エピローグ
ユウとレナが治療を終え、病院を出たところでシアンが待っていた。
レナはシアンに気づくとピタリと足を止めた。
「久しぶり」
シアンはにこりと笑ったが、緊張しているのか、表情に硬さが見られる。
「そうだな」
レナの方も何を話せばいいかわからないらしく黙ってしまう。
「えっと、ユウくん。レナを借りてくね」
シアンはそう言うとレナの腕をつかんで引っ張った。
「ま、待て!私は…」
「いいからいいから」
シアンはレナの抵抗に構わず、引きずって行ってしまった。
「いやっほー、勝利おめでとう!」
ハイテンションな声にユウは振り返る。
「…ミッシェ、どうしたんだ?」
ミッシェはユウの反応に意外そうな顔をする
「あれ?空振ってしまいましたか?思った以上にテンションが低いんですね」
ミッシェはユウのテンションに合わせて言った。
「まあ、あれから随分とたったからね。ミッシェ、今日は一人?」
ユウがそう聞くとミッシェは膨れっ面をする。
「もちろん一人ですよ。私はいつも一人です。ユウさんの応援に来ない人なんかどうだっていいんです」
ミッシェはご立腹のようだった。
「やっぱりフレントさんは来なかったんだね」
「そうです。見る価値が無いなんて言うんです。フレントの鍛冶仕事のほうを見るほうが価値が無いと言ってあげてください」
「いや、僕はそんなこと思ってないから!」
「優しいですね」
ミッシェは感心した様子で言った。
「それは置いといて、さっきのはシアンさんとレナさんですよね。知り合いの知り合いといった感じはなさそうでしたが、いったいどういう関係なのでしょうか」
ミッシェは好奇心旺盛な眼差しを向ける。
「二人は親友どうしの関係だよ」
「親友ですか。いいですね。憧れちゃいますよ」
ミッシェは爛々と目を輝かせて言った。
「確かに羨ましい関係ではあるよね」
「ユウさんもそう思います?それなら私たちでそういう関係を作りましょう」
「そういうとはどういう?」
ユウが聞き返すとミッシェは、はぁとため息を吐いた。
「話の流れから察してください。親友ですよ。ユウさんは男と女の友情なんて信じないタイプの人間ですか」
「別にそういうわけでは無いけど…」
「それなら、今すぐ親友どうしになりましょう。もうキスも済みましたし」
「ちょっ、こんなところで何を暴露してるんだよ!てか、キャラが違いすぎだろ!!」
ユウが突っ込むとミッシェは徐々に冷静さを取り戻していった。
「ごめんなさい。私、どうかしていました」
ミッシェは恥ずかしいのか、顔を赤くし、頭を下げた。
「人通りは無いみたいだし、大丈夫だよ。気にしてないよ」
「ありがとうございます。えっと、今一度言わせてもらいますけど親友になりませんか」
どうやら冷静になってもその話は続けるらしい。
「親友は言葉でなれるようなものじゃないんじゃないか」
「そんなことはわかってます。私はユウさんとなら本当に親友どうしの関係になれる気がするんです。お願いします」
ユウはそこまで懇願されてうなずかない男ではなかった。
「わかった。僕たちは親友どうしだ」
「はい!」
ミッシェはこの前と同じように嬉しそうに笑った。
「随分と話し込んじゃいましたね。どこかお店に入りませんか」
「そうだな。人まず…」
ユウはそう言いかけ、こちらへとやってくる人影を見つけ言葉を切った。
ユウたちのところへやってきたのは息を切らしたイリアだった。
「リア、怪我の方は…」
「そんなものはどうでもいい!」
イリアはピシャリと遮る。
「ルートを見なかったか!病院の前にいたなら見ているはず」
イリアはユウの肩をがっしりとつかみ、言った。
「落ち着いてください。まずは何があったか説明してくれませんか。教えてくれなければどう答えていいかもわかりません」
ミッシェから見てもイリアが冷静ではないとわかるらしい。
イリアは誰だこいつ、という目を向けるもミッシェの言葉に一理あると思ったようで、イリアはユウの肩から手を離し、深呼吸をした。
「ルートが病室から消えた。まだ動き回れるはずがないのにな」
「病院の人は誰も見ていないのか?」
「聞いたが誰も見ていない。見ていたら止めていたはずだ。何せ決闘のせいで顔を知られているからな」
「なら、密かに、誰かに見つからないように出てったわけですね。イリアさん、彼を急いで見つけた方がいいかもしれません」
ミッシェは真剣味を帯びた、神妙な面持ちでそう言った。
「そこまで深刻なことなの?」
ユウはミッシェとイリアを順に見る。
「私はそう考えたくはないわ。落ち着いたルートを見たから。だけど何かきっかけがあれば別よ。あいつはなんだってする。そういう人だから。どうして私はルートから離れてしまったんだ!」
イリアはつらそうな顔で自らを責める。
「自分を責めてもしかたないよ。まずはケリクラを探そう。後悔するのは見つけてからでも遅くないさ」
「手伝ってくれるの?」
イリアは思ってもみなかった申し出らしかった。
「もちろんさ。敵対したのはもう昔さ。すまないけど、ミッシェも手伝ってくれないか」
「言われるまでもありません。人では多いことに越したことはありません。千羽鴉さん出てきてください」
ミッシェがお札を天にかざすとお札は一羽のカラスに変わった。
「使命はわかっていますね?お願いします」
「式神使いが粗いねー」
千羽鴉はそう苦言を言う。
「わかりましたから行ってください!」
ミッシェが強く言うと、逃げるように千羽鴉は飛び立った。
「今のは…」
イリアは不思議なものを見たような顔をしていた。一度見たことのあるユウでも納得いかない。いったいどういう仕組みなのか。
「式神です。これは内緒ですよ。それより私たちはレナさんを探しましょう」
「どうしてここでレナが?」
ユウにはさっぱりだ。
「それならわたしにもわかるわ。ルートが狙うとしたら負かしたユウかレナさんだと思うわ」
「そうか。そういえば誰かがそんなことを…」
そう、フェレが勝った後こそ気をつけろ、と言っていたではないか。あの後色々あったせいで、すっかり忘れていた。ユウは自分の甘さに内心溜息を吐く。
「三人いるわけだし、分かれて探した方がいいわ」
「だな。見つかっても見つからなくても一時間後にここに集合ってことで…」
ユウはそう言いかけたが、ミッシェに遮られる。
「待ってください。狙われているのはユウさんも一緒です。ユウさんを一人にするのは間違いです。ユウさんは私と一緒に行動しましょう。イリアさんはチーちゃんを連れて行ってください」
ミッシェの掌からイリアの肩にかわいらしいネズミが飛び乗った。これも式神なのだろう
「あ、うん。わかったわ」
イリアは微妙な表情でうなずいた。よくわからないものを連れていくのに抵抗があるらしい。
「なーなー」
チーちゃんは任せろといった風に鳴いてみせた。
「それじゃあ行こう!」
ユウとミッシェ、イリアとチーちゃんはそれぞれの方角へと走り出した。
「結構話し込んじゃいましたし、そこまで遠くに行っていなければいいんですけど」
「まずはレナとシアンが行きそうな場所を探そう」
「そうですね」
お互いうなずき合うと足を早めた。しかし、すぐに首根っこをつかまれ止められた。
「おいおい、先輩にあいさつ無しとは感心しないな」
「すみません。えっと、誰でしたっけ」
ユウは急いでいたこともあって、深く考えもせずにそう聞いてしまった。
二年の生徒は大きなショックを受けたようで、一瞬動きを停止する。
「俺は生徒会庶務、ラルだ」
ユウは名乗られてすぐに思い出した。
「生徒会庶務でしたね」
「だからそう言っているだろ」
ラルは今にも泣きそうである。
「すみません。ラル先輩、シアンを見ませんでした?」
「会長か?そういえばさっき会ったな。シアンは正体を知られちまったからな。人がいない場所に行くとか言っていたな」
いきなりのことだったがラルは普通に答えてくれた。
「ありがとうございます」
ユウは礼を言いながら走り出した。
「おい!」
ユウはラルが止めても止まらなかった。
「あのやり取りだけで何かわかったんですか」
ミッシェはユウの横に並び、聞いた。
「ああ。二人がいるのはたぶん時計塔だ」
「学園街のシンボルであるあれですか。あそこは人がいっぱい通りますよ?人の目を避けるのなら逆効果ではありませんか」
「そう思うだろうけど実は内部の方は安全なんだ。時計塔の中は関係者以外立ち入り禁止の禁踏区域に指定されているからね」
「あの中って入れるようになっていたんですね。ですが禁踏区域ならシアンさんも入れないのでは?」
「それがそうでもないんだ。生徒会長は学園で理事会を除けば一番偉い立場だからね。関係者として中に入れるんだ。この話はシアンから聞いたんだけど」
「なるほど。わかりました。イリアさんにも式神を通して…!」
ミッシェは言葉の途中で目を見開いた。
「どうした?」
「どうやらユウさんの予想は的中したみたいです。ケリクラさんを発見しました。場所は時計塔です」
「よし、急ごう!」
ユウとミッシェは今まで以上に足を早めた。
「シアン!」
ユウとミッシェが時計塔に到着したが、そこでシアンが倒れていた。
ユウは急いで駆け寄り、シアンを抱き起こした。
「おい、シアン!」
「シアンさん!」
二人が何度も呼びかけるとシアンは目を開いた。
「ユウくん?」
シアンはぱちくりとまばたきをする。
「シアン、なにがあったんだ!レナは…!」
「そうだ!助けに行かないと…」
シアンは立ち上がろうとして右手に激痛が走る。
「うっ!」
シアンはすぐに右手を隠そうとしたがその前にユウがシアンの右腕をつかんだ。
「ひどい傷です!」
シアンの右手は痛々しいほど傷付いていた。ユウは近くにシアンの魔装があることに気づく。
「もしかして、その体で戦ったのか!?」
シアンは珍しくユウから目をそらした。ユウははぁと、ひとつため息をはつく。
「ミッシェ、すまないけどシアンを頼む」
ユウは立ち上がりそう言った。
「ユウくん、私も…!」
シアンがそう言いかけたのをミッシェが口を手で塞いで止めた。
「ダメですよ、シアンさん」
ミッシェが止めるも、シアンは抵抗する。
「シアン、気持はわかるけど今は僕に任せてくれ。残念だけど今のシアンじゃ何もできないよ」
ユウは止めるため、事実を告げた。
「…わかった。レナをお願い!」
シアンは悔しそうに表情をゆがめ、頭をさげた。
「もちろん、任せてよ」
ユウは力強くうなずいた。
「ユウさん、千羽鴉さんを連れて行ってください。彼のところまで導いてくれるでしょう。それと私はシアンさんの治療をし、イリアさんと合流して向かいますから、それまで持ちこたえてください」
「巻き込んでごめん、ミッシェ」
「いいえ、困った時はお互い様です」
ミッシェはそう言って笑った。
「ありがとうミッシェ。それじゃあ、行ってくるよ」
ユウは時計塔から飛び出していった。
ルートが待ち構えていたのは学園街から大分離れたところにある、寂れた教会だった。昔は美しかったのだろうけれど今は見る影もない。
「よく来た!アオノメ=ユウ!」
ルートは十字架の前に置かれた椅子に優雅に座っていた。
「レナはどこだ!」
「どこだったかなー。少し目線を上げてみたらいいんじゃないか」
ルートは上を差して言った。
ユウは言われたとおり目線を上げる。レナはなんと十字架の中央に十字架に半ば融合した状態で拘束されていた。彼女の目は閉じられ、眠っているようだ。
「レナ!」
「呼びかけても無駄さ。お姫様はお休みの時間だ。彼女を助けたいのなら俺を倒すんだな!」
ルートは腰から漆黒の杖を抜いた。その杖は決闘の時にはなかった物だ。
「我が僕となりて蘇れ!オーガス」
ユウは床に亀裂が入ったのを見て、すぐに後ろに飛んだ。
床を破って大きな手が突き出し、さらには頭、体と出てきた。
「これは、巨人!」
ユウの背の三倍以上ある、鎧を身に纏った大男が姿を現した。
ユウはそれを見ていつかシアンがルートのことをネクロマンサーと呼んでいたことを思い出す。
「お前も聞いたことぐらいはあるだろう。村を襲い、食べ物を略奪する闇の僕、オークの王それがオーガスだ!」
「おおおおおおおお!」
オーガスが叫ぶとオーガスが這い出てきた穴が音をたてて塞がった。
「そいつをぶっ潰せ、オーガス!!」
オーガスはルートの命令に従い、腕を振り下ろしてきた。
ユウはオーガスの拳を左に飛んでかわす。
オーガスの拳は床を叩いたが床は無傷だった。
あの威力なら床を突き破っていてもおかしくないはずである。
ユウは次の攻撃をかわすと入口に向かって走った。そして扉のところに来るとできるだけ高く飛び上る。
ドスン
オーガスの拳は扉に当たったが、扉はびくともしなかった。
オーガスの腕に着地したユウはすぐさま飛び降り、オーガスから離れる。
「よけてばかりじゃ倒せないぞ!?」
ユウはルートの言葉に反応せず、頭を働かせる。
オーガスの一撃を受けて扉がびくともしなかったところを見ると、この状況を自分でどうにかするしかないのは明らかだ。
確かオーガスを退治したのは学園を出たばかりの勇者だったはずだ。どうやって倒したのだったか。
ユウは次に来たオーガスのパンチをよけず、剣と魔法の盾を併用して守る。どうにか守りきりはしたが魔法の盾に大きなひびが入る。
「こんなのを受けたら一撃でダウンだな」
オーガスは殴るだけでは倒せないと気づいたのか、今度はユウを踏み潰そうとしてきた。しかし、足は何もないところを踏みつけた。
「直接術者を叩く!」
魔法を利用し、オーガスを抜き去ったユウは、真っ直ぐルートを狙う。刃引きされた剣ではあんなのを倒せるわけがない。
「なんだ。倒せないとあきらめたか。やれ」
ユウを影がおおいつくした。ユウは、はっとして振り返る。
こんなに速く…。
ユウはどうにか剣を盾にするが殴り飛ばされ、ルートの横の壁に激突する。
「危ない危ない。飛ばす方を考えるべきだったな」
ルートはユウに近づき、杖で力いっぱいユウを殴った。
「そういえば、決闘でのダメージが残っていたんだったな。大丈夫か?」
ルートは嫌みったらしくそう言い、再び杖を振り下ろした。それをユウは片手で受け止めた。
「随分小さい男になったね。今のお前をリアが見たらなんて思うか…」
「…人がどう思おうが関係ないね。揺すろうとしても無駄…」
「マナボルト!」
ユウが放った電流をルートは体を反らしてかわした。
「アオノメ=ユウ、君は物真似が大好きみたいだな。人の魔法を盗むのが趣味なのか?」
ルートはユウの服の襟を掴み、持ち上げた。
「さて、どうしてやろうか。オーガスの餌にでもなってみるか?」
ルートはユウをオーガスの方へ蹴り飛ばした。ユウは転がり、オーガスの前に倒れる。
オーガスはユウを見下ろして残忍に笑った。
「黒金の剛鎖」
なんとオーガスの体に真っ黒な鎖が巻きつき、拘束したではないか。
「これは!」
ルートはもしやと思い、上を見上げた。
「ルート、ユウのことを甘く見すぎたな」
レナは右手以外は十字架に拘束されたままだったが目を開いてルートを見下ろしていた。
「なぜ目覚めることができた!いったい何をした!」
「何をしたか。それはケリクラも見ていたよね。僕が魔法を放つのをさ」
ユウはゆっくりと立ち上がり、そう言った。
「さっきのあれはマナボルトではなかったというのか!」
ルートは怒りを露わにして叫ぶ。
「ユウ!私の力を受け取れ!」
レナが放った黒き流星がユウの剣にぶつかる。
「これは…」
ユウの剣黒い光を放ち始め、徐々に形を変え始める。
「オーガス!」
オーガスはルートの声に応え、鎖を引きちぎってユウを叩き潰そうと拳を振り下ろした。
ガコン
オーガスの拳はユウの剣によって軽々しく受け止められていた。
「そんなモノか」
残念だ、という風にユウは肩をすくめる。
剣だけじゃなく、ユウの服装すらも変わっていた。色は黒一色で、大きなマントを羽織っていた。
「確か眉間が弱点だったな」
ユウはオーガスの拳を押し返すとオーガスの頭上まで一気に飛び上がった。
「シールドを…」
「おせーよ。魔王の一閃」
ユウはオーガスに向かって剣を振り下ろした。
「うがっ…」
オーガスの体は真っ二つにきれいに割れた。
「あれ、眉間とか関係なかったな」
「ユウーーーー!!」
黒い稲妻が四方八方から着地したユウを襲う。
「大した威力だな。殺す気かよ」
ルートの横にいつの間にか平然とした顔でユウがいた。
「ふ、ふざけるなー!」
ルートが振り下ろした杖をユウはがっしりと受け止めた。
「諦めろ、お前の負けだ」
ユウはルートの持つ杖をぶった切った。
「まだ負けてなど…!」
「いい加減にしろ!!」
ユウはルート顔面をぶん殴った。
「こんなことして何になる。誰かを悲しませてまで得る勝利に何の意味がある!ちゃんと周りを見やがれ!!」
「意味はある。勝つこと自体に意味がある!俺は勝たなきゃいけないんだ!!」
ルートはユウの顔を殴り返した。
「…ルート、去年お前は学んだはずだ。勝つだけじゃ何の意味もないことを」
自力で拘束を解いたレナはそう言ってルートの肩に手を置いた。
「くっ…」
「リアが待ってる。戻ろう」
ユウはそう言って手を差し伸べる。
ルートはその手を掴もうとした。
「なんや。つまらん幕引きやな」
それをそんな声が遮った。
最初からそこにいたかのようにローブの人が柱に寄りかかっていた。
「せっかくチャンスをあげたんやけどこんなんやとテンションがた落ちやわ」
「何者だ、貴様!?」
レナはローブの人をにらむ。
「悲しいこと言うやないか。覚えてへんのか。これ見ればわかるんやないか」
ローブの人の背中から悪魔のような翼と悪魔のような尻尾が生えた。
「お前はまさか、サキュバスか!」
「そうや。今は完全なサキュバスではないんやけどな」
サキュバスはフードを下ろし、素顔をさらした。
「誰だ、お前は?」
レナはサキュバスの顔を見て首を傾げた。
サキュバスは妙齢の美しい女性の顔をしていた。
「肉体が滅んだうちはこの通り、人様の体をいただいてこうして存在しているわけなんや。魂を一部融合したせいでこんなしゃべり方になってんやわ。同情してもええんよ」
「そんなことより、目的はなんなんだ」
ユウは話に割って入った。
「なんや、感動の再開に水を注すんか」
「そんなものじゃ断じてないがな」
レナは冷たく言い放った。
「悲しいなー」
「ルートをそそのかしたのはお前なんだな、サキュバス」
レナはいきなり核心を突く。
「あは、せやけど、何があるん?」
ユウはサキュバスがそう言った瞬間一気に距離を詰め、サキュバスの首に剣を突きつけた。
「お前を警備に突き出す!」
「怖いなー。それは良い判断とは言えへんよ」
サキュバスはユウの剣をつかむとユウの腹を殴った。
そしてサキュバスは一瞬でレナとルートの間に移動すると二人をつかみ、投げ飛ばした。
「うちをなめとるんやないか。姫さまが知ってうちとは根本から違うんよ」
サキュバスはそう言い、残忍に笑った。
「九蛇の神影よ。闇を絡め、封じ込めよ。九蛇羅の陣」
サキュバスの足下に九匹の蛇の紋が現れる。
「風牙一閃」
サキュバスを風をまとった剣が切り裂き、吹き飛ばした。
「大丈夫ですか、皆さん」
ミッシェはユウを助け起こしながら聞く。
「危ないところだったな」
フレントは剣を構え、警戒する。
「フレントさんも戦えたんだね」
「ほっとけ」
フレントはユウの姿に顔をしかめたが、特に何も聞くことはしなかった。
「ルート、無事だったんだね」
イリアはルートを助け起こす。
「ごめん。迷惑ばかりかけたな」
「後でいろいろと埋め合わせさせてもらうから」
イリアの言葉にルートは笑った。
「後からごちゃごちゃ来んなや。しゃあない、今回は引かせてもらうわな。教師陣も来そうやしな」
サキュバスを闇が包み込み、その姿をかき消した。
「待て、サキュバス!お前は…!」
「もう届いていません。完全に逃げられたみたいです」
ミッシェはふうと息を吐いた。
「誰かが駆けつける前に失礼させていただきますね。後はお願いします」
ミッシェはフレントと共に出て行こうとした所にユウは声をかける。
「ミッシェ、助けてくれてありがとう」
「約束ですから」
ミッシェはそう言うとそそくさと去っていった。
「それはそうと、随分奇抜な格好をしているわね」
イリアはじっとユウの服装を見る。
「多分これは…」
パシャン
霊装化の影響だと言おうとユウはしたがその前にガラスが砕けるような音と共に服は元の制服に、剣は元の形へと戻った。
「あれ…」
ユウは突如として視界が揺らぎ、そのまま深い眠りへと引き込まれていった。
転
「本当に残念でしたね。結局魔法科の授業には二週間ぐらいしか出られませんでしたね」
何故かユウの病室にフェレがいた。
「そういえば、今日で通院も最後でしたね。泊まりがけの検査でも問題はないのですよね」
「それを今から聞くんだ。それより僕に何かようか。まさか見舞いだなんて言わないよな」
今日退院(予定)なのに見舞われてもこっちが困る。
「もちろん言いません。知りたがると思って事後報告に来たのです。ケリクラくんは謹慎だけで済むらしいです」
「それは良かった。サキュバスの方は…」
「残念ながら足跡一つ発見することができませんでした」
フェレは不甲斐ないと頭を下げた。
あの事件の後の一ヶ月はいろいろなことがあったらしい。らしいとしか言えないのはユウが二週間近く眠っていたからだ。だから半分以上は人から聞いた話だ。
ユウが倒れた少し後に教師陣が到着し、ユウは病院へ運ばれ、ルートは身柄を拘束され、罰の内容が決まるまでの間として謹慎を言い渡された。
真の意味で生徒会長となったシアンや生徒会書記となったレナ(これにはユウも大いに驚いた)たち生徒会によって一部の情報を伏せて事件の内容を全校生徒に話した。それに加え、学園の守護が見直され、より強固なものとなった。これでサキュバスも手出しをしにくくなっただろう。
ユウが目覚めた後、すぐにやってきていろいろと説明してくれたのはイリアだった。イリアが泣いたりといろいろあったが彼女のためにもここは割愛する。
魔装の霊装化はあの一戦以来することができなかった。フレントに相談してみたが彼にもさっぱりだった。レナは何か知っていそうだったがなかなか二人きりになれず、今でも聞けずじまいだ。
ユウはオーガスの一撃のせいで大怪我をしていたわけだが、どうにか登校することは許された。しかし、魔法科の実技授業への参加は禁じられ、残りの魔法科の授業をロンベール先生と一対一の教科書漬けという悲しい時間を過ごすこととなった。
「ユウさん、ルートくんがサキュバスから渡されたという黒い杖が何かわかりました。魔装に限りなく近いので魔装の一種だということです」
フェレは去り際に思い出したようにそう言った。
「魔装の一種?」
「ええ。不完全で安定した物ではなかったようですが。そういえばレナさんからの伝言です。すべてを終わらせたら例の場所に来い。大事な話があるとのことです。それでは」
フェレはユウが何かを聞く前に病室から出て行った。
「大事な話か」
大事な話で一つ思い出したことがあったので診断の結果(問題ないとのこと)を聞くと急いで病院を出た。
「どうやってここを知った?」
ノックをすると出てきたルートはユウを見ると不機嫌そうに顔をしかめた。
「病院の先生に聞いたんだ。それにしても学園内に家を持っているんだね」
「レナも一軒家に住んでいるがな」
ユウには初耳な情報だった。
「そんなの一度も聞いたことがないよ」
「…で、謹慎中の俺に何のようだ?」
ルートはため息と共にそう聞いてきた。
「前に言っただろ。終わったら話をしようってさ」
「なんだ、覚えていたんだな。このまま忘れてくれれば良かったんだけどね」
ルートは仕方なしといった様子でユウを中に招き入れた。
「ここに一人で住んでいるの?」
「いや。メイド、ボーイそれぞれ十人ずついる」
「えっ、うそ!」
「冗談だ。さすがに息が詰まる。いるのはメイドが一人だけだ」
「えっ、メイドがいるの!ケリクラはお坊ちゃまなのか」
ルートはその言い方が気に入らなかったらしく不機嫌そうな顔をする。
「昔の話だ。とっくの昔に縁は切っている」
「じゃあ今は絶縁状態ってこと?」
ルートの言葉にユウは信じられないという顔をして聞いた。
「いろいろあったんだ。それより座ったらどうだ。それとも立ったまま話をするか?」
ルートは椅子に腰を下ろしながら言った。
「あ、いや、座るよ」
どれくらい長くなるかもわからないのにそれはつらい。なのでユウはすぐにルートの向かいの椅子に座った。
コンコン
ノックの後に一人のメイドが部屋に入ってきた。
「!」
メイドがユウの顔を見るなり俯いた。
ユウが何かしたかとルートに無言で聞いてみるとルートは肩をすくめた。
メイドは無言で湯飲みにお茶を注ぐと足早で部屋から出て行った。その際の一礼も忘れなかった。
「今のがメイドさんか」
「ああ。その通りだ」
そう応えたルートの頬がわずかに引きつっていた気がするが気のせいだろうか。
「それより言いたいことがあるのだろう。決闘前にそう言っていたはずだ」
「それはケリクラも一緒だよね」
ユウがそう混ぜ返すとルートはため息を吐いた。
「今になって話すのは嫌だが、聞くだけ聞くといい。レナに関わるのはやめた方がいい。よくないことに巻き込まれる」
「それって予知か何か?」
「…似たようなものだね。サキュバスと接触してよくわかったはずだ」
「いいよ、別に巻き込まれても。逆にその方がいいかもしれない」
「利用されているだけだとしても?」
「もちろん」
ユウは迷いなく、うなずいた。利用されていることは最初からわかっている。
「やはりな。何を言おうが君の考えは変わらないことはわかっていたよ」
ルートはお茶を飲んで喉を潤す。
「次は君の番だ。今さら聞く意味があるかわかんないけどな」
「単刀直入に言えばレナと和解して欲しい。それが僕が言いたいことだ」
ルートは乾いた笑い声をあげた。
「残念ながらそれは難しいな。何があったか君は知らないだろ?」
「確かにその通りだよ。でもこれだけは言わせてよ。魔王とシアンは違うよ」
ルートは今度は笑うことはせずにため息を吐いた。
「そう割り切れるほど強くないさ。だから和解は不可能だ。そこは諦めろ。だが、手を出すことはやめよう。今回のことで学んだ。魔法科からお前らも消えることだしな」
「どうしてそれを?」
ルートはニヤリと笑い答える。
「人の口に戸は立てられない、ということだ。さあ、もう用事は済んだだろう」
ルートは立ち上げると部屋のドアを開ける。帰れ、ということらしい。
「わかったよ。時々遊びにい…」
「だめだ」
ルートはピシャリと遮った。
「…それならせめて僕の部屋に遊びに来てよ。イリアと一緒にさ」
ユウは寮名と部屋番号を紙に書いてルートに差し出した。
ルートは考えるように沈黙した後、その紙を受け取った。
「気が向いたら行ってやるよ」
「ありがとう。さっきのメイドさんにお茶をありがとうって伝えといてよ」
ユウはそう言い残し、ルートの家から出て行った。
「…だとさ」
ルートは扉の陰に隠れていたメイド、イリアに声をかけた。
「相手がユウなら先に言って欲しかったな。危うくばれるところだったわ」
イリアは不機嫌にそう言った。
ユウはルートの家を出たところでシアンに捕まった。
「どうして僕がここにいると?」
「ユウくんの行動を読むなんて簡単なことだよ」
シアンは笑顔でそんなことを言った。これは恐ろしすぎる。もしかしてこれからレナに会いに行くこともばれているのかもしれない
「お見舞いに行けなくてごめんね。がんばって時間を作ろうとしたんだけど…」
「別に気にしてないよ。忙しいのはわかっていたし、代理も来たしね」
「そっか。えっとユウくん、あの時私を止めてくれてありがとう。おかげでたいしたことにはならなかったよ。お医者さんには怒られたけどね」
「どういたしまして。もしかして礼を言うためだけにここまで?」
「ためだけになんて言わないでよ。私がバカみたいでしょ。お礼は結構大事なことだよ。それじゃあユウくん、今の仕事が片付いたら何かおごらせてね」
「ああ、楽しみにしとくよ」
ユウはシアンが走っていくのを立ち止まって見送った。
「例の場所を探さないとな」
「よくここがわかったな」
「…二十箇所ぐらい回ったけどね」
ユウは息を整えて言った。
ユウとレナがいるのは魔法館の「屋根の上」という名の屋上だった。
「二十か。思ったより少ないな」
いかにも残念だというふうにレナは言った。
どうやらもっと走らせたかったらしい。いったいどういういじめか。
「いろいろ言いたいことはあるけど時間のことを考えて一つだけ言わせてくれ」
「ダメだ」
どうやら文句すら言わせるきはないらしい。
「時間的にはちょうどいいか」
詳しい時間はわからないが空は真っ黒だ。
「こんなところに呼び出して何をするつもりなんだ?
レナはずっとユウに背を向けていたがここで振り返った。
「ユウに何かお礼をしようと思ってな」
「お礼?」
「いろいろとユウには助けてもらったからな。ひとまずは街の方を見ろ」
「街の方には何も…」
その時、夜空にいくつものカラフルな花火が打ち上がった。
「まだ夏には早いが綺麗だろう」
「うん、花火を見るのは久しぶりだよ」
最後に見たのはいつだったか。思いだせないくらい昔だ。
「喜んでくれて良かった。夏にはこの何倍もの花火が揚げられる。楽しみにしておけ」
「何倍も!」
それには驚きだ。
「それはそうとお前に聞きたいと思っていたことがある」
「僕に?」
「ああ。ユウは魔王になるために魔王育成科に入ったわけではないのだろう?」
「…確かにその通りだよ。僕は勇者になる足がかりとするために入ったんだ。まあ、入れさせられたと言ったほうが正しいけどね」
ユウは偽りなくそう答えた。
「そうか。これでユウが勇者の才覚を時に見せる理由がわかった」
「才覚?」
「ああ。本物の勇者に会ったことがある私が言うのだから間違いない」
レナはフッと笑ったがその笑みに哀愁が帯びている気がした。
「そういえば、魔装の霊装化ができないらしいな」
レナは話を避けるように話題を変えた。
「うん。いったいどうして霊装化できたのか僕にはさっぱりわからないんだ」
「…ユウ、これは私の推測だが、お前の魔装は他人の魔力を吸収し、霊装化するのだと思う。もちろんいくつか条件があるのだとは思うがな」
ユウはそれを聞いて剣を抜く。
「他人の力で霊装化…。ねぇレナ。それにいつ気づいたんだ?あの時にはもう気づいていたんだよな」
そうじゃなきゃ、あの場面で力を与えるなんてことをするはずがない。
「可能性に気づいた、ぐらいだ。いつかと言えば魔法を吸収する力がお前の力だと聞いた時だ。私はその力を知識として知っていた。昔、私の父が話していた」
「それって…」
「あまり、気にする必要はないと私は思う。今のところはだがな」
ユウはまだレナは何か隠しているのではと思ったが問い詰めようとは思わなかった。
そのとき一際大きな花火が夜空を照らした。
「そろそろ時間か。ユウ、行くぞ」
レナは振り返り、言った。
「行くってどこに?」
「花火をここにいる私が揚げられると思うのか?」
「いや…」
「ならわかるだろう。仲間のところへだ」
レナは仲間の部分を照れくさそうに言った。
「なあ、レナ」
屋根の上から降りようとしたレナにユウは声をかけた。
「何だ?」
「…いや、何でもない」
ユウは呼び止めたものの何を言っていいかわからず、結局何も言えなかった。
「変な奴だな」
ユウは急に自分が何かを忘れているのではないかという思いが沸き起こる。
「何をしている。行くぞ!」
ユウは下から聞こえレナの声に我に返る。
「ごめん!すぐ行く!」
ユウは不思議な思いを振り払い、梯子を降りていった。