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動機(モーティブ)

 監獄の牢を照らすのは、魔道具の仄かな明かりのみ。

 ミラは生まれてこの方、これほど長い間日の光を浴びず過ごしたことは無かった。


 ミラの表情は晴れない。

 突然日常を奪われ、監獄に閉じ込められた境遇を考えれば、それも当然のことだろう。


 しかし、ミラの不安材料はそれだけではなかった。


 隣の独房の囚人--ラムと共に計画した脱獄計画。

 それは、牢を抜け出すという第一段階でさえ、死の危険を伴う無謀と言える計画だった。


「……ミラ、不安か?俺から言えることがあるとすりゃ、今のミラに必要なのは『脱獄しなきゃならない理由』を見つけることだと思うぜ。今のミラの動機は、有り体に言えば『自由』のためだろ?それだけじゃ弱い。もっと具体的で強烈なやつが要る。一番分かりやすいので言やぁ……『復讐』とかな」


 牢と牢の間を壁に隔てられているラムは、脱獄用に掘った壁の小さな穴から、声だけでミラを説得する。


「……復讐?」


「あぁ、そうだ。王子が憎いんじゃねえのか?理不尽に自由を奪われて、復讐してやりてえとは思わないのか?」


「……憎い、憎いわ。でも……相手は王子様なのよ?」


「ああん?まだ、そんな考えしてんのか?……いいか、もしも俺らが脱獄に成功したとして、外に出たら俺達はお尋ね者って訳だ。もう王国にはいられねえかもしんねえ。それなのに、王子だ王族だなんて義理は関係ねえだろ」


「そっか……そうよね……」


(そっか……もう私に帰る場所は無いんだ。脱獄できたとしても、ギルマスにも、アレンにも、私が今まで知り合った人たちみんなとも、二度と会えないかもしれない。一生、追手に怯えて暮らさなきゃいけないかもしれない。あぁ……もう滅茶苦茶!それもこれも、全部アイツのせいだ。全部あの王子のせい。人の人生を滅茶苦茶にしておいて、気にも留めてないにきまってる。今頃、のうのうと贅沢な暮らしをしてるんだ!)


 ミラの肩がワナワナと震える。

 その感情は恐怖ではなく、胸の奥から湧き立つような黒い怒りだ。


「ミラはどうしたいんだ?実現可能かどうかは、この際どうだっていい。復讐する気持ちはあるのか?」


 ラムの問いに、ミラは目を瞑って考える。

 そして、ありのままの言葉を口にした。


「私は……あの王子を……私と同じ目に合わせてやりたい。いつか、アイツをひっ捕らえて監獄にぶち込んでやりたい。あははっ……そうでもしなきゃ、アイツに私の気持ちが分からないでしょ?」


「……そうか、そりゃいいな!その意気だぜ!忘れるなよ、これだってミラの生きる目的の一つだ。生死の境を彷徨った時、生きる目的を持ってるやつは強いんだ」


「……うん」


 ミラは胸の内が少しだけスッとした。


(復讐のために生きるなんて、正直気が進まない。でも、やられっぱなしじゃ悔しすぎるもの。一方的にこんな仕打ちをされて、このまま泣き寝入りでいい訳ない!)


「なによりも、俺の脱獄の為には、ミラに死んでもらっちゃ困るからな」


「ふふふ、正直なのね」


(わざと、こういう言い方してくれてるのかな)


「ああそうさ、俺は脱獄してえんだ。故郷が気がかりなのも本当の話だけどよ、何より、こんなとこでくたばりたくねえ」


「そうね、私も同じかも。こんなところで人生を無駄にしたくない」


 決意表明をしただけで勇気が湧いてくるほど、人間は単純にできていない。

 特に、死の恐怖に立ち向かうとなれば尚更だ。

 しかし、突然監獄に入れられてまだ日が浅いミラは、その非日常感から、少なからず感情が麻痺していた。


「もう震えは止まったようだな」


「うん、もう大丈夫。でさ……さっきの話だけど。やっぱり、復讐って柄じゃないんだよね。もちろん、悔しいからやり返してやりたいって気持ちは本物よ。だけどそれより、私はもう一度みんなに会いたい」


 ミラはアレンやセウス、ギルドの同僚や冒険者たちの顔を思い浮かべる。


(みんなに、もう一度会いたい。せめて、ちゃんとしたお別れをしたい)


「ほぅ、それはそれでいいと思うぜ。その気持ちを大事にしろよな」


 ラムはしみじみと言った。

 己に重ね合わせているのかもしれない。


「ありがとう。それでね、私が死んだフリで牢を抜けるって計画、採用しよ。でも、もっと計画を詰めなきゃ。なんなら、牢を出た後の方が大変だと思うわ」


「わはは、さっきまで震えてたやつが言うじゃねえか。だが、そのとおりだ。しかもミラには大役があるぞ。鍵を見つけて、俺の牢を開けに戻って来てもらわないといけねえからな」


「うん、そうだね……」


(私がラムを見捨てて逃げ出す可能性があるってこと、ラムはどう思ってるんだろ?これだけ助けてもらってて、そんなことするつもりはないけど……)


「ん?今俺を見捨てて逃げようって考えただろ?」


(鋭い!)


「いや、そんなこと考えないよ!」


「う~ん……まぁいい。ただ、覚えておけ。ミラだけじゃ脱獄は無理だ」


「分かってるわよ」


「ここは監獄、当たり前だが警備は厳重だ。どれだけ隠密行動しようと、少なくとも監獄の敷地外に出ようとする時にゃ、看守に見つかって戦闘になる場面がある。その時に魔法も使えない、固有技能ギフトも戦闘向きじゃないミラじゃ、どうあがいても突破できねえ。その点、俺は強い。素手でもその辺の看守なら圧倒できるし、なんでもいいから武器が手に入ったら、多対一でも余裕でいける!俺を牢から出すことを第一に考えろよ、それが脱獄成功の近道だぜ」


(たしかに、戦闘になったら勝ち目はないわ。そこはラムを頼らざるを得ない)


「……そうよね。ただその話だと、武器を調達しないと」


「そこは課題だが、ミラの固有技能ギフトで何とかならねえか?」


「ごめんなさい、あまり大きなものは複製できないの。もし看守の装備に短剣があるなら、複製して調達できるかもしれないけど」


「そうか、だが大きな危険を冒してまで調達する必要はねえ。最悪、スープの匙で何とかする」


(え?本気?)


 冗談のような話だが、ラムの口調は冗談で言っている雰囲気ではなかった。

 大事な脱獄計画の話で、紛らわしい嘘を言う意味もない。


 味方にすると心強いが、もしも敵にすれば空恐ろしいと考えてしまうミラであった。

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