抱擁(スクウィーズ)
帝都のギルドマスター、ゴルグに紹介されたセウスという名の監査官。
もし彼が、ミラの知る人物と同一ならば、かつて慕った上司であり、又親代わりである人物との五年ぶりの再会だった。
光沢ある銀色の胸当てと、腰に据えた一本の長剣。
その佇まいは堂に入り、セウスの格好はさながら現役冒険者のようだ。
「役者は揃ったようだね。それでは、昇級試験を開始させてもらおうか。なに、わたしはあなたがA級になることを確信してるんだがね」
ゴルグは赤い歯茎を見せて笑う。
軽薄な印象を与える笑い方だが、仮にもギルドマスターの地位に座る男が、見たままの愚者のはずがない。そう看破するぐらいには、ミラも世渡りを経験してきた。
「ありがとうございます」
ミラは努めてゴルグに礼を尽くす。
だがその内心では、不意打ちの再会による動揺を必死で押し殺していた。
しかし、その原因であるセウスはミラの動揺など露知らず、ゴルグに補足してミラへと話し掛けた。
「手続きは完了しています。イリア殿が宜しければ、すぐにでも開始できますよ」
「準備はできています。いつでも始められます」
セウスとの再会は容赦なくミラの心を掻き乱した。
セウスの顔を見ると、この場で全てを晒してしまいたいという、破滅的願望がミラの脳裏を過る。
だが無論、口に出すことなどできはしない。
「では、明日の正午に正式に依頼開始を宣言しよう。今日この後にでも、セウスから詳しい話を聞くといい」
「お気遣いありがとうございます」
セウスに説明を丸投げした形で、ゴルグは退室していった。
退室するゴルグをセウスが見送り、応接間に残るのはミラとセウスの二人だけだ。
沈黙が部屋に流れる。
ミラは心臓が高鳴った。
セウスに言いたいことは山ほどあるというのに、いざ目の前に立つと、言葉にできない。
それは、セウスに忘れられているショックで逃避しているのか、真相を話したらセウスに見捨てられるのではないかという疑心のせいか、ミラ自身も心の整理が追いつかなかった。
その静寂を破り、先に声を掛けたのはセウスだった。
「イリア殿、もう昼飯は済ませたかのぅ?」
「……いいえ、まだです」
二人きりになると、セウスは気さくな口調で話しかけた。
ミラは聞かれたことに対して、ありのまま答えた。
セウスの言葉の裏を精査して判断する余裕は、とてもなかった。
「なら、ちょうどいい。わしの家に来ぬか?」
「……ええっと、お昼をご馳走して下さるのですか?」
「まぁ、わしも独り身じゃから、大したもてなしはできぬがのぅ。何かこの後に予定でも?」
「いいえ。ぜひ、お願いします」
「ふむ。では、行くかの」
セウスはそう言って先に部屋を出た。
「何をしておるんじゃ?付いてきなさい」
「はい!」
ギルドを出た二人は王都の街を歩き出した。
☆
セウスの家は、冒険者ギルドから歩いてそう遠くない場所にあった。
王都の中心にほど近いそこは、一等地であることは間違いない。
外装こそ華美ないが、中々の広さを誇るそれは豪邸といって差し支えないだろう。
セウスはミラを客間に通すと、自らは茶を用意すると言ってその場を離れた。
一人になったミラは、そこでようやく一息吐いた。
(間違いない、ギルマスだ……)
セウスの話し方、歩き方、その所作全てがミラの記憶を呼び起こした。
ミラはかつての冒険者ギルドの日々を思い出す。
毎日が充実し、仲間に囲まれ、眩しくて直視できないほど輝いていた日々。
もう決して戻れない過去の記憶だ。
「待たせたのぅ」
帰ってきたセウスは、重そうな鎧を脱ぎ、普段着に着替えていた。
「ああ、座ったままでいい。茶でも飲んで寛いでくれ。わしは茶を煎れるのと、料理には少し自信があるんじゃよ」
シルバーメイルを装着した姿も見慣れないが、普段着でラフな格好のセウスを見たのは初めてかもしれない。
ミラには、テーブルに紅茶を置くセウスが、どこにでもいる穏やかなお爺さんに見えた。
「こんな広いお屋敷なのに、誰も雇ってないんですか?」
「雇ってはおらん。人に世話してもらうのは、どうも性に合わなくてのぅ。あぁ、そうじゃ。今からすぐに拵えてくるが、要望があれば言っておくれ」
「……えっと、その前に。少し、お話しませんか」
「……ふむ」
セウスは少し考えた後、椅子に座った。
落ち着いて正面から向かい合うと、魔道具の照明のせいか、セウスの顔の皺が昔よりずっと濃くなっていることに気付いた。
「わしも、お主と話したいと思っておった。さて、何から話したものか」
「……あの!」
ミラはそこで言葉を区切った。
今からミラが話すことは、セウスが昇級試験の監査官である以上、避けて通れないことだ。
そう理解していて尚、ミラの心臓は跳ねた。
「『ミラ』という女性を知っていますか?」
「何!?……。ミラじゃと!?」
セウスの両眼が驚愕に見開かれる。
「お主…… まさか……」
ミラは束ねていた髪を下ろした。
金色の長髪を下ろすと、印象がガラリと変わる。
「お主、もしや『ミラ』なのか?」
「もし『ミラ』が帰ってきたら、衛兵に突き出しますか?それとも……」
「馬鹿を言うなっ!」
バンとテーブルに拳を打ちつけたセウスは、立ち上がった。
ティーカップが倒れてテーブルは水浸しになり、立て掛けられた水竜の長杖は床に倒れる。
ミラは、普段温厚なセウスがここまで感情を露わにするところを初めて見た。
セウスはミラをじっと見て離さない。
それはまるで、大切な宝物に傷が付いていないか確かめるような慈しみの目だった。
セウスはそのままテーブルを回り込んで、ミラ目の前に立った。
「ミラ…… なのか?」
ミラもまた立ち上がった。
立ち上がっても、身長差で少し見上げるような格好になってしまう。
ミラはセウスの胸に飛び込んだ。
それ以上、言葉は不要だった。
セウスはミラを抱き締める。
それは、温かくて心地よい抱擁だった。
ミラの目尻には自然と涙が滲んだ。
ミラはちょうど耳元のあたりで、涙ぐんだセウスの声を聞いた。
「おかえり、ミラ。わしのミラ」




