弟子(ディサイプル)
月が天高く昇る。
夜も深まるこの時間帯こそ、魔物や夜盗が荷馬車を襲うには、最適の時間だった。
冒険者を雇った商人は、当然見張りを置く。
今日は、ミラとウサの当番だった。
「師匠、詠唱短縮ってどうやるんですか? 」
弟子は、師匠に教えを請うた。
「まだあなたには無理よ」
「そんなこと言わずに、教えてくださいよ! 」
「基礎も出来てない内から、そんな高度なことが出来るわけないでしょう」
二人は火を取り囲んでいた。
見張りと言っても、夜目で見える範囲は限られる。
実際には、ミラが風の魔法で広い範囲を警戒していた。
「何度も言ってるけど、一番大事なのは基礎よ。はい、じゃあ今から魔力循環しなさい。いいと言うまで止めてはダメよ」
「ええっ!? 俺、もう魔力循環は完璧ですよ! 」
「文句は受け付けないわ」
「うぅ…… はい」
ウサが魔力を全身に巡らせる。
魔力循環。
これの巧拙で、魔法発動までの時間や威力が変わってくる。
魔法使いにとって最も重要な技術にして、最も基礎的な訓練でもあった。
しかし、我流の魔法使いにはこの訓練が不十分なことが多い。
ウサも例に漏れず、その魔力循環は一流の域には到底達していなかった。
「サボらない! もっと強く……そう、その状態を保ちなさい」
「うぅ、キツイっす」
「キツくないと修行にならないでしょう」
「で、でも魔力循環は今日何度もやりました。このままじゃ俺、魔力切れで倒れます」
「倒れてよろしい」
「くぅ」
師匠は鬼教官だった。
「ほら、どうしたの? 口数が減ってるわよ」
「ま、まだまだぁあ! 」
ウサはしぶとく粘って、根性を見せた。
ミラの予想以上に、ウサは修行を熱心に取り組んでいる。
ミラは、ウサの評価を多少上方修正していた。
「ハイ、そこまで! 」
パン、とミラが手を叩く。
ウサは魔力循環を止めると、無酸素運動から解放された直後のようにゼエゼエと息を乱した。
「師匠、俺頭が痛いです」
「そうね、それが魔力切れを起こしかけてるときの状態よ。でも、覚えておきなさい。魔法使いにとって、そうなった時に冷静を保てるかどうかが生死を分けるのよ」
「……は、はい! 」
「よろしい」
ウサの稽古をつける一方、ミラは油断なく周囲を警戒していた。
最初から役割薄のウサだったが、魔力切れ寸前の今、もはや見張りとして何の役にも立たない。
「師匠! 師匠は今まで、こんな辛い訓練をずっとやってきたんですか?」
「……そうね。でも、ウサだってちゃんとついてきてるじゃない」
「俺は、師匠がいるからです。もし師匠がいなかったら、こんなのやってられませんよ」
「ふふふ。そんなことじゃ、まだまだね」
焚き火の炎が小さく揺らめく。
「……師匠は、なんでA級冒険者になりたいんですか? 」
「何? 唐突に」
ウサは呼吸を整えながら言う。
「いや、あの。師匠はこんな辛いことをずっと続けて、一流魔法使いになったんですよね? すごいなぁって」
「あなたはなりたくないの? A級冒険者」
「いや、なりたいですよ。だって、憧れです。男なら、誰だってなりたいですよ。でも……師匠は、うまく言えないですけど、そういうのとは違うような気がして」
「ふうん」
ミラは、ウサが自分をよく見てることに感心した。
ミラはウサを見つめた。
さっきまで魔力切れ寸前だったのに、もうまともに話せるまで回復している。
ミラの見立てでは、ウサは金の卵だった。
きちんとした師につけば、大成する可能性を秘めているのは間違いない。
実際、ここ数日でウサの魔力循環の練度は見違えるように成長した。
「……でも、あなたに教える筋合いはないわ」
「そんなぁ。水臭いですよ、師匠」
「あら、師匠にそんな口聞いてもいいのかしら。どうやら、まだ魔力循環し足りないようね」
「ひぇ、それだけは勘弁してください」
ミラは笑う。
ウサも笑った。
ウサの師匠になってから、ミラは今までにない気分を味わっていた。
「うわ、寒っ」
その時、ヒュルリと風が舞い、焚き火の炎がさざめく。
「イリア!何か来るぞ!」
それはアレンの声だった。
先に休んでいたアレンだが、ミラに警告するためにいつの間にか二人の背後に現れていた。
今も、アレン固有技能"超直感"が反応しているのだろうか。
油断なく周囲を警戒している。
ミラはアレンの警告を聞くと、忽ち炎を消し、ウサに指示を出した。
「あなたは他の冒険者を起こしに行って、荷馬車で待ってなさい」
「……もしかして、魔物ですか?」
「そうよ。なるべく音を立てないで」
ウサはアレンの方を胡乱げに見上げる。
アレンは興味なさそうに首を横に振り、行くように示した。
ウサはもう一度ミラを見つめる。
ミラは頷いた。
それを見てウサの意思も固まった。
駆け足で他の冒険者の眠る幌馬車の方へと急ぐ。
緊急時になかなかの動きだと、ミラはまたもや感心していた。
「ミラ、今回の魔物は強いらしい」
「そう、分かった。でも私にやらせて」
ミラは杖を握った。
その杖ーー水竜の長杖はこの世に二つとない逸品だった。
「あぁ、任せるよ。蹴散らしてやれ」
アレンは静かに言った。
アレンがミラを見つめるその瞳は、ミラに対する信用の深さを物語っていた。




