襲撃(アタック・オン・ビースト)
「どうやら、向こうもこっちに気付いてるようね」
ウサが呼びに行った冒険者たちの助けは、ほんの少しだけ間に合わなかったようだ。
風雲急を告げる魔物の襲撃。
足音は、高速で近づいてくる。
「シャイニング・ライト」
ミラは、落ち着いて魔法を唱えた。
小さな光球が、ミラの杖ーー水竜の長杖から、花火のように打ち上がり、天高くで破裂した。
光球の欠片が、ゆらゆらと遥か上空を漂う。
先ほどまでの夜の闇が嘘のようだ。
一帯は昼夜が逆転する程の光に照らされた。
ミラはすかさず、目の前の驚異を視認した。
黒い影が二つ、一直線に駆けて来る。
まず魔物で間違いない。
一方、魔物側にも動きがあった。
魔法を放ったミラを警戒したのかもしれない。
二体の魔物は、一旦足を止めた。
ミラは無論、それぐらいで警戒は解かない。
水竜の長杖を握りしめる。
二体の魔物は、体を震わせたかと思った次の瞬間。
その獣体から雷光を迸らせた。
バチバチ、と大気に漏れ出る音には、必殺の威力を感じさせる。
バリッと、乾いた音が鳴り響いた刹那。
紫電の雷光を纏った二体の魔物が、ミラの眼前まで迫っていた。
「ウインド・ブラスト」
ミラは魔法を放ち、正面から迎え撃った。
二体の獣体から振り下ろされた爪と、ミラの放った魔法風の刃が鍔迫り合う。
お互いの力は拮抗しており、魔物の体が宙に浮き、一瞬止まったように見えた。
「あ、あれは……レッドウルフ……なのか!?」
「イリアさんと互角だと!?異常に強いぞ!?」
「なんだ、あの威力は!?」
遅れて戦闘準備を完了させた冒険者たちは、それを見て固まった。
レッドウルフといえば、単体ではEランク。
つまり、最下級の魔物だ。
しかし、様子がおかしい。
初撃を失敗した二頭のレッドウルフは、後方へと翻る。
着地と同時に、走ってかなりの距離をとった。
ミラを驚異とみなしたようだ。
「あの赤黒い毛並みは!? まさか、変異種!?」
「なんで変異種がこんなところに!? 俺たちでどうにかなる相手じゃねぇよ」
冒険者たちは、黒いレッドウルフを目の前に、二の足を踏んだ。
「アレはブラッディ・レッドウルフ。変異種だ」
ミラの隣に立つアレンは、そう断定した。
変異種の魔物と言えば、通常種と比べ物にならない程の強さを誇る。
しかも、それが二頭。
並の冒険者の手に負える相手ではなかった。
しかし、ここにいる二人、ミラとアレンもまた並の冒険者ではない。
ミラは、距離が生まれたことを好機と見るや、すかさず詠唱を開始した。
「根源震わす暴風、大地を穿つ咆哮。祈れ、泣け、零せーー」
アレンは、ただミラの詠唱を見守る。
ミラの希望どおり、今回は手出しするつもりはないようだ。
二人の他の冒険者たちは動かない。いや、動けない。
変異種の魔物を前に、無謀な真似をする者はいなかった。
しかし、その様子を荷馬車から見ていたウサは、居ても立っても居られなかった。
「みんな、どうしたんだよっ!? どうして、師匠を助けに行かないんだよ!? 」
「馬鹿言えっ! 俺たちの出る幕じゃない! ここは、イリアさんに任せるんだ!」
ウサには、到底納得できなかった。
なぜ、他の冒険者が助けに行かないのな理解できない。
ミラは、ウサに他の冒険者を呼びに行くよう告げた。
それは、助けが必要ということに他ならない。
ウサはそう解釈していた。
「せめて、俺だけでも! 」
ウサは走った。
魔物の動きに注目していた冒険者たちは、咄嗟にウサを止めることができない。
ブラッディレッドウルフは、今度は二手に分かれた。
一頭はミラに向かって正面に居座り、もう一頭は大回りでミラの背後へ回った。
挟撃が狙いだろう。
元々レッドウルフは知能が高く、群れで連携してくる厄介な魔物だった。
「ししょぉぉぉぉぉぉお!!!」
ウサの叫びは虚空へと響く。
ミラは振り返らない。
「混沌の中のカタルシス、泥濘のレーゾンデートルーー」
ミラの背後へと回ったブラッディレッドウルフと、ウサが対峙した。
ブラッディレッドウルフは、まるで路傍の石を払いのけるかのように、方向転換ついでの後ろ蹴りを放った。
ウサは、死を覚悟した。
走馬灯。
これまでの人生が、幼少期から順にフラッシュバックしていく。
最後にウサが見たのは、現在の光景。
そこに写るのは、何もできない無力な自分だった。
紫電の雷光纏うこの一撃は、容易くウサの命を刈り取るだろう。
その時、
「ーー風神よ、我に仇なす敵に無慈悲な裁きの鉄槌を。
レン・トリニティ・ダウンバースト」
ミラの魔法詠唱がようやく終わった。
と同時に、ブラッディレッドウルフの体がウサの前から消え失せる。
その魔法は風というより最早、重力そのものだった。
暴風というのも生易しい、破壊の風が地に降り注ぐ。
ミラを中心にできたドーナツ型の巨大クレーター。
そこには、二体のブラッディレッドウルフが埋め込まれ、息絶えていた。
破壊跡の弧は、ウサの鼻先寸前まで達している。
ウサは膝から崩れ落ちた。
「し、ししし師匠! 」
目に涙を溜めて、失禁してしまったウサは、何とかミラを呼んだ。
「こら、ウサ!あなたは荷馬車で待って置くよう言ったでしょう」




