固有技能(ギフト)
ラムと別れて一人になったミラは、「脱獄」について考えていた。
(看守は、ここを監獄って言ってた。監獄のルールはわからないけど、大人しくしてたら、いつかは釈放されるかもしれない。でも、ここでいつまでも正気でいられる自信は無い。そもそも、一生囚われのままかもしれない。だったら、ラムに便乗して私も……)
「ここから抜け出したい……」
ミラは呟いた。
方法は不明だが、現に壁に穴を開ける術が存在するのだ。あながち不可能だとは思えなかった。
(問題は壁に穴を開ける方法だけど、次に会った時ラムは教えてくれるかな?素直に教えてくれればいいけど……。うーん、普通に考えれば魔法か、それとも固有技能持ち?……)
「風の刃よ」
ミラは試しに魔法の呪文を唱えた。
魔法学校を卒業したミラにとって、この程度の魔法は造作も無い。
しかし、案の定と言うべきか、魔法は発動しなかった。
(やっぱり、魔法は使えないんだ。原理は分からないけど、監獄なんだから対策されてて当たり前か。魔法が使えるなら、脱獄し放題だもの)
ミラは弱った精神を酷使して、知恵を巡らせていく。
(となれば、固有技能の方も試してみないと)
ミラがそう考えていた時、
「カツ、カツ、カツ、カツ」
石の床を鳴らす靴の音が聞こえた。
(来た、看守だ!)
ミラの予想どおり、足音の正体は看守だった。
看守は大きな盆を持っているようだ。
食事の皿を運んできたらしい。
「ぐぅ〜」
ミラの腹の音だ。
食を意識した途端、現金にも腹が食べ物を求めた。
「くっくっくっ、飯抜きは堪えたらしい」
看守は人の悪い笑みを浮かべつつも、鉄格子の下方の小さな窓から、スープの皿と匙、小ぶりなパン1個を差し入れた。
前回の教訓から、ミラは何も言葉を発さず、家畜のように大人しくそれを見ていた。
「おっと、喋っちゃダメだったな。ちっ」
看守は舌打ちをしたが、それ以上は何もせず、ミラの独房から去っていった。
ミラは、看守の姿が見えなくなるまでじっと待つ。
やがて、
「ふぅ〜」
ミラは大きく溜息を吐いた。
今回も飯抜きにされたら、たまったものではない。
食事にありつくのさえ、看守の機嫌を伺わなければならないのだ。
(でも、やっと食べれる!いただきます!)
ミラはパンを手に取るや否や、大きな一口でかぶりつこうとして……手を止めた。
(そうか、これで試したら一石二鳥よね)
ミラは涎を一旦呑み込み、口元のパンを断腸の思いで下ろす。
今度はパンを右手の平に乗せ、空っぽの左手も同じように広げた。
そのまま目を瞑り、軽く息を吸う。
集中力を高めていく。そして、
「ふぅー……。"複製"!」
ミラが再び目を開けた時、空っぽだったはずの左の手の平には、右手のそれと全く同じパンが存在していた。
(やった!成功した!固有技能は使えるんだ!)
ミラの固有技能、"複製"は成功した。
ミラは僥倖を喜んだ。
(アレンの固有技能とは違って、戦闘で役立ちそうな固有技能じゃないけど、この力は脱獄のヒントになるはず!)
それから暫くして、
「おーい、ミラ。聞こえるか」
ミラが食事を終えた頃、壁からラムの囁き声が聞こえた。
ミラは急いで、壁の近くに寄る。
「聞こえてるよ、待ってた」
「ははっ、嬉しいねえ。なら、話の続きをしようぜ」
早速とばかりに、ミラは尋ねる。
「聞きたいことがあるの。まず、その穴はどうやって作ったの?もしかして……固有技能……とか?」
「そうか……固有技能を知ってるのか。こりゃあ話が早くて助かる」
(やっぱり!)
ミラは、ラムの返答に固有技能の存在を確信した。
「教えて!ラムの固有技能はどんななの?」
「あぁ、いいとも。これを話さなきゃ話が進まないところだ。俺も話そうと思ってた。……たしかに俺は、固有技能を持ってる。この固有技能のことを、俺は"万の使い手"と呼んでいる」
ミラの方からラムの姿は見えないが、その話し方から、真摯に話そうとしてくれているのだと感じた。
「"万の使い手"を使えば、俺はあらゆる道具の力を、100%使いこなすことができる。例えば、これだ」
ラムがそう言うと、壁の穴から顔を出したものがあった。
よく見ると、それはスープの匙の柄だった。
「こんなもので穴を!?」
ミラは驚く。
スープの匙は木製だ。これで石壁を掘るなど、常人には想像もつかない。
「固有技能ってのはそんなもんだ。何せ、王国の奴らに言わせりゃあ、1万人に1人の才能らしいからな」
「……すごい。この固有技能なら、本当に脱獄できそう……」
それを聞いたラムは、軽い溜息を吐く。
「まあな……俺もそう思ってたよ。だが、そうは問屋が卸さねえらしい」
「え?どういう意味?」
「まあ、聞いてくれや」
ラムは語り出した。