成長(グロウス)
翌日、正午過ぎ。
帝都の冒険者ギルドへと足を運んだミラとアレンは、現ギルドマスターのゴルグ直々に試験開始の宣告を受けた。
「では、健闘を祈ります」
そう締め括ったゴルグは、歯茎を剥き出しにした笑みでミラとアレン、そして監査官のセウスを見送る。
「はい。必ず依頼達成して見せます」
いよいよ、ミラの昇級試験が始まった。
(私は絶対A級冒険者になって、胸を張って故郷に帰るんだ!)
決意を胸にミラは歩き出した。
☆
道中、ミラはセウスから事細かに話を聞いていた。
「安心せい、わしもアレンも通った道じゃ。勿論ワシも助けるし、それを禁止されてもおらん」
目指すは、北の丘陵地帯の最奥--『終末の地』。
国境の最北に位置するその一帯は、人がまだ踏み込めぬ領域だ。
「昇級試験と言えど、無駄に命を落とさせるのは、ギルドにとっても不利益じゃからのぅ」
「はい」
「ミラ、安心しろ。俺もいる。何があっても尻は拭ってやるさ」
「うん、ありがと。後ろにアレンがいたら、何も心配いらないよね」
しかし、言葉とは裏腹に、ミラは一抹の不安を抱えていた。
その原因は、セウスから聞かされた昇級試験の討伐対象。
「私にも……倒せるのでしょうか? その ……ドラゴンを」
生物の頂点に位置する竜種。
その一角、アイスドラゴン。
その加護は、天候にまで影響する。
おかげで、アイスドラゴンの生息域は作物も育たない凍える大地と化した。
「倒せる……と保証はできんのぅ。アレは強敵じゃからな。しかし、今回は倒す必要はない。目的は、あくまで巣穴の場所の調査じゃ。いざとなれば、ワシもアレンもおるのじゃから、心配し過ぎることはあるまいて」
「……そう、ですね」
ミラは小さく溜息を吐いた。
業者台に座るセウスは、手綱を握りながら、真摯にミラの言葉に耳を傾ける。
「アレンの昇級試験の時は、キングジャイアントマウスだったと聞きました」
「そうじゃな、たしかあの時はそうじゃった……。キングジャイアントマウスも強いが……実際のところ、竜種はもう一段階上の次元じゃ」
「……はい」
「自信がないか?」
ミラは即答できない。
「……ふむ」
セウスは手綱を握る手に力を込めた。
「ならば、わしにお主の力を見せてくれぬか」
馬車が止まった。
「……はい。私も、ギルマスに見てほしいです。私が、本当にこの先も通じるかどうか」
辺りは、障害物も殆どない荒野。
魔法の試し打ちには絶好の場所だ。
「腕は衰えたが、目は腐っておらんつもりじゃ。見定よう」
ミラは、水竜の長杖を片手に馬車を降りる。
周囲を見渡しても、人影はなかった。
「では……いきます! これが、今の私の最大魔法です」
ミラは深呼吸を一つして、詠唱に入った。
両手持ちした水竜の長杖に、膨大な魔力が集中する。
「根源震わす暴風、大地を穿つ咆哮。
祈れ、泣け、零せ。
混沌の中のカタルシス、泥濘のレーゾンデートル。
風神よ、我に仇なす敵に無慈悲な裁きの鉄槌を。
レン・トリニティ・ダウンバースト」
空気が、震える。
莫大な質量に任せた、風の破壊槌が大地を穿った。
地が抉れるのに一瞬遅れて、特大の轟音が鳴り響く。
砂煙すら上がらない。
その威力は、数メートルも陥没した真円の破壊跡だけが雄弁に物語っていた。
セウスは音を立てて唾を飲み込んだ。
「……これは、想像以上じゃ。ブラッディレッドウルフを仕留めたのも頷ける」
「はぁ、はぁ……。あれは、運が、良かっただけです」
一気に魔力を消耗して、ミラは息が荒くなっている。
ウサの前ではやせ我慢していたが、前回のブラッディレッドウルフとの戦闘でも、実は相当消耗していた。
あの時撃ち漏らしていれば危うかった。
「全部、運が良かっただけなんです。この魔法だって、この杖が無かったらとても撃てません」
「ふむ……。水竜の長杖と言ったかのぅ」
セウスは水竜の長杖をじっと見つめる。
引退したとはいえ、A級冒険者のセウスは、装備の目利きも確かなものだった。
魔法使い用の魔導杖は専門外だが、それを差し引いても、人並みの知識ではない。
そのセウスをして、水竜の長杖の性能は破格だった。
「武器も、冒険者の強さの一部だ。そんなこと、気にする必要無いっていつも言ってるだろ?」
「ふむ、アレンの言うことは最もじゃ。たしかに、この杖の力は凄まじい。じゃが、それだけでは、この魔法は撃てんよ。少なくとも、わしが知っておるミラは、こんな大魔法を使える人物ではなかったのぅ」
セウスは穏やかにミラヘと話しかけた。
ミラは瞳を潤ませた。
セウスと再会してから、涙腺が緩くなっているようだ。
「ありがとうございます……。でも、全部、ギルマスのおかげなんです。ギルマスが後見人になってくれて、魔法学院に行かせてくれたから、私はここまで……」
セウスに魔法の才能を見込まれ、ミラが魔法学院に通い始めたのが八年前。
その三年後、ミラはアレンに次ぐ次席の成績で学院を卒業し、王都の冒険者ギルドの受付嬢に抜擢された。
その後、不幸な巡り合わせにより、ミラは監獄送致されてしまったが、自力で脱獄し、帝国へと逃げ延びた。
それから月日は流れ、五年が経った。
その間、ミラは冒険者となり、たゆまぬ研鑽の日々を過ごした。
そして、遂にミラは、強大な杖の力を借りてとはいえ、最上級魔法を放てるまで成長したのだ。
「ミラよ、よくぞここまで。わしはお主を誇りに思う」
それは、紛うことなきセウスの本心だ。
セウスは我が子のように愛するミラへと、惜しみない賞賛を贈った。




