祝宴(フィースト)
ここは、笑う小鹿亭。
少し値が張る代わりに、料理とサービスに定評のある穴場的酒場だ。
常連のエマと、『炎の剣』の五人は、いつものテーブル席に腰掛けた。
ミラは相棒の杖をテーブルに立て掛け、注文を取りに来た店員に、酒と肴を頼む。
それからほどなく、評判のいい若女将が人数分のエールを持って来た。
これで宴の準備は整った。
「それでは!イリアの昇級試験の資格取得を祝して、カンパーイ!」
「「「「乾杯」」」」
カチン、と小気味良い音を立てると、普段よりエールが美味く感じるものだ。
「ぷはぁ」
ミラは一息で半分近く飲み干した。
もう、花も恥じらう乙女ではないのだから、誰の目を気にすることもない。
それに、いつもより喉が渇いていた。
今日は色々な話をしなくてはならないのだ。
「いい飲みっぷりだな」
ラグーンが言った。
「そうね、珍しいぐらい!」
「それは当たり前なんだな〜。おめでたいんだな〜」
「そうよね。おめでとう、イリア。アタシも嬉しいよ」
マトウとモネだけではない。
このテーブルにいる全員が、ミラの昇級試験の資格取得を、自分のことのように喜び、柔らかな笑顔を咲かせていた。
(みんなの笑顔、あと何回見れるんだろう)
嬉しさを感じる一方、ミラの脳裏にそんなことが過ぎる。
しかし、せっかくの楽しい時間に考えることではないとかぶりを振り、エマに詳細を話してくれるよう促す。
「エマ、詳しく聞かせてくれるんでしょ?」
「あら、早速ね」
今日のエマは、いつにも増して上機嫌だ。
「本当におめでとう、イリア!ギルドでも言ったけど、イリアの功績が認められて、A級への昇級試験の話が来てるの!」
ミラの昇格の話を、エマが自分のことのように喜んでいるのが伝わる笑顔だ。
「ありがとう、エマ。じゃあ、今日は奢りかしら?」
「もぅ、イリアたちの方がよっぽど稼いでるのに!でも、いいわ!今日は奢りよ!」
エマは自分の胸を拳で叩く。
「奢りならいっぱい食べるんだな〜」
「マトウはいつでも食べてるでしょうが!」
「はははっ。だが、奢りか!そりゃいいな!でもエマ、俺の小遣いから引くのだけは無しだぜ!」
昨年、エマと夫婦になったばかりのラグーンは、冗談で言った。
「えぇ!?そうしようと思ってたのに、釘刺されちゃった。仕方ないなぁ」
仲のいい家庭が透けて見えるような会話だ。
「エマ、ありがとう!」
ミラは礼を言った。
「その代わり、絶対昇級してよね!」
「できる限りのことはやるわよ」
話の腰を折らないように、従業員の女性が「失礼します」とだけ言って、料理の皿を並べた。
料理も酒も揃い始め、話も本題へと入っていく。
「詳細には分からないけど、試験の内容は今までの昇級試験と同じはずよ。違うのは、王都に出向いて、監査官と一緒にクエストに行くってとこだけ」
「王都は……遠いわね」
「心配するところはそこじゃないでしょうに」
「ふふ、そうね」
ミラはエールの残りを仰ぐ。
「イリアのことだから、心配はしてないわ。でもやっぱり……わたし心配よ」
「はは、何だそれ?」
ラグーンがツッコむ。
「……あのね、わたしイリアが冒険者登録した時、こう思ったの。この子ならB級まで行くんじゃないか、って」
ミラは、店員に空いたジョッキを掲げた。
(エマのこの話、もう何度目かしらね)
ミラは過去を懐かしみながら、黙って頷き、先を促した。
「でも、まさかA級冒険者になるなんて、流石に想像できなかったわ。今でも信じられないぐらい」
「まだ、昇格はしてないわよ」
「いや、絶対できるさ」
「そうだな〜。炎の剣のメンバーから、A級冒険者が出るのはすごいことなんだな〜」
マトウの言葉に、ミラは二の句が継げず、数秒の沈黙が走る。
「あ……マトウ。イリアは……その、パーティーを抜けるつもりなのよ。そうでしょ?」
ここで口火を切ったのはモネだった。
「イリア、そうだったのな〜?」
「うん……。そうなの、言ってなくてごめんね、マトウ」
「マトウ、すまない。マトウに言ってなかったのは言えない事情があったんだ。だが、これを機に、あの日のことを話したい。イリア、いいか?」
「うん、もう五年も前の話だもの。ずっと黙っててごめんね。マトウ、聞いて」
マトウは顔を顰める。
だが、事情があると知り、追及の言葉を飲み込んだ。
そして、ミラはマトウへと丁寧に説明をした。
ミラのパートナーである凄腕の冒険者アレンの存在。
アレンはとある事情から身を隠しており、ラグーンたちを助けた代わりに、そのことを黙っておくよう厳命されたこと。
マトウに、五年前のキングジャイアントマウスの件を黙っておくよう固く言い含めていたのは、全てこのためだったこと。
本来、アレンと組むはずのミラだが、アレンのほとぼりが覚める五年後までは、ミラを炎の剣に預ける形で、ミラが入団したこと。
懇切丁寧に説明したおかげか、それとも日頃の信頼関係の為せる技か、マトウは大きく頷きながら、一度も反論せずにミラの話を聞き終えた。
もちろん、エマもこの話は初耳だ。
ラグーンは約束を守り、妻にも打ち明けていなかったらしい。
エマは目を白黒させながらも、話を遮ることなく聞いていた。
「なるほどな〜、イリアが抜けちゃうことをみんなわかってたんだな〜。僕は今、イリアが抜けることにショックを受けてるけど、上を目指すイリアを応援する気持ちはあるんだな〜」
「ありがとう、マトウ。そう言ってくれてホッとしたわ」
ミラは胸を撫で下ろした。




