決断(ディシジョン)
〈sideアレン〉
とあるダンジョンの完全攻略を成し遂げた冒険者アレンは、仲間たちと共に堂々と凱旋するつもりだった。
アレンは、冒険者ギルドの扉を勢いよく開けた。
その第一声で、偉業達成を高々と知らせようとセリフを準備していたアレンは、目に飛び込んできたギルド内の様子に驚きを隠せない。
「は?」
時刻は夕刻を過ぎて月明かりが照らす頃。
冒険者が達成報告しに来るには遅い時間であるものの、酒の席が併設されたギルド内は、いつもならそこそこ賑わっている時間帯だった。
それが、ギルド内に誰もいない。
今まで見たことのない異常な光景だった。
「おい、アレン。どうなってるんだ?」
「もしかして、今日ギルド休み?」
「ギルドが休みなんて聞いたことねえよ」
アレンと同じパーティーの3人の仲間たちにも、その異常さに反応する。
しかし、アレンはその言葉に返答する余裕を失っていた。
アレンは、今朝感じた不吉な予感を思い出していた。
(思えば、今朝のアレは俺の固有技能"超直感"が知らせてたんじゃないのか?まさか、ミラに何かあったんじゃ?クソッ!)
「おい、ミラ!いないのか、ミラ!」
100歩譲って、冒険者が誰もいないことはあり得る。
だが、職員の姿まで見えないのはどういうことか。
「おぉおぉ、やっぱり真っ先に気になるのはミラちゃんのことか、熱いね~」
「分かりやすいやつだなぁ、アレンは」
「はやく付き合っちゃえばいいのに」
仲間たちのからかいは、もはやアレンには聞こえていない。
アレンは無人の窓口カウンターを飛び越えて、職員用通路をズンズンと進んでいった。
「ギルマス!いますか!」
そう言うや否や、アレンはギルドマスターの執務室の扉を勢いよく開けた。
「おお、戻ってきたか、アレン君」
「あぁ、いらっしゃったんですか。失礼しました。ダンジョン攻略を達成し、その報告に参ったのですが」
「そうか、それはおめでとう。実にめでたいことじゃ」
「ありがとうございます。ところで、ギルド内に人が誰もいないのは一体?」
ギルドマスターのセウスは、息を短く吸い、自らの襟を正した。
「その件で、ワシからもアレン君に話したいと思っておったところじゃ」
セウスの只ならぬ様子に、アレンは気を引き締める。
「順を追って話そう。今日アレン君が去った後、ギルドに王子殿下が訪れたのじゃ」
「王子!?……殿下がですか!?」
その話は出だしからして、アレンの予想の斜め上を行っていた。
「あれは第三王子のクリフ殿下じゃった。おそらく、お忍びで来なさったのじゃろう。事前には何も聞いておらなんだ。それで、クリフ殿下は、冒険者登録がしたいと申し出なさったのじゃ」
「冒険者登録?王族がそんなこと可能なのでしょうか?」
アレンは当然の疑問を口にした。
(貴族ができないってのは聞いたことあるけど、だったら王族だって無理だろ?いや、王族ができないってルールは聞いたことないけど……)
「前例は無いが、規約上は禁止しておらぬ故、不可能とまではいかないじゃろう。ただし、高度に政治的な話じゃ。少なくとも、ワシ一人で判断できることではないのぅ」
「なるほど、たしかにそうですね」
「うむ。しかし、まだ15になったばかりのクリフ殿下には、その辺りのことを理解していただけなかったのじゃ。受付の窓口で癇癪を起こされ、"黄金の魔力"を解放されたのじゃ」
「ごくり」
と、アレンは息を呑んだ。
アレンはかつて、魔法学校で"黄金の魔力"の何たるかを学んだ。
それは王族のみに許された強力無比な魔法であり、平民の魔法使いのそれとは比較にならないほどだ。
それは、王族を王族たらしめているものと言っても過言ではない。
「だから、ギルドには今誰もいないと」
「そういうことじゃ。幸い、死者は出なかったが、ギルドにいた者は皆気絶し、今は病院で寝ておる」
「分かりました。じゃあ、ミラもそこにいるってことですね?」
「いや……」
セウスは言い淀んだ。
アレンはセウスの表情を見て、事態はより深刻なのだと直感した。
「ミラはその時、偶然クリフ殿下の受付をしておったのじゃ。そして、クリフ殿下の怒りの矛先となってしまったようじゃ。クリフ殿下は、ミラに『不敬罪』を告げられたのじゃ」
「不敬罪!?ちょっと待ってください、じゃあ今ミラは?」
「今頃は監獄に連れていかれておるじゃろう」
「そんな馬鹿な!」
アレンは声を荒げる。
「お忍びで来てたんでしょう!?それで不敬罪なんて、無茶苦茶だ!」
「ワシも今回の件は正式に抗議しようと思っておる」
「ハッ!抗議!?何を悠長なことを!?大体、あなたがいながらなぜこんな横暴を止められなかったんですか!?」
セウスはかつてA級冒険者だった男だ。
冒険者ギルドは権力構造とは別組織であるという、大義名分だってある。
そんなセウスが、止めようとして止められなかった筈がないと、アレンは憤慨した。
「全てワシの力不足じゃ。申し訳ない」
憤慨するアレンに対して、セウスは深々と頭を垂れた。
予想外のセウスの対応に、アレンは少し頭が冷える。
「……いえ、こちらこそ申し訳ありませんでした。ギルマスの立場では従うしかなかったんですよね」
「ワシとて、ミラのことは我が娘のように大事に思っておる。このままにしておくつもりは毛頭ない。これから冒険者ギルド本部に出向いて、正式な抗議文の準備をしようと思っおる」
「ですが、それではあまりに遅い!何の罪もないミラが、いきなり監獄なんかに入れられて、どれだけ苦しんでるか!ショックで自殺したっておかしくないんですよ!」
セウスの立場は分かる。
しかしアレンは、ミラのことを考えると冷静ではいられなかった。
「分かりました。だったら、俺がミラを助け出します」
「ま、待て!下手な真似は止すんじゃ!かえって事態が悪化しかねん!」
「ギルドに迷惑はかけません。俺、冒険者は引退します」
アレンの発言に、セウスは目を丸くする。
アレンの瞳に嘘偽りの色は一切無かった。
「……そこまでの覚悟か。分かった、どうせ止めても無駄じゃろう」
「……今まで、お世話になりました。ギルマスには良くしてもらって、感謝しています」
「……うむ。最後に一つだけ忠告じゃ。王族には、"影"と呼ばれる特殊部隊が存在しておる。王族と直接戦うことはあり得ぬだろうが、クリフ殿下の決定に反抗する以上、"影"と戦闘になるやもしれぬ。決して侮るな、奴らには全盛期のワシとて勝てるか分からぬ」
(ギルマス以上!?A級冒険者並ってことか!?)
「分かりました、肝に銘じておきます」
「うむ、達者でな」
「はい。本当にお世話になりました」
アレンは踵を返して執務室を出た。
言いにくいが、この後、仲間たちに別れを告げねばならない。
アレンが扉を出ると、そこには既に仲間たちの姿があった。
「お前ら、聞いてたのか?」
仲間たちは、事情は察したとばかりに不適に笑う。
「そういうことなら、仕方ねえな」
「流石に付き合いきれねえよ、早く女のところへ行っちまえ」
「全部終わったら、またパーティー組んでやってもいいぜ」
「お前ら、ありがとな。あぁ、行ってくる!」
翌日、アレンは王都の街を出た。