徒会長について知りたいって言ってたよね」

 シアンは落ち着いた様子で口を開いた。

「ああ。そういえばそんな話もしたね」

 ユウは話が読めなかったがそう答えた。

「ユウくんは今も知りたいと思う?」

 シアンはあの時と同じように真剣な表情で真っ直ぐユウの顔を見てきた。

 ユウはあの時とは違い今度は正直にうなずいた。そうしなければいけない気がしたのだ。

「知りたいよ。シアンは生徒会長について知っているんだな」

「うん。その前に一つだけ、私が通っていた初等科について話すね」

「初等科…。そういえばさっきも言っていたな。僕は学園に初等科があるなんて聞いたことがないのだけど」

 ユウがそう言うと、シアンはこくんとうなずく。

「一応箝口令が布かれているからね」

「箝口令って、僕に話してもいいのかよ」

「ユウくんが誰にも言わなければなんの問題もないよ。盗み聞きをされないためにこの店を選んだんだから」

 シアンは悪びれる様子もなく言った。こういうとこはさすがだなとユウは思う。

「えっと、それじゃあ話を戻すよ。初等科っていうのはね、招待制で毎年六十人の生徒が選ばれ入学しているの。期間は他の学校と同じで四年制なんだ。そこで学ぶことは五学科を一つにまとめて簡略化したようなことかな。だから初等科から上がってきた生徒の特徴は万能性に富むってところかな」

「んっ。初等科からの入学は試験とか免除なのか」

「そういうわけではないよ。初等科は才能ある者を早い段階で育てるのが目的だけど本人が不真面目だったりとかでよくない生徒も出てくるんだ。だからほとんどの初等科からの生徒は公平に皆テストを受ける」

「ほとんどって、テストを受けない人もいるってことか?」

「うん。こんなところで過ごしたくないって人とか、成績優秀者の上位五名とかね」

 シアンの言い方は後の方が重要だと言っていた。

「上位五名はテスト免除だとか?」

「そうだね。その代わり五人とも別々の学科に入学しなきゃいけないけど」

「つまりはどの学科にも毎年一人はその優秀者がいるわけか」

 シアンはユウの言葉に静かにうなずくと改めて姿勢を正す。本題に入ろう、ということなのだろう。ユウもピンと背筋を伸ばす。

「前置きはここまでにして生徒会長について話すよ。ユウくんは生徒会長の選抜方法を知ってる?」

「…確か、生徒会長が冬休み明けに普通科から指名するんだったよな」

「それじゃあ、生徒会役員になる資格があるのは誰かわかる?」

「えっと、半年以内に卒業しない者で学園に所属、または所属することが決まっている人」

 ユウはフェレに会ったことをきっかけに一通り調べていた。

「ユウくんは一年生が生徒会長になる方法はあると思う?」

 ユウはこの質問に何の意味があるのか疑問に思ったが何も聞かず、質問に答える。

「確かリコールってのがあったよね。その時の選挙でなら一年生も立候補できる」

「うーん、確かにそれもあったね。ならさ、入学前に生徒会長になる方法はあると思う?」

 ユウは一瞬シアンがふざけているのかと思ったが、しかしシアンの目は真剣そのものだった。

「僕は知らないよ。そんな方法があるのか?」

「うん。あるよ。前置きで話した初等科の上位五名の決定は冬休み中に決められるから。だからね、初等科の上位五名の生徒は会長になれるんだよ」

「つまり、そんな話をするってことは、生徒会長は初等科から上がってきた一年生なのか」

「うん、そうなんだ。生徒会長が一年生だとバレるとみんなが怪しむ。最悪初等科の存在が生徒全員に知られてしまう。だから正体を隠している」

「…ねぇ、シアン。どうして知っているんだ。初等科出の全員が知っているなんてことはないはずだ」

 ユウはその答えの見当はだいたいついていたが、あえてシアンに聞いた。彼女の口から直接聞きたかった。

 シアンはゆっくりと息を吐くと覚悟を決め、口を開いた。

「私が知っているのは、私が本人、生徒会長だから。今の生徒会のメンバーが少ないのは全部私のせいなんだ。正体もわからない人の下になんかつきたいと思う人なんかそうはいないよ」

 ユウは自嘲気味に喋るシアンを見てユウは小さなため息を吐いた。

「なぁ、シアン。生徒会長を嫌々やっているわけではないよな」

「もちろん。そんな気持ちじゃ生徒会長なんかやってられないよ。嫌だったら指名をはねのけてたよ」

 シアンは心外だ、という様子でそう言った。ユウはそんなシアンににこりと笑いかける。

「ならさ、自分を卑下する必要はないじゃないか。リコールが起きてないんだから信頼はされているってことなんだからさ。だから、自分がやっていることに自信を持ってもいいと思うよ」

「…ユウくん、ありがとう」

 そう言ったシアンが急に抱きついてきたのでユウは大きく動揺する。

「ちょっ、シアン!」

「少しだけこのままでいさせて」

 シアンの声がわずかにだが震えていた。ユウはシアンが泣きやむまで優しくシアンの髪をなで続けた。


「話を聞いてくれてありがとう、ユウくん。おかげですっきりしたよ」

 お店をでるとシアンは改めてユウに礼を言った。

「あ、そんな。気にしなくていいよ。夕食を奢ってもらったわけだしさ」

 ユウは割り勘にしようと言ったがシアンが全額払ってくれたのだ。

「シアン、よかったら寮まで送るよ」

「大丈夫。これからフェレと会う約束をしてるから、荷物は彼に運んでもらうよ」

「そっか。それじゃあまた明日だね」

「うん。今日はありがとう。楽しかったよ」

 シアンは去っていくユウの背中が見えなくなるまでそこから動かなかった。

「結局彼を生徒会に誘わなかったのですか」

 シアンが振り向くとフェレが物陰から出てきた。

「うん。今の私じゃあユウくんは誘えない。そんな資格、今の私にはないもん」

「資格ですか。それなら抗ってみますか。学園の意向に」

 フェレは普段と変わらぬ表情だったがシアンにはその言葉にわずかな重みを感じた。

「…今は無理だよ。まだ時期じゃないし、そんな勇気もない」

「ですか。まだまだ時間はありますしね。それでは私たちも戻りましょうか」

 フェレは話はこれで終わり、と寮の方角へ歩き始めた。

「待ってよ!荷物は持ってくれないの!」

「もちろんです。私は彼のように甘くはありませんから」

「意地悪!」

 フェレはシアンの悪態を完全に無視し、歩く速度を緩めなかった。フェレのことなんか放っておいてユウくんの申し出を受けとけば良かったな。そう後悔するシアンだった。


 ユウは寮に帰り着くと制服を脱ぎ、片付けようとしたところでポケットに封筒が入ったままだったことに気づいた。少し間違えれば明日制服を着るまで気づかなかったかもしれない。

 ユウは早速ハサミを使って開封した。中に入っていたのは三つ折りされた一枚の手紙だった。ユウは最初の一文を呼んで目を見開いた。

「オオラギ=レナ、アオノメ=ユウ、お前たち二人に決闘を申し込む」

 それはまさに果たし状の一文だった。


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