面会(ビジット)
それからは、平和な旅路だった。
あの日以来、荷馬車は一度も襲撃されることなく、間も無く帝都へと到着する。
「いやぁ、イリアさんを雇えてワタシは幸運でした」
「だろ? 師匠はA級冒険者になるんだから、覚えといた方がいいぜ」
「こら、ウサ! 依頼者に生意気な口聞かない!」
「いいんですよ。聞けばこの子、イリアさんのお弟子さんだって言うじゃないですか」
商人は無事に帝都へと辿り着けて、上機嫌に笑った。
「まぁ弟子、のようなものです」
「ワタシも最近息子に商売を教えとるんですがね、これが中々うまくいかんのです。自分ができることと、それを教えることは違うんだと、この年になってよく分かりましたよ。お互い大変ですね」
「まったくです」
「こんなに勉強熱心な弟子は、他にいないと思うけどなぁ……。いてっ」
ミラは商人の話に首を立てに振る。
そして、軽口が減らないウサに、デコピン制裁するのも忘れなかった。
二人がじゃれ合っていると、急に揺れが収まった。
荷馬車が止まったようだ。
「おや、もう到着したようですね。さぁ、もう関所ですから、一旦ここで別れましょう。イリアさん、この度は本当に助かりました。この命、イリアさんに救って頂いたといっても過言ではありません。商会を代表して、お礼を申し上げます。本当に!ありがとうございました!」
「冒険者ですから、依頼を達成するのは当然ですよ」
普段の依頼では、依頼人と直接顔を会わせる機会はないので、こうして真っ直ぐ感謝を伝えられるのは新鮮だった。
ともあれ、これで依頼は完了。
ミラたち一行は、達成報告のために、そのまま冒険者ギルドへと赴いた。
一行は、真っ直ぐ受付のカウンターへと進む。
「はい、確かに。依頼完了です」
商人からの依頼達成報告完了後、冒険者ギルドの受付嬢は、依頼の報酬を冒険者一人ずつに分配した。
冒険者ランクに応じての報酬金。
一番配当が大きいのはミラ。
一番小さいのはD級のウサだ。
ウサの報酬では、無事に帰れるかどうか心許なかった。
「ここで、お別れね」
「し、師匠!」
「はい、もうそれは終わり。ここに銀貨10枚あるわ。報酬金と併せれば余裕で帰れると思うから」
ミラは銀貨の入った袋を突き出した。
「お、俺帰りたくないです!」
「ダメよ。最初に言ったでしょう」
「うぅ……はい……」
ウサはしぶしぶと、ミラの餞別を受け取った。
「でも、師匠! 師匠が帰ったら、また師匠になってくれますか!?」
「……そうね、考えとくわ」
その返事を聞いて、ウサは安心したのだろう。
笑顔のままに、二人は別れた。
声には決して出さないが、ミラもウサとの別れを惜しんでいた。
ウサが見えなくなるまで、ミラは見届けた。
そのタイミングを図り、アレンがミラへと話しかけた。
「ミラ、俺は先に宿を探すよ。どうせ、ギルドマスターに面会できるのはミラ一人だしな。後で、またここで合流しよう」
「うん、ありがと。じゃあ、お願いね」
「ミラ、がんばれ」
アレンはミラの肩に手を置き、激励の言葉を言った。
「うん、行ってくる」
ミラはアレンとは一旦別れ、受付へと向かった。
「昇級試験を受けに来たイリアと申します。ギルドマスターはいらっしゃいますか?」
「はい、伺っております。少々、お待ちください」
受付嬢を待つ間、ミラはギルド内部を見渡した。
内装はかつてミラの勤務したギルドと似ている。
照明は明るく、冒険者が酒を酌み交わす酒場は賑わっていた。
ミラが郷愁に耽っていると、担当の受付嬢は直ぐに帰ってきた。
「お待たせしました。こちらへどうぞ」
受付嬢に案内され、ミラは個室へと招かれた。
ミラの胸中に緊張が走る。
「失礼します」
「どうぞ」
ミラの前に立つ受付嬢が、扉を開けた。
そこには、一人の男がミラを待ち構えていた。
受付嬢が退室し、個室に二人だけになると、男は口を開いた。
「待たせたね。イリア、君の噂はかねがね聞いているよ。わたしはゴルク。ギルドマスターをしている者だ。まずは、掛けてくれ」
その人物は、ミラが初めて見る男だった。
ニヤニヤと笑みを浮かべている初老の男。
頭は禿げていて、その体型は寸胴鍋のようだ。
でっぷりと脂肪が載った腹が腕の可動域を狭めている。
ゴルクに促されるままに、ミラは腰を掛けた。
ゴルクは、ギョロギョロと瞳を動かしてミラを見つめていた。
「初めまして、イリアと申します。昇級試験を受けるために来ました」
「あぁ、そうだったね。君が美しくて、つい見惚れてしまっていたよ。君の実績は聞いている。登録してまだ五年と言うじゃないか。わずか五年で、よくもここまでの傑物が育ったものだ。そうだ、道中にブラッディレッドウルフを狩ってきたんだって? 噂に違わぬ活躍だよ。ワッハッハッハ」
「いえ、恐縮です」
ゴルクは笑う。
しかし彼の目の奥は、しっかりとミラを見据えていた。
ミラは、嫌な笑い方だと思った。
まるで、あえて道化を演じているようだ。
ミラは冷静にゴルクを観察していた。
「昇級試験の話だったね。簡単な説明は受けていると思うが、繰り返しわたしの方からも説明させてもらおうか」
「ええ、お願いします」
「君には、とある依頼を受けてもらいたい。担当の者を手配するから、後で彼から詳しく聞くといい。とりあえず、Aランクの魔物の調査依頼だとだけ言っておこう。ちなみに、その人物が今回の監査官だ。監査官の目の前で、指定の魔物の調査を完了させることが依頼の達成要件となる……」
ゴルクの話を遮って、ノック音が鳴った。
「おお、来たか。入りなさい」
「失礼します」
入室してきた男は、初老から壮年に差し掛かった男性だ。
その肩幅は極端に広く、外見の年齢と不釣り合いに見える。
「さて、君に紹介しよう。この男が今回の昇級試験の監査官、セウス氏だ。分からないことがあったら、わたしなんぞより、彼に聞いた方がいいだろう」
「ギルドマスター、ご冗談を」
セウスはゴルクを嗜めると、ミラの方へと向き直った。
「初めまして、監査官を担当するセウスと申します。この度はよろしくお願い致します」
「え?」
「……ん?」
時が止まるような錯覚がミラを襲う。
二人はお互いを見つめ合った。
「おや?セウス氏、もしや知り合いですかな?」
「いえいえ……。あまりにも美しかったので、見惚れてしまいましてのぅ。こりゃ失礼しました」
「わはは!そうでしょう、そうでしょう。イリア君は綺麗だからなぁ!」
ミラは、咄嗟に場の空気に合わせてシラを切る。
「あ、えっと……こちらこそ不躾に見つめてしまって申し訳ありません。初めまして、イリアと申します。よろしくお願いします」
ミラは混乱する頭で、精一杯取り繕う言葉を絞り出した。




